第218話 鳳凰于飛

 勅令を果たした大河の代わりに、帝が被災地に入る。

「それは、大変だったですね」

 避難所にて、1人1人に膝をつき、目線を合わせて声をかけて行く。

 朝廷の保守派が、

「帝の仕事は、公務と祈念だけであって、庶民と会う事ではない」

「震災直後は、犯罪が悪化し、そんな所には、到底行かせられない」

 等の理由で、被災地入りを阻止し様としたが、改革派の大河が、

「陛下が御望みである」

「『悪化している』という犯罪率を出せ」

 と一蹴し、実現したものであった。

 無論、念には念を入れよ。

 万が一に備え、国軍の上杉隊が皇宮警察と共に警護。

 更には、帝が神戸に行く前に特別高等警察が先乗りし、犯罪傾向の強い者や犯罪組織を(意味深)。

 帝の希望を成就したのだ。

 被災地に後光が差す中、大河は、京で家族と過ごしていた。

「ちちうえ~。しんさいたいへんだった?」

「ああ。見ての通り、2貫痩せたよ」

 1貫は、3・75kg。

 2貫だと7・5kgの計算になる。

 半月でこの減量は、激やせと言えるだろう。

「心配」

 エリーゼが、デイビッドを抱きつつ、大河の頭を撫でる。

「有難う。でも、食欲はあるから」

「今朝は、何を食べました?」

 茶々が心配した顔で尋ねた。

「林檎」

「幾つです?」

「……1個」

「不健康です」

 半月激務だった分、大河にも長期休暇が、帝より与えられた。

 本当は、無期限だったのだが、捜索隊の主体となった家臣団が1か月だった為、大河も同期間だ。

「……そうだな」

 華姫を抱き枕の様に抱いて、大河は、横になる。

「ちちうえ?」

「済まんな。ちょっと寝るのに付き合ってくれ」

「はーい♡」

 好きな人の腕の中で、華姫は、喜ぶ。

 大河が体調不良なのは、心配だが、軍医の話によれば、その原因は『過労』であって病気ではない。

「……zzz」

 の●太の記録、0・93秒に匹敵する程の速さで大河は、寝落ち。

 相当、激務だったのだろう。

「「「……」」」

 妻達は、起こさない様に慎重に出て行く。

 但し、体調不良な事は変わり無い為、誾千代と侍女達、そして何時もの用心棒達の5人だけ残った。

「……」

 華姫も大河のがうつったのか、船を漕いでいる。

「……幸せね」

 誾千代は、大河の寝顔を眺めつつ、呟いた。

「民に尽くした男を今じゃ独り占め出来るんだもの」

「そうですね」

 珠も同意した。

 与祢は、会話に参加せず、毛布を2人にかけた。

 起こさない様に、そっと。

 大河の寝顔は、女性陣にとってだ。

「……可愛いわねぇ。少年みたいで」

「「本当です♡」」

 ショタコンの気があるのか、誾千代と侍女達は、今にも発情しそうな程、興奮している。

 20代の筈なのだが、どう見ても中学生位にしか見えない。

 義父と養女の関係にある華姫が、人見知りせずしないのは、「お兄ちゃん」としても潜在的に慕っているのかもしれない。

 否、お江や朝顔、於国等の幼妻も。

「……うぅん……」

 遂に華姫は、寝落ち。

 寝返りを打ち、大河と鼻先が触れる。

「……んにゃ!」

 感触で気付いた華姫は、飛び起きるも、

「う~ん……」

 大河に抱き締められ、離れられない。

 鼻息が。

 吐息が。

 香水の香りが。

 全てが近い。

「……ちちうえ?」

 耳元で囁く。

「(はなぁ~。よめいりは、まだだぞ~)」

「へ?」

「……」

 寝言だったのか、それきりだ。

 更に抱擁が強くなる。

「zzz……」

 いびき一つかかずに寝ている。

(……父上は、私の事をそれ程……)

 養女の嫁入りを遅らせたい程、内心は想っている様だ。

 華姫としては、それが恋心に変わって欲しいが、これはこれで気分が良い。

(もう、私の心をざわつかせて……絶対に射止めてやるんだから!)

 義母達の目を盗み、そっと頬に接吻をするのであった。


 数時間昼寝した大河は、復活する。

「う~ん……よく寝た―――んお?」

「ちちうえ~♡」

 涎を垂らした華姫が、傍に居た。

 快眠らしく、全く起きない。

 見れば、誾千代達も看護していたのか、横の布団でぐっすりだ。

「……」

 疲労困憊の彼女達を起こす程、大河の性格は悪くない。

 枕元に、

『看ててくれて有難う。ちょっと散歩に行って来るよ。 大河』

 と書置きを残し、退出。

「主」

「若殿」

「「お早う御座います」」

 廊下では、用心棒達が待っていた。

「起きていたのか?」

「はい。若殿が起床する迄ずっと」

「休んどけば良いのに」

「用心棒ですから」

 2人は、疲れを見せずに散歩に付き合う。

 何処迄も糞真面目な用心棒達である。

「主、これからどちらへ?」

「う~ん、人狩?」


 大河が2人を引き連れて向かったのは、仏教協会。

 日ノ本全土の寺院を統括する機関だ。

 予約無しに来ては、会長室のソファに座り、ふんぞり返る。

 突然の事に会長は、緊張した面持ちで御茶を出した。

「……御用件は何でしょうか?」

「最近、羽振りが良いな」

「はい。三が日が稼ぎ時ですから」

「次は灌仏会か?」

「はい」

「幾ら収入が見込める?」

「えっと……」

 算盤でパチパチ。

 電卓があるのだが、文明の利器に頼らないのが、彼等の信条だ。

「……1億です」

「嘘だな」

「え?」

「三が日の収入も過少申告していたな? 国税局査察部マルサが近々、家宅捜索に入るぞ?」

「!」

 会長は、飲みかけていた御茶を溢してしまう。

「……本当ですか?」

「さぁね。噂で聞いただけだから、真偽は知らん」

「……」

「無罪でも辛いなぁ? 疑惑が燻るんだから」

 一度ついた疑惑を無実の人間が、証明するのは、困難だ。

・袴田事件(1966年)

・障害者郵便制度悪用事件(2009年)

 等、数々の冤罪事件がそれを示している。

「……御協力して下さいますか?」

「と、言うと?」

「私は、無実です。その協力を―――」

「だったら僧侶の癖に不倫するな」

「う」

 醜聞を突かれ、会長は固まる。

「それに尼僧にも性的な嫌がらせをしているだろう? まだまだあるぞ? 脱税に犯罪組織との癒着、仏教徒の政治家への献金……疑惑の総合商社だよ」

「……」

「俺が名誉会長の時は自制したが、辞職した途端、これだ。人間ってのは、愚かだよなぁ? 露見しない程、大胆不敵になるんだから」

 口から泡を吹きそうな程、会長は、震える。

 何時の間にか、その目が三白眼であったから。

「『正常化の偏見正常性バイアス』ってのは、怖いねぇ」

「……」

「目安箱にさ。告発状が届いているんだよ。それも沢山。あんたの泥舟で心中する気は更々無いぜ?」

 大河が顎で示す先には、泣く子も黙る組織犯罪対策部マル暴を連想させる強面捜査員達。

 皆、島津氏や吉川氏等、武闘派の戦国大名から集まった屈強な武士達だ。

 柔道や剣術、弓道に長けた彼等は、ラガーマンや力士の様な巨漢である。

「そ、そんな……」

 会長は、項垂れた。

「死刑だねぇ。御仏の天罰が当たったな」

 ケラケラと嗤いつつ、大河は、その頭部に村雨を振り下ろすのであった。


 死体を”配管工”が運び出し、代わりに査察部が入って来る。

「真田様、好い加減、現場を荒らすのは、止めて下さいませんかね?」

「済まん済まん。詫びるよ」

 金庫を勝手に開けて、中身を披露する。

 会長が貯めていた不正蓄財―――現代の価値で換算すると、ざっと100億は下らないだろう。

 金銀財宝がたんまり。

「……重要な証拠ですが?」

「分かってるよ。これは、証拠として保管しろ。後で特別手当として別の形で詫びるから」

「賄賂は犯罪ですよ?」

「要らんのか?」

「要らないとは言っていません。有難く頂戴致します」

 査察部は、恨まれ易く、又、国家公務員の為、億万長者の夢が無い。

 お堅い仕事なので仕方の無い事なのだが。

 子沢山等、出費が他人より多い場合は、いけないと分かっていながらも、副収入に手を出してしまうのだ。

 現代同様、日ノ本では、公務員の副業は、厳禁だ。

 大河との癒着は、確実に問題だが、彼無しには、不正を正す事は出来ない。

 政界の黒幕は、司法、行政をも牛耳っていた。

「じゃあな」

「「「御疲れ様でした!」」」

 中腰になって捜査員達は、見送る。

 完全に姿勢が、ヤクザのそれなのは、行政職員として如何なものかだが。

 兎にも角にも、日ノ本では、大河と行政が見ての通り、癒着関係にある御蔭で、大きな問題は起こっていない。

 散歩は、これで終わり。

 城に戻って家族と過ごすのみだ。


 帰宅すると、香ばしい匂いが。

 その元を探ると、厨房で於国が大きな鍋をかき混ぜていた。

「真田様、お帰りなさいです」

「只今。良い匂いがするな」

「はい。ごあより輸入した『かれえ』なるものを作ってみました」

 於国が見せたタミル語のレシピには、はっきりと『kaRi(=食事)』と書いてある。

「よく解読出来たな?」

「女は度胸ですから」

 えっへん、と胸を張る。

 失敗するかもしれないが、於国は、何事にも挑戦する女性だ。

 辞書と睨めっこし、カレーを初挑戦ながらも作れたらしい。

「皆は?」

「真田様を待ち切れず、食べています。お江様は、既に8杯目で―――」

「おかわり!」

 遠くからお江の元気な声が聞こえ、暫くして、アプトが、空になった御茶碗を持って来た。

「あ、若殿、お帰りなさいませ」

「ああ、只今。アプト、休憩だ。食べてて良いよ」

「そうさせて頂きます」

 大食漢のお江の食事介助に疲れたのか、アプトは遠慮無く休む。

 同じく、くたくたの与祢、珠と共に。

 部屋に入ると、お江がモリモリ食べていた。

 大河に目もくれず。

「お帰り」

「只今」

 真っ先に誾千代が声を掛け、大河はその隣に座る。

 エリーゼ、茶々、千姫は、食べ終わっているらしく、その周りを囲んだ。

「遅いわよ。デイビッド、寝ちゃったじゃない?」

「真田様、待ち草臥れました」

わたくしもです」

 茶々と千姫が、大河の膝に座る。

 普段は、占領しっ放しの朝顔や華姫、お江は、カレーに夢中の為、今が好機なのだ。

 ずしっと、2人の体重が、伸し掛かる。

(……重い?)

「真田様?」

「山城様?」

「「今、失礼な事を考えていたでしょう?」」

 何故、バレるのか。

「失礼な真田様には、石抱いしだきの刑です」

 更に茶々は、体重をかける。

 お江程ではないのだろうが、茶々も相当数のカレーを食べた様で、以前よりも、2kg位、重い。

 彼女だけでなく、千姫も同じ位に。

 2kg分のカレーを食べたのかは、定かではないが、太ったのは、確かだ。

「それって自分達が太っている事を自覚してないか?」

「むきー! 失礼な!」

 怒った千姫が、大河に抱き着く。

 太った分、力も強い。

「ぐえ」

 愛妻に石抱いしだき&鯖折さばおりの刑を食らう大河であった。

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