第180話 天神地祇

 日本でオウム真理教が問題視されつつあった頃、アメリカでは、衝撃的な事件が起きていた。

 新教プロテスタント系カルト教団のブランチ・ダビディアン事件である。

 1990年に自称・予言者(1959~1993)が新教祖に就任したのを契機に選民思想を説き、ブランチ・ダビディアンの信者達だけが最終戦争に生き残る事を神に認められた民と位置づけ、カリスマ的な独自の布教で信者を獲得した。

 新教祖はデビッド・コレシュと改名。

 デビッドはイスラエル王国のダビデ王に因み、コレシュはバビロン捕囚のユダヤ人を解放したペルシャ皇帝キュロス2世に由来する。

 教団は最終戦争に向け武装化を強力に推進し、大量の銃器を不正に獲得、司法当局やマスメディアに注目される。


 1993年2月28日。

 テキサス州ウェーコの教団本部(マウント・カーメル本部センター)に対し強制捜査が行われるが、ダビディアンはバビロニア軍隊に攻撃されるであろうとの予言を信じていた為、連邦捜査官をバビロニア軍隊と思い込んだ信者の応酬は凄まじく、ATF酒類・煙草・火器及び爆発物取締局の捜査官4名、ダビディアン側6名の死者を出す。

 更にはATF酒類・煙草・火器及び爆発取締局から捜査情報が事前に漏れていた為、テレビ局のカメラの前で銃撃戦の様子が放映され、世界中に衝撃を与えた。

 この後、捜査はFBI連邦捜査局が引継ぎ、全米が見守る中、51日間の膠着が続いた。

 ダビディアン側は武器弾薬に加え、1年分以上の食料を備蓄し籠城した。


 同年4月19日。

 司法長官は強行突入を決行。

 19台に及ぶ戦車、装甲車、武装ヘリコプター、催涙弾等で突入。

 所が、信者は意に反し投降しなかった。

 その後、突然建物から出火、教団本部は炎に包まれ、殆どの信者は焼死した。

 コレシュを含め81名の死者を出し、内子供が25名、生存者は9名であった。

 FBI連邦捜査局と銃撃戦の末、コレシュは80人の信者を道連れに自殺。

 信者の殆どは焼死と見られるが、出火原因が問題になった。


・装甲車がランタンやプロパンガスのボンベを破裂させた説


・可燃性の催涙ガスにFBI連邦捜査局側の銃火が飛んで引火した説

 

 等、一時取り沙汰されたが、催涙ガスの発射から火災まで3時間以上かかっている事や、盗聴された教団の会話等から、現在は戦車を迎え撃つ為の放火説が有力である。

 FBI連邦捜査局は1発も実弾は発射していないと主張アピールしていたが、当初、FBI連邦捜査局が発火剤入りの催涙ガスは使用していないという虚偽の説明をした事から、この主張アピールも疑われた(但し、火災発生迄の時間の関係から、この催涙ガスが発火原因になった可能性は無い)。

 マスコミが赤外線カメラでヘリコプターから撮影した映像には銃弾の発射の模様が映っていると言われていたが、実際の発砲を赤外線カメラで撮影した光とは全く違っていた事が判明し、何かの反射光を捉えただけだと結論されている。

 又、信者が脱出し様としていた所に少なくとも2回の実弾攻撃を加えたという証言があるが、信憑性は定かではない。

 逮捕状の請求や武器の使用に法律違反があったのは確かであり、子供が居るにも関わらず催涙ガスを使用した事(子供用のガスマスクが無かった為、大変な苦痛に晒されていたと推測される)。

 又、ATF酒類・煙草・火器及び爆発取締局職員スタッフとの銃撃戦についても、信者の内、4人が無罪となった。

 信者の1人は昼食を摂っていた所を、壁を貫通した砲弾にあたって死亡している。

 又、FBI連邦捜査局は4月14日にコレシュが送ってきた降伏の手紙を司法長官に渡さなかった。

 内容は「刑務所で信者達に布教が出来る様に計らえば投降する」というもの。

 一連の教団施設攻撃は、適正手続きという点から政府の対処に問題ありとして批判を浴びている(*1)。


 人民寺院等は、集団自殺に走り、ブランチ・ダビディアンは、立て籠もり事件。

 オウム真理教は、テロ事件。

 IS自称「イスラム国」に至っては、国を創ろうとした。

 その様な後世の歴史を知る大河は、カルト教団には厳しい態度で臨む。

「教団の信者は、見付け次第、殺せ。超法規的措置だ」

「「「は!」」」

 弥助を隊長とするチームの士気は高い。

 天海狩りが始まった。


 人狩りマンハントは、凄惨さを極める。

 信者と断定された者は、法的手続きを踏まないまま殺される。

 末端から高位者まで私刑に遭う。

 巫女は暴行された上に公娼に、男は男娼に其々売られる。

 商品価値が無い中年以上は、その場で殺され、臓器のみ取り除かれる。

 一説によれば、人間は、1体約35億円もの値打ちがあるという。

 世の中、臓器売買が無くならない訳だ。

 犠牲者が出れば出る程、国庫が潤うだけあって、慎重には、摘出される。

 無論、誤認による殺人は防ぐ必要がある。

「放してよ! ほら、個人番号まいなんばー違うから!」

「お、そうだな。済まんな」

「全くもう! 失礼しちゃうわ!」

 全国民には、1人1人に国民識別番号が割り振られている。

 生後直後に国家から贈られ、死後には廃番になるこの番号は、社会保障や税務等で利用されている。

 国家が国民を管理するのは、広義では強力な監視社会に見えるだろう。

 然し、給付金の申請や税金の免除等の際には、非常に便利の為、短所デメリットはあるものの、概ね、国民からは、好意的に映っている。

 批判が高まれば、その問題点を議員経由で改正すれば良い。

 それが、この国・日ノ本のやり方だ。

 決して暴力等、手荒な真似で法律を捻じ曲げてはならない。

 その為、が起きる可能性は低い。

 捜索には、特別高等警察も関わっている。

 生体認証バイオメトリック(網膜、指紋、声紋、指紋)を把握している彼等は、普段は、仲が悪い刑事警察と協力し、犯人捜しに真っ最中だ。

 大河が特別高等警察に与えた強権が、今回、大いに役立っている。

 平時では、穏やかな特別高等警察が、有事になると鬼と化すのは、教団も予想外であった様で、どんどんと裏切者が現れる。

 洗脳マインドコントロールよりも恐怖心が勝った訳だ。

 洗脳マインドコントロールが解けない者の中には、死を選ぶ者も多い。

「我が祖国の為に、死のう!!! 我が主義の為に、死のう!!! 我が宗教の為に、死なう!!! 我が盟主の為に、死のう!!! 我が同志の為に、死のう!!!」

 自己陶酔に陥った彼等の自殺を止める術はない。

 橋上からは飛び降り自殺。

 屋内では、首吊り自殺。

 浴室では、ガス自殺。

 が、相次ぐ。

 一時、全国に支部を持っていた教団は、と自殺により、壊滅状態になっていく。

 教団をよく思っていなかった既存の宗教団体も、政権支持を表明し、文字通り、教団は、四面楚歌状態だ。

 特に神道の右派は、教団を目の仇にしている。

 神道を国教にしたい彼等は、仏教を始めとする外国発祥の宗教を「邪教」とし、極右派は、排除を目指す程だ。

「御殿様、これを機会に神道を国教に出来ませんか?」

 神道団体の陳情者が、大河と会談する。

「国家神道、という訳か?」

「はい。御理解が早くて助かります」

 白に白の文様のはかまを着た特級の宮司は、薄ら笑む。

「ならん」

 一刀両断で大河は、拒否した。

「国教に指定したい気持ちは分からないではないが、それだと神道を国家が優遇する事になってしまう。仏教も耶蘇教も回教等も信じるのも信じないのも各々の自由だ」

「……」

 陳情者を適当にあしらい、大河は、奥に引っ込む。

 帰京した大河は、捜査本部の本部長として、日々忙しくしている一方、家族サービスも欠かさない。

「兄者、遅い」

「済まんな」

 べたべたとお江がまとわりつく。

「……」

 九州で一緒だった於国も一緒だ。

「先程の判断は、良かったぞ」

 右手を握るのは、上皇・朝顔。

 私的プライベートでは、ほぼ四六時中、手を繋いでいる。

 帰京時、抱き着いてわんわん泣いて以来、ずっとこの調子だ。

 幼妻の中で最も愛情深いのが朝顔で、最も嫉妬深いのがお江だろう。

「見てたのか?」

「駄目? 悪い?」

「責めてないよ」

 朝顔を抱き上げ、その頬に接吻する。

「もう♡」

「兄者ぁ~私も~!」

「へいへい」

 お江も抱き上げ、文字通り、両手の花となる。

 お江は、器用にも肩に上り、大河の頭を撫でる。

 ヾ(・ω・*)なでなで、と。

「兄者は、英雄だよ。あの勝元に勝ったんでしょう?」

「まだだ。休戦中だよ」

 京都河川汚水事件直後、勝元は使者を送り、政府軍と一時的な和議を結んだ。

 弔意も表明し、被害者にも見舞金を送っている。

 一時、反乱軍許すまじ、との風潮が全国的に高まったが、紳士的な対応には、世論も「お、おう……有難う」な感じだ。

 その為、国民の一部には、厭戦気分が漂っている。

 何故、日本人同士で争い合う必要があるのか?

 心が通じ合うのであれば、再度、話し合う余地があるのではないか?

 と。

 反戦を主導するのは、耶蘇教だ。

 彼等は、道徳の教科書に掲載されている詩を朗読し、反戦を訴えている。

 一部の団体は、歌声運動の様に歌で反戦運動を行っている。

 彼等は、比率で言えば、少数だが、挙国一致でテロに立ち向かう中、国民の多くが反戦に傾いても可笑しくは無い。

「上様!」

 どたどたと大谷平馬が、走って来た。

「勝元が投降しました!」

「何?」

 次の言葉に大河達は、硬直する。

「天海の首級を持っています!」


[参考文献・出典]

*1:大谷裕文 綾部恒雄 「台頭するカルト集団」『クラブが創った国 アメリカ』 山川出版社〈結社の世界史〉2005

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