第146話 黄霧四塞

 長引く梅雨の所為により、日ノ本各地は、霧に包まれる事が多くなった。

 霧の中の御所や金閣寺、二条城は、何処か幻想的だ。

 無論、京都新城も。

「兄者、涼しいね?」

「然うだな」

 曇りになった時機タイミングを見計らい、大河達は、久し振りに外出を敢行。

 大所帯の為、流石に三つに別れる。

 大河班と誾千代班、謙信班とに。

     大河班   誾千代班  謙信班

 班長 :大河   ・誾千代  ・謙信

 副班長:エリーゼ ・お初   ・朝顔

 班員 :千姫   ・楠    ・於国

     茶々   ・お市   ・累

     お江   ・信松尼  ・アプト

     小太郎  ・華姫   ・橋姫

     鶫

 綺麗に分別出来た、と思われるが、これは、厳正な籤引くじびきの結果だ。

 ”還俗将軍”等と称された室町幕府6代将軍・足利義教(1394~1441 在:1329~1441)が、独裁者になったのも、籤引きで将軍になったのが、理由である。

 現代でも席替え等で籤引きが使用される場合がある様に。

 天運に賭けたそれを、覆す事はほぼ不可能だ。

「じゃあ、又な」

「ちちうえ~」

 涙目の華姫は、お市に抱っこされ、連れて行かれる。

 養女の危険性を女の勘で見抜いたのだろう。

 何時もおっとりしていたお市にしては、余り見られない行動だ。

 その後、大河達は、嵯峨野トロッコ列車に乗り込む。

 他の乗客は居ない。

 上級国民と言う訳ではないが、「乗り合わせた客は、ゆっくり観光出来ない可能性がある」との大河なりの配慮だ。

 国有鉄道の子会社である嵯峨野観光鉄道は、現在のそれ同様、嵯峨~亀岡駅を結ぶ。

 営業キロは、約7km。

 時速約25kmで保津川沿いの自然や渓谷美を約25分間、春の桜、夏の新緑、秋の紅葉、冬の枯野や時には雪景色と、四季其々違った風景を楽しむ事が出来る。

 特に景色が美しい場所では、減速して走る為、自然を写生する画家に人気だ(*1)。

 終着駅の亀岡駅は地域上、丹波国(現・京都府中部、兵庫県北東部、大阪府の一部)に属すが、両国にとって重要な観光資源の為、シェンゲン協定の様に、前科等が無い限り、簡単に往来出来る。

 観光鉄道の代表取締役社長が、直々に挨拶した。

「この度、御乗車頂き大変有難う御座います。弊社は御殿様の力添えがあって、創業出来―――」

 長々と感謝されるが、大河はそれ所ではない。

 エリーゼ、千姫、茶々、お江に囲まれ、握手で忙しいのだ。

 右手に前者2人。

 左手に後者2人。

 握手は、1人分しか出来ないのだが、それでもしなければならない。

 多妻になった夫としての務め故に。

 結局、ますかけ線で上下に分割され、事無きを得る。

「―――で、して、この度は、御乗車有難う御座います。では、出発します」

 腰が低いのは、大河が、観光鉄道の株式の51%取得している。

 それだけでない。

 国有鉄道のそれも51%持っているのだ。

 現代でも会社の持ち株を51%保有すれば、会社の事実上の支配者になれる。

 それをこの時代に大河が持ち込んだのであった。

 支配者になったのは、実業家になりたかった訳ではない。

 ホワイト企業を自称する大河は、ブラック企業根絶の為に自らの権力を利用し、会社が合法的に経済活動を行っているか如何か、監視しているのだ。

 但し、基本的に金は出すが、口は出さない。

 ブラック企業大賞に推薦されるくらい、劣悪な場合には介入するが、それ以外は、経営者に任せ、自由にさせている。

 放任主義は場合によって問題視されるが、プロ野球の名将・仰木彬(1935~2005)が練習を球界一厳しくした一方で私生活を自由にさせ、多くの選手達の心を掴んだ例がある様に。

 成功すれば、人心も付いてくる。

 その為、この会社も潤沢な資金の下で運営出来、それなりに利益も出している。

 梅雨や台風の時期や積雪の際は、電車を動かす事は出来ないが、それ以外ではほぼ年中、観光客で潤っている為、長い目で見れば大河が出資した以上の儲けを出すだろう。

 トロッコは、ちょっと早い自転車並の速度で進む。

 霧の中、野宮神社の真横を通り、竹林の小径こみちを抜け、嵐山駅へ。

 普段よく見る風景も、トロッコになると角度が違う。

 霧も涼しい。

「……気に入ったわ。トロッコ」

 大満足のエリーゼは、子供の様に大はしゃぎだ。

 窓から顔を出し、

「うわ!」

 枝とぶつかりかける。

「(餓鬼がき)」

「何ですって?」

 鬼の形相で振り返った。

「失礼な連想をしているでしょう?」

 怒ったエリーゼは、強く抱き着く。

 ベロチューされ、押し倒される。

 主導権イニシアティブを奪われた大河は、成す術も無い。

「「……」」

 2人は見詰め合ったまま、離れない。

 気象病で療養中、自主隔離していた手前、その愛は止まらない。

 御互い舌を吸い合う事、数分。

 満足したエリーゼが、漸く離れた。

「もう山城様は、御好きですわね?」

「真田様、恥ずかしいので流石に控えて下さい」

 興奮する千姫とたしなめる茶々。

 見事に好対照だ。

 大河には千姫がギャル系に、茶々が風紀委員に見えた。

「済まんな。でも好きなんだよ。皆もな」


 誾千代班、謙信班は同時刻、丹波国に居た。

 何だかんだで大河と離れる事を好まず、山陰本線嵯峨野線で先回り。

 目的地の温泉宿で、まったり過ごしていた。

「だー、だー……」

 累のテンションが低い。

 ミニカーで遊ぶも、不機嫌だ。

「あらあら、累。御父さんに会いたい?」

「だー……」

 ハイハイして謙信に抱き着く。

 謙信も爪を噛んでいる。

「累、良い子ね。将来は、一夫一妻の男と結婚する事よ?」

「だー!」

 元気よく返事した。

 同意したのだろう。

「ちちうえのばか」

 華姫は、愚痴を呟く。

 出版社からの依頼を受けて、新作の物語の要約プロットを書きつつ。

 嫉妬に狂った清姫が、安珍を執拗に付け回す物語は前作同様、ヒロインを自分、安珍を大河に模している。

 寛容な大河は勝手にモデルにされても、不適当に描写されていない限り、黙認している為、今回も許してくれる可能性が高い。

「……そうね。馬鹿ね」

 誾千代が、優しくその頭を撫でる。

 籤引きの結果とはいえ、大河が後妻に独占されるのは、正直不快だ。

 若し、不快でなければ、その夫婦は冷めきり、別居or離婚間近だろう。

「兄者が居ないと寂しい……」

「こら、泣かないの。どうせ来るんだから」

 すすりなくお江の顔を楠が、手巾で拭う。

「骨の髄まで惚れてますね?」

「貴女も然うでしょう?」

 将棋をしつつ、信松尼とお市は、言い合う。

「はい。お市様も?」

「まぁね」

 曖昧に肯定しつつ、お市は、玉を動かす。

 攻めている信松尼は、隙を与えない。

 朝顔、於国、アプト、橋姫の4人は、縁側で涼んでいた。

 曇りで霧がかかっている大堰川おおいがわの水流は、激しい。

 梅雨で増水している為だ。

 流石に玄倉川水難事故の様に、行政の勧告を無視して川遊びに惚ける愚者は居ない。

 大河が輸出した治水事業の御蔭で、氾濫し易かったこの川も、増水しても氾濫する事は少なくなった。

 この温泉宿も、高台に移築され、万が一に備えている。

 その為、文字通り、高みの見物で亀岡の自然を眺望する事が出来ていた。

 往来する人々は少ない。

 然し、経済を回す必要がある為、運送業者が丹波国原産の木材等を貨物自動車トラックに積載し、引っ切り無しに運んでいた。

「……涼しいけれど、災害が心配だ」

「そうですね……」

(故郷も大丈夫かな?)

(魔法で天気を操作コントロールし様か? でも大河に怒られちゃうのは、嫌だな)           

 其々それぞれ、思いつつ、念頭にあるのは、大河だ。

 好色家の彼の事。

 一目を憚らず、千姫達と交わっていても可笑しくは無い。

 想像すると、非常に腹立たしくなり、切なさも感じる。

 4人の中で、朝顔は特に暗い。

「……」

 愛妻の中では元々、最高位なのだが、それが災いし、婦人会では最古参の誾千代からも低姿勢で接せられるのが、最近の悩みだ。

 大河から「出自の分、受け入れるしかない」と諭されているが、やはり、平民になった為、普通に接して欲しい。

 又、大河が近くに居ないのも寂しい。

 今まで散々一緒だった癖に籤引きで離れ離れだ。

 大河は、麻薬並の依存性である。

「陛下、それ程、御執心なら私が部隊を率いて連れて来ましょうか?」

 楠が、くノ一衣装で提案した。

 手が震えている。

 朝顔同様、彼が居ないと不安なのだ。

「……出来る?」

「はい。明智様より、当地域に於ける隠密行動は許可を得ています故」

「そう……じゃあ、御願い」

「は」

 頷いた直後、楠は消える。

 朝顔は、深い溜息を吐いた。

 大河への申し訳無さと、自分勝手に嫌気が差したのだ。

 籤引きを覆す事になるが、本心は変えられない。

(御免ね。真田、ずるい女で)

 霧が立ち込め、嫉妬の涙の様な弱雨が降り出すのであった。


 同時刻。

 瀬戸内海では、浪人達が村上水軍の船団につどっていた。

 その数、合わせて1千人。

 七卿の石田は、眉を顰めた。

「船団長は、倭寇か?」

「ソーネ。ウォチーアルヨ」

 中国人が、名乗った。

 倭寇は、その名の通り、日本人海賊感が強い。

 然し、後期倭寇(16世紀)の頃には、大多数が中国人で日本人は、ポルトガル人と共に少数派だったとされる(*2)。

 その為、チーの様な中国人が居ても何ら不思議ではない。

「村上水軍じゃないのか?」

 村上水軍の軍旗、過所旗かしょきを仰ぎ見る。

『上』

 と書かれただけの、昔のリビア国旗並の簡素だ。

コレ偽装ギソーネ。日本人、これ見ルト、逃ゲルアル」

 瀬戸内海を支配する村上水軍のそれは、『水戸黄門』で言う所の印籠の様な物だ。

 航行するには、村上水軍の許可が無ければならない。

戦争センソーハ、ウォ達ニ任スヨロシ」

 ドンっと胸を張る。

 村上水軍に偽装するのは、晴賢の策だろう。

 村上水軍は、毛利氏の配下。

 万が一、失敗した場合には、毛利氏の評判を落としたい様だ。

 287年後に起きる予定の禁門の変が、身近に迫っていた。


 似非村上水軍の動きは、毛利氏に捕捉され、信長に報告される。

「……陶の残党か……?」

 パチンと扇子を鳴らす。

 報告によれば、兵士の数は少ないが、装備は、真田軍の中古品を一部、流用しているという。

「……奴等は、何が目的なんだ?」

 瀬戸内海での海賊の反乱と言えば、藤原純友以来だろう。

「まさか、関白に成る気ではないか? 金柑」

「は。間者によれば、反乱軍は、盛んに『玉』と連呼していた様です」

「玉? 将棋の?」

「さぁ、意味までは……」

「……」

 念の為、森蘭丸が、辞典で調べる。

 ―――

『【玉/球/▽珠】

 1 球体・楕円体、又はそれに類した形のもの。

 ㋐球形をなすもの。

「―の汗」

「露の―」

「目の―」

 ㋑丸く纏められた一塊ひとかたまり

「毛糸の―」

「饂飩の―」

 ㋒透鏡レンズ

「眼鏡の―を拭う」

「長い―で撮る」

 ㋓(球)球技等に用いるボール。

   まり

   又、投球等の種類。

「遅い―」

「―を打つ」

「―をとる」

 ㋔(球)玉突きの球。

  転じて撞球ビリヤードや、そのゲームをいう。

「友人と―を突く」

 ㋕(球)電球。

「切れた―を取り替える」

 ㋖算盤で、弾く丸い粒。

  算盤玉。

「帳簿を開いて―を置く」

 ㋗(「弾」「弾丸」とも書く)銃砲の弾丸 だんがん 。

「―が飛びかう」

「―を込める」

 ㋘鶏卵。

  玉子。

 き―」

 2

 ㋐丸い形の美しい石の総称。

  宝石や真珠等。

「―を磨く」

「―で飾る」

 ㋑極めて大切に思う貴重なもの。

「掌中の―」

 ㋒張りがあって美しく、清らかなもの。

「―の肌」

 3 人を丸め込む為に策略の手段として使う品物・現金。

「ゴルフ会員権を贈賄の―に使う」

 4 美しい女性。

  又、転じて芸者・遊女。

「上―」

 5 嘲りの気持ちで、人をその程度の人物であると決め付ける語。

  奴。

「彼奴も大した―だよ」

 6 《「金玉きんたま 」の略》睾丸 こうがん 。

 7 紋所の名。

 2㋐を図案化したもの。

[接頭]名詞に付く。

 1 神事や高貴な物事に付いて、それを褒め讃える意を添える。

「―垣」

「―だすき 」

 2 玉の様に美しいもの、玉をちりばめたもの等の意を添える。

「―藻」

「―櫛笥 くしげ 」』(*3)

 ―――

「……上様、辞書には、何も……」

「仕方ない。賢弟に頼むか」

 最近、頼りっ放しで自尊心プライドがズタズタな信長だが、自尊心に拘り過ぎた結果、失政に繋がるのは、本意ではない。

 濃姫の頭を撫でつつ、呟く。

「休暇中の奴には悪いが……な」


[参考文献・出典]

*1:嵯峨野観光鉄道 HP

*2:永積洋子「日本から見た東アジアにおける国際経済の成立」『城西大学大学院研究年報』15巻2号 1999年

*3:goo辞書

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