第196話 闇将軍
公的な役職は近衛大将のみの大河だが、これまでの実績から国政、都政に隠然たる影響力を持っていた。
政界には、「近衛大将の推薦が無ければ、立候補すら出来ない」という噂が流れる。
無論、噂であって真実ではない。
日ノ本での被選挙権は、現代同様(*1)、
衆議院議員 :・日本国民で満25歳以上である事
貴族院議員 :・日本国民で満30歳以上である事
・貴族(従五位下以上の位階)である事
都道府県議会議員:・日本国民で満25歳以上である事
・その都道府県議会議員の選挙権を持っている事
市区町村長 :・日本国民で満25歳以上である事
市区町村議会議員:・日本国民で満25歳以上である事
・そのその市町村議会議員の選挙権を持っている事
と、しっかり決められている。
又、欠格条項もある。
・日本国籍を有していない事
・前科者及び受刑者
・過去、一度でも投票を病気や事故等の諸事情以外で怠った者
は、投票権を含む如何なる選挙権を剥奪される。
権利を自主的に放棄した以上、国家が放棄者に権利を与える事は出来ない―――というのが理由だ。
その為、武士階級の立候補者は、大河詣でを欠かさない。
「真田様、この度、次期国政選挙に立候補したいのですが」
「御自由に立候補して下さい」
笑顔で冷たく言い放ち、立候補予定者を突き放す。
門前払いも出来るが、それをしないのは、相手が「推薦状を貰える」と期待した直後に拒否され、絶望になる表情が大河の大好物だからだ。
つくづく歪んだ人間性と言え様。
落ち込んで帰る者を手で振って、見送り、今日の訪問者はこれで終わりだ。
「本当、性格、悪いわねぇ?」
誾千代は、呆れ顔だ。
妻でも、夫のこの対応には、白眼視せざるを得ない。
帝や民が知らない、大河の裏の顔である。
「こっちは、
「……」
悪びれもしない夫。
「兄者は、意地が悪い」
お江もドン引きした顔だ。
「へいへい。俺は、性格が御悪い御座いますよ」
けけけ、と口端が耳元迄吊り上げると、大河は、於国を抱き締める。
最近の御気に入りは、彼女だ。
常に、獣耳+
「於国、皆が
「真田様の性根が腐っているのが原因です」
大河に同情せず、正論の誾千代達に同情する。
於国は、才媛だ。
大河と誾千代、どちらに加勢すれば、火種にならないかを考えた上での判断だ。
大人数の山城真田家の女性陣だが、険悪ではなく、大河という愛妻家の下で、結束していた。
「ちちうえ~」
『広辞苑』の様な分厚い本を振り上げて、華姫が追い掛け回す。
「そのせーしん、わたしがなおす!」
「おい、作家が本で撲殺するな!」
逃げる大河。
今日も山城真田家は、平和である。
”闇将軍”になっても、未だに
その筆頭が、松永久秀である。
その人柄は、
『分別才覚、人に優れ、武勇は無双
と評される
又、
『(1561年の権勢を)天下の最高の支配権を我が手に奪ってほしいままに天下を支配し、五畿内では彼が命令した事以外に何事も行われないので、高貴な貴人達が多数彼に仕えていた―――(久秀は)偉大な又、稀有な
とも評されている様に。
一時は、最も天下人に近い武将の1人であった。
然し、最後は信長と対立を深め、史実の天正5(1577)年に上杉謙信、毛利輝元、石山本願寺等の反信長勢力と呼応して、本願寺攻めから勝手に離脱。
信長の命令に背き、信貴山城に立て籠もり対決姿勢を明確に表した。
信長は松井友閑を派遣し、理由を問い質そうとしたが、使者には会おうともしなかったという(*4)。
信長は嫡男・織田信忠を総大将、筒井勢を主力とした大軍を送り込み、10月には信貴山城を包囲させた。
佐久間信盛は名器・古天明平蜘蛛を城外へ出すよう求め、久秀は、
「平蜘蛛の釜と我らの首の二つは信長公にお目にかけようとは思わぬ、鉄砲の薬で粉々に打ち壊す事にする」
と返答した(*5)。
織田軍の攻撃により、久秀は10月10日に平蜘蛛を叩き割って天守に火をかけ自害した。
首は安土へ送られ(*6)、遺体は筒井順慶が達磨寺へ葬った(*7)。
その日が、丁度10年前に東大寺大仏殿が焼き払われた日と同月同日であった事から、兵は春日明神の神罰だと噂した(*4)。
大仏殿を焼いた他、年貢未進等の百姓を処罰する際、蓑を着せ、火を放ち、藻掻き苦しんで死ぬ様を「蓑虫踊り」と称して、楽しんで見物したとも伝えられ、久秀の死を領内の民は、農具を売って酒に変え、大いに祝ったとも口伝えられている。
―――
その様な
「何が民主主義だ! 糞が!」
現在、久秀は浪人である。
織田家と対立した事から久秀は、大和国を(現・奈良県)追放された後、国政選挙に出馬。
然し、寺社勢力と百姓からの票を失い、大惨敗。
三好家の重臣時代に蓄えた資金で何とか生活しているが、
(それもこれも全て、真田の所為だ。あ奴さえ居なければ……)
そこでふと妙案が思い浮かぶ。
(そうだ……あれを使えば)
思い立ったが吉日。
久秀は、立ち上がると、未だに付き従う部下に叫んだ。
「渡来人を呼べ!」
久秀は、中風(現在では脳卒中の後遺症である半身不随、片麻痺、言語障害、手足の痺れや麻痺等)の予防の為、毎日時刻を決めて頭の天辺に灸を据えていた。
自害の直前でさえ、灸の用意を命じ、部下から、
「この期に及んで養生も無いでしょう」
と言われたが、久秀は、
「百会(脳天)の灸を見る人は、いつの為の養生だと、さぞおかしく思うであろう。
だが我は常に中風を
死に臨んで、
そうなれば今までの武勇は
百会は中風の神灸なれば、当分その病を防ぎ、快く自害する為のものである」
と語って灸を据えさせた後に自害したという(*8)。
―――
天辺に御灸を据える久秀の前に、訪問者が現れる。
「御呼び頂き光栄であります」
長身の色白の美男子。
彼を人々は、
―――”
本名を長宗我部元親と言う。
「槍は敵の目と鼻を突くようにし、大将は先に駆けず臆さずにいるもの」と答え、そしていざ戦になると元親はその通りに行動し、敵兵を見事に突き崩し(*9)た事から、”鬼若子”と呼ばれている。
四国を統一しかけた”
「”鬼若子”殿。貴殿には、御協力して頂きたい」
「何でしょう?」
「二条城に絡繰りを仕掛けて頂きたい。それが成功した暁には、儂も挙兵する」
「……絡繰り、とは?」
「追って連絡する。貴殿も天下人を夢見る武人であろう?」
「……」
今は、出身地に幽閉されているが、元親は、天下人を本気で狙う武将だ。
天正18(1590)年、 小田原攻めで北条氏を滅ぼして凱旋した秀吉が、京の聚楽第に諸将を招いて饗応した。
秀吉:「元親殿は四国を望むのか、それとも天下に心を掛けているのか」
元親:「如何して四国を望みましょう? 天下で御座います」
秀吉:「元親殿の器量では天下の望みは叶うまい」
元親:「悪い時代に生まれ来て、天下の主になり損じ候」
秀吉:「それはどういう意味か?」
元親:「他の人の天下であれば、恐らく天下を取れると思いますが、秀吉様の世
に生まれ合わせ、その望みを失ったので、悪い世に生まれ来たと申した
のです」
秀吉は笑い転げて、上機嫌で、
「元親公に茶湯を所望しよう」
といい、元親は喜んで千利休と打ち合わせて準備をした(*10)。
―――
以上の逸話から、元親の野心の強さが分かるだろう。
「貴殿は、織田の仇敵の中では、二条城に出入りが許されている数少ない大名だ。二条城の内部構造は、分かるよな?」
「……ええ。然し、若し、私が天下人になっても、松永殿は、如何するんです?」
「見ての通り、貴殿は若い。儂は、老い先短い。せめて死ぬ前に織田が滅ぶ様が見たい。それだけの事だ」
「……」
「資金は、提供する。織田を倒そうぞ」
御灸を堪能しつつ、久秀は、がっちり元親と握手する。
(……我が家は、金が無い……この老獪と組めば……天下人、か)
永禄の変で時の将軍を殺した久秀だが、元親も結構、狡猾だ。
阿波国侵攻時、長宗我部軍は、
そこで元親は和議を申し入れて、丈六寺(現・徳島市)で停戦交渉を行う事になった。
元親側から大幅な譲歩もあった事で交渉は纏り、境内では実綱をもてなす酒宴が開かれる。
豪傑といわれた実綱は大酒を飲んでへロヘロ、家臣達もかなり酔って油断していたその時。
床下に潜んでいた長宗我部軍の刺客部隊が一斉に広間に乱入して斬りかかった。
実綱等も奮戦したが、酔っぱらっている上に多勢に無勢、よってたかって斬り殺されてしまう。
実綱等が流した大量の血飛沫は縁側の板に染みつき、幾ら拭いても血痕は消えなかったという。
この縁側の板を外して天井にしたのが、現在もこの寺に残る『丈六寺の血天井』だ。
この他にも伊予国では、敵対する城の付近で住民に変装した兵達に盆踊りを行わせ、これを見物しにきた城主や住民達を虐殺した(*11)。
―――
早速、地元・土佐国に戻った元親は、居城・
「殿、流石にこの計画は、無理難題では?」
「これは、侍としての夢だ。それに家臣団には、良い暮らしをさせたい。地元だが、1国だけじゃ、貧乏だからな」
―――
『誠に元親事、律儀第一の人にて、御上使御横目衆とあれば、頭を地に付け慇懃に仕られ候が、此時は以ての外なる存分にて有りし也』(*9)
とされる元親は、家臣から慕われている。
一方、
『元親は不仁不義の大将にて、諸軍勢の内、名も聞えたる英雄共与力して、戦場に粉骨したる者にも恩賞の沙汰もなく、却て質に取たる諸将の子供を串刺しにして楽しむ程の悪逆故、各々離れ離れに見捨、討死したる妻子供をも恵む事もなく、此人の果こそ思ひやられたれと悪まぬ人ぞなかりけり』(*12)
と、侵略された側からの評判は、大層悪い。
―――
以上の事から、元親は、評価がくっきり分かれる武将だ。
岡豊城近くに雷が落ちる。
強い雨も降り出した。
その
「時は今 雨が滴る 天下かな」
久秀&元親の
『参考文献・出典]
*1:総務省 HP
*2:『足利季世記』
*3:『日本史』 ルイス・フロイス
*4:『信長公記』
*5:『川角太閤記』
*6:『多聞院日記』
*7:『大和志料』
*8:『備前老人物語』
*9:『元親記』
*10:『土佐物語』
*11:https://japan-2020.net/chosokabe.html
*12:『細川三好君臣阿波軍記』
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