大航海時代

第272話 時間旅行

 就寝中、大河は、不思議な感覚に襲われる。

 じーっと。

 誰かに見られているのだ。

「?」

 恐る恐る目を開けると、デイビッドと目が合う。

 乳母車から脱出し、ハイハイして来たのだろう。

 が、雰囲気は、いつもの彼では無い。

「おはよう」

 赤子とは、思えぬ渋い声。

 まるで"世界一格好良い禿はげ"の様だ。

「もう声変わりしたのか?」

「赤子だぞ? 馬鹿が」

 我が子なのに罵倒された。

 辛辣しんらつ過ぎて実父なのに泣きそうだ。

「誰だ?」

「驚かないのか? 気味悪がないのか?」

「生憎、鬼と親友になった時点で、慣れているよ」

 宇宙人や未来人、地底人と遭っても、もう腰を抜かす事は無いだろう。

「全く、感動の再会なのに」

「再会? 知人か?」

「広義では、そうなるかの。簡単に言えば、遠い親戚じゃ。サンジェルマンじゃよ」

「あの?」

「やはり、知っているか」

 認識されていた事にデイビッド改め、サンジェルマンは、笑顔になる。

 18世紀に欧州で活躍したサンジェルマン伯爵は、数カ国語を操り、様々な都市伝説が語り継がれている謎多き人物だ。

 日本で言えば、時代も性別も違うが、卑弥呼の様な類だろう。

「今日は、赤子の体を借りて、貴様に忠告をしに来た」

「忠告?」

「せやで」

 急な関西弁。

 こちらの調子を狂わせる論争か。

 はたまた、元々、掴み所の無い人物なのか。

 現時点では、判断し辛い。

「貴様は、自惚うぬぼれていないだろうな?」

「と、言うと?」

「大国を破り、21世紀でも未解決なパレスチナ問題を貴様の手で解決した、と勘違いしていないか?」

「……違うのか?」

 事実であり、自覚している為、否定は出来ない。

 てっきり、否定されるもの、と思っていたサンジェルマンは、ずっこけた。

「……認めるのか?」

「真実だからなあ」

「……まあ、良い。話を戻そう。結論から言うと、問題は根深い。パレスチナ問題は、場所を変えただけで避けられない。河南を追われた現地人の一部は、ユダヤ人を恨んでいる。パレスチナ人の様にな?」

「……」

「リンカーンが、奴隷解放宣言した事で黒人差別が無くなったか? フォレストの死後、KKKは無くなったか? ソ連解体後、共産主義は、くたばったか?」

「……」

「答えは、ノーだ。1人が死んでも、国が無くなっても思想や感情はのこる。今、挙げたのは、悪例だが、ガンジーやキング牧師等、良い様に働いた場合もある」

 彼等が死んでも、インドは独立を維持し、公民権運動も無くならなかった。

 彼等の場合、戦友や側近等も優秀だったのも理由の一つだろう。

「ユダヤの問題には、異教徒が口を挟むな。これ以上は」

「自己同一性、か?」

「分かっているじゃないか? パレスチナ問題を見てみろ。アメリカは、平和を訴えながらイスラエル寄り。反以のアラブ諸国も口では非難しても難民を受け入れる事には、非積極だ。結局は、誰も本気で解決したくないのさ」

「……貴方が考える、解決策は?」

「戦争しかないね。ユダヤ人は、離散以来やっとの想いで手に入れた祖国を今更返したくない。パレスチナ人は、あの戦争で勝てなかったのが、運の尽きさ」

「……」

 サンジェルマンの説が、正解か如何かは、分からない。

 が、説得力はある。

 ユダヤ人の穏健派であり、問題解決に前向きであった首相は、極右派に暗殺された。

 パレスチナ解放を訴える主要なテロ組織も二つも、

 穏健派→汚職で腐敗。

 過激派→清貧に努め、民衆から支持獲得。

 と、国内外での心象と現実は違う。

 国際社会が幾ら解決に導こうとも、これらの現実がより、事態を複雑化させ、又、イスラエルを重要視するアメリカの中東政策が変わらない以上、平和的な解決は、ほぼ困難と思われる。

 大河もこの件に関しては、エリーゼと結婚していながら、中立を守っている。

 漫画でのパレスチナ人の言葉を思い出す。

  ―――

『1500年以上前の所有権が認められるのであれば、イギリスはローマ帝国の物ではないか?』(*1)

 ―――

 これは、

 紀元前55年、ローマのユリウス・カエサルがグレートブリテン島に侵入。

 43年、ローマ皇帝クラウディウスがブリテン島の大部分を征服。

 ローマ帝国時代のブリタニアはケルト系住民の上にローマ人が支配層として君臨。

 の歴史が起因している。

  その後、その支配はブリテン島北部のスコットランドとアイルランド島には浸透せず、ケルト系住民の部族社会が継続。

 5世紀になって西ローマ帝国がゲルマン系諸集団の侵入で混乱すると、ローマ人はブリタニアを放棄。

 ローマの軍団が去ったブリタニアはゲルマン人の侵入に晒される事になっていく(*2)。

 歴史にIFは、禁物だが、世が世ならば、イギリスの民族は違っていたかもしれない。

「外国人や異教徒が関わってはならん問題だ。以後、何もするな。イギリスの様に恨まれるぞ?」

「分かった」

「それが私からの忠告だ。今後は、好色家に徹せよ。尚、この記憶は、自動的に消滅する」

「何処の大作戦?」

 大河の静かなツッコミを無視し、伯爵は消えていく。

 長寿な分、ドラマも観ているのかもしれない。

 徐々に意識が重くなっていく。

 会った事が無い親類縁者であったが、大河は諫言を受け入れるのであった。


 京の復興には、大河が東北で進めていた『白金計画』で育成中であった大工達も集まった。

 復興には、世界最古の銀剛組も関わっている為、直に彼等の下で技術を学ばせ様というのだ。

 敏達天皇7(578)年創業の同社は、今年、万和3(1578)年で丁度、1千年になる。

 その為、節目の事業だけあって、士気は高い。

 他者よりも金払いが良い大河が依頼人でもある為、経費が幾ら高額化し様とも無相談だ。

 それだけ両者は、信頼関係にあるといえるだろう。

「日ノ本の為に頑張るぞ~!」

「「「応~!!!」」」

 棟梁の言葉に大工達のやる気も漲っている。

 アドレナリン全快だ。

 全員が、ハイ・ボルテージである。

 一人っ子政策前の中国並に人手が有り余っている為、作業は完全分担制で、交代の時機も多い。

 こういう場合、人件費は下がり易いのだが、給料面は、大河が保証している為、減額される事は無い。

 働いた分だけ報酬を得る事が出来、休みも取れ易い環境は、山城真田家のホワイト企業振りを流用した形である。

 大工達が働く間、大河は、帝から頂いた休暇を満喫していた。

 暑くなって来た為、今日は城内の水泳場にて。

「あちぃ~」

 死海の様に大河は、浮いている。

 腹部には、朝顔とお江を乗せていた。

「気持ち良いわね? 日向ぼっこ」

「そうですねぇ」

 2人は、日焼けを楽しむ。

 流石に皮膚癌ひふがんが怖い為、焼き過ぎる事は無いが、愛妾のナチュラが、健康そうな小麦色の肌の為、あれを理想としている。

 2人を乗せたまま、溺れない様にする大河も大変だ。

 因みに水着は、

 朝顔→タンキニ

 お江→ビキニ

 だ。

 朝顔が、お江の様に肌の露出が少ないタンキニなのは、彼女と朝廷の意向が大きく反映されている。

 結婚したとはいえ、上皇という立場上、過度な御洒落を朝廷は、好まない。

 必要以上の露出も、渋面なのだ。

 朝顔も、それを理解し、又、自身も恥ずかしがり屋なので、他の女性陣の様な物は着ない。

「自分で泳げよ」

「嫌」

「面倒」

 何とも清々しい理由だ。

 大河は、苦笑いで2人の髪を濡らす。

「あーもう」

「何するの?」

 2人は、抗議するも、大河は、笑顔を崩さない。

「水も滴る良い女、だ―――ぐえ」

 左右からパンチを貰う。

「「よ」」

「済まん」

 抗議には、素直に謝る。

 夫が妻と揉めても、何も長所にはならない。

 これが、夫婦円満の秘訣の一つだろう。

「陛下、華が恋敵になった以上、もう少し夫を束縛しましょうよ?」

「そうね。妙案だわ」

 コアラの様に大河に抱き着くと、朝顔は、その手を握る。

 12歳とは思えぬ程の強さだ。

 現代の同年齢の女児の平均値は、21・95㎏なのだが(*3)。

 朝顔のそれは、50㎏はありそうだ。

「本当、私が居るのに縁談は、次々と来るし」

「縁談?」

「そうよ。英雄だからね」

 皇族の中にも、朝顔を羨み、相談する者も居る。

 略奪婚でないし、

 ―――

『【日ノ本憲法第19条】

 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない』

 ―――

 がある以上、こればかりは、責められない。

「結婚しても不安ばかりよ。全く」

「済まん」

「謝らないで。仕方無い事だから」

 女性に人気な大河を夫に出来たのは、自慢出来る事だ。

 一方、それで横恋慕よこれんぼされ、最悪、略奪婚される心配も出てきた。

 幸せは事実なのだが、まさかこうなるとは、予想外であった。

「本当、光源氏との結婚は、苦労するものね」

「済まん」

「責めてない」

 朝顔は、笑顔で大河の頬に口付け。

 外では権力者なのに、内ではこうも素直となると、ギャップ萌えだ。

「御飯よ~」

 お市が呼ぶ。

「兄者、浦島太郎になって」

「よし来た」

 2人が落水しない様に配慮しつつ、大河は、体を反転させ、2人を胴体から背中へと移動させる。

 そして、バタ足で砂浜と向かうのであった。


 砂浜では、BBQが行われていた。

 誾千代や謙信は野菜を、楠と阿国は肉を其々、焼いている。

 与祢、珠は、御握りを握り、茶々とお初は御茶を用意していた。

 本来、侍女の仕事である事だが、山城真田家では、その基準が良い意味で曖昧で、曖昧だ。

 通常、正妻とは微妙な関係性にある筈の愛妾あいしょう達―――ナチュラ、鶫、小太郎も肉や野菜を包丁で切り、協力し合っている。

 エリーゼ、千姫、アプト、稲姫は、育児に忙しい。

 3人の子供達―――累、元康、デイビッドは、誰かが泣けば、誰かが寝、誰かが失禁する輪番制だからだ。

 お市は、総指揮に専念し、華姫は、せっせと茶碗や取り皿を人数分、用意している。

 一時は絶縁した謙信との仲も、朝顔が仲裁に入った為、今では良好な関係だ。

 普通に話し、目も合わしている。

 尤も、華姫には、今後、上杉家に復帰するつもりは無い為、広義での完全修復とはなっていない。

 一度、失われた時間と、傷付いた想いは、簡単に解決する事は難しいのだ。

「凄い量だな」

「10俵あるからね」

 誾千代は、えっへんと胸を張る。

 米1俵=60㎏(*4)。

 詰まり、600㎏もある。

「よく買えたな?」

「贈答品よ。まぁ、殆どは、寄付に行くけどね?」

 備蓄米は、別にある。

 なので、余分は、民に回せば良い。

 珍しく謙信は、洋酒を用意していた。

「大河も飲む?」

「要らんよ」

「そう?」

 残念そうに謙信は、1人酒。

 山城真田家では、禁酒法が家訓にある訳ではないが、大河が酒を好まない以上、必然的に飲む人もはばかられる。

 隠れて飲酒するか、許可を取る以外方法は無い風潮があった。

 大河としては、絡み酒以外なら構わない。

 だが、健康面からは、反対の立場だ。

 チビチビと飲む様に誾千代やお市が目配せ。

『相手してあげて』

 と。

 朝顔もささやく。

「(頑張ってくれていたから、愛してあげなさい)」

「(分かった)」

 景勝と共に騒乱事件の際、謙信は活躍した。

 それこそ不眠不休で。

 その疲れもあるのだろう。

 癒しを求め、普段、節制している酒を求めたくなっている時機なのかもしれない。

 皆に会釈しつつ、大河は謙信の元へ。

 そして、盃を奪い取ると、

「あ」

 口に含む。

 下戸な癖に一気飲みした事で、急性アルコール中毒の様な状態となる。

「……」

 ふらふらとして謙信の胸に倒れ込む。

「大丈夫?」

「御免、酔った」

 寂しい自分の為に無茶をしたのは、謙信でも分かる。

「もう、馬鹿ね」

 柔和な笑みを作ると、絡新婦の様に大河に絡み付く。

 大河を抱きしめつつ、洋酒を飲む。

 誰も嫉妬しないし、邪魔しない。

 各々、BBQを楽しんでいる。

 誰もが、謙信が大河に次ぐ功労者である事を理解していた。

「有難うね。大河」

 大河の額に接吻せっぷんしつつ、夫を独占する”越後の龍”であった。


[参考文献・出典]

*1:『ゴルゴ13』第90話「潜入者の素顔」1974年12月

*2:ウィキペディア

*3:文部科学省平成26年度年齢別テスト結果

*4:Kuraneo

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る