第154話 華胥之夢

 信長引退後、織田家当主となった信忠は早速、京都新城に来た。

叔父上おじうえ、久し振りです」

 弘治3(1557)年生まれ。

 今年―――万和2(1577)年で丁度20歳となる。

 実母は濃姫―――と思われがちだが、実は違う。

 令和2(2020)年の大河ドラマでも描かれていた様に、実母は久庵慶珠=生駒吉乃いこまきつの(1528年? ~1566)(*1)(*2)。

 乳母は慈徳院じとくいん(滝川氏)。

 尚、濃姫が織田信忠を養子としたという説もある(*3)。

 大河と同年代と言う事もあり、続柄上、複雑な関係になるが、実際には親友と言って良い程仲が良い。

「敬語は不要ですよ。征夷大将軍なんですから」

「いえいえ。何をおっしゃいまする? 恥ずかしながら父より天下人に相応ふさわしいのは、叔父上なんですから」

 世間的には、中央集権構想等は、全て信長の手柄になっている。

 だが然し。

 その発案者は、知能顧問ブレーンの大河だ。

 事実上、”闇将軍”―――真田政権と言っても良いだろう。

「引き続き、叔父上には要職として我が家を支えて欲しいんです」

「有難い話です」

 大河は、微笑んだ。

「ですが、今は家族との時間を優先させて下さい。政変で家を空けましたらから」

「愛妻家ですね」

 信忠は、苦笑い。

 信長から大河の愛妻家振りは、伝え聞いている。

 直行直帰。

 風俗店に遊びに行く事もしなければ、隠し子も作らない。

 現に挨拶の場でも、膝を三姉妹に占拠されている程、夫婦仲は熱々だ。

「「「……」」」

 三姉妹は、長いやり取りに飽きたのか、信忠を睨んでいる。

 未だ? と。

「ふぁ~……」

「お江、眠たい?」

「うん……長い」

 素直なお江である。

「済まんな。もう直ぐ終わるからな?」

「うん……」

 大河の胸を枕にし、お江は船を漕ぎ出す。

 追い出さない辺り、幼妻にとことん甘い大河である。

「姪にも懐かれていますね?」

「ええ」

「……」

 茶々が大河の顎を撫でる。

 ペタペタ、と。

 言外げんがいに信忠に「早く終われ。ボケ」と言っている様に見えなくもない。

 口が裂けても言えないが。

「叔父上は、日ノ本一の艶福家えんぷくかだ。ここらで御暇おいとましましょう」

「申し訳御座いません」

「いえいえ。姪達の都合を考えなかった自分が悪いんです。また御暇おひまな時に呼んで下さい」

「有難う御座います」

「それでは」

 忙しい信忠は、頭を下げて出て行く。

 時間を割いて来たのだろうが、中身の無い会談になってしまった。

「全く、邪魔するなよ?」

「御免なさい。でも、無理強いな御願いをされるかと思い、監視したんです」

「その時は、自分で断れるよ」

「そうですか?」

 信じられない、と言った様子。

「次からは、邪魔するなよ?」

「……はい」

 目に見えて、茶々は、しょげる。

 茶々とお初を下ろし、お江のみお姫様抱っこ。

「「……」」

 それを2人は、羨まし気に見詰めた。

「……兄者ぁ♡」

 寝ぼけたお江が、大河の首に腕を回し、頬に接吻。

 狸寝入りを疑う程の行動だ。

 たちまち、大河の両頬は、口紅だらけとなっていく。

 にも関わらず、大河は嫌がらない。

 ジョ●カーの様な口元になっても。

「お江、何時もこんな感じか?」

「はい。真田様が御不在の間は、真田様を模した等身大の人形に接吻していますわ」

「……そうか」

 黒歴史だが、これは聞かなかった事にした方が良いだろう。

(夢遊病なんか? 可愛いが心配だな)

 大河の心配を余所に、お江は、接吻に満足したのか。

「……えへへへへ」

 幸せそうな笑顔で眠るのであった。


 お江は、自他共に認めるファザコンであった。

 浅井長政が、溺愛した事もあって、年上(美)男子には滅法弱い。

「兄者、見て見て! 天婦羅!」

「おお……」

 暗黒物質ダークマターの様な何か。

 志●妙と同類項、又はそれ以上だ。

「……焦げ過ぎじゃね?」

「生焼けだとお腹痛くなるかなって」

「……焦げ過ぎも体に悪いぞ?」

「そうなの?」

 癌の発症に関係している可能性がある焦げの成分は2種類あり、

・じゃが芋

・野菜

・麺麭

 等の焦げに含まれる『アクリルアミド』と、

・肉

・魚

 の焦げに含まれる『ヘテロサイクリックアミン』が挙げられている(*4)。

 両者を比べると、アクリルアミドの方がヘテロサイクリックアミンよりも発癌への影響が高いと言われている(*5)。

「作るのは良いが、気を付けるんだぞ?」

「……御免なさい」

 やんわり叱っても、飼い主に叱られた子犬の様にしょげる。

 不可視の耳が、垂れている様に見えるのが、不思議だ。

「まぁまぁ」

 橋姫が間に入り、天婦羅てんぷらもどきに魔法をかける。

「萌え萌えきゅん♡ 美味しくな~れ♡」

 何故、メイド調なのか。

 手で作られた♡から、白海豚しろイルカ幸せの縁ミラクル・リングの様にそれが具現化され、天婦羅擬きへ。

 ♡が衝突すると、焦げが無くなる。

 魔法としては、非常に勿体無い使い方であるが、橋姫の疲労は微々たるもの。

 本人が気にしない以上、大河も反対する気は無い。

「橋様、凄い!」

 お江は、両目を爛々と輝かせる。

 奇術師マジシャンに憧れるファンの様に。

「ふふふ。奇術師に不可能は無いのだよ」

 橋姫も満更ではない。

 色々あったが、橋姫は女性陣と上手く行っている。

 あのエリーゼを受け入れたのだから、鬼でも大丈夫なのだろう。

「でもね、お江。奇術でも出来ない事が、一つあるのよ」

何々なになに?」

 橋姫は、目を細めて、

「恋、よ」

 と、告げつつ、大河の方を流し見。

 が、当の本人はポン酢をかけて御満悦だ。

「天婦羅には、やっぱりポン酢だな。お江、美味しいよ」

「有難う! 兄者!」

 お江は抱き着き、何時もの様に頬擦り。

(……馬鹿に惚れた私の自業自得よね?)

 胸中で深い溜息を吐いた後、橋姫は腹癒はらいせに大河の頭部に手刀を叩き込むのであった。


”一騎当千”から”闇将軍”に昇格(?)を果たした大河だが、政治的な権力からは、殆ど身を引いている。

 所謂、文民統制シビリアン・コントロールの考え方だ。

 近代化に協力はしたものの、それ以降の政策は、地元民の方が、実行し易い。

 但し、「殆ど」の前述した通り、全権力を手放した訳ではない。

 都政が悪政を布いた場合に備えて、軍事力と情報力のみは、手中に収めたままだ。

 これにより、大河は多くの都議会議員等の政治家から恐れられる様になった。

 8代の大統領に仕えたFBI連邦捜査局初代長官のフーバーについて、トルーマンは、次の様に述べている。

 ———

秘密国家警察ゲシュタポや秘密警察は欲しくない。

FBI連邦捜査局はその方向に向かっている。

 彼等は性的セックス醜聞スキャンダルと明らかな脅迫でちょっかいを出している。

 フーバーは乗っ取る為に右目をつけ、上院と下院の全ての議員は彼を恐れている』

 ———

 と。

 結局、実際に罷免ひめんし様としたケネディは暗殺され、ニクソンも出来ず、フーバーは、死ぬまで長官職に留まった。

 政治家からすると、大河はまさにフーバーの様な存在なのだ。

 唯一であり、決定的な違いは、フーバーはその権力を悪用したが、大河はあくまでも民や国の為の想っての事であって、悪用する気は更々無い。

 使用するのは、政治家次第である。

「全く、政治家は醜聞しゅうぶんが好きだねぇ。あれ程、『気を付けろ』って厳命したのに」

 大河の下に届けられたのは、内部告発文。

 それによれば、ある都議会議員が醜聞を犯したのだという。

「残念ながら、下の調べでは事実だそうです」

「本当、下衆野郎よ」

 其々それぞれ、小太郎(特別高等警察・長官)と楠(同・副長官)の弁。

 その都議会議員は妻帯者にも関わらず、不倫をし、更に宗教団体から現金を受け取っていた。

 政教分離法を廃止する為に。

 一夫一妻制では無い為、現代の感覚と比べると不倫には、それ程厳しくない。

 然し、それは夫(あるいは妻)が追認した場合に合法化となる。

 今回の場合は、妻の知らぬ所であり、尚且つ妻が妊娠中であった事から問題は泥沼化。

 絶望した妻が実家に戻った事でお家騒動の様な、大問題にまで発展したのである。

「家庭奉行所(現・家庭裁判所)は、主に裁定を委ねています」

「……法律家じゃないんだが?」

「最悪、殺し合いになるかもしれないから。その責任は、負えないのよ」

 楠の解説で大河は納得する。

「成程な」

 という訳で3人は、家庭奉行所に行く。

 法律の素人である大河が裁判官になるのは、司法の独立を危ぶむ解釈も出来なくはない。

 しかし、事が大き過ぎて担当者(文民)が最悪、敗訴側から逆恨みされる場合もある。

 今回に限っては、仕方の無い事だろう。

 都議会議員は、最下段の敷砂利しきじゃりの上に敷かれたむしろに座らされていた。

 一方、3人は最上段の公事場くじばと呼ばれる座敷に座る。

 大河の手元には、

突棒つくぼう

・拷問用の石

 等が用意され、都議会議員を無言で威嚇いかくしていた。

「……は」

 大河の冷たい声に渡は、凍り付く。

 スターリンを前にした粛清対象者の様に震える。

 彼の後方には、告訴人の妻の実家・大島家が一族総出で来ていた。

「「「……」」」

 厳罰をと目は告げている。

「元気だよな。公用車を私的に利用し嵐山に行ったり、公金で書の道具を買ったり……挙句の果てには、多目的厠で女性検事と不倫……」

「うぅ……」

「まだあるぞ? 酔って女性議員の頬に噛み付いたそうだな? 女性秘書にも性的嫌がらせ。顎に噛み付いたそうだな?」

 聞くに堪えない蛮行の数々に大島家は、耳を塞ぐ。

「問題を起こす度に権力で揉み消していた様だが……運が尽きたな? さぁ、如何する?」

「……切腹します」

「ならん」

 ぴしゃりと、大河は言い放つ。

「切腹は、武士の名誉であって、犯罪者の貴様には、不適当だ」

 それから、大島家を見る。

「大島家の方々、御届け物です」

「え?」

「あ、御当主様だけ見て下さい」

「?」

 当主だけ手招きされ、渡の前で座る。

「検察庁からの贈答品です」

 骨壺が用意され、渡された。

「……誰のですか?」

「浮気相手ですよ」

「!」

 大河は、濁った笑みで続ける。

「法律家が率先して姦通罪を犯してしまい、申し訳御座いません。出かけに指示をし、今し方、到着した次第です」

「……」

「あら、生首の方が、良かったですか?」

「い、いえ、滅相も御座いません。有難う御座います!」

 当主は土下座する位の勢いで頭を下げ、骨壺を抱えたまま、自陣営に戻る。

 浮気相手の末路に渡は、言葉も出ない。

「……」

「良かったよ。妊娠してなくて。子供が居たら悲惨な事になっていたからな?」

 一切、瞬きしないその目は、如何にもマフィア的だ。

「さぁて、貴様は、俺の厳命を破る程の肝っ玉も持ち主だからな。簡単には死なせんよ?」

 大河が指を鳴らす。

 と、同時に錆びた刀を持った島左近が、やって来た。

「殿は、残酷ですね?」

「そうか? 良い試し斬りになると思うが?」

「全く、殿とは敵対したくないですよ。生き長らえたいですから」

「賢明だ」

 左近から刀を貰い、大島家の前に放る。

「さぁ、好きに斬れ。あー、急所は外すなよ? 痛めつけろ」

「「「……は」」」

 大島家には若干の良心の呵責が垣間見えるが、数瞬考えた後、決心した様だ。

 子供を除いた男女の集団が、渡を囲う。

「自業自得だからな?」

「恨むなよ?」

「じゃあな?」

 そして、斬りつけ始めた。


 全てが終わった後、大島家は再び頭を下げた。

「復讐の場を設けさせて下さり、本日は、誠に有難う御座いました」

「スッキリしたのなら良い事だ。達者でな?」

「「「はい!」」」

 意気揚々と大島家は、帰って行く。

 その横では、渡の遺体が軍医によって回収されていた。

 死刑囚の臓器は、使用出来る場合に限り、売買や移植の対象品だ。

 一説によれば、人間の眼球や臓器等、全て売った場合、その価値は、約35億とされる。

 その為、山城国では死刑執行する度に高額な収入が入って来るのだ。

「これで繰り上げ当選だな。補欠当選者は、誰だ?」

「はい。攘夷党の吉田氏です」

「……民意か」

 一難去ってまた一難。

 極右政党の台頭を危惧する大河であった。


[参考文献・出典]

*1:1577年6月の崇福寺宛信忠書状

*2:横山住雄 『織田信長の尾張時代』 戒光祥出版〈中世武士選書 第10巻〉2012年

*3:『勢州軍記』

*4:廣瀬雅雄 食品中に存在する発がん物質について 内閣府 食品安全委員会事務局

*5:https://mycode.jp/topics/life/hygiene/burned_carcinogenic.html

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