第243話 雲鬢花顔

 世界三大美人の1人に数えれる楊貴妃グイフェイとお市は、似ている。


・美女


・共に結婚歴あり

 楊貴妃→李瑁りぼう(?~775)

 お市 →浅井長政(1545~1573)


・美人薄命(楊貴妃37歳 お市36歳)


・最期  (安史の乱 賤ヶ岳合戦)


 時代も国も違うが、これ程共通点がある歴史上の偉人は、リンカーンとJFKに次ぐ例だろう。

 カランと杯の氷を鳴らす。

 妖艶な視線で。

「……」

 その先にあるのは、大河だ。

 疲労困憊だったのか、珍しく船を漕いでいる。

 が、超一流の軍人らしく、常に片手は、脇の下のベレッタにある。

 殺気を感じれば即応するその姿勢は、ゴ●ゴを彷彿とさせるだろう。

 前夫・浅井長政には、これ程警戒心は無かった。

 だからこそ、朝倉義景と組んでしまい、戦死したのだが、大河に関していえば、その様な心配は無いだろう。

 長政を失って以降、お市は三姉妹を守る為に仇敵・信長を頼り、生きる事を選んだ。

 然し、今は違う。

 この大河という男は、野心が無い癖に実兄を事実上、隠居に追い込んでくれた。

 更には、浅井家の復権をも許してくれた。

 出逢った当初は、只の「可愛い男」で好意も軽かったが、今では「男の中の漢」であり、大好きになっている。

 経産婦で無ければ、誾千代達同様、猛烈に接近アプローチを図っていたかもしれない。

 それくらい、愛している。

「有難うね? 付き合ってくれて」

 寝ぼけ眼の唇にそっと口付け。

 襲っても、相当、気を許しているらしく、大河は抵抗しない。

 閉店時間も迫って来た。

 大河に肩を貸し、御勘定し、退店する。

 殆どの店は閉まり、行き交う人々もまばらだ。

 漆黒が包む歓楽街は、不気味さもはらんでいる。

 温泉宿に帰り、明日に備えなければならない。

 睡眠時間は少なくても、移動中の車内で仮眠すれば良いが、大所帯なので快眠とはいかないだろう。

(……ちょっと、夜遊びが過ぎたかな?)

 日頃、休まる事が殆ど無い大河なのだが、その優しさに甘えてしまい、ついつい、居酒屋に長居し過ぎてしまった。

 への罪悪感もある。

 自分が彼女達の立場なら、寝取られた様な気がして、母親を恨み、大河をなじるだろう。

 若し、大河が責められる様な事があれば、全力で擁護しなければならない。

「―――」

「何?」

 何事か囁かれ、お市は、聞き返す。

 寝言な様で、大河は、その手を強く握り、

「―――好きだ」

 今度は、はっきりとした声量で告げた。

「……私もよ♡」

 に悪い、と思いつつ、お市も強く握り返す。

 山城真田家内では母親や御局であるが、結局は彼女も1人の人間であり女性だ。

 好意は、否定出来ない。

 子供が出来るかは、分からないが、若し、子を成したら、世間は花山天皇(968~1008)以来、自らを「母腹宮おやばらのみや」。

 三姉妹を「女腹宮むすめばらのみや」と呼ぶかもしれない。

 それでも、『恋は盲目』という様に愛は、万物にも勝る。

 愛妻家のの事だ。

 その様な複雑な家庭環境にもなっても、養女・華姫、実子・累達に分け隔てなく可愛がっている為、問題は無いだろう。

 2人は、武者道を歩く。

 ここは、下級武士達が忍んで買物をする際に使用している道だ。

 史実では江戸時代、武士達は買物をするにも帯刀し、身形みなりを整えて出掛けなければならなかった。

 武者道は、下級武士達が刀を差さず、忍んで買い物をする際に使用した道を言う。

 現代でも市内に何箇所か残っているが、平和通から南に向かう武者道が整備され実際に歩く事が出来る(*1)。

 小川のせせらぎと夜風を感じつ歩いていると、

「真田大河! 御覚悟!」

「天誅!」

 突如、物陰から2人の刺客が飛び出しては、火縄銃を向けた。

 街灯からチラリと見えた甲冑の家紋は、八咫烏やたがらす

 大河が徹底的に弾圧し、服従させた雑賀衆のそれだ。

「!」

 突発的に反応した大河は、お市の前に立つ。

 そして、ベレッタを抜くとも、数瞬、雑賀衆の方が早かった。

 一瞬、お市を逃がすか、自分が楯になるか迷った心の隙が生んだ差であった。

 12~13間(20数m)先から銃撃される。

 避ける事も出来ずに、大河目掛けて弾丸が飛ぶ。

 お市の目前で仁王立ちになった彼は、真面まともに被弾した。

 顔面と腹部に。

「いやあああああああああああああああああああ!」

 お市の叫び声が、木霊した。

 燃え盛り、崩壊していく小谷城と大河が重なる。

 血を吹き出しつつ、弁慶の様に踏ん張る夫。

「「!」」

 動揺した雑賀衆は、次の瞬間、西瓜すいか割りの様に頭部が破裂する。

 米沢中に配備されていた”射撃の名手達”に属する狙撃手によるものだ。

「……」

 照準器で他に敵が居ない事を確認したのは、雑賀孫六であった。

 同胞を撃つのは心苦しいが、大河の下で紀州の雑賀衆は、良い暮らしが出来ている。

 戦国時代、各地に傭兵として転戦していた時期は嘘だった位に。

 だからこそ、孫六は同胞でも容赦しない。

 時代が悪かったのであって、大河に一切非は無い。

 彼に殺された孫市も、極楽浄土でそう思っている事だろう。

 バレットM82―――それが、孫六の愛銃だ。

 射線上の2人をまとめて、射殺出来る芸当は、彼の才能と努力の賜物であろう。

 現場では、お市が大河を抱き締めて泣き叫んでいた。

「だ、誰か! 誰か!」

「主!」

「若殿!」

「真田様!」

 後方から3人が、慌ててやって来た。

 2人に配慮する余り、距離が作り過ぎたのが、失策の理由だ。

 3人は、顔面蒼白で大河を看る。

 ナチュラが脈を測り、鶫が呼吸を確認。

 小太郎が、出血量を視る。

 腹部の方は、防弾ベストの御蔭で外見上の傷は見られない。

 問題は、顔面だ。

 文字通り、血だらけで、風穴すら確認出来ない程の出血量だ。

「貴方!」

 大河を揺すろうとすると、

「待って!」

 ガシッと、お市の手が掴まれた。

 軍医の格好をした橋姫に。

 彼女は真剣な眼差しで、静かに言う。

「大河は無事よ。生きてる」

「……え?」

 お市の声が漏れる。

 明らかに顔面を被弾した、というのに無事なのは、俄かに信じ難い。

 呆気に取られていると、

「もう少し、寝かせてくれよ」

 むくりと、起き上がる。

「「「!」」」

 9割9分、死を覚悟していた女性陣は、ビビった。

「あわわわ」

 ナチュラに至っては、泡を吹き、倒れる。

 大河が起き、ナチュラが気絶したのは、プラスマイナスゼロ(?)であろう。

「あのまま、寝ていたら火葬されていたかもよ?」

「早過ぎた埋葬は、御免だな」

 魔力で血はスライムの如く集まり、塊となって川に飛び込む。

 不足分は、橋姫がやはり、魔力で補充する。

 そのまま、見殺しにしても眷属として橋姫の下に来る為、彼女としては、何方どちらかと言えば死を望んでいたが、親友が早々に眷属になるのは忍びない。

 又、お市が余りにも不憫であったのも理由の一つだ。

「傷口は、塞ぐ?」

「いや、余り一度に魔力を使うと、疲れるだろう?」

「まぁね」

「どうせ、自然に塞がるんだろ? だったら、このままで良いよ」

 アル・カポネやバララ●カの様な疵面スカーフェイスに憧れていた、何て口が裂けても言えない。

「頬……だったんですね?」

 鶫は、安堵する。

 顔面に風穴が開いた、と思っていたが、実際に貫通していたのは、頬であった。

「良かった……本当に」

 これまで以上にお市は、強く抱き締めた。

 その後頭部を撫でつつ、大河は、わらう。

((あ、ヤバイ))

 小太郎達の予想は、的中する。

 信長の様な激情家ではないが、大河が激切れした時も又、分かり易い。

 目に光りも無い。

 お市の両耳を自然に手で塞ぎ、大河は、指示を出す。

「地獄を見せてやれ」

 奥州合戦以来、東北地方に大戦の火蓋が切って落とされた。


[参考文献・出典]

*1:米沢観光Navi

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