第170話 肉食妻帯
肉を食べ、多妻の大河は、禁欲を重んじる一部の宗教家から大変評判が悪い。
然し、気に入られれば、多額の寄付金を得る事が出来る為、公で彼の悪口を言う者は少ない。
南紀白浜滞在中、高野山から多数の僧侶が宿舎に訪問する。
今回、大河と会っているのは、
良い暮らしをしているのか、西陣織の袈裟を着て、太っている。
「真田山城守様、御機嫌うるわしゅう」
「寄付ですか?」
「! いえ、その様な事は……」
「じゃあ、先ず、我が家に御寄附の程を御願いします」
「え?」
「然うですね。月に金100両御納め下さい」
金1両=60万円。
1千両だと6千万円になる。
上級武士の年収が1500~7500万円の為、その高額さが分かるだろう(*1)。
「え……何故です?」
「投資を求めるならば、先ずは御自分が貧しくなって下さい。宗教家の癖に贅沢な暮らしをしている時点で信用出来ません」
「……」
僧侶は、苦い顔だ。
雑賀孫六が、抜刀する。
「殿、斬っても?」
「血気盛んだな。鬼じゃないから、まだ早い」
「……」
孫六が納刀する。
まだ、と言う以上、大河の殺害対象
僧侶は、震える。
「御坊様、貴院には、何人僧侶が居ますか?」
「……10人で、す」
「鶫」
「は」
大河の横で鶫が算盤を鳴らす。
「目標額には、程遠いかと」
「ふむ。じゃあ、焼き討ちだな」
「ひえ」
腰が抜けた僧侶は、失禁した。
「そんな、御慈悲を……」
「焼き討ちされるか、
「……払わせて下さい」
宗教家が肥え太る程、大河の宗教への不信感が増大していく。
だからこそ、マフィア的にならざるを得ない。
御盆を過ぎた辺りから、紀伊国では、僧侶の死刑が相次ぐ。
裁判官は、大河だ。
寄付を募る僧侶を1人ずつ面接し、「問題あり」と見做した者のみ追加調査を行い、犯罪行為が認められた場合のみ、死刑に処しているのだ。
法に則った一方、
雑賀衆は、
殺害対象は悪僧にとどまらず、逃亡犯や暴行犯等に拡大し、紀伊国の治安は、どんどん改善されていくのであった。
同時期。
豪雨の紀伊半島沖には、オスマン帝国の軍艦が近付いていた。
侵攻―――ではなく、国交樹立の為に。
木製
オスマン帝国第12代皇帝のムラト3世の使者は、帝に関する報告書を読んでいた。
オスマン帝国では、日露戦争後、日ノ本に対する関心が高まり、清やスペイン帝国等を経由して多数の書物が出版されている。
その多くが、殆どなんちゃって日本文化の間違った物ばかり。
こればかりは、永久に解決出来ない事なのだろう。
報告書によれば、帝は、
・東亜一の平和主義者
・「神道」という日ノ本古来の民族宗教の教皇的存在
・政治的権力は皆無
・基本的に御所に籠っている
・国家元首
と、記されている。
これは大英帝国の駐日大使、サトーの著書だ。
外国人の中で数少ない日本語を喋れる外交官として宮内省(朝廷)からの信頼が厚く、外国人日本学研究者の中では、正確に日ノ本を描写している。
(国家元首なのに権力が無い? 不思議だ?)
ムスタファは、顎髭を触りつつ、首を傾げた。
この時期、オスマン帝国が日ノ本に接近しているのは、ロシア皇国が原因だ。
中央アジアを制圧したロシア皇国は、遂にオスマン帝国と国境を接する事となり、散発的に衝突が起きている。
両国共、馬鹿では無い為、直接戦争になった場合、大英帝国等、諸外国が漁夫の利を図る可能性が高い。
なので、ロシア皇国対策の為、破った日ノ本と国交を結び、軍備増強を行いたいのが君主の希望だ。
(……同胞、か)
トルコには不思議な話がある。
元々、トルコ人と日本人は同民族であった、というのだ。
然し、582年に内紛で国が東西に分裂してしまい、その際、東側のトルコ人がどんどん東に移動し、日本に居付いた。
その真偽は定かではないが、トルコでは日本でよりも信じられている(*2)。
その為、日ノ本が仇敵を破った報せは、国内を親日に沸騰させ、
留学生を多く来日させる為にも、今回の国交正常化交渉は、非常に重要な
「……うん?」
船が大きく揺れた。
雨が窓を激しく打ち付け、今にも割れそうな勢いだ。
「船長、天気が酷いが?」
「サイクロンですよ。この地域では、『
「難破は、止めて下さいよ?」
「文句は陛下に。時期を考慮せず、無理矢理、早めたのですから」
木造船は、徐々に航路を流される。
そして、遂には、
「「!」」
大きな音と共に船全体が揺れた。
直後、1歩も動かなくなる。
「座礁したか?」
「まさか」
「いや、有り得る。経験不足の連中だからな」
船長は、急いで部屋を飛び出た。
既に船内では浸水が始まっている。
多くの乗組員が、
機関室にも水が流れていく。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
軍医が飛んできて治療に当たるも、豪雨と揺れにより、とても治療出来る環境ではない。
「ぐわ!」
再び大きな揺れが船を襲い、何人か、船外に投げ出された。
海兵の癖に金槌は溺れ、沈んでいく。
他の海兵は、何とか船や支柱の破片にしがみ付くので精一杯だ。
生きる為に仲間を蹴落とす者まで現れる。
泳げる者は何とか泳ぎ切り、漁港に助けを求める。
突然来た異人に漁民は混乱する。
「異人が攻めて来たぞ!」
「皆、逃げろ~!」
そうこうする内に皇帝号は突如、爆発した。
機関部が浸水した事により、水蒸気爆発を起こしたのである。
何とか甲板に捕まっていた乗員やムスタファも、爆風で海に投げ出された。
「ぎゃああああああああああああああ!」
体の一部を失った乗員は、傷口に海水が触れ、大いに苦しむ。
文字通り、激痛だ。
「地獄だ……」
顔を火傷し、手足が吹っ飛ばされたムスタファは、それが最期の言葉かの様に目を閉じるのであった。
水蒸気爆発を目撃した漁民は、やっと状況を把握し、医者を呼んだ。
漁船を出し、村人総出で救出作業が始まる。
何とか板にしがみ付いていたトルコ人達を漁船に乗せて行く。
遺体も回収したい所だが、今は生存者の方が優先だ。
血の臭いを嗅ぎ付けた鮫が集まり、死体を食べていく。
時には生存者を襲うが、
「てー!」
雑賀衆の鉄砲隊が、鮫を撃ち抜き、生存者を助ける。
難破したのは、不幸であるが、紀伊国沖は、幸運だっただろう。
名狙撃手が集う雑賀衆ならではの救助方法である。
直ぐに漁村は、野戦病院と化し、薬品や毛布等、物資が足らなくなっていく。
言わずもがな、人も。
そこで隣村や国司に協力を要請し、事故は瞬く間に紀伊国全土に伝わった。
国人領主は、対処に困り、丁度、滞在中の上官・大河に相談する。
「船が、難破?」
深夜、起こされた大河は、欠伸交じりに確認した。
傍らには、愛妾トリオが控えている。
「はい。異人で意思疎通が困難であり―――」
「分かった。直ぐ行く」
寝間着から直ぐに和装に着替え、宿舎を飛び出す。
そして、車に飛び乗った。
遅れて楠も同情。
「寝てても良いんだぞ?」
「良いの」
寝惚け眼だが、緊急事態の為、楠も協力したいのだろう。
他の女性陣は、就寝中の為、来る事は無い。
尤も、来ても邪魔になるだけで宿舎に居た方が適当であるが。
鶫が運転席、小太郎が助手席、ナチュラが大河の隣に座り、発進する。
南紀白浜からは、海岸線で約60km。
長距離だが、速度を出せば、1時間以内には着く。
既に京から駆け付けたトルコ語が解かる外国人が数人駆け付け、トルコ人と話していた。
安堵した大河は、降車するなり、叫ぶ。
「真田山城守大河である! 皆の者、聞け! 生存者に酒と豚肉を与えるな!」
村長がやって来た。
「御待ちしていました。御殿様。然し、何故?」
「彼等は、イスラム教徒の可能性が高い。禁忌に触れ、国際問題は避けるのだ!」
「は、は!」
戸惑いを隠せないが、高野山を有する地域だけあって、宗教に理解がある。
「鶫、小太郎。怪我人の手当を」
「「は」」
「ナチュラは、看護を」
「は」
「楠、事情聴取するぞ?」
「分かったわ」
適材適所で指示を出した後、大河は、毛布を羽織ったトルコ人に声を掛ける。
「
「!」
流暢なトルコ語にムスタファは、振り返った。
両手足の先端を包帯で巻き、顔面も焼け爛れた彼に、楠は、思わず後退る。
「日本人か?」
「
「上手いな。トルコ語」
「
恐らく、トルコ語が喋れる唯一の日本人だろう。
童顔だが、他の日本人の緊張した雰囲気から、高位だと悟る。
「事故は、第三国を経由して、貴国に御伝えしました」
「! もう?」
「
「……」
事故から数時間にも関わらず、本国に伝えているのは、脅威的な
(ロシアを破るだけの凄い国だ)
納得し、ムスタファは、挨拶する。
「ムスタファです。
「真田大河です。
握手したい所だが、手を失ったムスタファは、握手する事が出来ない。
「
「
大河は、微笑みつつ、部下からの報告を受ける。
「殿、彼が今回の訪問団の最高位です」
「外交官か?」
「はい。それと、死者は500、行方不明者は100人です。生存は絶望的かと」
「分かった。ただ、72時間は捜索を続けてくれ。超過勤務手当を出すから」
「は」
部下が戻っていた後、大河は、神妙な面持ちで言う。
「ムスタファさん。大変、御心苦しいかと思いますが」
「はい?」
「……
「!」
「
トルコでは、近親者を亡くした人に対して、まず最初に「頭~」の労わりの言葉を伝える。
そしてもう一言、「故人が安らかに眠ります様に」と言う意味のフレーズを添えるともっと良くなる(*3)。
伝える
危険だが、大河は、敢えてこの時機に伝えたのであった。
「……何人、天国に?」
「現時点で500人です」
「……そうですか」
現時点、という事はまだまだ死者数が増える可能性がある。
ムスタファは、天を仰いだ。
「彼等は、
「……
涙ながらに慰めに感謝するムスタファであった。
[参考文献・出典]
*1:https://sinobi22.com/1194.html
*2:http://tsukinoshizuku2012.weebly.com/124881252312467.html
*3:https://sekai-ju.com/life/tur/language-study/turkish-phrase/
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