第184話 万古千秋

 子の刻(午後11~午前1時)。

 大河の両脇には、美少女が。

 胸部には、美女が抱擁する様に腰に手を回し、がっちりホールドしていた。

 こんな束縛をする美女は、戦国一の美女・お市である。

 お初、お江の姉妹は、既に疲れ果て、寝入っている。

 その為、大河がピロートークするのは、お市しかない。

「相変わらず、御元気ですね?」

「若い者にはまだまだ負けていないわ」

 姉妹が寝ている事で、お市は、1になっていた。

「……」

 思わず、大河は、見惚れてしまう。

 何を隠そう、お市は戦国一だけあって女性陣の中でも1番の美女だ。

 普段は、正妻達に配慮して言わないが、正史で37歳時点(1583年)で、実年齢よりも遥かに若い22~23歳に見える程若作りの美形であったと言われている様に、とても三十路には見えない(*1)。

 その美人さは、男ならば、誰でも一目惚れしてしまう事は間違いないだろう。

 37歳で22~23歳の外見から考慮すると、現在、30歳の彼女を後世に残す場合、「10代の見た目」と記されるだろう。

 つまり、本物の10代の娘達と何ら変わらない年齢だ。

 戦国一の美男子・浅井長政と鴛鴦おしどり夫婦になれたのも頷ける。

「お市様、話とは?」

「あら? 覚えていたのね?」

「当然ですよ。気になっていますから」

 あれだけ激しく絡み合っても、大河はゴ〇ゴ13並に冷静沈着クールだ。

「浅井家を復興して欲しいの」

「……」

 予想していた事が当たった。

 驚かない大河に、逆にお市は、驚く。

「……予想していたの?」

「ええ」

「何故?」

「お市様は、織田家より浅井家に想いがありますから」

 信長が隠居した今、浅井家が近江国の国主に復帰しても、何ら問題は無い。

 この時機タイミングをお市は、虎視眈々と狙っていたのかもしれない。

 信長の妹だけあって、野望が尽きない女性だ。

「……お市様は、浅井家に復帰されるのですか?」

「織田家と浅井家の橋渡しにね」

 妖艶に微笑む。

「……自分にそんな権限はありませんが?」

「嘘。織田家の黒幕の癖に」

 細い指で大河の胸筋をなぞる。

 何ともいじらしいさまだ。

「黒幕?」

「そうよ。全部、政策は、貴方が裏の立案者。知能顧問よ」

「……」

 歴史上の知能顧問ブレーントラストは、以下の通り。

諸葛亮ジューガー・リァン(181~234)

・司馬懿 (179~251)

・大江広元(1148~1225):源頼朝

・満済  (1378~1435)

・太原雪斎(1496~1555):今川義元

・竹中重治(1544~1579):羽柴秀吉

・黒田孝高(1546~1604):羽柴秀吉

・以心崇伝(1569~1633):徳川家康 ”黒衣の宰相”

・天海  (1536 ?~1643):徳川家康

・新井白石(1657~1725):徳川家宣

・矢部貞治(1902~1967):近衛文麿

・瀬島龍三(1911~2007):中曾根康弘 ”昭和の参謀”

 自覚は無いが、確かに新政府の政策の多くに関与し、又、全権委任法を有している為、知能顧問と言えなくはない。

 下手したら安岡正篤並の黒幕フィクサーだ。

 尤も、本人は、自身が「黒幕フィクサー」と呼ばれる事を嫌っていたが。

「最近じゃ、”配管工”とかいう謎の組織を暗躍させているし」

「……地獄耳ですね」

 普通の綽名だが、その内容は、どす黒い。

 ”配管工”の正体は、要約すると防衛省機密漏洩防止部隊。

”ニクソンの黒幕フィクサー”とも呼ばれたそれは、国家の醜聞スキャンダルを隠蔽する専門部隊だ。

 大河もそれを模範とする組織を創り、暗躍させていた。

「”配管工”は、何しているの?」

「国家機密ですよ。浅井家の件は、信忠様に御相談下さい―――」

「血縁者だから、私に配慮するわ」

「……」

 信忠とお市は、親戚関係にある。

 然し、殆ど会った事が無い為、その関係性は薄い。

 信忠の事だ。

 お市と信長の間で悩む事は、必至。

 その点、大河は信長の義弟でありながら事実上の独立状態にある。

 大河なら中立性を保ちつつ、英断が下せる、との判断だろう。

「……断ります」

「!」

 お市を抱擁し、ささやく。

「お市様を愛していますが、それとこれとは別です」

 真っ直ぐな目で告げると、更に強く抱き締める。

「あ……」

 思わず、声が漏れた。

 感触、声、雰囲気……

 夫婦になった時の22歳の時の浅井長政(婚姻時期については諸説あり)そっくりだ。

 彼に初見で心を開き、又、3人娘を嫁に出したのもやはり、その様なのも無意識に感じていたのだろう。

「……私の頼みでも?」

になりたければ、兄上の所に追放しますが?」

 スッと、襖が少し開き、鶫がシャ〇ニングの様に顔を出す。

「若殿、大丈夫ですか?」

 ジャケット写真の様な狂気に満ちた笑顔と共に槍を見せる。

 お市を刺殺しそうな勢いだ。

「大丈夫だよ。御休み」

「御休みなさい」

 襖が閉まる。

「……愛されているわね?」

「ですね」

「……こんな熟女おばさんに迄欲情する何て。特殊性癖ね?」

「残念でした。お市様は、許容範囲です」

「……有難う」

 1人の女性として見てくれるのは、正直、嬉しい。

 艶福家且つ好色家が難点だが、見られないよりかは、マシだ。

 この日、お市は、久し振りにからになるのであった。


 翌日。

 大河は、誾千代と謙信に挟まれ、朝食を摂っていた。

・白米

・味噌汁

・焼き魚

 総資産が数兆円の億万長者とは思えぬ質素振りだ。

 大河が質素倹約なのは、帝の影響である。

 現代でも多くの人々が天皇の暮らしを贅沢と誤認している場合があるが、実際は、非常に質素だ。

 例えば昭和天皇の食事の献立は、公開されている。

 朝食は年中、洋食で、具体的には、

・オートミール

・麺麭

・野菜料理

・サラダ

・果物

・煮冷水(湯冷まし)

・お茶

・牛乳を毎朝食べていた。

 オートミールは大麦を使った西洋風の御粥の様なもので、戦後はコンフレークの場合もあった。

 牛乳や甘みを足して天皇好みの味に仕上げるのは皇后の役目だ。

 風変わりな習慣もあった。

 ピーナッツか銀杏の炒ったものを3粒だけ食べる、というのが昭和天皇の毎朝の習慣だった。

 ピーナッツは皮を剥き、バターで炒めて軽く塩を振る。

 銀杏は殻から出して皮付きのまま焼き、その後、皮を剥いて軽く塩を振るのだ。

 朝食は8時、昼食は12時、夕食は18時で1年中変わる事が無い。

 昼食が洋食であれば夕食は和食、昼食が和食なら夕食は洋食と決まっていた。

 当然、天皇も人間の為、好みを口にした事がある。

 昭和62(1987)年10月3日、前月に十二指腸部の腺癌の手術を受けた天皇は、昼食として出された平目のムニエルに全く食欲を示さなかった。

 そこで医師団が食べたい物を尋ねた所と、鰯や秋刀魚だったと言われる。

 本来、鰯や秋刀魚、鯖の様な大衆魚は皇室の食卓に上らなかったが、戦時中に物資が手に入らず、天皇が闇で物を買うのを禁じた為に、献立の常連となった。

 天皇はそれらをとても気に入っていた。

 お酒を全く飲まず、食が進まない時には、ふりかけをかけて食べ、鰻を始めとした大衆魚を好む。

 食卓には、

・炒飯

・餃子

・春巻

・酢豚

・焼売

 といったお馴染みの中華料理も並ぶ。

 更には米は市中の米屋から普通の米を買い、押し麦を混ぜ、水道水を使って炊く。

 これが、昭和天皇の食生活だ(*2)。

 それは、この時代の帝も同じで、基本的に公務以外は、昭和天皇の様な食事だ。

 大河もそれに倣い、食事面でも節約していた。

 誾千代は、大河が口に付けた焼き魚を狙う。

「……」

「誾、自分のがあるだろう?」

「大河のが良いの♡」

 昭和の有名なヤクザの妻は、夫の食べ残しを食べていたという。

 誾千代も彼女の様な夫を立てる妻なのか。

 自分のはそこそこに、大河の食べ物ばかり狙っている。

 否、姐さんとは違い、誾千代の変態性なのかもしれない。

「全く、痴女だな?」

「殺すわよ?」

 笑顔で槍の切っ先を首に向ける。

『可愛いければ変態でも好きになってくれますか?』

 との問いに大河は、即答で頷ける自信はあるが、殺意があると当然、萎縮してしまう。

「冗談でごわす」

 笑って誤魔化し、誾千代の口元に彼女の焼き魚の一部を、箸を使って運ぶ。

 ぱくり。

 美味、といった感じで誾千代は笑顔に。

 非常に分かり易い。

 某料理グルメ漫画の様に服が破れ、ほぼ全裸になりそうな勢いだ。

 謙信も強請ねだる。

「貴方。私にも御願い」

「自分で食えるだろう?」

「殺されたいの?」

 謙信が抜いたのは、ベレッタ。

 愛刀家の癖に最近の趣味は、専ら、拳銃だ。

 愛刀家の風上にも置けぬ背信行為だろうが、その笑みは、妹達シスターズを虐殺する一方通行アクセラレータの如し。

 左右に龍虎を侍らせた大河の寿命は、長続きしないだろう。

 これも多妻の短所かもしれない。

 常に妻達を平等に接しなければならないのだから。

「冗談じゃないですか~」

 後輩の様にへりくだりつつ、大河は、先程同様、謙信にもあーんを敢行。

「……」

 平和な日常だが、女性陣に配慮が欠かさない生活への再会も意味していた。


 時は少し遡り、大河が九州遠征で京都新城に不在だった頃。

「家族が増えたわね」

「「「……」」」

 大広間に集められた女性陣は、最高議長・誾千代の言葉に息を飲む。

 不妊症の彼女は、厳密には正室の地位を得ていない。

 然し、大河から最古参であり、又、最も寵愛を受けている為、事実上の正室だ。

 その彼女の鶴の一声により、女性陣は、集められたのだ。

 妻としての地位を得ていないアプトや稲姫、お市、信松尼迄も居る。

 大河との付き合いが深い彼女達も呼んだとなると、おのずと理由は、察する事が出来るだろう。

 誾千代の横に居るのは、謙信。

 以下、千姫、エリーゼ、茶々と妊婦が並ぶ。

 皆を見据えた後、誾千代は、宣言した。

「―――家法を制定するわ」

「「「……」」」

 誰も声を上げない。

 予想が当たっていたのだろう。

 家法―――辞書によれば、次の意味を有す。

 ―――

『【家法かほう

1、 家の掟、仕来り。

  家憲。

2、その家に伝わる独特の方法。

  家伝。

3、「分国法」に同じ』(*3)

 ―――

 誾千代の言う家法は、当然、③を指していた。

 以下、他家の例。

・『内家壁書』:大内氏

・『朝倉孝景条々』

・『相良氏法度』

・『伊勢宗瑞十七箇条』:北条早雲

・『大友義長条々』

・『今川仮名目録』

・『塵芥集』:伊達稙宗

・『甲州法度次第』:武田信玄

・『結城氏新法度』:結城政勝

・『新加制式』:三好長治

・『六角氏式目』

・『長宗我部元親百箇条』

「大奥を作るわ」

 そう言って誾千代が女性陣に見せたのは、友好国・オスマン帝国から取り寄せた絵巻物。

 髭を蓄えた回教徒ムスリムの男性が、沢山の女性に囲まれた物だ。

「最下層は、女奴隷ジャーリヤ。無事にに逢えば幸運な者イクバルお目をかけられた者ギョズデと昇格していき、寵愛を高めた者は寵姫ハセキ夫人カドゥンの尊称を与えられ、最高位は主席夫人バシュ・カドゥンになれるそうよ」

 トルコ大使館の女性職員スタッフから習った覚えたてのトルコ語を交えて説明する。

 要は、妊娠すれば、成り上がれる女性社会だ。

「「「意義無し」」」

 賛成多数、というか、夢の様な話に反対意見は出る事無く、提案直後に可決されたのだった。


[参考文献・出典]

*1:『溪心院文』

*2:https://www.dailyshincho.jp/article/2016/01070600/?all=1

*3:コトバンク

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