第179話 淫祠邪教

 桂川等に毒を撒いた天海は、高笑い。

「フハハハハハ! これで儲かるぞ!」

 教団は被害が出た直後、その地域にて、薬を売る。

 当然、河豚毒に効果的な治療薬は、現代でも存在しない。

 カルト教団特有の詐欺だが、混乱した都民の心を掴むには、十分な時機タイミングであった。

 河豚毒に侵された都民は、次々と知覚障害を覚え、最終的には呼吸意識障害となり、死んでいく。

 その数は、1時間に約1千人。

 川の水を生活用水としていた人々が犠牲者になったのだ。

 然し、当然ながら薬は、偽薬効果を期待しただけあって、人間が毒相手に気持ちだけで勝てる訳が無い。

 報告を受けた大河は早速、毒を見極め、迅速な対応する。

「河豚毒だ! 人工呼吸器で呼吸を補え! 胃洗浄や、排泄促進も欠かすな!」(*1)

 確実な治療方法や解毒薬が無い以上、これ位しか、現代医学では成すすべが無い。

「如何して分かったの?」

 橋姫は、珍紛漢紛ちんぷんかんぷんだ。

「結構、河豚毒で死人が出ているからな。一般人、力士、歌舞伎役者……美味を求めるのは、分からなくはないが、死んだら無意味だ」

「……」

 殺人嗜好症の癖にどの口が言う? と思う橋姫だが、正論である事は自明の理だ。

 命は、一つしかない。

 その為に危険を冒してまで、河豚を食べるのは、理解し辛い。

「弥助」

「は!」

「初任務だ。馬鹿を見付け次第、撲殺しろ」

「? 武器ではなく?」

「ああ。戦士なら出来るだろう? 褒美は、弾むぞ?」

「……御意」

 新妻に「手柄を早く立てて両国の友好に努めろ。馬鹿(直球)」と叱咤激励(?)を受け、早く手柄を立てたがっている。

「平馬、帰京し、明智殿と協力し、救助作業を手伝え」

「は!」

「左近、総軍を託す。副将は、武蔵だ」

「「は!」」

「孫六、島津が暴走しない様に監視しろ。怪しい素振りを見せれば、任せる。討て」

「は!」

 各自に指示を出した後、大河は、弥助と共に熊本城を出る。

「「……」」

 帯同する鶫、小太郎も付いて行く。

 2人は、橋姫の様に話し掛ける事が出来ない。

 ―――大河が激切れしているから。

 温厚な人ほど激怒した時、強面よりも怖い様に。

 今の大河は、笑顔の悪魔だ。

 関係がまだ浅い弥助は気付いていない様だが、付き合いが長い家臣団は、心労が重い。

「「「……」」」

 居残り組となった左近、武蔵、孫六は、主君が見えなくなったのを確認すると、倒れる様に座り込む。

「ありゃあ、平馬も死ぬな」

「だろうな。正直、選ばれなくて安堵だよ」

「まさに当家は、”地獄の軍団”ですね?」

 顔面蒼白の平馬は、準備を終えた後、3人に敬礼し、後を追う。

 少年ながら、50歳位に見える。

「……大将に殺されない様に、俺達も頑張らなきゃな」

「そうだな」

「同感です」

 国軍には存在しないのだが、不可視の督戦隊の様な圧力プレッシャーに3人は、震えるしかなかった。


 中国大返しの様に瞬時に帰京した大河は、被害報告を纏めた後、御所に入る。

 都知事として帝に報告しなければならないからだ。

 御簾越しの帝は、怒りに震えていた。

『……死者が1万、か』

「は。全力を尽くしたのですが、高齢者と子供が多数です」

『……』

 帝の怒りの感情が、御簾みす越しからでも伝わる。

 補佐役として近くに控える近衛前久は、その雰囲気オーラを直で受け、今にも嘔吐しそうなくらい、顔色が悪い。

『……救えたのは?』

「は。医療従事者の懸命な救助活動により、10万人が救われました」

『医療従事者には、感謝しなければならないな』

 嘘、と小太郎は内心で否定する。

 確かに中毒者の多くを救ったのは、医療従事者だ。

 然し、厳密に言えば、大河のと正確な指示が無ければ、大多数の死者が出ていた事は自明の理。

 影の功労者なのだが、本人は評価されない事を気にしていない。

(……格好良い♡)

 鶫は、両目を♡にして、憚らない。

 御前である為、自制しているが、御所以外の場所だったら、そのまま襲っている位、発情している。

『真田、今、動かせるのは、どの位だ?』

「は。直ぐにでも動かせる事が出来るのは、30万です」

『朕自ら近衛師団を率いてこれを鎮定に当たらん』

 すっと、帝は立ち上がった。

 御膝元である都民が殺傷された以上、黙って見過ごす事は出来ないのだろう。

 普段、温厚な分、怒った時はやはり滅茶苦茶怖い。

 帝も人間。

 怒る時は怒る。

『出来る事なら草薙剣で一太刀浴びせたい』

「畏れながら陛下、御神体ですので、流石にそれは―――」

『分かっている』

 むすっと、帝は玉座に座った。

 帝は、意外と激情家な部分がある。

 池に天竺鼠てんじくねずみを泳がし、心臓麻痺で死なせてしまった皇族を、池に突き落としたのが、その最たる例だろう。

 何とか侍従達の説得で、帝は、落ち着きを取り戻す。

『真田よ。討伐と共に事件解決に尽力せよ』

「は!」

 大河を最高責任者とする捜査本部が、結成された。


 早速、大河は都内中の防犯カメラを特別高等警察に確認させる。

 現代では、ロンドンが世界一の防犯カメラによる監視された都市だが、京はそれを凌ぐ。

 私有地であっても治安維持法の名の下に監視カメラの設置が義務付けれており、犯罪が確認された場合、地主には、通報義務が生じる。

 都民の個人情報プライバシーを侵害している面もあるが、もとより罪を犯さなければ良いのだ。

 同時期。

 弥助を隊長とする実働部隊は、聞き込み捜査だ。

 アフリカ系に都民は、一瞬、ギョッとするも、大河の直臣だと知ると協力的になる。

 大河の名前は、水戸黄門でいう所の印籠の様な物だ。

 そして、情報が集まる。

『天台宗の僧侶が巫女達を率いて、河川に何かを散布していた』

『「何をやっているか?」と問うと、「がーじゃがらにー」とか訳の分からぬ言葉を発していた』

『散布後は、逃げる様に去って行った。あれは、結局、何だったのだろうか?』

 直ぐにこの証言を基に防犯カメラで調べられ、天海の教団が、最有力容疑者となった。


 天海の事は、現代で都市伝説の様に語り継がれている部分がある為、大河も以前から彼が運営する教団を監視対象にしていた。

 所謂、『カルト教団』として。

 その後、数々の悪行が報告されていく。

・布教の強要

・精神の不安定

・法外の金銭的要求

・住み慣れた生活環境からの断絶

・肉体的保全の損傷

・子供の囲い込み

・反社会的な説教

・公序良俗の錯乱

・裁判沙汰の多さ

・従来の経済回路からの逸脱

・公権力への浸透の試み

 と、現代のフランスの議会が定めたセクト(カルト)の構成要件10か条を全て満たす。

 本来ならば、一つでも合致すればアウトなのだが、満点なのは、破滅的と言え様。

 大河は、天を仰いだ。

(……殺してやる、カルト野郎)


[参考文献・出典]

*1:https://www.city.sakai.lg.jp/smph/kenko/shokuhineisei/shokuchudokuyobo/fugu/shokuchudoku.html

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る