第183話 一天万乗

 行列の先頭に居るのは、国軍の首都防衛隊の軍楽隊ミリタリー・バンド

 新政府軍の様な黒い軍服姿で参加している。

 軍人が先頭集団なのは、先日の内乱鎮圧の成果を都民に主張アピールする為だ。

 戦車跨乗タンコーヴィイ・ヂサーントしながら、喇叭ラッパを吹き、合唱団が歌う。

『宮さん宮さん』は、慶応4/明治元(1868年)頃に作成された軍歌・行進曲だ。

 作詞は品川弥二郎、作曲は大村益次郎とされているが確証は無い(*品川弥二郎の恋人が節をつけたという説もある)。

 事実上、日本初の軍歌だ。

 戊辰戦争での新政府軍(官軍)の気勢を描き、歌詞の「宮さん」は、戊辰戦争時に新政府の総裁で東征大総督でもあった有栖川宮熾仁親王(1835~1895)を指している(*1)(*2)(*3)。

 令和時代には、『鬼滅の刃』でも登場した様に、現代にまで語り継がれている。

 この場合の「宮さん」は当然、有栖川宮熾仁親王ではなく、今の帝だ。

「……」

 初めての時代祭に帝は、玉座から見守っている。

 本当ならば、朝顔と共に臨席している筈だが、帝は公務、彼女は私的プライベートと、明確に区別化しているのだ。

 民ににこやかな笑顔を送る帝だが、時折、視線が鋭くなる。

 対面の客席の大河に向けて。

「兄者、八つ橋食べさせて~♡」

「応よ」

「私にも御願い」

「私は、みたらし団子」

 誾千代、朝顔もおねだり。

 祭には、出店が多数出ている。

 夏祭りの様な雰囲気だ。

「自分で食えるだろう?」

「あら、お江だけ贔屓?」

「陛下に言いつける―――」

「分かったよ」

 二刀流でみたらし団子を其々に口に放り込む。

「「……」」

 行進パレードより団子な2人は、静かになる。

「ちちうえ、さむい」

「そうだな。じゃあ、懐炉で―――」

「あたためて~」

 猫撫で声で華姫は、大河の膝に乗ると、その両手を掴み、自分の胸部付近にいざなう。

 大河が華姫を抱き締める格好となった。

「全く、寒がり屋だな」

「えへへへ♡」

 よだれが落ちそうな程のアヘ顔で華姫は、よろこぶ。

 大河には癒し効果があるのか、抱擁されると、本当に心が落ち着く。

「ちちうえ、わたしのこと、すき~?」

「ああ、好きだよ」

「ちが~う。じょせーてきないみでだよ」

「女性的? ―――ああ、美人だよ」

「もー、そうじゃなくて……」

 軽小説ライトノベル特有の鈍感が、何故か、養女には発揮される。

 心底、大河は彼女を女性として見ていないのだろう。

「も~」

「まぁまぁ、華様、怒らないの」

 なだめつつ、お江は、大河に密着。

「兄者、華様に優しくしてあげてね?」

「何時も優しいよ。こんな風に」

 朝顔も抱き寄せ、膝に3人の美少女(幼女含む)を置く。

 そして、頭を撫でた。

「鼻毛だからな。女性には、優しいよ」

「そうじゃなくて……」

 お江は、華姫をチラリと見た後、溜息を吐いた。

「華様も女性ですから。もう少し、御考え下さい」

「? 将来の事か?」

「はい」

「考えてるよ。これでも親だからな」

 真面目な顔で華姫の頭上に手を置くと、

「華には、幸せになってもらいたい。愛娘だからな」

「「「……」」」

 誾千代を抱き寄せ、その頬に接吻する。

「一度きりの人生だ。幸せにならないと生まれた意味が無い」

「大河は、幸せ?」

 誾千代の問いに大河は、笑顔で頷く。

「幸せだよ。じゃないそいつは、ED勃起不全だ」

「……」

 都民に見せ付ける様に大河は、誾千代と更に密着する。

「そう言えば言い忘れていた。遠征中、留守を頼んで有難うな?」

「遅いわよ」

 不満を口にしつつも、誾千代は笑顔だ。

 本気で怒っている訳ではない。

 その時、軍楽隊が、突如、方向転換する。

 大河達の方に。

 奏でるのは、メンデルスゾーンの『結婚行進曲』。

 M1エイブラムスがそれに合わせて21発もの祝砲を放つ。

「「「……」」」

 一同が呆然としていると、曲が終わる。

 直後、今度は道一杯に舞妓と芸妓の集団が現れ、フラッシュ・モブの様に踊り出す。

「「「ヨーイヤサー!」」」

 の掛け声で有名な都をどりを。

 背後に控えていた鶫が囁く。

「都民から若殿への贈り物ですよ。御楽しみ下さい」

「……私的なんだが?」

「それでも都民は感謝していますよ。主催者の1人として私からも有難う御座います♡」

 大河の項に口付けした後、鶫は仕事に戻る。

 戸惑った表情で、帝を見ると、『都民からの贈答品だ。喜べ』との視線でのが。

「……」

 嫌々ながらも作り笑顔で手を振る。

 舞踏集団は、更に笑顔で踊り狂う。

 私的プライベートを楽しみたかったのだが、高位になればなる程、その時間は、少なくなるのは、現代でもよくある事だ。

(こうなったら……)

 腹を括った大河は、見せ付ける様に誾千代、朝顔、お江と口付け。

「「「おー!」」」

 都民は大興奮し、国営紙のカメラマンを写真を撮りまくる。

 翌日の一面には、載る事は間違い無い。

(明日、簀巻すまきにされる前に和菓子、大量に買っておくか)

 外では愛妻家だが、中では恐妻家な彼は、妻達の怒らせない様に先手を打つのであった。


[参考文献・出典]

*1:編・毎日新聞社『昭和流行歌史 : 「宮さん宮さん」から「北の宿から」まで心の歌500曲』毎日新聞社〈一億人の昭和史〉1977年

*2:武田勝蔵『宮さん宮さん : 明治回顧』武田勝蔵 1969年

*3:井筒月翁『維新侠艶録』中公文庫 1988年(原著・萬里閣書房 1928年)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る