第241話 奥ノ細道

 江戸、深川―――。

『草の戸も 住替る代ぞ ひなの家』

『行春や 鳥啼魚とりなきうおの 目はなみだ


 日光―――。

『あらたうと 青葉若葉の 日の光』

そりすてて 黒髪山に 衣更ころもがえ

暫時しばらくは 瀧に籠るや はじめ


 那須野、黒羽、雲厳寺―――。

『かさねとは 八重撫子やえなでしこの 名成べし』

『夏山に 足駄あしだを拝む 首途哉かどでかな

木啄きつつきも いおはやぶらず 夏木立なつこだち


 殺生石、遊行柳、白河の関―――。

『野を横に 馬牽うまひきむけよ ほとゝぎす』

『田一枚 植て立去る 柳かな』

『卯の花を かざしに関の 晴着かな』


 須賀川、朝積山、信夫の里―――。

『風流の はじめやおくの 田植うた 』

『世の人の 見付ぬ花や 軒の栗』

早苗さなえとる 手もとや昔 しのぶずり


 飯塚の里、笠島、武隈の松

おいも太刀も 五月にかざれ 帋幟かみのぼり

『笠嶋は いづこさ月の ぬかり道』

『桜より 松は二木を 三月越し』


 宮城野、松島―――。

『あやめ草 足に結ん 草鞋わらじ

『松島 や鶴に身をかれ ほとゝぎす』


 平泉―――。

『夏草や 兵どもが 夢の跡』

『卯の花に 兼房かねふさみゆる 白毛しらがかな』

『五月雨の ふりのこしてや 光堂』

 ……

 東北地方の美しさは、後世の『奥の細道』で松尾芭蕉が、表している。

 その光景を眺めつつ、リムジンは、ゆっくりと北上していく。

 菊の御紋をベ〇ツのスリーポインテッド・スターの様に掲げたそれは、悪路を行く。

 本来は、通れないのだが、伊達輝宗が、

「陛下をわざわざ馬車に乗り換えさせる事は不敬」

 と、慌てて、悪路を何とか自動車道に整えた。

 私費を投じてまで何とか間に合わせた為、責める事は出来ない。

 沿道には、日章旗と旭日旗を掲げた領民が、歓迎する。

「陛下~!」

「近衛大将~! よ! 日ノ本一!」

 大河が放った先遣隊により、警備は万全だ。

 彼等の行く所は、全て、アメリカ大統領のそれ並に厳しい。

 平民に偽装した国家保安委員会がうじゃうじゃ。

 狙撃手も大勢居る。

 かつて、スターリンが公衆の面前に姿を現す時は、式を見下ろす事が出来る建物の窓は全て占拠され、狙撃手が配備された。

 立入禁止区域に迂闊うかつに入った人間は即座に射殺されたと言われる。

 今回の訪問先は、全てその様になっていた。

 ”闇将軍”―――大河が、その司令官だ。

「ここが出羽国だよ」

「「「おー」」」

 地平線に広がる田圃たんぼに女性陣は、大興奮。

 出羽国からは、お米を輸入し、京都新城でも食卓に出され、城下町でも売られている為、彼女達が生を観たがっていたのだ。

 田植えは先だが、現地の田圃を観れただけでも収穫だろう。

「だー♡」

 御米が大好きな累も、涎を垂らし、今にも飛び込みそうだ。

「帰る時に買い付け様な?」

「だー♡」

 勿論、田圃以外にも米沢は観光名所が沢山ある。

・法泉寺

・愛宕神社

・白布温泉

・小野川温泉

 と、現代でも沢山の観光客が訪れている。

 異世界でもこれらはあり、時間が合えば楽しめるだろう。

「それにしても……」

 謙信が呟く。

 視線の先は、伊達輝宗の家臣だ。

「噂に違わぬ伊達者ね」

 歓迎する彼等の身形みなりは、非常に御洒落だ。

 髪の毛を部分染めしたり、円錐型の帽子である半首笠はっぷりがさを被ったり、目が悪くないのに眼帯をしたり。

 服飾ファッションは、京都以上に自由だ。

 伊達者という言葉通り、御洒落な街である。

 隣国・越後国に居た時から、その服飾性の豊かさは、謙信も知ってはいたが、現実に見ると、やはり、驚くしかない。

 上皇が巡幸するというのに我を通す豪胆さも、服飾を重視しているからだろう。

「凄いわね。出羽の人々は」

「……だな」

 驚く朝顔に大河は、意味深に同意する。

 元々は巡幸が決まった際、領民は、焦った。

 黒髪に染め直したり、地味な服を着なければならないのではないか? と。

 然し、領民が直す事は無かった。

 巡幸前に大河が放った先遣隊の使者が、「服飾は自由で。矯正する事は無い」と事前に通知していたからだ。

 領民は半信半疑であったが、約束を破った例が無い大河の言葉を信じ、今に至る。

 その結果、本来の生活を伺い知る事が出来た朝顔には、良い経験となった。

「ほぇ~」

 幼帝は、御洒落に興味がある。

 御所の中では、固い制服ユニフォームなので、出羽国の人々程、御洒落は出来ない。

 巡幸先で少し位、羽を伸ばしても問題ないだろう。

 伊達者の勉強にもなる。

 島育ちのナチュラも、静かに興奮していた。

「……」

 彼女が注目しているのは、片肌脱ぎしている女性達。

 それ用に改造された着物は、妖艶で且つ格好良い。

 通し矢の射手の様な光景が、広がっていた。

 まだ4月。

 雪残る中、寒さを一つ見せずに御洒落に生きる彼女達に感銘を受けていた。

(ここで服飾文化と技術を学ぶ良い好機ね)

 朝顔以外の女性陣は、修学旅行と言った感じであった。


 米沢城が近付く。

 近くの山々は、今尚、雪山と化し、陸軍冬季戦技教育隊が訓練を行っていた。

 東北地方と蝦夷では、雪中戦を想定した訓練が多い。

 独ソ戦や冬戦争等、近代的な心象があるが、


・海ノ口城合戦

 天文5(1536)年暮れ、甲斐守護・武田信虎は8千の兵を率いて佐久方面に出陣。

 佐久平賀城主、平賀源心(玄信)入道成頼等2千の立て籠もる海ノ口城を攻めた。

 36日間の包囲にも関わらず海ノ口城は陥ちず、冬の到来と共に信虎は兵を引き揚げた。

 この際、信虎の嫡男、晴信(後の信玄)は初陣であるが、殿軍を申し出て、兵300を率いて海ノ口城に奇襲を掛け、海ノ口城は落城した(*1 )。


・大崎合戦

 天正16(1588)年、伊達政宗の軍勢が、降雪の影響で撤退中に追撃を受けて敗走。


 と、例はあった。

 其々それぞれ、クロスカントリーとライフル射撃の音を聴きつつ、一行は米沢城に入る。

「よくぞ御越し下さいました」

 輝宗が家臣団と共に頭を下げた。

 京都新城に比べると、室内は狭い。

「『貧窮問答歌』の様な暮らしとは違いますね?」

「申し訳御座いません。『伊達者』は、我が家の伝統です。僻地へきちの民にもこの様な暮らしをさせたいのですが」

「いえいえ、皮肉ではありません」

 大河は、愛想笑いしつつ、武具を見る。

 鎧兜よろいかぶとや刀剣は、室内に無い。

 朝顔が来るにあたって片付けた様だ。

 因みに輝宗と出逢っているのは、大河、朝顔、誾千代、謙信のみ。

 お市達は、国家保安委員会護衛の下、米沢観光を楽しんでいる。

 大河達も会談後、彼女達と合流する予定だ。

「それで、僻地とは一体何処なんです?」

「はい。陛下のお耳に入れるのは、恥ずかしい事ですが……」

 冷や汗を手巾で拭きつつ、輝宗は、続ける。

「男鹿半島です。あそこは、交通の利便が悪く、時折、海賊に襲われます」

「海賊?」

「はい。陛下の前では口汚い御言葉ですので、これ以上の事は、お控えしますが」

「「「……」」」

 透明人間になって城内を散策していた橋姫が、教えてくれる。

(露助よ)

 現在の秋田県に属する地域には、ロシアとの貿易が盛んの為、ロシア人が多い。

 一部は、国際結婚をし、将来的に秋田美人になるかもしれない。

 関ヶ原の戦いの結果、常陸国(現・茨城県)の大名・佐竹義宣が江戸幕府から秋田への転封を命じられた腹癒せに、俗説として旧領内の美人全員を秋田に連れて行ってしまい、その後、水戸に入府した徳川頼房が佐竹氏へ抗議した所、秋田藩領内の美しくない女性全員を水戸に送りつけて来た為、秋田の女性は美人で水戸はブスの三大産地の一つ(他の二つは仙台と名古屋)になった、というものがあるが、この話自体消失経路ルートだろう。

「何故、無策なのです?」

「それ程、強敵なのです」

「……」

 輝宗程の戦国武将なら、伊達隊を率いて海賊如きを討伐する事は可能な筈だ。

「陛下は、『なまはげ』というのを御存知でしょうか?」

「はい。来訪神ですよね?」

 妖怪等と同様に民間伝承である為、その正確な発祥等は判っていない。

 秋田には、「漢の武帝が男鹿を訪れ、5匹の鬼を毎日の様に使役していたが、正月15日だけは鬼達が解き放たれて里を荒らし回った」という伝説があり、これをなまはげの起源とする説がある(*2)(*3)。

「あれは、海賊を模範なんです。天狗が異人のそれの様に」

「……!」

 朝顔は、ショックを受けた。

 なまはげは、京都でも出羽国の秋田地方を代表する文化だったから。

「そこで大将には、改革と共に、なまはげの本来のあるべき姿を取り戻す為に御協力を御願い出来ますか?」

「……」

 チラリと、朝顔の反応を伺う。

 内政不干渉だが、領民が困っているのならば、仕方が無い。

 大河の手を取るも、何も言わない。

 行かせたくは無いが、民の為には、目を背ける事は出来ないから。

「輝宗殿、何故、我が夫を行かす?」

 謙信は、明確な反対の意思を示した。

「……」

 誾千代も言葉こそ出さないが、反対らしい。

 大河の手を握り、行かせない様にしているのが、その何よりの証拠だ。

「貴君の領内の仕事だ? 夫は、田村将軍ではない」

「は。重々承知の上です。然し、我が隊では、太刀打ち出来ないかもしれないのです」

「随分と弱気だな?」

「はい」

 朝顔に何度か視線を送る。

 上皇には、喋りたくない内容らしい。

 空気を読んだ朝顔が、席を外す。

「御花を摘みに行くわ。アプト」

「は。御一緒させて頂きます」

 2人が出て行った後、漸く、輝宗は、重い口を開く。

「どうも露助を支援しているのは、諸大名みたいなんです」

「……二本松か?」

「! 地獄耳ですね?」

 中央からは軽視されがちな東北地方だが、国家保安委員会の情報網がちゃんと機能している。

「”右京太夫”の噂は、此方にも届いています。―――相当、無能な方である、と」

「ふふ」

 謙信は、吹き出した。

 上杉家当主時代から、二本松の事を聞いていたが、これ程はっきりと「無能」との評価は、初めて聞く。

「二本松は最近、露助の海賊と諸大名を取り纏め、東北の盟主になろうとしています」

「……雑賀衆が居る様だな?」

「! 本当に地獄耳ですね?」

 改めて驚く。

「輝宗殿、なまはげ、自分がなりますよ?」

 にやりとわらう大河。

 と、同時に背後の小太郎が消える。

 大河に有能なくノ一が居る事は、周知の事実であったが、これ程、積極的に動くとは思わなかった。

 ここに、

・なまはげ=ロシア人海賊起源

 から、

・大河起源

 とり替わり、出羽国から日ノ本全土に流布される事は、後の話であった。


[参考文献・出典]

*1:『甲陽軍鑑』

*2:万造寺竜『旅の伝説玩具』旅行界発行所 1936年

*3:野添憲治 野口達二『秋田の伝説』角川書店〈日本の伝説〉 1976年

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