自由主義
第153話 曳尾塗中
禁門の変後、信長は、自家から裏切者を出してしまった事を責任を取り、引退。
織田家は、嫡男・信忠が継ぐ。
帝から
田中義一の様に日に日に衰弱していくのかもしれない。
信長に非は無いが、監督者としての責任は避けられない為、当然の事だろう。
然し、織田家の事は内政だ。
山城真田家は、関わらない。
「済まないな。隠居で……」
「いえいえ。御決断は尊重しますよ」
隠居前、挨拶に来た信長を大河は、宇治茶で持て成す。
濃姫、お市、三姉妹も勢揃いだ。
「今後は、夫婦水入らずですわ」
濃姫が、信長に寄り添う。
「そうだな。もう潮時だな」
呟いた後、宇治茶を飲み、溜息。
”第六天魔王”は天下人になり、中央集権を実現させた。
最後は失策したが、長い目で見れば、晩節を汚してはいないだろう。
「市、お前も来るか? 縁談も用意するぞ?」
「縁談?」
「ああ、柴田勝家は如何だ?」
「……」
史実で2人が結婚したのは、本能寺の変後の事。
天正10(1582)年、柴田勝家と羽柴秀吉が申し合わせて、清洲会議で承諾を得て、柴田勝家と再婚した。
従来の通説では、神戸信孝の仲介によるものとされてきたが、勝家の書状に、
———
『秀吉と申し合わせ―――主筋の者との結婚へ皆の承諾を得た』
———
と書かれたものがあり、勝家のお市への意向を汲んで清州会議の沙汰への勝家の不満を抑える意味もあって、会議後に秀吉が動いたとの説もある(*1)。
婚儀は本能寺の変の4か月後の8月20日に、信孝の居城岐阜城において行われた(*2)。
史実より5年早いが、正史通りなので問題無い。
「……お断りします」
「え?」
「私は、人質として真田様の御傍に居ます。娘達も心配ですしね」
大河にしな垂れかかる。
恋する女性の顔で。
「! ……真田、お前、妹にも手を出したのか?」
「はい……
目を逸らし大河は、頬を掻く。
大浴場で欲情した際、大河は市に誘われるまま抱いてしまった。
その後、三姉妹と寝る際は、時々、市もオプションで付いてくる事があり、結果的に朝、起きた時、三姉妹を胸に、お市を脇に侍らせていた事もある。
「全く……勝家も秀吉も失恋したな。まぁ、熊や猿より、鬼の方がマシだがな」
渋々、2人の仲を信長は認めた。
浅井長政を殺した負い目から、今度は、お市に本当に幸せになってもらいたい、との想いがあるのだ。
「で、結婚するのか?」
「いえ、私は、今でも長政様の夫でもありますから。嫁ぎません」
「……じゃあ、愛人?」
「今え、肩書は、人質のままで。さぁ、皆、おいで」
「「「わー!」」」
三姉妹は、大河に駆け寄り、膝を3分割。
真ん中に茶々、左右に
「……と、言う訳です」
「全く賢弟じゃなければ、斬っていた所だよ」
姪に続き、妹まで盗られた(?)のは、正直、信長としても不快だ。
然し、幸せそうなお市の姿を見ると、怒るに怒られない。
今年―――万和2(1577)年現在、お市は30歳(1547年生まれ。*生年に関しては異説あり)。
現代では、まだまだ若い部類に入るが、この時代、寿命は後20年と考えたら、もう中年扱いだろう。
「母上と結婚したら許さないからね?」
「……」
「兄者の浮気者」
三姉妹から其々、改めて御叱りを受ける。
母娘仲は良い事だが、気苦労が増えるのは明白だ。
「真田、義兄からの助言だ。市を
「分かっています」
万が一、お市が出産したら、沢●止並によく分からない家系図になってしまうだろう。
大河も流石にそれは分かっている為、お市の妊娠は、望んでいない。
なので、彼女と寝る際は、避妊している。
女性は、35歳を過ぎると、妊娠し辛くなっていく。
あと5年のお市は、それを知っているのか、寝台上では誰よりも積極的だ。
濃姫も助言する。
「真田様?」
「は、はい」
「幸せにして下さいね? でないと―――殺すから?」
「……はい」
遠縁の三姉妹と義妹を想う濃姫らしい(?)有難い御言葉(?)に大河は、苦笑いで応じるしかなかった。
平和な治世では、正直、戦馬鹿の大河は、ニート並に暇だ。
友情を育むのは、信忠等。
努力は、日頃から訓練を怠っていない為、該当し難い。
勝利も、連戦連勝だ。
その為、大河は、
・仕事 :5割
・家族サービス:4割
・趣味 :1割
の配分の新しい
「ちちうえ、なにしてるの?」
「ん~。料理」
台所で大河は、鶏肉を包丁で切り分け、
・醤油
・胡椒
・檸檬
・大蒜
・生姜
を適当に入れ、捏ねている。
「りょーりできるの?」
「まぁな」
シリアでは、炊事兵だった事から、大河は、料理が出来る。
流石に調理師免許等、専門的な資格は持っていないが、河豚も毒を持つ部位を見分け、ふぐ調理師の様に捌く事が可能だ。
最後に卵を割って入れて、蓋をし、冷蔵庫に放り込む。
「……ゆーしょく?」
「そうなるな」
「んしょんしょ」
華姫が椅子を持って来て、それに乗り、大河と同じ位の身長になる。
「作りたい?」
「うん!」
「じゃあ、御飯炊けるか?」
「できるよ~」
「じゃあ、頼むわ」
「は~い♡」
新婚の夫婦の様で華姫は、上機嫌だ。
主夫、という言葉が一般的になったのは、1990年代とされる。
つまり、それまで台所は、女性の聖域に近しい場所であった。
朝顔も手伝いに来る。
「何、作ってんの?」
「夕食。手伝ってくれる?」
「良いわよ」
頼られ、朝顔は袖を
上皇は、料理歴が無いと思われるが、自信満々なのは、華姫への対抗意識からだろう。
2人は、大河を挟んで、秘密裏に睨み合う。
(上皇様、やっぱり来たね。寂しがり屋なんだから)
(華の奴、全然、諦めてないな。勅令で仲を引き裂こうか?)
跡継ぎに嫉妬する程、朝顔の性格は、変わった。
昔は、超奥手だったのに妻になって以降、他の女性陣同様、嫉妬心が伝染した様だ。
「それで、朕は何をすれば良い?」
「何、格好付けてんだよwww らしくないぞ?」
「……」
口癖に気付き、朝顔は、俯く。
両耳は、真っ赤だ。
帝の一人称は、「朕」の
その例として昭和天皇が知られている。
大正15(1926)年5月、摂政宮として岡山県、広島県及び山口県の3県へ行啓の際、お召艦となった戦艦長門で将兵の巡検後、煙草盆が出された甲板で「僕は煙草はのまないから煙草盆は煙草呑みにやろう」と、(「朕」ではなく)はっきり「僕」と言うのを当時の主計中尉が聞いている(*3)。
退位を考えているが、外では、上皇として振る舞わなくてはならない。
今回は、その職業病が出たのだろう。
「……責任取りなさいよ」
「責任?」
「そうよ。私を惚れさせた罪よ」
当たり屋並の滅茶苦茶な言い分だ。
帝だった時代、朝顔は、そんな事は言わなかった。
然し、恋や結婚は、人を変え易い。
恥ずかしさの余り、包丁を握って振り回す。
「全部、貴方の所為よ!」
恥ずかしさを隠す為であったが、危ない事は間違い無い。
「可愛いなぁ♡」
萌えを感じた大河は、愛でつつ、手刀で包丁を叩き落とす。
「あ―――」
そして、足払い。
浮いた朝顔をそのまま抱き留め、お姫様抱っこの形になった。
「全く、荒ぶるのは良いが、包丁は危ないぞ?」
「……」
赤面し、目を逸らす。
「疲れてるな。少し休め」
「……このままが良い」
「でも、料理出来んぞ?」
「……それでも良い」
ツンツンからデレデレだ。
非常に分かり易くて有難い。
「皆が餓死するぞ?」
「……御免」
「謝るな。仕事、御疲れ様。アプト」
「は」
アプトに渡す。
名残惜しそうな朝顔だが、大河の優しさに嬉しいのか、嫌がる事は無い。
2人と入れ替わりに謙信が来る。
「あら? 累は?」
「誾、お初、千が見てるわ」
「羨ましいな」
「私が居るでしょ」
謙信は、体調が良いのかテキパキと野菜を洗い出す。
鼻歌混じりで。
「♪ ♪ ♪」
「上機嫌だな?」
「産後鬱を乗り越えたからね」
産後鬱病とは、分娩後の数週間、時に数カ月後迄続く極度の悲しみや、それに伴う心理的障害が起きている状態を言う。
その症状は、
・極度の悲しみ
・頻繁に泣く
・気分の変動
・易怒性及び怒り
・極度の疲労感
・睡眠障害(過眠又は不眠)
・頭痛及び全身の痛み
・性行為や他の活動への興味の喪失
・不安発作またはパニック発作
・食欲減退又は過食
・日常生活を送る事が困難になる
・子供に対する関心の喪失又は不合理な心配
・無力感又は絶望感
・こういった感情を持っている事への罪悪感
・子供を傷つける事に対する恐れ
・自殺念慮
その予防策としては、
・出来るだけ多く休息を取る。
例;子供が寝ている場合に一緒に昼寝をする等
・全部をやろうと思わない様にする。
例:家の中を完璧に綺麗にし様、料理を全て手作りし様等とは考えない等
・家族や友人に助けを求める。
・自分の気持ちを他人(夫やパートナー、家族、友人)に話す様にする。
・毎日、シャワーを浴び、服を着替える。
・頻繁に外出する様にする。
例:雑用を片付けたり、友人に会ったり、散歩等
・夫又はパートナーだけと過ごす時間を取る。
・他の母親と共通の経験や感情について話す。
・鬱病の女性の為の支援グループに参加。
・新しく母親になった人にとって、疲労や集中力低下、自分が母親で居て良いのかという不安があるのは普通の事であり、これらは通常治まるという事を認識する様にする。
治療は、
・精神療法
・抗鬱薬
が挙げられている(*4)。
この時代、鬱は、今以上に「甘え」と言った偏見が強い。
癩病等も然る事ながら、病気が今以上に判っていない為、一度、弱体化すると、復帰は難しいのだ。
謙信も産後鬱になっていたが、それを噫にも出さなかった。
”越後の龍”として”一騎当千”の妻として、表向きは、強く振る舞い、裏では、苦しんでいたのだ。
症状が軽かったのは、大河や他の妻達の献身的な支えがあった為だろう。
謙信だけに。
「―――大河、又、変な事、考えているでしょう?」
「何も?」
「嘘仰い。献身的な支えと私を掛けていたでしょう?」
何故、バレるのか。
「思想の自由だぞ? 読心術は、憲法違反だ―――」
「あら? じゃあ、武力で改憲するわ」
大河の襟を掴み、そのまま背負い投げ。
しこたま、大河が床に叩き付けられると、その胴に跨る。
「痛いな? 何すんだよ?」
「勝手に朝顔は、上皇にした罰よ。恥を知れ、俗物が」
[参考文献・出典]
*1:『南行雑録』所収堀秀政宛て天正10年10月6日勝家書状「覚書」
*2:西ヶ谷恭弘 『考証織田信長事典』 東京堂出版 2000年
*3:阿川弘之『軍艦長門の生涯』新潮社 上・下 1975年 文庫 上・中・下
*4:https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/22-%E5%A5%B3%E6%80%A7%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E7%94%A3%E8%A4%A5%E6%9C%9F/%E7%94%A3%E5%BE%8C%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85
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