第247話 尊尚親愛

 華姫と政宗の縁談は、正式に使者を通して山城真田家に伝えられる。

「う~ん。縁談ねぇ……」

 10歳以下の婚約は、別段、珍しくない。

 が、現代人の大河は難色を示す。

 自分が、10歳以下と婚約した癖に。

 父親になると途端、急に心配になったのだ。

「ちちうえ~。わたし、けっこんするの~?」

 華姫も嫌らしく、涙目。

 まだまだ父親に甘えたい年頃、と大河は解釈する。

 実際には、横恋慕しているだけなのだが、唐変木には、気付かない。

 大河の膝で、華姫は、その書状をビリビリに破く。

 そして、胴体に抱き着いた。

「まさむねさまは、にまいめだけど、や!」

「そうか?」

 二枚目か如何かは、分からないが、

・名門の出自

・若き次期当主

・眼帯

 漫画のイケメン主人公の様な設定な事は分かる。

「あらら、華は、まだ子供ね?」

 累を抱っこしつつ、謙信は苦笑い。

 養母として、華姫の将来を想い、名門・伊達家との婚約は賛成したい所だが、本人の意向を尊重する様だ。

「わたしは、ちちうえとけっこんする!」

 瞬間、女性陣の顔がピシリ、と死後硬直。

 与祢は何故か、槍の穂先を研ぎ始めた。

 侍女兼婚約者だが、日頃から武器を整備しておくのは、良い心掛けだ。

「良い子だ―――ぎゃあ」

 途端、与祢は、今川義元の様に豹変し、頭を撫で様とした大河の指を噛んだ。

 もう少しこうごう力が強ければ、毛利新介の様に噛み千切られていたかもしれない。

「ふーふー」

 赤くなった指を鶫が、吐息で癒す。

 まるで、女性陣を挑発するかの如く。

「「「……」」」

 女性陣は、シベリアの様に冷たくなっていく。

「はじしらず」

 華姫もボディーブロー。

 子供なので痛くはないが、流石、売れっ子作家だけあって、言葉が重い。

 この歳で「恥知らず」という言葉を知っている女の子が全国に何人居るだろうか。

 空気を変える為、大河は咳払い。

「おっほん。でもまぁ、伊達家とは仲良くしていきたいな。東北の盟主だし」

「え? じゃあ、こんやく―――」

 どんどん、華姫は、涙目に。

「話を聞きなさい。縁談は白紙だ。華が嫌がっている以上、どれ程魅力的な話でも破談だよ」

 結婚は、時に心を殺す。

 ダイアナ妃が結婚した際、夫の不貞に傷付き、摂食障害となった。

 傍から見れば、どれ程、高貴な結婚でも、生活が地獄だと不幸になる。

 華姫を抱き締めて、

「縁談は、華次第だ。只ね、華。一つだけ御願いがある」

「なに?」

「政宗様とは、今後とも仲良くしてね?」

「ともだち?」

「そう。嫌なら強要はしないけどね?」

「……」

 華姫は、現役の作家だけあって聡い娘だ。

 大河の予測通り、頷く。

「うん。わかった」

 本来、大河が、決められる事を、わざわざ、華姫に選ばせたのだ。

 他家だと、「子供の幸せ」と言い訳をして、名門との縁談を優先するだろう。

 が、大河は、あくまでも、自主性を尊重する人物であった。

 山城守時代も好色的な作品が、出版されても、規制せず、逆に自分が愛読者になり、「もっと過激な作品を読みたい」と手紙を出し、出版社と作者を困らせてしまった程だ。

 江戸幕府の歴代改革者が、表現の自由を侵害し、好色的な作品を弾圧したとは、非常に対照的であろう。

 それ位の自由主義者が、子供を束縛する事は先ず無い。

 揺り籠で眠る累を頭を撫でては、

「累も将来は、嫁入りに行くのかねぇ?」

 何処までも子供想いな父親であった。


 縁談の白紙化は、山城真田家の使者を通して、伊達家に伝えられる。

 理由は、

・年齢的にまだ早過ぎる事

・華姫自身がまだその気でない事

 であった。

 伊達家が心証を悪化させない様にした大河なりの配慮であった。

 断られた政宗は、渋い顔だ。

「……」

 9割9分、難しい事が判っていたが、やはり失恋は悲しい。

「まぁ、そう落ち込むな。真田様の話では華様は、お前の事をそれ程嫌っていない様子だぞ?」

「! そうですか?」

 輝宗のフォローに、政宗は、直ぐに復活。

 非常に分かり易い。

 次期当主には、この部分は、短所だろう。

 東北地方を纏める長に、この性格は、相応しくない。

「まぁ、良い。接触は、成功だ」

「そうですね。印象付けられた、と思います」

 大河を恐れて、華姫等、子供に縁談を申し込んだ家はこれ迄無い。

 誰も、親馬鹿の逆鱗に触れたくないのだ。

 なので、元々、親伊達感情が強い大河に更に伊達氏を印象付けられた可能性がある。

「今度は、家族ぐるみで、鷹狩りを御誘いしてみます」

「待て、政宗。真田様に鷹狩りの御趣味は無い。美食家と温泉巡りだ」

 本当は、

・好色

 も含まれるが、伊達氏の情報収集能力も精度が高い証拠だろう。

「温泉……か」

・料理

・能

・和歌

・漢詩

・茶道

・美術

 等、多趣味な政宗だが、大河とは、合わないらしい。

 大河が酒好きなら良いが、本人は愛妻達に健康上の理由から断酒する様に勧めており、政宗同様、酒が好きな謙信も最近では、酒を断っている、という。

 山城真田家と酒を酌み交わせる事は、ほぼ困難な様だ。

「政宗、もっと、漢らしくなって華様に惚れられる様になれ」

「はい!」

 将来の相手を華姫と見定め、政宗は、武芸に更に励むのであった。


 政宗の純愛は、大河の耳にも届く。

 だが、華姫にその気が無い以上、無理強いする事は出来ない。

 今日は、公休日を利用して、温泉旅行だ。

 現在の山形県は、有名な温泉地が多い。

・蔵王温泉

・銀山温泉

・高湯温泉

 ……

 大河達が選んだのは、迷いに迷って蔵王温泉。

 色々、候補が出されたが、美肌にする”姫の湯”というのが、女性陣の琴線に触れ、決定したのである。

 因みに旅行費用を出している大河の意見は、多数派によって黙殺された。

 外では、「近衛大将」と人々から畏怖されていても、家の中では、尻に敷かれているのであった。

「お風呂♪ お風呂♪」

 沖縄の海の様に青く透き通った御湯に、お江は、上機嫌だ。

 久々に大河の膝の上を占拠出来た事も、上乗せされているのだろう。

 10人以上が混浴し、更に上皇も利用されるという事で、温泉は、完全に貸し切り。

 アプト、稲姫、橋姫も一緒だ。

 おっぱいが一杯なので、大河も上機嫌である。

 右手で、誾千代と謙信。

 左手で、お市と松姫の背中に敷かれている。

 腕が痺れても、身動きがとれない。

 入浴しているのに拷問に遭っている様な感じだ。

 誾千代の目が、鋭く光る。

「―――今、失礼な事、考えたでしょう?」

「全然」

 全力で首を振って、否定。

 若し、悟られれば、文字通り、死ぬかもしれないのだ。

 それ位、女性陣は、強い。

 その証拠に最年少の妻(正確には、婚約者)・与祢は、用心棒でもない癖に、常に槍を装備している。

 有事になれば、そのまま突撃しそうな勢いだ。

 当然、部局割拠主義セクショナリズムとなっている鶫と反目し合う。

「与祢様、婚約者なのですから、御入浴してもらわないと困ります」

「鶫様、日頃御疲れでしょう? 御休み下さい。私が代替要員ですから」

「あらあら。侍女でしょうに? 専門的な訓練を受けていないのに不適格ですよ?」

「これでも武家の生まれです。予備役にも登録済みです。それに何も仕事を奪う訳ではありません。鶫様の休憩時間のみ、を守りたいだけです」

 さり気無く婚約者フィアンセである事を主張アピール

「「……」」

 2人は、今にも掴み合いそうな程、睨み合う。

(なぁ、橋。何であんなに与祢は、代替要員になりたがっているんだ?)

『そりゃあ、侍女だからよ』

 リ●に憑依したネ●シスの様に橋姫は、大河の体内に居た。

 何でも、「同化する事で御湯と体温を同時に体感出来るから(流し目)」との事。

(侍女が、用心棒する事何て無いと思うが?)

『はぁ~』

 華厳の滝の如く深い溜息を吐かれた。

 橋姫の悩みは重い。

『それだけ恩義に感じているのよ。名家でも無い、何の取り柄も無い自分をいきなり侍女にしてくれた。その上、婚約者にまで……頑張らない訳が無いわ』

(……)

 この時代、戦功が重要視され易い。

 平和になった今でも、履歴書で過去の戦功が見られ、文官は、軽視される傾向がある。

 史実でも、戦以外の能力で立身出世を果たした石田三成は、加藤清正等から「俺達が命を張っているのに」と嫉妬され、彼等の襲撃に遭っている(=石田三成襲撃事件)。

 鶫達用心棒とは違い、戦功が無い与祢が、焦る気持ちは分からないではない。

(成程なぁ……)

 橋姫の説に納得し、大河は、小太郎に目配せ。

 槍を仕舞え、と。

「は」

 鶫と同じ用心棒だが、小太郎は、正式には、奴隷。

 与祢の眼中に無いらしく、嫉妬の対象になる事は殆ど無い。

 然し、小太郎は、大河が情報機関の長官に指名した程、その戦闘能力は高い。

 恐らく、誾千代や謙信、稲姫と互角に戦えるだろう。

 命令通り、小太郎は、与祢から槍を奪い取る。

「「あ」」

 そして、ノーステップで槍投げ。

 レーザービームの様に伸びる槍は、飛行中の鳩を貫く。

 飛距離からすると、100mくらいであろう。

「入浴中は、御静かに。それと、主の用心棒は、私ですから」

 さり気無く武力を披露し、論より証拠と黙らせた。

「「……」」

 これには、鶫、与祢も閉口するしかない。

「風魔、何故、鳩を殺した?」

 唯一、朝顔は、不満気だ。

 平和の象徴である動物を目前で殺されたのだ。

 平和主義者として、又、動物愛護者として黙認する事は出来ない。

「は、畏れながら。鳩は害獣なのです」

「害獣?」

「は。『鳩』という曲でも紹介されている様に、鳩は、農作物を好みます。然し、時に食い荒らす場合がある為、この様に駆除が必要なのです」

「……そうか」

 農家が困っている以上、朝顔も言い難い。

 不満気だが、納得してくれた様だ。

 与祢は、与祢で、驚いていた。

(あれ程の投擲とは……私も精進しなければ)

 静かに闘志を燃やし、武芸に励む事を誓うのであった。

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