処女脱兎

第213話 愚公移山

『太行山(現・太行山脈タイハンシャンは中国北部に在る山地)と王屋山の二つの山は、700里四方で、高さが1万尋(=7万尺=2万1210m *1尺=約30・3cm)もある。

 元々は冀州きしゅうの南、河陽の北にあった。

 昔、北山の愚公という人が居て、90歳になろうとしていた。

 太行と王屋の二つの山を南にして家を構えており、険しい山の北側で塞がれて、出入りで回り道しなければならない事に悩んでいた。

 そこで、愚公が、家族を集めて相談して言う事には、

「私は貴方達と力を尽くして山を平らにし、予州の南を目指して通れる道路を造り、漢水の南岸迄道を通したい。如何だろうか?」

 と。

 家族は皆もっともな事だとして賛成した。

 愚公の妻が疑問を申し出て言う事には、

「貴方の力では、小さな丘を崩す事さえ出来ません。

 況してや太行・王屋の様な大きな山を如何する事が出来ましょうか?

 いや、出来ないでしょう。

 それに加えて、山を崩した土は、何処に置こうというのですか?」

 と。

 皆は、

「崩した土は渤海の端や、隠土の北の方に捨てましょう」

 と言った。

 遂に愚公は、息子や孫達を引き連れ、土や石を運ぶ者は3人で、石を打ち砕き、土地を切り開き、やもっこを使って土や石を渤海の端の方へ迄運んだ。

 愚公の隣人である京城氏の未亡人に遺児の男子が居て、歯が抜け替わる位の年齢(=7~8歳)になっていた。

 その子も勇んで手助けに行き、寒暑の季節が変わって、漸く一度家に帰ると言った有様だった。

 黄河の畔に住む利口な老人が、嘲笑ってこの作業を止めさせ様として言った事には、

「酷い事、貴方の愚かさは。

 老い先短い力では、山の草1本だって取り除く事は出来ない。

 況してや、土石を如何し様というのか?

 いや、如何にも出来まい」

 と。

 北山の愚公は深く溜息を吐いて行う事には、

「貴方の考えの固さは、手の付け様が無く、あの未亡人の幼子にも劣る。

 例え私が死んだとしても、子は残っている。

 その子は更に孫を生み、孫は又、子を生む。

 その子には又、子が出来、子には又、孫が出来る。

 子子孫孫、尽き果てる事は無い事は無い。

 然し、山の方は体積が増加していく訳ではない。

 如何して平らにならない事があろうか?

 いや、何時かは平らになる」

 と。

 黄河の畔の利口な老人は、返す言葉も無かった。

 山の神はこの話を聞き、愚公が山を崩すのを止めない事を心配して、この事を天帝に報告した。

 天帝は愚公の真心に感心し、夸蛾氏の2人の息子に命じて、太行と王屋の二つの山を背負わせて、一つは朔北の東部に置き、もう一つは雍州の南部に置いた。

 斯うして、冀州の南から漢水の南側にかけて、切り立った高い丘は無くなったのである』(*1)(*2)


 毛沢東は1945年6月にこの話を演説で引用し、日本と中国国民党政権を二つの山に、中国共産党を愚公に喩え、

「どんなに敵が強力に見えても、我々が山を崩し続ければ、天帝にあたる中国人民は我々を支持してくれるのだ」

 と訴えた。

 この毛沢東の論文は、文化大革命ウェンホアタークーミンの時代に、

『人民に奉仕する』

『ベチューンを記念する』

 の短い文章と合わせて、『老三篇』と呼ばれ、パンフレットで普及された。

 毛沢東が訪蘇時、スターリンにこの伝説を紹介すると彼は興味を示し、

「私達が手を組めば山を移す以上の事が出来ますよ」

 と答えた、とされる(*3)。


 大河も又、その故事に倣い、二山―――保守派と既得権益を守りたい守銭奴を相手に戦っていた。

 武力ではなく、平和的に。

「絶対に五畿七道は守らなければならない! 収入が激減するんだぞ?」

「いや、これは武家の力を更に削ぐ改革だ! 侍は要らない! 軍人で十分だ!」

 貴族院の審査会は、廃国置県法案の賛成派と反対派が論争を繰り広げていた。

 賛成派は、武家社会を嫌う公家中心。

 反対派は、軍事貴族だ。

 議員ではない大河は、ここでの発言権は無い。

 然し、乱闘対策の為に勅令で派兵されたのだ。

 現代の衛視は、必要に応じて防護用の盾や刺股し、普段は規定により捕縄や警笛を所持している。

 だが、警察官が持っている様な警棒や拳銃等の武器は身につけていない。

 立法権を警察権が侵さない、これが民主国家のあるべき姿だ。

 又、国会法により、国会議事堂周辺は警察官が、敷地内を衛視が警備に当たっている。

 警察官が敷地内に入る場合、議長や事務総長らの許可が必要だ。

 もっとも、2014年にカナダの国会がテロの標的になった例がある為、テロ対策の観点から衛視が武装する事も検討されている(*4)。

 国会を守るのは、衛視ではなく大河率いる国軍山城真田隊。

 裏を返せば、大河の意思一つで国会を占拠する事も出来るのだ。

「……」

 軍事貴族の1人が抜刀した。

 が、次の瞬間、

「有罪」

 牙突の様に大河は、右片手一本突き。

 議員は、翠玉の散りばめた剣シャムシール・エ・ゾモロドネガルで胸部を貫かれた。

「ぐえ」

 小さく呻いた後、倒れる。

 即死だ。

「「「……」」」

 それまで白熱していた会議場は、水を打ったかの様に静まり返る。

 遺体は大河の部下が回収し、彼は血を拭き取ると、納刀し、着席。

「どうぞ。議論、再開して下さい」

 誰もが「出来るか!」と突っ込みを入れたい所だが、笑顔の殺人鬼に口出し出来る者は居ない。

「えっと……一旦、休憩します?」

「そうですね。では、一旦、閉会致します」

 機知に富んだ議長の提案を、副議長は承諾し、宣言。

 その日、議会が再開される事は無かった。


[参考文献・出典]

*1:『列子』

*2:フロンティア古典教室 HP

*3:ウィキペディア

*4:産経ニュース 電子版 2015年2月11日

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