第167話 一笑千金

 帰京後。 

 最近、エリーゼの様子がちょっとおかしいんだが。

「裏切者~」

 ベタベタと大河に抱き着き、からみ酒。

「んだよ?」

「改宗するって言った癖に~」

 膨れたお腹を擦りつつ、大河の頬を犬の様に舐める。

 お腹の大きさは、満腹―――ではない。

 したのだ。

 彼女だけでない。

 千姫、茶々も妊娠が発覚した。

 謙信に続いて空白期間が長かったが、彼女達は遂に子持ちになる事が出来たのである。

「おいおい、お腹が潰れるぞ?」

「貴方の所為よ。馬鹿」

 大河が天照大御神へのを告白したのを、あの時、あの場所に居なかった筈なのにどうやって聞いたのか。

 あれ以来、エリーゼはずーっと、不満顔だ。

「ヤハウェが悲しんでいるよ……」

「ユダヤを否定していないんだが」

「今まで隠していた。嘘吐き~」

 酒臭く涙目だ。

 正直、絡み酒はしんどいのだが、愛妻がストレスを抱えている以上、構わない訳には行かない。

 千姫、茶々も一緒だ。

「真田様、名前、如何します?」

「山城様、御名前、考えて下さい」

 2人の妊婦を膝に抱え、その髪を嗅ぐ。

「名前は、産まれた時で良いよ」

「然うですか? 山城様の案が知りたい―――」

「焦る事は無いよ。なぁ、累?」

「だー!」

 大河の袖を引っ張るのは、実子・累。

 まだ生まれたばかりだというのに、木刀を片手で持ち、振り回す事が出来る程の赤子剣士だ。

「累、お姉ちゃんになるな?」

「だー!」

「嬉しいか? さぁ、皆の不安を払拭するんだ」

「だー!」

 累が1人ずつ、お腹を優しく触れる。

 子供には、時に不思議な力を有す。

 前世の記憶を持っていたり。

 霊感があったり。

 現実主義者リアリストの大河は、それらの例を信じ難いが、実際にあるのだから、否定し様が無い。

 累にも不思議な力がある筈、との思いで肖ったのだが、案の定、その狙いは的中する。

「累、良い子ね」

「「有難う。累様」」

 3人は、不思議とストレスが和らいでいく。

 山城真田家にベビーブームが、到来していた。


 愛妻が続々と妊娠しても、大河の誾千代に対する愛は変わらない。

 豊臣秀吉と寧々ねねの様な関係性だ。

「又、外で女作って」

「惚れられたんだよ。俺は、被害者だ」

「ちゃんと拒否しない時点で同罪」

 ガジガジと耳をかじる。

 これ程嫉妬しているのは、今の大河が原因にある。

 右手に橋姫。

 左手にナチュラ。

 膝にお市と。

 正妻ではない、親友、愛人、義母を囲っているから。

「もう煩い嫁は嫌われるわよ?」

「お市様、苦言ですか?」

しゅうとめとしての助言よ」

「義母の癖に?」

「あら? 戦争する?」

 お市は胸元を見せ、大河を誘う。

 3人の娘を産んだ実績がある通り、お市は不妊症ではない。

 現在30歳。

 女性が妊娠し難くなっていくのは、35歳以降なので年齢的にまだまだ可能性はある。

 誾千代が危機感を抱き、対抗心を持つのは、当然だろう。

「貴方、去勢されるか宦官かんがんになるか選んで?」

「おいおい、一緒じゃないか?」

 震えつつ、3人から離れ様とするも、

「「「駄目♡」」」

 更に抱き着かれる。

 親友、愛人3号、義母は正妻に配慮しない夫婦愛破壊者デストロイヤーの様だ。

 白覆面を被っても遜色無いかもしれない。

「大河ぁ?」

 ハスキーボイスに大河は震え、這う這うのていで脱出。

 天下人・豊臣秀吉も寧々に頭が上がらなかった様に。

”近衛大将”・真田大河も誾千代には、平身低頭なのである。

「よく戻って来たね?」

 殺意を和らげ、誾千代は、その頭を犬の様に撫でる。

「「「……」」」

 3人が羨ましそうにその光景を眺めていた事は言う迄もない。


 私的プライベートでは、再び平和な日常となったが、政治面では、大きな動きがあった。

 法律で正式に武器の携帯が免許制の議案が上がったのだ。

 ―――『銃砲刀剣類所持等取締法』。

 現代日本に存在する世界的にも厳しい法律が可決されたのだ。

 合法的に携帯出来るのは、

・軍人(憲兵含む)

・警察

 のみ。

 特権階級であった武士の権利は、免許制とはいえ、剥奪される形だ。

 当然、武家出身の議員は猛反発するも、神聖な議会に於いて抜刀すればたちまち衛視に囲まれ、斬殺されるのは自明の理。

 衛視は真田軍で構成されている為、事実上、国会はもとより立法権は大河が支配している事になる。

 平民系議員団が提出したのは、平和な世の中になって以降、一部の武士にストレスが溜まり、武装強盗や酒乱の末、婦女暴行を働く等、日ノ本各地で重罪が相次いでいる為だ。

 穏健派の武士系議員もこの状態には、苦言を呈す程で平民系議員団の提案に理解を示し、賛同。

 その結果、国会で賛成多数になったのだ。

の裏切りに武士系議員の間では軋轢が生じ、分党する程の混乱が起きる。

 元々、武士系議員は一枚岩ではない。

 日ノ本の為、国民の為よりも、所領の為という意識が強い。

 一方、平民系議員は国民国家に奉仕するという気持ちが強く、武士系議員より連帯し易かったのだ。

 国会から届いた提案書に、大河は、として目を通す。

 ―――

『【第1章 総則(第1条 - 第3条の13)】

[定義]

「銃砲」とは、拳銃、小銃、機関銃、砲、猟銃その他金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲及び空気銃をいう。

 但し、ここでいう空気銃とは、圧縮した気体を使用して弾丸を発射する機能を有する銃の内、内閣府令で定める所により測定した弾丸の運動えねるぎーの値が、人の生命に危険を及ぼし得るものとして内閣府令で定める値以上となるものをいう。

「刀剣類」とは、刃渡り15cm以上の刀、槍及び薙刀、刃渡り5・5cm以上の剣、匕首あいくち並びに45度以上に自動的に開刃する装置を有する飛び出しナイフをいう。

 但し、ここでいう飛び出しナイフには、一般の飛び出しナイフの内、刃渡り5・5cm以下で、開刃した刃体を鞘と直線に固定させる装置を有せず、刃先が直線であって峰の先端部が丸みを帯び、且つ、峰の上における切先から直線で1cmの点と切先とを結ぶ線が刃先の線に対して60度以上の角度で交わる物は含まれない。

[所持の禁止]

 法令に基づき職務の為、所持する場合等を除き、原則として銃砲・刀剣類の所持は禁じられる。

【第2章 銃砲又は刀剣類の所持の許可(第4条 - 第13条の4)】

[許可]

 銃砲・刀剣類の所持は、厳格な基準を満たした上で、所持し様とする銃砲又は刀剣類毎に、その所持について、住所地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けなければならない。

[許可の基準]

 都道府県公安委員会は、次の者に銃砲・刀剣類の所持を許可してはならない。

・18歳未満の者(一部の銃砲については14歳未満の者)

・破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者

・精神障害若しくは発作による意識障害を齎しその他銃砲若しくは刀剣類の適正な取扱いに支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものにかかつている者又は介護保険法に規定する認知症である者

・酒類、麻薬、大麻、阿片又は覚醒剤の中毒者

・自己の行為の是非を判別し、又はその判別に従って行動する能力が無く、又は著しく低い者(責任能力が無い者)

・住居の定まらない者

・許可を取り消された日や、この法律によって処罰された日から起算して5年を経過していない者等

・ストーカー行為等の規制等に関する法律(ストーカー規制法)に規定するストーカー行為をし、同法の規定による警告又は命令若しくはその延長の処分を受けた日から起算して3年を経過していない者

・配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(DV家庭内暴力防止法)の規定による命令を受けた日から起算して3年を経過していない者

・集団的に、又は常習的に暴力的不法行為その他の罪に当たる違法な行為で国家公安委員会規則で定めるものを行うおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者

・他人の生命若しくは財産若しくは公共の安全を害し、又は自殺をするおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者……』(*1)

 ―――

 刀を「魂」と位置付ける武家には、「死ね」と言われた様な物だ。

 然し、民主主義である以上、投票で決めなければならない。

「内乱が起きるな」

「やっぱり?」

 一緒に読んでいた誾千代も渋い顔だ。

「ああ。特に島津は、反対だろうな」

 日本最後の内戦・西南戦争を代表とする士族の反乱を招いた。

 権利が拡大している平民が調子に乗って提案した感も否めない為、身分対立が激しくなる事は必至だ。

 もっとも、侍と違って軍人は、士族でなくても努力次第でなる事が出来る。

 平和ボケした一部の侍より、近代武器を駆使出来る平民出身軍人の方が強いだろう。

「これは、国会じゃなくて国民投票で決めた方が良いんじゃないの?」

「そう思うな」

 提出者の平民の気持ちは分かるが、刀は丁髷同様、武士の自己同一性アイデンティティーである。

 体の一部を奪う様な真似は正直、気持ちの良い事ではない。

「主、御手紙が沢山届いていますよ」

 小太郎が沢山の陳情書を持って来て、鶫と共に仕分けする。

 その多くが、賛成派と反対派からの協力の要請だ。

 賛成派503通。

 反対派491通と、賛成派が僅差で勝っているとはいえ、反対派も目に見えて多い。

 この位の差だと、反対派が後に逆転する可能性は大いにある。

「戦争を防ぐ必要があるな」

「そうだね」

「九州に行くかな」

「! 本当?」

「ああ。調停者として観光だな」

「良いねぇ」

 愛湯家の誾千代も嬉しそうだ。

 恋敵がはらむ中、不妊症の彼女の愛はどんどん重くなっていっている。

 子育てせず、思う存分、大河を独占出来る様になるからだ。

 謙信が、累を抱いてやって来る。

「累が『論語』を全部覚えたわ」

「だー!」

「わたしもおぼえたよ~」

「私も!」

 華姫、お江も『論語』暗唱証明書を携えて、大河にタックル。

「おお、凄いなぁ。2人共」

「えっへん」

「でしょでしょ?」

 2人は、大河の膝に乗り、彼の鼻にくっ付く程、それを見せ付ける。

『全甲』

 の2文字が眩しい。

「よくやった」

 2人を抱き締めつつ、累も忘れない。

 優しくその頭を撫でると、

「……」

 2人に負けない位のどや顔を見せる。

 言葉もたどたどしいながら、『論語』を暗唱出来るのは、才媛たる証拠だ。

 摩耶マーヤー夫人の右脇から誕生直後、7歩歩いて右手で天を指し、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と言ったとされる釈迦以来の天才だろう。

「じゃあ、皆、頑張った御褒美に旅行は如何だ?」

「行く!」


[参考文献・出典]

*1:銃砲刀剣類所持等取締法


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