第195話 有名無力、無名有力

・山城守

・国防大臣

 の辞任は、帝を落胆させた。

『真田よ。自分で民の模範になるのは、素晴らしい事だが、何も急遽、辞める必要は無かったのでは? 流石に急すぎるだろう?』

おそれながら陛下。無暗むやみ長居ながいすれば、それこそを作ってしまいます。法の下では、誰でも平等なのです」

『そうだが……』

 御簾みす越しでも分かり易い程、帝は、こうべを垂れている。

 近衛前久によれば、電撃辞任の際、かんばせが青褪めていたという。

『真田は、真面目過ぎる。もう少し、緩和したら如何だ?』

「仰せのままに」

『近衛大将は、留任するんだよな?』

「はい。体力、気力の限界まで続ける所存であります」

『そうか……』

 帝は、安堵する。

 大河と一緒に来ていた朝顔も謝った。

 彼女は、という立場上、流石にこの場では、大河の隣に座る事は出来ない。

 2人は、同じ御簾みすの内側に居た。

「陛下、私からも申し訳御座いませんわ。事前に御相談無く辞任は―――」

「いや、真田の性格ならば、考えられた事だ。非常に残念だが、理念を実現する為の自己犠牲は、容易い事では無い」

「……」

「良い夫を貰ったな」

「! 有難う御座います」

 平伏すると、帝は、微笑む。

「日ノ本一の果報者だよ」


 山城守を辞任しても、大河の居城は、京都新城である事は変わりない。

 後任者の明智光秀が、その日の夕方、挨拶に来た。

「真田殿、私を後任に御推挙して下さり有難う御座います」

 深々と頭を下げた。

 、と指名された訳だから、その表情は固い。

 勝家は喜んでいたが、光秀は緊張の方が強い様だ。

 分かり易い程、対照的である。

「何故、私を御指名に?」

「名君だからですよ」

 間髪入れずに大河は、答えた。

 現代では、逆臣の心象イメージが強い光秀だが、意外な側面もある。

 志賀郡で一向一揆と戦った時、明智軍の兵18人が戦死した。

 光秀は戦死者を弔う為、供養米を西教寺さいきょうじ(現・滋賀県大津市)に寄進した。

 西教寺には光秀の寄進状が残されている。

 他にも、この戦で負傷した家臣への光秀の見舞いの書状が2通残されていて、家臣へのこの様な心遣いは他の武将には殆ど見られないものであった(*1)。

 内政手腕に優れ、領民を愛して善政を布いたといわれ、現在も光秀の遺徳を偲ぶ地域が数多くある。

 現代に至る亀岡市(亀岡市は亀山城の城下町。伊勢の亀山との混同を避ける為、1869年に改称)、福知山市の市街は光秀が築城を行い、城下町を整理した事に始まる。

 亀岡では、光秀を偲んで亀岡光秀まつりが行われている。

 福知山には、「福知山出て 長田野越えて 駒を早めて亀山へ」と光秀を偲ぶ福知山音頭が伝わっている(*2)。

 日ノ本一の名君に褒められ、光秀は素直に照れる。

 (〃▽〃)ポッ

 ↑と。

「流石に真田殿には、敵いませんが、荷が重いですね」

「自分に気を遣わずに、御自分の思うがままに政治を行う事が成功への近道です」

「有難う御座ます。この御恩は、一生、忘れません」

 深々と頭を下げると、その背後からひょっこ〇はんの如く。

 じー。

 珠の様な可愛らしい、JC女子中学生が顔を出す。

 黒色のフリフリなミニスカートは、ゴスロリを彷彿とさせる。

 否、それだろう。

 安土桃山時代にゴスロリ、爆誕。

「そのは?」

「我が娘、珠であります。この度、挨拶に一緒に行きたい、と申しまして、連れて来た次第です。不格好とは思いますが、御容赦下さい」

「いえいえ。出町商店街でよく見る為、大丈夫ですよ。我が家も扱っていますし」

 南蛮から輸入した衣服を、山城真田家ではゴスロリに意匠計画デザインし、販売している。

 服飾ファッションに敏感な10~20代の女性は、直ぐに飛びつき、ゴスロリは、飛ぶ様に売れている。

 珠もその顧客の様だ。

 その証拠にスカートの裾には、『富国強兵』の花押が。

「真田様、この様な素晴らしい服を販売して下さり、誠に有難う御座います」

 キラキラとした目が眩しい。

「……随分と若いですね?」

「今年で14ですから」

 光秀が答えた。

 ゴスロリを愛でる愛娘を余り大河に晒したくない様だ。

 娘を連れて来る辺り、仲は良いが、その嗜好には、理解出来ていないらしい。

(中坊かぁ……」

 雰囲気は、濃姫の様に大人びている。

 妖艶な美女と言った感じか。

「それで、御相談なんですが、この度、女中として雇って下さる事は出来ますか?」

「女中?」

「はい。見ての通り、箱入り娘でして、社会勉強させたいと思い、色々、適任者を探した所、真田様を推す声が多かったのです」

「成程」

 浪人から近衛大将に迄成り上がったの下で社会勉強をさせたい―――という親心は、大河も親の為、分からないではない。

「出来ますでしょうか?」

「丁度、1枠空いている為、問題ありません。アプト」

「は」

 後方に控えていたアプトが、与祢と共に立ち上がった。

「教育してあげなさい」

「は!」

 軍人の様なキビキビとした返事に、珠は圧倒された。

(……奉公先、間違えたかも)

 と。


 一切の政治的役職から退いた大河は、訓練トレーニングと家族サービス以外は、暇になった。

「あ~。気持ち良い~」

 お江に肩を揉まれ、大河は、幸せそうな声を出す。

「上手くなったな?」

「技巧家だから」

 でへへへ、と笑い、お江は、大河の膝を枕にする。

「兄者の膝、固い」

「柔らかかったら、そりゃあ豆腐だ」

「そうだね」

 膝に頭を擦り付ける。

「何してるの?」

「目印。ほら、犬がしているでしょう? くさむらとかにおしっこをさ?」

「あー……」

 如何やら、お江は、目印マーキングの事を言いたいらしい。

「……俺、叢?」

「そうだよ?」

 笑顔でお江は、頷く。

「……」

 反論を許さない位、その邪心の無いそれに、大河は、心を奪われるしかない。

「兄者は、既婚者の癖に、最近、大奥に、女中の与祢ちゃんを、明智殿の御令嬢をと、怪しいから。今の内に目印付けとこうかと」

 言葉の一部が刺々しい。

「この浮気者~」

 擦れる位、お江はスリスリ。

 感触は、心地良い。

 目印の様に見えて、気持ちの良いマッサージの様だ。

「ほ~。俺に宣戦布告か? 良い度胸だ。賊軍には、こうだ」

「ひゃう!」

 脇をこちょこちょ。

「ひゃああああああ!」

「けけけけけ」

 悪魔の様な嗤いと共に大河。

「あ―――?」

「俺を欲情させた罰だ」

「変態」

「ぐえ」

 直後、大河は斬首された様に首だけがガクンと落下した。

 犯人は、お初である。

 踵落としした足をぶらぶらさせつつ、お江を抱き締める。

「もう、お江。駄目よ。この性犯罪者には、複数で対抗しないと」

 夫を性犯罪者呼ばわりする妻。

 あながち間違っていないのが、辛い。

 たん瘤をこすりつつ、大河は、苦言を呈す。

「殺す気か? 危うく脳震盪のうしんとう起こす所だったぞ?」

「お江を虐めた罪には、妥当なんじゃない?」

「……分かった。じゃあ、お初とは離縁だな?」

「え?」

 固まるお初。

 お江も目をパチクリ。

「家庭内暴力されるからなぁ。結婚は、長続きしないだろう?」

 わざとらしく、大河は、溜息を吐く。

「……」

 謝りたいが、自尊心プライドが邪魔し、お初は、躊躇う。

「言い難いならお市様には、俺から言っておくが?」

「……」

 俯いたお初は、無言で大河に抱き着く。

 そして、弱弱しい声音で、

「(……兄上、御免)」

 先程迄の暴力を行っていた過激さは無い。

 そのさまは、妻を洗脳マインドコントロールするDV家庭内暴力夫の様な感じは否めないが。

 兎にも角にも、お初が謝罪した事で幕引きだ。

「分かれば良い。じゃあ、仲直りに逢引と行こうぜ?」

「え? 良いの?」

「兄者、私も―――」

「分かってるよ。40秒で支度しな」

「うん!」

 お江は元気よく返事し、お初も頷く。

 そして、五輪オリンピックの100m走決勝並に勢い良く飛び出すのであった。


 逢引デートには、姉妹の他、於国、御付きの与祢、珠も一緒だ。

 これに愛人三人衆も付属品なので、大所帯である。

「兄者、これ似合う?」

「おー!」

 大河は、しん〇すけ並に興奮する。

 お江が試着しているのは、旗袍チイパオ

 所謂、チャイナドレスだ。

 切れスリットから覗く太腿が、非常にHな感じだ。

「可愛いなぁ♡」

 抱き上げると、お江は、不満顔。

「もう、兄者。『可愛い』は子供に対してだよ? 私は、大人。『綺麗』と言って」

「う~ん。でも、お江は、可愛いのが似合っているからなぁ」

「そうなの? 美人にはなれない?」

「美少女だよ」

 中身の無い会話だが、お江は不満半分嬉しさ半分、と言った感じか。

 於国は、新しい巫女装束を新調している。

「於国、獣耳、付けてくれ?」

「何です、これ?」

「仮装用だよ。ほら、収穫祭で若者達が、仮装しているだろう?」

「あー……あれですか?」

 収穫祭ハロウィンは、元々は、ケルト人の祭だが、これも又、大河は、仮装コスプレ行事イベントとして導入していた。

 仮装コスプレ用獣耳を装着すると―――あらあら不思議。

 あっという間に於国は、狐耳の美少女妖怪に変身。

 ブラック企業に勤めて疲労困憊な主人公を癒す某ヒロインの様だ。

「……どう、ですか?」

 緊張した面持ち。

「Perfect.」

「え?」

 流暢な英語に於国は、戸惑う。

 大河は、涎を垂らさんばかりに満足していた。

「似合っているよ」

 笑顔で於国の頭を撫でる。

「……」

 獣耳がピクピクと反応し、その耳は真っ赤に。

 お初は、珠と共にゴスロリだ。

「これ短くない?」

「短ければ短い程、殿方を誘惑出来ます。旦那様が御好きなら、恥ずかしさを捨てて下さい」

 むっふー、と珠の鼻息は荒い。

 日ノ本に於いて、ゴスロリは、まだまだ理解され難い服飾ファッションだ。

 お初を通して、理解者を増やそうという魂胆である。

 与祢は、愛人三人衆に囲まれ、城内で着る服を選んでいた。

 鶫、小太郎、ナチュラは、其々言い合う。

「女中ならこの位で良いんじゃない?」

「アプトがメイドだからメイド服で統一した方が良いと思うけれど」

「若殿は、見えそうで見えない所が御好きです。を大切にしましょう」

 3人の勢いに圧倒され、与祢は、何も言えない。

(若殿は、愛されているんだ……)

 本来、数多居る女中の中で、与祢は、珠と共に選ばれた稀有な存在だ。

 珠は、明智光秀の娘だけあって、特別待遇しているのかもしれない。

 然し、自分は、殆ど大河とは関わりが薄い羽柴秀吉の家臣の娘。

 珠同様、特別待遇される理由は、見付からない。

 ふと、大河と目が合う。

「与祢、決まった?」

「い、いえ……まだ……」

「そうかぁ。じゃあ、俺達は、向かいの喫茶店に居るから。ゆっくり選びなさい」

「は、はい……」

 まるで娘に接する父親の様な穏やかな接し方だ。

(……こんな旦那さんと結婚したいなぁ)

 密かに大河に恋心を抱く与祢であった。


 結局、与祢の制服ユニフォームは、メイド服となった。

 真田のメイド服を抱いて、与祢は、上機嫌だ。

「♪ ♪ ♪」

 鼻歌混じりで珠とクリームソーダをシェア。

 2人は、ほぼの同僚だ。

「御飲物、奢って下さり有難う御座います」

「良いって事よ」

 大河は、お江に御茶を飲ませつつ、答える。

「あ、そうだ。2人に言い忘れてた。珠は、お初に。与祢は、お江に付いてくれ」

「「え?」」

 思わず、我が耳を疑う。

 近衛大将の正妻の専属女中になる等、新人には、破格の厚遇だ。

 与祢はが首を傾げた。

「何故です?」

「その為に採ったから。それに山内家とは、仲良くしたいからね。与祢、御両親には、悪口言っちゃ駄目だよ?」

「……は、はぁ……」

 今の所、山城真田家に不満は無い。

 居心地も良い。

 その上、この厚遇だ。

 良い意味で悪口など、あっても口が裂けても言いたくない。

「お初、お江も良いな?」

「はい」

「分かった!」

 お初は静かに、お江は元気よく返事した。

「良い返事だ」

 父親の様に褒めると、大河は、2人に其々接吻する。

「……兄上、今晩、良い?」

「初姉様! 今日は、私の番だよ―――」

「お江、然う言うな。お初の汐らしい所、見れるぞ?」

「! 良いよ!」

 簡単にお江は、退いた。

 ラブラブな若夫婦な姿に、新人女中達は、羨ましく思うばかりであった。


[参考文献・出典]

*1:小和田哲男『明智光秀 つくられた「謀反人」』PHP研究所〈PHP新書〉1998年

*2:ウィキペディア

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