第133話 美麗出兵

 摂津国の港から、大河達は、出航する。

 少数精鋭の真田軍が乗る航空母艦を、摂津の民は、見送る。

「ほえ~鼠色の舟は、初めて見たわ。重そうだが、速いんか?」

「馬鹿! ”一騎当千”の船よ! 遅い訳じゃない!」

 軍団は、5千人。

”鬼島津”相手には、少な過ぎる数だ。

 然し、装備は、世界中のどの国にも負けていない。

 兵装は、

・ファランクス CIWS近接防御火器システム×3基

・シースパロー短SAM 8連装発射機×2基

・RAM近SAM 21連装発射機×2基

 搭載機は、

F-14トムキャット

F/A-18ホーネットA-D

A-6イントルーダー

E-2ホークアイ

EA-6Bプラウラー

EA-18Gグラウラー

S-3ヴァイキング

 等。

 専門家が見れば分かるが、これは、ニミッツ級航空母艦を模範としている。

 WWII第二次世界大戦で日本と戦ったチェスター・ニミッツ(1885~1966)海軍元帥の名を冠したこの航空母艦を、大河は、昔から興味があり、平賀源内に写真を見せた所、完成させた、と言う訳だ。

 交戦する気は全く無いが、相手が攻撃して来た以上、反撃に備えなければならない。

 左派系等は9条を盲信しているが、実際に戦争を経験した大河には9条は(笑)だ。

 汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。

 家訓の一つにしている様に賢者の精神を遵守し、万が一に備えている。

「まるで『戦国米軍』ね?」

「語呂が悪いな」

「そうね……」

 甲板でエリーゼは、新たな名前を考える。

 が、対案は、無さそうだ。

「上様、出航の準備が出来ました」

「おお、平馬。早いな」

「初陣ですから」

 表舞台に出る前に戦国時代が終わってしまった為、平馬は、活躍場所を失っていた。

 然し、燃え尽き症候群になる事も腐る事も無く、地道に訓練を続けた結果、今回、初陣が叶った訳である。

「じゃあ、引き続き頼んだぞ?」

「は!」

 びしっと敬礼し、持ち場に戻って行く。

「……大河、操縦士は居ないの?」

「自動操縦だからな」

「……」

 楠は、ちらちらと操縦室を見る。

 無人運転は、正直、山城国で見慣れているが、やはり、まだ恐怖心があるのだ。

「もう出航するみたいよ」

 南蛮甲冑を装着した誾千代が、大河の横に立つ。

 まだ戦争になるか如何か分からないのに、気が早いのは、大友氏の1人として島津氏を警戒しているのだろう。

 基準排水量:7万2916トン以上

 満載排水量:10万トン以上

 全長   :333 m

 最大幅 水線:41m / 最大76・8 m

 吃水   :11・3m~12・5 m

 の航空母艦は、最大30ノット以上(56+km/h)の速力で進む。

「「「!」」」

 その大きさに対しての速さに摂津国の国民は、大いに度肝を抜かれた。

 余りの驚き様に、心臓発作を起こす者が続出し、見送りに来た摂津守・池田恒興もその看護に追われる。

 直後、瓦版の号外が配布された。

 ———

『【近衛大将、薩摩へ派遣】

 近衛大将に就任したばかりの真田山城守大河氏が、中央政府の指示に基づき、薩摩国へ向かった。

 島津貴久氏に対し、美麗島への出兵を止める様、説得する為、と思われる。

 病み上がりにも関わらず、遠征は、山城守と親しい朝廷から異論が続出したが、山城守は、快諾した模様だ。

 新居の残留者は、明かされていないが、名代を上杉謙信氏が務めると見られている。

 又、京都新城の近辺を、特別高等警察や上杉軍、織田軍、真田軍、徳川軍等が物々しく雑踏警備しており、政変等の非常事態に備えている―――』

 ———

 瀬戸内海を進む航空母艦。

 16世紀には、見る事が出来ない化物に、漁師や海女も口をあんぐり。

「「「……」」」

 仕事が手に付かない。

 星条旗ではなく、旭日旗を掲げたそれは、九州へと向かうのであった。

 

 島津氏の城と言えば、鶴丸城(現・鹿児島城)の心象が強いだろう。

 然し、鶴丸城は万和2(1577)年現在存在しない。

 慶長6(1601)年に島津家久が築城するまで島津氏の本城は、この内城だ。

「……来たか?」

 臨戦態勢で甲冑を身に纏う貴久の前に、大河が跪く。

「真田山城守大河です―――」

「近衛大将が忘れているぞ?」

 孫の出世を喜ぶ好々爺の様に微笑む。

 世間では、両家の戦争説が囁かれているが、残念ながら、両家は、至って友好関係だ。

「楠、大きくなったな?」

「は。上様に再会出来て光栄です」

 西陣織には、島津氏の家紋、丸に十文字が意匠計画されていた。

 島津氏の血縁者では無いが、家紋を使用する程、楠の島津に対する忠誠心は篤い。

 然し、全員が全員、友好的とは限らない。

「「「……」」」

 家臣団は、航空母艦で来た彼等を遠くから、睨み付けている。

 又、好敵手・誾千代と、初めて見るエリーゼへの警戒心も凄まじい。

 全員、右手が日本刀に伸びている。

 抜刀する事は無いが、念には念を入れよ―――という事なのだろう。

「島津殿、申し上げ難いのですが、撤兵を御願い出来ますか?」

「ならん!」

 断固拒絶した。

「奴等は、親類を殺害した。これを見ろ」

 大河達の前に骨壺が置かれる。

「絶対に撤兵しない! 美麗島を制圧する迄は!」

 感情的になっている貴久。

 家臣団も頷いている。

 領主と同じ気持ちの様だ。

「……分かりました」

 感情的になっている相手程、話し合いは、難しい。

 こちらも感情的になれば、口喧嘩の末、最悪、戦争だ。

 妻の実家(正確には、違うが)との流血は、大河の本意ではない。

「では、この戦争、我が軍に委任出来ませんか?」

「! 手柄を横取りする気か?」

「その気は、一切ありません。自分が、他国を侵略した事ありますか?」

「……」

 大河の真っ直ぐな目に、貴久は、沈黙する。

 薩摩国でも、大河の専守防衛振りは、轟いているからだ。

”一騎当千”の異名を持ちながら平和主義者―――不思議な侍、として。

「……仇討ちを代行する、という事か?」

「はい―――」

「では、我々の気持ちは、何処にぶつければ―――」

「最後まで話を聞いて下さい」

 珍しく、大河は、語気を強める。

「「「! ……」」」

 温和な性格を知っている彼等は、ビクッとした。

「犯人は、我々が生け捕りにします故、その後の処遇は、貴家に御任せします」

「! 良いのか?」

「はい」

 意外な内容に貴久の憎悪も少し、和らぐ。

 元々、大河を早くから認めていた男だ。

 信頼度は、強い。

「……出来るのか?」

「既に我が軍の間者が、現地にて情報収集を行っており、数人程の容疑者を絞り込んでいます」

「「「!」」」

 どよめきが起きる。

 真田軍の情報収集能力の高さは知っていたのだが、まさか、主権外の華麗島に迄及んでいたとは知らなかったのだ。

「……間者?」

「はい。宣教師が間者だった例に倣い、我々も信者や貿易業者を間者に仕立て上げているのです」

「……」

 国家機密の暴露に貴久は、戸惑う。

 秘密主主義者で有名な大河が、手の内を明かすのは、予想外であったから。

「……何故、そんな事を?」

「大規模な戦争を避ける為です。我々が出来る和平案は、これが最大限です。若し、快諾して頂けなければ、残念ながらそれ相応の方法を採らざるを得ません」

「……方法、とは?」

「解釈次第です」

「……」

 美麗島にまで情報網を広げている事から、島津領に間者が居ても不思議ではない。

 否、居る筈だ。

 大河が指示すれば、彼等は、忽ち、便衣兵と化し、一気に島津は、滅ぼされる可能性がある。

 スペイン帝国、ロシア皇国を打ち破った実績が、論より証拠だ。

 航空母艦で来たのも、砲艦外交の一環だろう。

 唯一の救いは、大河が、楠と結婚し、平和主義者である事。

「……分かった。停戦し様。その代わり、約束は、遵守するんだぞ?」

「はい」

「楠、観戦武官として、夫を見ていてくれ」

「は」

 貴久の軟化により真田VS.島津の開戦は、一時的だが、破談になった。

「立花殿」

「はい」

 誾千代が進み出る。

「貴君も良き夫を持ったな?」

「はい。自慢です」

「じゃが、楠にも配慮してくれよ。彼女は、大事な姫なんだから―――」

「残念ですが、それは、無理ですね。彼は、私に夢中なので」

 ぐいっと大河を抱き寄せる。

「……」

 逆側からは、エリーゼが抱き着き、大河は、長身の美女2人に挟まれた。

 貴久の額に青筋が浮かぶ。

「ほぉ~、これは、又、開戦だな?」

「良いですよ? 九州の覇者、決めましょうよ?」

 大友氏VS.島津氏の対立が再燃する。

「も~! 2人共止めて下さいよぉ~!」

 困り顔で楠が、両者の間に割って入る。

 が、その表情は、笑顔であった事は言う迄も無い。


 その晩は、貴久が用意した宿で泊まる。

 大河達の寝息が隣室から聞こえ、光秀は、苦笑いだ。

「……元気なもんだ」

 用意された酒を飲みつつ、鹿児島湾を眺めている。

「……」

 想うのは、愛妻・煕子の事だ。

 彼女は、去年(1576年)に病死した。

 光秀が重病となった際の看病疲れが元で病死したのだ。

 夫婦は、一夫多妻が多い戦国の世に於いて、珍しい一夫一妻であった。

 身重であった煕子を背負って越前へと逃げ延びた事。

 浪人だった光秀を、自身の髪を売って迄経済的に支えた事。

 ……

 様々な思い出が不意に蘇る。

 取り分け、2人の逸話で最も有名なのが、天然痘であろう。

 彼女は、光秀との結婚前、天然痘に罹ってしまい、美女にも関わらず、左頬にその痕が残ってしまった。

 然し、光秀は、気にせず、彼女を妻にする(*1 )。

 因みに後世の新選組局長・近藤勇も、似た様な話がある。

 醜女しこめとされた(一説には、兎口みつくち=現・口唇口蓋裂)であった松井つねを妻とした。

 勇によれば、「男だらけの新選組が美人に現を抜かす事があっても、つねが相手ならば現を抜かす事は絶対に無い」という理由だったが、夫婦関係は、問題無かった様だ。

 子供を儲け、新婚生活を謳歌し、夫が不在の際、つねは、愚痴を綴った手紙を書き、彼が処刑後、家族等に再婚を勧められるも断り続け、自殺を図った事も何度かあったといわれる(*2)。

 兎にも角にも、光秀は、愛妻家であった。

 彼女の葬儀の際も、当時は、けがれの考え方から夫は参加しない事が習慣であったのだが、光秀はそれを破って迄参列し、愛妻を見送った。

 煕子を想って詠む。

「月さびよ 明智が妻の はなしせむ」

 と。

 月は、何も返さない。

 ただただ、光秀と鹿児島湾を照らすのみであった。


[参考文献・出典]

*1 :柴裕之  『図説 明智光秀』戎光祥出版 2019年

*2 :ウィキペディア

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