第242話 奥羽同盟

 万和3(1578)年5月。

 男鹿半島にロシア人海賊が集まっていた。

 その長は、フヴォストフ。

 蝦夷地でアイヌ人の子供を誘拐し、業者に性的奴隷等に売り捌いている極悪人だ。

 最近は、をし尽くしてした結果、アイヌ人の人口が減少。

 植民地時代のオーストラリアに於いて、イギリス人流刑囚や英兵にスポーツ・ハンティングの感覚で虐殺されていったアボリジニの様に。

 だからこそ、彼は一定期間、休む事にし、アイヌ人の人口が増えるのを待っているのだ。

 そんな人種差別主義者は、二本松義継と交流を持っていた。

「武器は、何が欲しい?」

「狙撃銃と爆薬」

「分かり易いな」

「数が多いからな」

 フヴォストフの悪行を二本松は知ってはいたが、金さえ払えば、腐っても元軍人。

 幾らでも知り合いのつでで武器を横流してしてくれる。

「それで仲間は、増えているのか?」

「ああ。10万位は同志タヴァーリシチだ」

「ほぉ……」

 急なロシア語に、フヴォストフは目を丸くする。

「勉強しているんだな?」

「そりゃあ交易の為には、必要だろう?」

 フヴォストフには、「仲間」位の意味合いに感じられた。

「ただ、相手は、”雷帝”を早死にさせた男だ。勝てるのか?」

「男として生まれた以上、負けると分かっていても、戦わないと行けない時があるのさ」

「……それが武士道ブシドーか?」

「ああ」

「……」

 理解し辛いが、騎士の十戒の一つ、

 ―――

『第五の戒律

 汝、敵を前にして退く事勿れ』(*1)

 ―――

 の体現する考え方だ。

「分かった……お前は、漢だよ」

「どう致しまして。で、何時、届く?」

「早くて1週間以内。日本海が荒れる前に届けたい」

 6~7月にかけて、日本海は、荒れ狂う。

 それ程まで遅れる事は無いだろうが、自然に人間が敵う事は無い。

 異常気象で早まる可能性がある為、出来るだけ、早く納品したい。

「分かった。有難うスパスィーバ

 相も変らぬ、ロシア語の堪能さに、フヴォストフは愛想笑いを受かるのであった。


 奥羽越列同盟は、戊辰戦争中の慶応4/明治元(1868)年5月6日に成立した同盟で、

・陸奥国(奥州)

・出羽国(羽州)

・越後国(越州)

 の諸藩が、輪王寺宮りんのうじみや北白川宮能久親王きたしらかわのみや よしひさしんのう1847~1895)を盟主とした、反新政府的攻守同盟、又は地方政権。

 東北諸藩は新政府が仙台に派遣した奥羽鎮撫総督おうしゅうちんぶそうとくに従っていたが、奥羽諸藩は会津藩・庄内藩の「朝敵」赦免嘆願を行い、その目的を達成する為の同志的結合が形成されていた。

 然し、この赦免嘆願拒絶後は、列藩同盟は新政府軍に対抗する諸藩の軍事同盟へと変貌した。

 一説には公現入道親王を天皇として擁立した東北朝廷であったともされるが、同盟自体がその様な表現を公式に行った事は無く、「幼君(明治天皇)の君側の奸である薩賊(薩摩藩)を除く」事が目的であると主張している。

 成立間もない5月中に新政府軍は東北への侵攻を開始、同盟諸藩は新政府軍との戦闘を行ったが、勝利を収める事は出来ずに個々に降伏(戊辰戦争)。

 9月には中心的存在の仙台藩・会津藩が降伏し、同盟は消滅した(*2)。

 それを模範とした軍事同盟が、奥州と羽州の戦国武将が集まって、結成されたのが、『奥羽同盟』である。

 彼等は、元々、軽視される事が多かった東北地方の独立を考えていた。

 支援者は、ロシアとスペインの商人達。

 流石に国家となると大河に敗れた心的外傷トラウマがある為、断られたのだ。

 二本松義継の下で、津軽氏、雑賀衆等、中央政府に不満を持つ諸将が一同に会する。

「もう直ぐ武器が届く。ロシアとスペインの傭兵も加わる。源氏以来、虐げられた我々の悲願が達成される」

「「「応!」」」

 彼等の脳裏にあるのは、文治5(1189)年の奥州合戦。

 既に死に体であった源義経を頼朝は、執拗に追い、藤原氏諸共滅ぼした。

 日本神話でも東北地方は、熊襲として登場し、”北天の化現”(『陸奥話記』)こと坂上田村麻呂(758~811)も朝廷の命令で蝦夷征討を行った。

 現代では東北人に対する差別意識は、ほぼ見られないが、東北熊襲発言(1988年)もある為、一部の人々には、今尚、根強く残っていると思われる。

 同盟賛同者の中には、大河を名君と認める者も居る。

 が、それ以上に中央政府の統制に嫌悪感を抱いているのだ。

 特に国替えで伊達輝宗に出羽国の奪われた最上義光の恨みは深い。

「二本松殿、成功した暁には、それがしを奥州総大将に御任命して頂きたく思います」

「分かっています。約束します」

 相手が強大過ぎて、その実効性は、皆無に等しいが、万が一の事がある。

 東北独立と大河急襲計画は、最終段階に入っていた。


 米沢城の城下町にある温泉宿が、今回の宿泊先だ。

 本当は、カプセルホテルの様な場所を朝顔が希望したのだが、流石に輝宗が「上皇陛下をそんな場所で泊めるのは、恥」と高級旅館になったのである。

 夕食を摂った後、大河は縁側に居た。

 お市が横にやってくる。

「旅行の御予算、計上して下さり、有難う御座いました」

「良いって事よ」

 今回の巡幸の経費は、大河の資産から出ている。

 本来は、朝廷から出るのだが、「経費は、陛下だけで後の分は、自分が出します」と言って、公私混同を避けたのだ。

 朝廷としても、大事な予算を、大家族に支出すのは、避けたい。

「皆は?」

は寝ているわ。孫達と共に遊び回ったからね」

 立場上、妻である事には変わりないが、女性陣の中では、最年長のお市は、誾千代達を「娘」と呼ぶ。

 実際に、三姉妹も娘であり、元康に至っては、孫なのだが。

 兎にも角にも、誾千代達が嫌がっている様子は無い。

「子守りは良いのか?」

「珠ちゃん達がしてるわよ」

「そうか……」

「綺麗ね」

 耳元にかかったお市は、それを直す。

 お風呂上りらしく、石鹸の匂いが香ばしい。

「お市様」

「2人きりの時は、市と呼んでよ」

「……市」

「はい♡」

 10歳以上も年下である可愛い夫を捕まえる事が出来て、毎日、上機嫌なのは、当然の事だろう。

「……綺麗だよ」

「分かってる」

 小谷城に居た時は、移動の自由さえも無かったから、米沢まで来れるとは、思いもしなかった。

 前夫もの極楽浄土で喜んでいるだろう。

にも色んな世界を見せてくれて有難うね?」

「こっちこそ。色々有難いよ」

「色々って?」

「皆まで言わすなよ」

 照れつつ、大河は、額に接吻する。

 三十路を過ぎて額にされるのは、恥ずかしいが、前夫以上の愛が伝わってくる。

「もう。するなら、こっちで」

 赤くなりつつ、お市は抱き着き、御返しとばかりに唇に口付け。

「抱っこして♡」

 子供の様に甘える。

「その前に、夜桜見物に行こうぜ?」

「あら、逢引? ……良いの?」

 を気にする素振り。

「憎まれ役は、疲れるだろう?」

「……」

 愛妻家は、何でもお見通しの様だ。

 女性陣の中で、最年長のお市は、お局様の様になっている。

 お市自身、後輩の一挙手一投足に何も言わないが、年功序列だと、如何しても、敬われ、又、悩める後輩達の相談役として求められている。

 当然、誰にも頼れない彼女は、空元気を演じても、心は疲弊しきっていた。

「……見てるんだ? 仕事馬鹿の好色家じゃないんだね?」

「後半は、余計だぞ? 嫌なら良いが」

「行くわよ」

 大河の腕に絡み、お市は笑顔で同意した。


 御忍びには、何時もの用心棒の2人―――小太郎、鶫、そして、今回はナチュラもついて来た。

 夜伽に呼ばれる事が少ないナチュラは、京都新城では、珠と一緒に各地の服飾研究を行っている。

 今回の同行は、用心棒というより、研究家としての意味合いが強い様だ。

 離れた所から3人(実質2人)に見守られつつ、大河達は城下町を散策する。

 亥の刻(午後9~午後11時)頃でも、明るい。

 ネオンサインは妖しく煌めき、若い男女や夫婦が歩いている。

 その一方で、子供は見られない。

 地元警察が監視を強化し、少年犯罪を未然に防ごうと努めている。

 東北一の城下町は、伊達氏の下で発展していた。

 令和2(2020)年現在、東北地方最大の都市は、宮城県仙台市(109万1922人 2020年10月1日現在)であるが、この異世界では米沢がその役割を担いそうだ。

 輝宗としては、仙台を発展させたい所だろうが。

「連れ込み宿、入る?」

「おいおい、風呂上りだろう? 又、汚れたいのか?」

「あら、混浴すれば良いじゃない?」

 お江の様に大河の手を繋いでは離さない。

 流石、母娘と言った所か。

 2人は、居酒屋に入る。

 日ノ本一の美女の来店だけあって、店内は、騒然とする。

「(おい、何だあの美人? 秋田のもんか?)」

「(津軽美人、庄内美人、越後美人の可能性もあるぞ?)」

「(隣のも若いのに、よく結婚出来たな。羨ましいぜ)」

 この時代の美女の基準は、絵巻物た美人画に描かれる様な涼しい目だ。

 ルイス・フロイスも、

 ―――

『欧州人は、大きな目を美しいとしている。日本人はそれを恐ろしいものと考え、涙の出る部分の閉じているのを美しいとしている』(*3)

 ―――

 と評している。

 肖像画のお市(『絹本著色浅井長政夫人像 』重要文化財 高野山持明院蔵 )もその様に描かれている為、当時の日本人の美に対する基準が分かるだろう。

 女性店員は、見惚れてしまい、思わず、御盆を落とす。

 男性客は、大河に殺意を向ける。

 そんな中、お市は、注文した。

「この『口説き上手』を」

「は、はい!」

 ねじり鉢巻きの中年の店長は、直ぐに用意した。

 美女に対して良い顔をしたいのだろうが、

「お前さん!」

 と、奥さんに怒鳴られ、ヘッドロック。

 バックヤードにそのまま連れて行かれる。

 平和な時代になると、女性の力が強くなるという話があるが、山城真田家だけではなく、少なくともこの居酒屋でも同じ様だ。

 憐れ店長。

 バックヤードから平手打ちの音が聞こえる。

 店長の末路に同情しつつ、

秀子ひでこ、酒飲むのか?」

「あら、悪い?」

「いや、程々にな?」

 お市の名前は、信長の妹、という事で全国的に知られている。

 その為、狭い店内では、一般人に配慮し、別名で呼ぶ。

 こういう臨機応変に対応は流石、軍人だろう。

「済みません。塩引寿司を御願いします」

 近衛大将であり、上皇の夫であるにも関わらず、この低姿勢。

 都民には、見慣れた光景だ。

 塩引寿司は、米沢では鮮魚が手に入り難かった為、塩引きにして食されていた。

 紅白に成る事から正月や目出度い席に出される(*4)。

 正月でも目出度い席という訳ではないが、各地の寿司に興味があった大河は、以前から塩引寿司を食べたかったのだ。

「有難う御座います!」

 女性店員が、その場で握って出す。

「おお、美味い」

「貴方♡ 食べさせて♡」

「はいよ」

 お市のあーんさせると、

「「「……」」」

 男達の視線が更に鋭くなる。

 長政の様な美男子であったら、お似合いだっただろうが、生憎、大河は、童顔であって美男子とは言い難い。

(俺には不釣り合いだなぁ)

 と思いつつ、お市の幸せそうな様子に満足するのであった。


[参考文献・出典]

*1:レオン・ゴーティエ  訳:武田秀太郎 『騎士道』 中央公論新社 2020年1月

*2:熊野秀一「公現法親王の奥羽越列藩同盟における役割について」『大正大学大学院研究論集』37巻 2013年

*3:訳注:岡田章雄『ヨーロッパ文化と日本文化』岩波文庫 1991年 ワイド版2012年

*4:米沢観光Navi HP

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