第141話 摩頂放踵

 古格王国からの使者を待ちつつ、大河は、家族サービスを欠かさない。

 今日は、居城で過ごす。

「於国、肩凝ってるな?」

「有難う御座います」

 照れつつ、肩揉みを受け入れる於国。

 普段は、会議等で使用される大広間には女性陣が、大集合。

 別宅に居る信松尼やお市まで居る。

 彼女達は、狼の子供や、獺を愛でる。

「可愛いですわ~」

 千姫は、子供狼に頬を舐められ、

「……」

 累は、獺に興味津々だ。

「きゅー! きゅー!」

 獺も、赤子が自分に敵意が無い事を直感的に分かっているらしく、襲う様な事はしない。

 犬には、3姉妹が群がっている。

「動悸が激しいね? 疲れているのかな?」

「本当だ。体温も高い? 感じ?」

「病気かな?」

 茶々、お初、お江はそれぞれ、心配し、人間用の風邪薬を用意した。

「待て。その犬は、健康体だよ」

「? そうなの? 兄者?」

「犬の平熱は、約38~39度だよ」(*1)

熱性多呼吸パンティングって言って、体温調節の為の行動だ」

「ほえ~。物知りですね?」

「命を預かっている以上、学ぶのは、当然の事だ」

 子犬を抱いて、その頭をよしよし。

 積極的に馬や狼等を飼っている様に、大河の動物愛護精神は強い。

 動物愛護法を制定し、野犬を積極的に保健所に収容し、山城国全体で育てている。

 財源は、大河のポケットマネー。

”犬公方”と揶揄される事もあるが、これは、狂犬病対策である。

 現代では、昭和25(1950)年の狂犬病予防法施行の下、

・飼い犬の登録

・ワクチン接種の義務化

・徹底した野犬の駆除

 によって昭和31(1956)年、犬、人の感染報告と翌年の猫感染報告後は、発生は確認されていない。

 但し、犬による咬傷事故が届出だけで毎年6千件以上報告される現状で、犬への狂犬病ワクチンの接種率は近年低下しており、厚生労働省の調査による2007年度の登録頭数は約674万頭、接種率75・6% だが、同年のペットフード工業会の全国調査による犬の飼育頭数は約1252万2千頭であり、これから割り出される未登録犬も含めた予防注射実施率は約40%と、流行を防ぐ為に必要とされるWHO世界保健機関ガイドラインの70%を遥かに下回っている。

 国内で感染する可能性がなくなった訳ではない。

 現に令和2(2020)年7月現在、国内での感染が未確認になって以降、4例が確認されている。

・昭和45(1970)年

 ネパールを旅行中の日本人旅行者が現地で犬に咬まれ、帰国後に発病・死亡。

・平成18(2006)年11月

 京都府在住の男性がフィリピン滞在中に犬に噛まれた事が原因で帰国後に狂犬病を発症し、死亡。

 京都での感染事例では、医療機関受診時点で既に脳炎症状を発症しており、病歴の正しい聴取が困難だった可能性が報告されている。

・平成18(2006)年12月

 神奈川県(2年前からフィリピン滞在)の男性がフィリピン滞在中に犬に噛まれた事が原因で帰国後に狂犬病を発症し、死亡。

・令和2(2020)年5月

 豊橋市の医療機関を受診した静岡市在住の外国籍男性が発症し、死亡。

 日本入国前の令和元(2019)年9月にフィリピンで左足首を犬に噛まれていた。

 接種しなかった場合は狂犬病予防法により罰金刑などが科される可能性がある。

 ワクチンさえ、咬傷の直前後に投与されていれば、発病の防止が可能だ。

 ワクチン以外でもミルウォーキー・プロトコルでの生存例はあるが、それでも1割程度で、生存後に麻痺等の後遺症が残る場合が多い。

 両方が無いこの時代、その致死率は、100%だ。

 尤も、現代でも無策だった場合、ほぼ100%なので、数字的に差異は無いが(*2)。

 名作医療漫画『ブラックジャック』でも扱われ、その症状の一つ、恐水病が描写されている。

 権力者になった以上、民を守る為、動物愛護は、必要不可欠なのだ。

「可愛い♡」

 お市もメロメロで、甘んじて子犬の舐め舐め攻撃を受ける。

 朝顔、楠、エリーゼは猫に夢中だ。

 爪研ぎ用の麻縄で爪を研ぐ子猫を、並んで俯せで、ずーっと眺めている。

「「「……」」」

 子猫が、大事な彼女達の着物を揉みくちゃにしても、文句は無い。

『猫は一生の伴侶』と語る小説家・大佛次郎おさらぎじろう(1897~1973)の如くの愛猫振りだ。

「皆、良い顔ね?」

 と言う誾千代も子犬と子猫を1匹を抱いている。

「有難う」

 謙信も癒されたのか、その表情は良い。

「動物に癒されない奴は、精神病質者サイコパス以外居ないからな」

 大河が、この時機に交流会を実施したのは、ある詩が理由だ。

 ―――

『子供が生まれたら犬を飼いなさい。

 子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。

 子供が幼少期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。

 子供が少年の時、良き理解者となるでしょう。

 そして子供が青年になった時、自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう』

 ―――

 愛玩動物の需要が高まり、ペット・ロスの事例も増加傾向にある現代に通じるだろう。

 累や華姫は、他人程、身近な人物の死を経験していない。

 動物と交流し、その愛を感じ、最後に死を学ぶ。

 表現は悪いが、動物は人生の教材に成り得るのだ。

 もっとも、皆が皆、動物愛護精神の持ち主ではない。

 華姫は狼を怖がり、大河の背中にしがみ付いている。

「ちちうえ~こわい~」

 何時もの猫を被った演技ではない。

 涙目で、狼と目を合わないのが、本心である事を物語っている。

「華は、小心者だな」

 意地悪気に嗤いつつ、大河は、狼を撫で撫で。

 ヾ(・ω・*)なでなで←こんな風に。

 狼は、人間を襲わない。

 その証拠に『赤ずきん』に代表される様に、欧州では、狼は害獣扱いだが、日本では、山犬(ヤマイヌヤマイヌとも)が日本狼の明治時代までの呼称でだ。

 信仰の対象であった事から、狂犬病が渡来し、絶滅されるまで、両者の関係性は、良好だったと言え様。

 因みに『病犬やまいぬ』と表記した場合は、「悪癖のある犬」「狂犬病に感染した犬」の意味を持つ(*2)。

 狼も大河に保護されて以降、上質な餌と寝床を与えられ、狂犬病予防注射をされている事から、非常に安全だ。

 これで、日本狼の絶滅経路は、塞がり、現代でも見る事が出来る様になった、と思われる。

「……」

 於国は、興味津々に狼を見詰めている。

 それから、手を出す。

「御手」

「……」

 狼も無言で御手。

 犬並に従順だ。

 狼がこれほど、温厚なのは、最初に保護された1頭―――ガブが、原因だ。

 軍団の長であるガブは、大河に恩義を感じ、「彼とその家族に危害を加えない様に」と後輩達に指導していた。

 ガブが、のそのそとやって来る。

 大河の膝に座り、長老感を醸し出す。

 女性だけでなく、狼にこれ程さえ懐かれるのは、一種の特殊能力なのかもしれない。

「ガブ、元気か?」

 コクリ。

「良い子だ」

 ガブの頭を撫でる。

「……」

 忠狼は、気持ち良さそうに目を細めた。

「真田様、私にも御願いします」

「応よ」

 於国にもせがまれ、彼女にも行う。

 幼妻と愛玩動物に同じ事をするのは、違和感があるが、彼等が、求めた以上、しない訳には行かない。

 彼等の存在に癒される大河であった。


 動物は、癒しだけでない。

 悲しい事に戦争にも使用出来る。

・馬 →例:軍馬

・鳩 →例:軍鳩

・鶏 →例:鶏で稼働する核爆弾ブルーピーコック

・犬 →例:軍犬、地雷犬

・海豚→例:軍用海豚

・象 →例:戦象せんぞう

・猫 →例:アコースティック・キティー

 中には、実際に戦果を挙げたり等して、階級を与えられる動物達も居る。

・山羊

 →ウィリアム・「ビリー」・ウィンザー1世:王立ウェールズ第一大隊兵長

・熊

 →ヴォイテク:ポーランド陸軍伍長

・犬

 →コナン:デルタフォース 

      IS自称「イスラム国」大頭目暗殺に貢献し、名誉勲章級の特注メダル等、贈呈

・猫

 →サイモン:揚子江事件で活躍し、従軍記章を受章

 等。

 真田軍も騎馬隊や戦象、軍用犬が存在するが、実際に参戦する事は殆ど無い。

 あくまでも、マスコットであり、活躍の場は、軍事行進パレードや市民との交流会位だ。

 元々、織田軍並に軍規が厳しかった真田軍は、市民から親しまれている。

 大河が目指すのは、自衛隊の様な組織だ。

 その大幹部は、島左近、宮本武蔵、大谷平馬の山城国三銃士。

 仕官以来、大河から重用されている3人だ。

「「「……」」」

「すげ~……」

「流石、大将だ」

「あんなん勝てる訳ねーべ」

 3人の訓練に家臣団は、舌を巻く。

 左近は、格闘技。

 武蔵は、剣術。

 平馬は、射撃を得意としている。

 3m200kgはあろう、力士とがっぷり四つの左近(188cm100kg)は、そのまま掬い投げ。

 自分の身長の約1・6倍、体重は倍ある相手を、簡単に出来るのは、彼以外出来ない。

 武蔵は、二刀流で、口にも1本、咥えている。

 ゾ●を連想させる三刀流だ。

 それで、5人を倒した直後であった。

 横から挟撃されたら、跳躍し、其々の頭を叩き切る。

 上に突いて来た者には、空中で軽く躱し、口のそれで首を貫く。

 逃げ出した2人には、両手から投擲し、背中にぶすり。

 この間、僅か10秒程であった。

 最年少・平馬は、癩病を物ともせず、生き生きとしている。

「……」

 俯せて、数百m先の死刑囚の額を狙う。

 使用しているのは、ブローニングM2重機関銃。

 狙撃銃で無いが、ベトナム戦争中の1967年、”白い羽毛ホワイト・フェザー”と呼ばれ、93人を殺害したカルロス・ハスコックが記録した、世界記録を持っている。

 その狙撃距離は、約2300m。

 2002年にカナダ軍の兵士が更新する迄、世界記録を保持していた。

(……)

 標的を見る。

 直前に薬を打たれ、その効果が出ているのだろう。

 口からは涎を。

 下半身からは、失禁している。

 薬剤師と医者が、CMの様に手で大きく「〇」を作った。

 記録出来、死刑執行の合図だ。

 直後、引き金を引く。

 数秒後、死刑の四肢が、四散した。

「「「ひえ」」」

 傍観者の家臣団は、その威力に震えた。

「……」

 ゆっくりと、平馬は、立ち上がり、双眼鏡で確認する。

 サイコロステーキの様にバラバラになったそれは、非常に惨たらしい。

「良い腕だ」

「! 殿?」

 拍手しつつ、大河がやって来る。

「この調子を維持しろ。又、適度に休め。俺が今、出来る助言は、それだけだ」

「は!」

 掌を大河に見せて最敬礼。

 英国式のそれが、この軍での習慣だ。

「左近、相撲は良いが、余り無理するな。何時か両腕が骨折するぞ?」

「申し訳御座いません。張り切ってしまいまして」

「気持ちは、分かるが、体は資本だ。怪我だと今迄努力が無駄になりかねん。気を付けるんだ」

「は!」

「武蔵、三刀流、見事だ。高等技術手当を付けよう」

「! 本当ですか? 有難う御座います!」

 福利厚生が他家よりしっかりしている、超ホワイト企業だけあって、手当もプロ野球選手並に細かい。

 厳しい査定であるが、その分、支払いが滞る事は無い為、家臣団も安心して職務に励む事が出来る。

「……さぁて。俺も励むか?」

「わいも」

「おいどんも」

 論より証拠。

 武蔵に手当が付いた事で、それまで、疲労困憊だった家臣団も、小休憩後、再び訓練に戻る。

 忠誠心もあるが、結局の所、生きて行く上には、生活費が必要だ。

 義勇兵ボランティアではない彼等は、自分の為、家族の為に働いている。

 企業戦士の如く。

 真田軍は、近代兵器に頼りつつ、個々も又、着々と成長しているのであった。


[参考文献・出典]

*1:https://www.retriever.org/sp/shop/kaigo/taion.html

*2:ウィキペディア

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