第152話 堅甲利兵

 黒幕フィクサー・有栖川織仁は、皇位剥奪が皇族会議の下、全会一致で決定した。

 そして一般人となり、特別高等警察監視の下、地方に追放された。

 家系図及び公文書からも抹消され、その存在が記録上でも消された事は言うまでも無い。

「陛下……御無事で良かったです」

「……上皇になったんだな? 陛下は、君だよ」

 帝と朝顔は、抱き合って再会を喜ぶ。

 女官も全員、逃げた為、御所に人質は居ない。

 帝が逃走に成功した事から、反乱軍は一点して窮地に立たされた。

 広告主の織仁とも連絡が付かない。

「「「……」」」

 晴賢、秀治、洪の3人はブルブル震えていた。

 資金も尽きかけ、広告主とは音信不通。

 帝が居なくなった以上、傭兵達の間に厭戦えんせん気分が漂い、脱走兵も増えている。

 大江山で戦死したのは、熟練者ベテランの元武士が多かったが、今の反乱軍の主体は、犯罪者だ。

 ワルシャワ蜂起で戦争には殆ど参加せず、強姦等の犯罪ばかり行っていたカミンスキー旅団の様な彼等は、兵士として役立つ事は無い。

 ろくに働きもせず、昇給ばかり望む彼等の間にも不信感が募り、何時、下克上に遭っても可笑しくは無い。

「ぎゃああああああああああああああ!」

 外から叫び声が聞こえ、3人は慌てて、部屋から出た。

「「「!」」」

 緑色のイスラエル軍の軍服を着た近衛師団実働部隊が、突入したのだ。

 逃げる者を背後から斬殺。

 命乞いする者にも容赦しない。

 問答無用で額に撃ち抜き、たちまち3人を囲う。

 傭兵達は、死者か捕虜の2択。

 命乞いでも殺しているのだから、捕虜も長くは生きられないだろう。

 成功しかけた政変は、又しても未遂に終わるのであった。


 3人と残党は捕らえられ、大審院に送られる。

 大審院は、現代で言う所の最高裁判所だ。

 不敬罪等、重要な事案のみを扱う為、開所史上初めて使用される事になる。

 地図では、現代の京都地方裁判所の場所にある。

 御所から大審院までは目の前だ。

 その道程を100万人以上の都民が待ち構えていた。

「「「……」」」

 戦争犯罪人に対する視線が厳しい。

 御所の目前という事で自制しているが、何かの契機では、パリ解放後、協力者コラボラシオンを私刑にしたパリ市民の如く暴れ回る事は、必至だろう。

「では、頼んだ」

「「「は」」」

 大河は、裁判官9人に引き渡す。

 現代日本の最高裁判所の定員は15人だが、ここでは9人だ。

 模範がアメリカのそれだから当然の事だろう。

 判断傾向も、

・保守派 :4

自由主義リベラル:4

・中立  :1

 と枠が設けられている。

 定員削減は、経費削減。

 判断傾向の枠を設けたのも、司法の独立を保つ為だ。

 模範となっているアメリカのそれは、枠が無い事から、政権交代する度に判事が変わっている。

 彼等の罪状は、不敬罪等、10以上。

 加算式なので、不敬罪の時点で1発死刑だ。

 市民の多くは法律を経ずにその場で処刑したい所だが、残念ながら日ノ本は人治国家―――ではなく、法治国家である。

 憲法>法律>天皇>国民の順番で偉い。

「……主、終わりましたね?」

「まだだよ」

 大河は、振り返る。

 御所の外では、割烹着かっぽうぎの集団―――皇居勤労奉仕団こうきょきんろうほうしだんが、死体等を後片付け。

 内では、女官達が掃除していた。

「上皇の退位もある。山積みだよ」

「その前に若、勝利を祝して、御褒美を」

「そうだな」

 鶫を強引に引っ張り、その唇を塞ぐ。

「~~~!」

 鶫は喜び、抱き締め返す。

 接吻は5秒程。

 短いが、鶫はそれだけでも満足だ。

「……」

 唇を指でなぞり、接吻を思い出す。

 今回の作戦で鶫は目立った活躍はしていない。

 常に小太郎と共に大河と居ただけだ。

 それでも、大河は評価している。

 何も無かった=鶫達の用心棒としての職務が完璧パーフェクトだった、との解釈だ。

 よく『働かざる者食うべからず』と言う人が居るが、何もしていない様に見えても、ちゃんと仕事をこなしている場合がある。

 雇用主として労働者の働きを見ていないのならば、それは、雇用主が無能だという事だ。

 犬の様に鶫は、見えない尻尾を振り、大河に付いて行く。

 小太郎も微笑ましい。

「主、御所まで握手御願いします」

「奴隷の癖に?」

「はい。すぱるたくすの反乱です♡」

「……そうか」

 反乱を甘んじて受け止め、大河は手を握る。

「♪ ♪ ♪」

 普段、正妻達に遠慮がちな愛人は、鼻歌を漏らす程、上機嫌だ。

「こらこら、無視しないでよ」

「大河、殺すよ?」

 くノ一とメンヘラ女が、不満を漏らす。

 猫の様な素早さで、楠は、大河の背中を駆け上がり、肩車に。

 エリーゼは、空いていたもう1本の手を独占。

 終戦直後から、この争奪戦だ。

 一難去ってまた一難。

 楠、エリーゼが、祝福の接吻を其々、右頬、左頬に行う。

 ぶちゅーっと。

 血を連想させる程のキスマークが付いた。

 大河を渡さない、とマーキングする様に。

(又、子作りか……)

 苦笑いするしかない大河であった。


 御所が掃除されている頃、二条城では、

『朕は、貴君に上皇で居てもらいたい。この度、家が二つに別れる事を未然に防ぐ事が出来たのだからな?』

「……評価して頂き有難う御座います」

 朝顔は、苦笑いだ。

 高評価は、素直に嬉しい。

 然し、今回に限っては危機回避の為の超法規的措置であって、一部の公家や皇族は、熱が冷めた現在、朝顔を快く思っていない可能性がある。

 家よりも男を選び、家の危機に勝手に戻って来た上に上皇になったのだから。

 無欲な朝顔は、単純に権力欲よりも国や家の為の想っての行動なのだが。

 如何せん、何処にも分からず屋が居る。

 火の粉を被りたくない朝顔は、再び臣籍降下を考えていた。

 だが、御簾みすの向こうの帝は許さない。

『気持ちは分かるが、朕を助けてくれ。経験者程現場を分かっている者は居ない。無理強いはせぬが、前向きに検討してくれないか?』

「……分かりました」

 帝が孤独なのは、朝顔も経験者なので分からないではない。

 孝謙天皇も恐らく、孤独な所を悪僧の罠にかかった、と思われる。

「……夫と相談させて下さい」

『そうだな。それが良い―――お、噂をすれば影、か』

「え?」

 振り返ると、大河が軍服で立っていた。

 軍帽は帝の前の為、脱ぎ、騎士の様に跪いている。

 エリーゼ、楠、小太郎、鶫も同じく。

「近衛大将・真田山城守大河、只今ただいま戻りました」

『うむ。流石、日ノ本一の武士もののふだ。今回も天晴である」

 女官が、沢山の重箱を抱えて、大河の前に置く。

『今回の褒美だ。受け取ってくれ』

「特別手当、という事ですか?」

『そう言う事だ。全く、貴君が有能し過ぎて、修繕費に特別手当、家計は火の車だよ』

 皇室の家計簿は、現代同様、硝子張りだ。

 元々は、公開する必要は無かったのだが、『開かれた皇室』を目指す朝顔の時代から、皇室典範の下で公開が義務化されたのである。

 経済状況が厳しい筈なのに帝は、嬉しそうだ。

「良いんですか? 受け取っても?」

『仕事をしたんだ。労働の対価は、報酬だろう?』

「……はぁ」

 近衛大将の基本給だけででも生活出来る為、特別手当は欲していないのだが。

 帝の言い分は、正論だ。

 働いた以上、人件費が発生する。

 無給は、義勇兵ボランティアか聖職者くらいだろう。

『大将、特別休暇だ。休め』

「は」

 勅令により、急に休日が出来た。

 予定の組み方が難しくなるのが短所デメリットだが、やはり、働き詰めでは、疲労困憊になる。

『上皇を頼んだぞ?』

 御簾越しに帝は、暗に圧力プレッシャーを掛けるのであった。


「……」

 ずーん。

 朝顔は、落ち込んでいた。

 皇族達を奮い立たせていた安土桃山の北条政子は、もう居ない。

 上皇としての重荷に潰れそうな幼帝だ。

「……

「!」

 名前を呼ばれ、朝顔は、夫を見た。

 上皇になった途端、「上皇陛下」と彼や彼以外の者達から言われていたのだから、名前は久々だ。

「……不敬、じゃないの?」

「嫌なら裁いてくれ。ただ、何度でも呼ぶよ。朝顔」

「……馬鹿」

 小さく呟くと、朝顔は、笑顔で大河の胸に寄り添う。

 公式の場では、尊称だが、私的な時、2人は、夫婦に戻る。

 京都新城の大河の部屋。

 夫婦水入らずの空間だ。

 尤も、多妻の為、人数は多いが。

「ははうえ、『じょーこー』ってなに?」

 と、言いつつ、華姫は、絵を見せる。

「それは、『如雨露じょうろ』。上皇ってのは、帝よりも偉い方よ」

「「!」」

 お江も驚愕している。

 累に母乳を与えつつ、謙信は、続けた。

「『太上天皇』の略でね? 昔は、『院政』って言って帝よりも権力者だった時期があるんだよ」

「「ほぇ~」」

 歴史で習った筈の2人だが、後花園天皇が上皇になってのを最後に約100年間は、上皇が誕生していなかった。

 人間50年の当代、前例の上皇を知る者は、仙人位だろう。

 一方、千姫は危機感を抱いていた。

「(上皇って狡いですわ……)」

「(千様、真田様は、無欲な御人です。上皇になっても平等に接して下さいますよ)」

 朝顔に嫉妬する千姫を稲姫が宥める横では、

「母上、上皇には勝てないよ」

「そう泣かないの」

 茶々が、お市に抱き着き、泣いている。

 実姉の頭を優しく撫でるのは、お初だ。

 実に仲の良い姉妹である。

「凄い雰囲気ね?」

「本当、本当」

 橋姫は、誾千代と酒を酌み交わしている。

 酒嫌いの大河に配慮して酒類0%の健康的な酒を。

「「……」」

 楠、エリーゼは、参戦出来た数少ない女性陣の為、御満悦だ。

 其々それぞれ、右肩、左肩に頭部を預け、甘えている。

 於国も負けていない。

 ちゃっかり、巫女装束で、大河の膝を独占している。

「於国、私的な時位、それ脱いだら?」

「これは、変装遊びですよ? 若殿、御好きでしょう?」

「じゃあ、本物じゃない?」

「はい♡」

 頷き、於国は、頭部に猫耳を装着する。

「おっふ」

 その余りの破壊力に大河の鼻の下が分かり易く伸びた。

 巫女装束+猫耳=仙●さんっぽい。

「良いな」

「でしょう? 作ったんです♡」

「可愛いなぁ♡」

 於国の頬を指で突っつく。

 続柄上、於国を始め朝顔、楠、お江の4人は妻だが、大河の感覚からすると、可愛い妹感が否めない。

 4人もそれを感じているが、不満な時もあるが、年下パワーで優遇してくれる場合もある為、臨機応変に利用しているのが、実情だ。

「「「……」」」

 残りの3人の目が怖い。

「真田、私、上皇なんだけど?」

「おいおい、急に如何した?」

「上皇って帝より偉いよね? そうだよね?」

「そうだよ」

「じゃあ、朕が1番」

 えっへんと、大河の膝に乗り込む。

 於国も流石に朝顔には、頭が上がらず、黙って場所を作った。

「貴方、私も功労者なんだけど?」

 楠もじ登って来る。

 言わずもがな、お江も。

「兄者、大好き♡」

 大河の背中に抱き着いて、首を軽く絞める。

 段々と分かって来た事だが、お江が女性陣の中で最もヤバイ存在かもしれない。

 常に大好き攻撃。

 が、時に嫉妬心なのか。

 首絞めを行う。

 彼女なりの愛情表現なのかもしれないが、裏を返せば、独占欲が強過ぎるとも言えるだろう。

 大河の耳朶じだを噛む。

 歯型が出来、赤くなる程だが、出血はしない。

 然し、力次第では、耳なし芳一になっても可笑しくは無い。

「兄者、大好き♡」

「俺もだよ」

 2人は、接吻した。

 平和が戻る。

『予は正義の戦いよりも邪なる平和を好む』(*1)

 武力で構築された平和な時代に。


[参考文献・出典]

*1:キケロ 『哲学談義』

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