第169話 忠肝義胆
『【
家臣として仕えている主君や国家等に忠誠を尽くして、忠義を固く守り、正義を貫こうとする決意の事』(*1)
―――
決して、大〇義丹ではない。
猿顔・羽柴秀吉は、不機嫌であった。
「上様を隠居に追い込んだ真田め……許すまじ」
パチンと扇子を閉める。
「殿、奴の所為で織田家は、分裂状態です」
黒田官兵衛が苦虫を嚙み潰した様な顔で言う。
表沙汰になっていないが、織田家は現在、信忠を支える織田派と、大河に接近を図る山城真田派の2派に分かれていた。
織田派は、
・秀吉
・森蘭丸
等。
山城真田派は、
・柴田勝家
・藤堂高虎
・明智光秀
等。
中立派は、前田利家等少数派である。
「部外者の癖に上様を隠居させ、
「仰る通りです」
竹中半兵衛も同意する。
「”鬼柴田”もお市様を利用させ、骨抜きにされてしまいました。
「そう思う。信忠様も気付いて欲しいのだが」
大河とほぼ同年代ということで、信忠は全然、彼が織田家に出入りするのは気にしない。
それ所か、家族ぐるみの付き合いをしている節さえある。
「殿、上様よりも問題は、明智です」
「官兵衛、如何した?」
「最近、真田と接近し、丹波国(現・京都府中部、兵庫県東部)で真田軍の往来を許可しています」
「……そうだったな。あの野郎、政変を企んでいる気ではないだろうな?」
「恐らく。最近は、”退き佐久間”と親交を育んでいる様子です」
「……”退き佐久間”、か」
扇を鳴らす。
”退き佐久間”―――佐久間信盛(1528? ~1582)は、平手正秀自害後、織田信長を支えた忠臣中の忠臣だ。
然し、史実同様、度重なる失策を理由に19か条の折檻状を送付された後に地方に追放されている。
「念の為、監視しろ」
「は」
秀吉は自分よりも短期間で出世した大河に元々、好印象ではなかった。
はっきり言って「嫌い」だ。
軍事力等で
負け戦でも華々しく散るのも良いのだろう。
幸い、
愛妻と母親を残すのは、忍びないが。
「……鳴かぬなら 鳴かせてみせよう
扇を開く、猿顔の目は虎のそれであった。
『一、
佐久間信盛・信栄親子は天王寺城(現・大阪府大阪市)に5年間在城しながら何の功績も挙げていない。
世間では不審に思っており、自分にも思い当たる事があり、口惜しい思いをしている。
一、
信盛等の気持ちを推し量るに、石山本願寺を大敵と考え、戦もせず調略もせず、只、城の守りを堅めておれば、相手は坊主である事だし、何年かすれば行く行くは信長の威光によって出ていくであろうと考え、戦いを挑まなかったのであろうか。
武者の道というものはそういうものではない。
勝敗の機を見極め一戦を遂げれば、信長にとっても佐久間親子にとっても兵卒の在陣の労苦も解かれて
一、
丹波国(現・京都府中部、兵庫県東部)での明智光秀の働きは目覚ましく天下に面目を施した。
羽柴秀吉の数カ国における働きも比類無し。
池田恒興は
是を以て信盛も奮起し、
一、
柴田勝家も
一、
戦いで期待通りの働きが出来ないなら、人を使って謀略等を凝らし、足りない所を信長に報告し意見を聞きに来るべきなのに、5年間それすらないのは怠慢で、けしからぬ事である。
一、
信盛の与力・保田知宗の書状には、
「本願寺に籠もる一揆衆を倒せば他の小城の一揆衆も大方退散するであろう」
とあり、信盛親子も連判している。
今まで一度もそうした報告も無いのに
一、
信盛は家中に於いては特別な待遇を受けている。
・三河(現・愛知県東部)
・尾張(同・愛知県西部)
・近江(同・滋賀県)
・大和(同・奈良県)
・河内(同・大阪府南東部)
・和泉(同・大阪府南西部)
に、根来衆を加えれば紀伊(現・和歌山県)に元7ヶ国から与力を与えられている。
一、
水野信元死後の
それでも跡目を新たに設けるなら前と同じ数の家臣を確保出来る筈だが、1人も家臣を召し抱えていなかったのなら、追放した水野の旧臣の知行を信盛の直轄とし、収益を金銀に換えているという事である。
言語道断である。
一、
山崎(京都府南西端)の地を与えたのに、信長が声をかけておいた者をすぐに追放してしまった。
これも先の刈谷と件と思い合わされる事である。
一、
以前からの家臣に知行を加増してやったり、与力を付けたり、新規に家臣を召し抱えたりしていれば、
これは、
・唐
・高麗
・南蛮
の国でも有名な事だ。
一、
先年、朝倉を打ち破った時(=刀根坂の戦い)、戦機の見通しが悪いとしかった所、恐縮もせず、結局自分の正当性を吹聴し、
その口程も無く、
一、
甚九郎(信栄)の罪状を書き並べれば
一、
大まかに言えば第一に欲深く、気難しく、良い人を抱え様ともしない。
その上、物事を好い加減に処理するというのだから、つまり親子共々武者の道を心得ていないからこの様な事になったのである。
一、
与力ばかり使っている。
他者からの攻撃に備える際、与力に軍役を勤めさせ、自身で家臣を召抱えず。
領地を無駄にし、卑怯な事をしている。
一、
信盛の与力や家臣達まで信栄に遠慮している。
自身の思慮を自慢し穏やかな降りをして、綿の中に針を隠し立てた様な怖い扱いをするのでこの様になった。
一、
信長の代になって30年間奉公してきた間、「信盛の活躍は比類なし」と言われる様な働きは一度もない。
一、
信長の生涯の内、勝利を失ったのは先年三方ヶ原へ援軍を使わした時で、勝ち負けの習いはあるのは仕方ない。
然し、家康の事もあり、遅れをとったとしても兄弟・身内や然るべき譜代衆が討死でもしていれば、信盛が運良く戦死を免れても、人々も不審には思わなかっただろうに、1人も死者を出していない。
一、
一、
親子共々頭を丸め、高野山にでも隠遁し
右の様に数年間
そもそも天下を支配している信長に対して楯突く者共は信盛から始まったのだから、その償いに最後の2か条を実行してみせよ。
承知しなければ二度と天下が許す事は無いであろう』(*2)
―――
牟田口廉也並に徹底的に叩かれた書状を剃髪した佐久間信盛は、眺めていた。
「……」
場所は、高野山。
世界遺産であり、現代日本を代表する宗教都市である。
修行の前にこれを読むのが、彼の
(上様も隠居したし、世間から完全に忘れられているだろうな)
訪ねてくる者は、少ない。
最近で言う所の訪問者は、元与力の
地位も名誉を失っていた彼は、大いに喜び、落涙した(*3)。
(復職したいが……こんな老い耄れには、無理だろう)
平和な世の中、武士の
然も、愚将である。
49歳を運良く雇っても、愚将を雇う馬鹿な家はそうそう居ない。
(人間50年、後1年、もう一花咲かせたい所だが……)
書状を直し、前を見ると、
「!」
籠目をあしらった袈裟を着た明智光秀が居た。
「……え?」
「初めまして。天海と申します」
「……てん、かい?」
「はい。明智様と瓜二つですが、無関係者ですので、誤解しないで頂きたい」
何度も間違われた事があるのだろう。
強い口調で言われ、信盛も納得するしかない。
「……何用ですかな?」
「武士として死にたいですよね?」
「!」
図星に信盛は、口元を抑える。
その態度に今度は、天海が誤解した。
「刺客ではありません。見ての通り、ただの僧侶ですから」
そう言って、信盛の前に大日本沿海輿地全図を広げて見せる。
「廃刀令により、武士の多くは、現政権に危機感を持っています。挙兵すれば勝機ですぞ?」
「……還俗しろと?」
「決めるのは、御自身です。軍資金は、私の方で用意します故」
「……」
片付けた書状を見る。
愚策は責めれないとはいえ、平手正秀以来、織田家を支えていた忠臣に対する信長の非礼には怒りがあった。
信長隠居後、彼の影響力は落ちている筈。
・廃刀令
・政教分離
でも、多くの武士や宗教家が不満を持っている筈だ。
「祭り上げるのは、羽柴秀次公が宜しいかと」
「猿の親族ではないか?」
「盲人を殺める程の奇人。今、平和に慣れた武人を纏める程の逸材かと」
「……成程な」
信盛も平和ボケした世の中に不満があった。
武士たるもの、訓練は怠ってはならない。
平和と雖も、武士は死ぬまで武士なのだから。
「……分かった。倒そう」
「は。日ノ本100万の浪人が御仲間です」
天海の言葉に、信盛はどんどん心が救われていくのであった。
天海は、超能力を持つ僧侶である。
彼が名古屋で病気になった際、江戸から医者が向かったが、箱根で医者の行列が持つ松明の火が大雨で消えてしまった。
すると無数の狐が現れ、狐火をともして道を照らしたという(*4)。
♪
高野山から下る天海に付き従う巫女達が歌う。
日本人には、『かごめかごめ』に聞こえる。
だが、実際に彼女達が発しているのは、
♪
♪
籠目は、家紋等で使用されている様に日ノ本では、ごく有り触れた物だ。
魔除けの意味も持ち、古来より使用されている。
然し、見た目が
表向きは、天台宗を信仰しているが、ヘブライ語を操り、袈裟の
(選ばれし者を立てて、北王国の復活を)
六芒星旗を掲げ、練り歩くその様は、僧侶とは到底言い難い。
世界で数少ないユダヤ教への差別が遠縁な日ノ本をユダヤ教国に。
天海の野望が鍋の様に沸騰しているのであった。
[参考文献・出典]
*1:http://www.kotoba-library.com/article/1513
*2:ウィキペディア
*3:『當代記 駿府記』続群書類従完成会
*4:辻達也『日本の歴史 江戸開府』中公文庫
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