第181話 尭年舜日
投降した勝元は、白装束を着ていた。
豊臣秀吉に謝罪に行った時の伊達政宗の様に。
天海の首が入った首桶を抱き抱えて、京都新城に連行される。
御供は居ない。
帯刀もしていない。
大河とは、熊本で会談して以来の再会だ。
「……この様な形での再会は、本意ではない」
「……何故、この時機に来た?」
「手を組んだ悪僧の罪を、私が被る為だ」
「……」
清廉潔白。
その4文字が勝元には、相応しい。
会った事は無いが大河は、西郷隆盛を連想した。
「……交換条件は?」
「武士として死なせてくれ。私は打ち首で良い」
「……分かった」
勝元出頭後、反乱軍は、総崩れ。
100万を誇った軍勢も、今は見る影もない。
自害か戦死、逮捕者は、10万人位だ。
「……捕虜も死を望んでいる」
「ああ。―――『生きて
「……。分かった」
どの道、10万人の末路も内乱罪が適用されている為、死だ。
広義では、大虐殺にも見えなくも無いが、彼等は、生きる意味を見失い、死ぬ為に蜂起し、そして死ぬ事を望んでいる。
ナチスやロシア帝国が行ったユダヤ人に対する大罪とは事情が違う。
首桶を平馬が貰い受け、首実検。
「……本人です」
「影武者の可能性がある。念の為、検査を行え」
「は」
平馬が首桶を持って出て行く。
「影武者とは失礼だな」
「済まんな。石橋を叩いて渡る性格なんだ」
大河の返答に、勝元は頷く。
理解した様だ。
「影武者や2世等は、こっちの方で始末しておいたよ」
「そいつは有難い。でも、その任務は、俺達の仕事だ」
「済まんな。俺も腐っても武士なんだよ」
死が近付いているのに、勝元は笑顔を絶やさない。
どんな手を使っても反乱軍は、国軍を打ち破る事は出来なかった。
横綱相撲に完敗、と言わんばかりの清々しい笑顔だ。
「……最後にあんたと戦えて良かった。有難う」
「こちらこそ。光栄だ」
2人は、握手しない。
この期に及んでも、利き手を仇敵に預けないのは、2人が御互いを根っから信じていない証拠だろう。
数時間後、正式に本物の天海の死体である事が、DNA検査で判明する。
直後、瓦版に、『【悪僧・天海死す】』と、大きな見出しと共に号外が配られる。
生存説を払拭する為、生首をカラー写真付きというのは、非常に衝撃的であるが。
死体を公にするのは、現代でも時折ある事だ。
サイコキラーの語源となったテッド・バンディ(1946~1989 殺人被害者30人以上)は、『悪魔は微笑んで死んだ』と題され、死刑直後、死体が新聞に掲載された。
天海の生首は、世界初の公表と言え様。
後に日ノ本では、信教の自由を尊重する一方、カルト教団への規制が激しくなっていく事は言うまでも無かった。
反乱軍が消滅した事により、戦場と化していた西日本は、久方振りに和平が訪れる。
焼け野原には、バラック小屋が立ち並び、闇市が形成され、西日本は終戦直後の日本の様な風景になっていく。
復興支援を主導するのは、大河だ。
島津貴久、大友宗麟経由で被災者に義援金を送る。
本当ならば迅速に配られる支援金の方が、適切なのだが、団体を通す為、横領が否定出来ない。
実際に3・11等の自然災害の際、支援団体の一部が支援金横領事件が起きている。
同時に、西日本各地の処刑場では、合わせて10万人もの捕虜の切腹が始まった。
勝元を精神的支柱にしていた彼等は、敗北を悟り、次々と腹を
「うぐ」
「ぐえ」
「げふ」
柴田勝家の様に腹を十字に斬る者や、後世、武市半平太(1829~1865)が初めて行った三文字割腹の法を試みる者も絶えない。
河原は、真っ赤に染まり、川にも血が流れる。
将門伝説の一つでもある大血川の様に7日7晩川は、赤かったという。
都でも三条河原で切腹が行われ、鴨川を朱色に染める。
「「「……」」」
集まった都民は、見守っていた。
一言も発さずに。
中には、静かに落涙する者も。
武士としての
刑務官の軍人も最敬礼で見送る。
一時、殺し合った仲とはいえ、同胞の死は、気持ち良いものではない。
フランキ砲が用意され、弔砲が発射される。
1人に付き3回。
ここで死ぬのは、約5千人なので相当な回数になる。
僧侶が読経し、三条河原周辺は葬儀会社が行き交う。
夕刻。
大取りの勝元が登場すると、一気に周囲の雰囲気が変わる。
勝元は沐浴し、
次に髪は普段より高く結い、曲げ方を逆にした後、白無地の小袖と浅黄色の
切腹場所まで行き、北面に座った後、最期の食事を摂る。
現代、アメリカの一部の刑務所には、特別な
ビクター・フェガー(子供への誘拐及び殺人罪 薬殺刑)
・
ティモシー・マクベイ(オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件 薬殺刑)
・チョコミント
”殺人
・フライドシュリンプ12尾
・ケンタッキーフライドチキン
・フライドポテト
・苺 1ポンド(約450g)
テッド・バンディ(30人もの女性を暴行及び殺人)
・ミディアムレアのステーキ
・半熟卵
・ハッシュブラウン
・ジャムとバターを塗ったトースト
・牛乳
・ジュース
尚、現在テキサスを始めとする一部地域ではこの制度が廃止されたり費用が制限されたりしている(*1)。
犯罪者に対するこの厚遇は、被害者や遺族への感情を逆撫でしている様に思えて、大河は悪即斬の考えの下、日ノ本の司法制度では最後の晩餐を認めていない。
然し、切腹では武士に対する最高の名誉であり、尊重しなければならない。
大河が直々に問う。
「通常通り、
「ああ、済まんな」
湯漬け等の膳と酒が、勝元の前に運ばれる。
「……」
がっつく事無く、勝元は静かに食す。
犯罪者の癖に人権ばかりを訴える、アメリカの死刑囚とは違う清廉潔白さだ。
正直、大河としても彼の死は、惜しい。
然し、故事にもある様に『泣いて
どんなに有能であっても法を破った以上、処罰されなければ、この日ノ本は、上級国民の凶悪犯罪が無罪放免になってしまいかねない。
法治国家である以上、勝元の死は、避けられない。
杯2杯、四度で酒を飲み干した後、勝元は手を合わせた。
「御馳走様でした」
と。
見守っていた料理人も、涙を流さずにはいられない。
大河に視線で「助命出来ませんか?」と送るも、彼は肩を落として首を振るだけだ。
料理人が感動するのも分からないではない。
料理人だけでなく、観衆の殆ども死刑には反対派になっている事だろう。
柄を外して紙で巻かれた短刀が、
介錯人は、大河だ。
勝元級の大物を、一介の介錯人が完遂するのは、非常に荷が重い。
現況を考慮すると、都民からの白眼視も避けられない。
なので適任者は、大河しか居ないのだ。
作法に
「この度、介錯を務めさせて頂きます真田山城守大河です。宜しく御願いします」
一礼後、背後に回り、村雨を清め、八双の構えとなる。
「……有難う」
勝元は微笑んで、会釈し、右から肌脱ぎ。
そして、左手で腹を押す様に撫でると、短刀を左腹に突き刺す。
直後、右に引き回す。
この際、苦痛を軽減させる為、介錯人が首の皮を1枚残して斬るのは流儀なのだが。
「……」
大河は、振り下ろさない。
苦しむ勝元をじっと見るだけだ。
「……何故、斬らぬ?」
吐血しつつ、勝元は問うた。
「
「……鬼め」
微笑んだ後、勝元は臓物を引き摺り出し、天高く掲げる。
吐血しながら。
「御来場の皆様! 一世一代の
大音声の後、短刀を今度は上へずらす。
心臓に達した時、
死の床で、「拍手を送ってくれ、人生という喜劇を演じ終えた私に」と遺したオクタヴィアヌス帝の様な最期に観衆は、総立ち。
「見事だ!」
「流石、
「古今無双の
拍手喝采。
指笛を行う者も多数。
その勝元の死を確認した後、大河は、首を
然し、勝元を武士として逝かせる最初で最後の配慮だ。
誰も
「……武士として逝かせて下さり、有難う御座いました」
「丁重に葬って下さい。御墓も御願いします」
そう言って大河は、現代換算で10億円もの大金を差し出す。
「こ、こんなに……?」
大量の金貨に、住職は呆気にとられるばかりだ。
「立派な武士に対する最初で最後の贈答品です。御願いします」
「……はい」
住職は、落涙するばかりであった。
戦乱の影響は、計り知れなかった。
勝元の紳士的な態度と最期が、国民に心情の変化を与えたのだ。
最北の択捉島から最南端の波照間島までに設置された投票所で、有権者は、
———
『万和2(1577)年8月1日に制定された銃砲刀剣類所持等取締法に対し、意思表示を示して下さい。
・はい
・いいえ
*意思表示は、〇のみ。』
———
との問いに、
「……」
いいえを選んでいく。
読み書きが出来ない有権者には、
この手の特別扱いは、識字率が世界トップクラスの現代日本では、導入されていないが識字率が低い国々では、珍しくない。
民主主義国家として、有権者を学力差別してはならないのだ。
投票期間は、現代の国政選挙同様、1週間。
月曜日から土曜日までが期日前投票期間で、最後の日曜日が投票日に設定されている。
投票所には、アフガニスタン等の様に投票を妨害する輩も居る。
人が集まる場所の為、野盗の格好の
そこで活躍するのが、浪人である。
一時とはいえ、投票所を守る警備兵として雇われ、安全に投票が遂行される様に活躍する。
活躍次第では、引き抜き《ヘッドハンティング》に
御所では、特別に設置された投票所にて、宮内庁
最後は、帝だ。
「……」
初めての投票に緊張した面持ちで臨む。
そして、〇を書いて、投票箱に入れる。
周りには、係員が居ない。
帝の投票先が分からない様に配慮する、徹底された秘密投票の観点から、係員は同じ空間内に居る事は出来ないのだ。
代わりに居るのは、朝顔と大河のみ。
朝顔は、上皇として。
大河は、国民投票の最高責任者として、ここに居る。
「……終わったよ」
「陛下、御見事です」
簡単な事だが、初めての事の為、帝の額には、脂汗が浮かんでいる。
立派な
「全く、朕に政治活動をさせよって」
「恐れながら陛下。我が国は、民主主義ですので、法の下の平等に則り―――」
「貴賤問わず、投票権を有す―――だろう?」
安土桃山時代にも国家公務員法は、存在する。
導入者は、言わずもがな大河だ。
これにより、各種選挙に出馬する際は所属庁を退職する事が必要となっている。
帝は、国家公務員とは違うが、政治活動が制限されている為、同類項と言え様。
帝もその部分は気にしているが、
―――
『【日ノ本憲法第14条】
全国民は、法の下に平等であって、
・人種
・信条
・性別
・社会的身分
又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。
栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する』
―――
なので、何ら帝が投票しても問題無い。
帝から平民まで。
文字通り、国家元首から平民まで投票出来た
[参考文献・出典]
*1:https://gigazine.net/news/20150119-12-last-meals-of-death-row-inmates/
*2:https://rekijin.com/?p=15538
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