第134話 化外ノ民

 大河率いる航空母艦の来島は、参戦国を大いに緊張させた。

 スペイン、オランダ、ポルトガルの各国の指揮官は、大河への敵対行為をしない事を宣言し、使者を送る。

 そして、不戦の誓いを立てた。

 大河も快諾し、3カ国とは戦わない事を宣言し、

・日西不可侵条約

・日蘭不可侵条約

・日葡不可侵条約

 が、締結される。

 スターリンとは違い、大河は不可侵条約を一方的に反故する蛮行は犯さない。

 一方、戦況を見守っていた清は、慌てた。

「日本人が、派兵した?」

 努爾哈赤ヌルハチは、首を傾げる。

 条約では、日ノ本は華麗島には、不干渉であった筈。

 記憶している限り、日ノ本が条約を破った例は無い。

「は。大きな鉄の船で。何でも、華麗島の先住民が日本人漂流民を虐殺した為、と」

「……そのまま居座る気ではないか?」

 清朝は、将来的に華麗島を併合し、軍事拠点にする計画を立てていた。

 中国大陸の覇王となった清朝が目指すのは、アジア統一だ。

 朝鮮半島を得た今、

・日ノ本

・華麗島

・スペイン帝国領フィリピン

 を狙っている。

 辮髪べんぱつを愛おしそうに触りつつ、

「……澎湖諸島ポンフー・チュンダオの明の残党は、どうなった?」

「掃討済みです」

 元、明→澎湖諸島ポンフー・チュンダオ領有

     華麗島本島           領土外

 努爾哈赤の考えでは、澎湖諸島ポンフー ・チュンダオが華麗島の一部の場合、華麗島は清領だ。

「ですが、残党の一部が、日ノ本に軍事支援を願う使者を送っていました」

「……」

 日本乞師―――明の滅亡後南下してきた清に対抗する南明及びその支持勢力(チェン氏政権等)が日本(江戸幕府)に対して軍事支援を求めた行動だ。

 史実では、正保元(1644)年、李自成率いる大順が明の首都・北京ペキンを制圧して明朝最後の皇帝・崇禎帝が自害すると、清が満洲より南進し、大順軍を破って北京を制圧し、そのまま旧明領制圧の軍を進めた。

 これに対して華中・華南ファナンでは、明の皇族を擁立して「反清復明」を唱え、清への抵抗と明の再興を目指す南明勢力が形成された。

 彼等は近隣で相当の軍事力を保有していた日本に軍事支援を求め、連合して清軍を駆逐する事によって明朝再興を果たそうと考えた。

 翌年に鄭芝龍チェン・チーロン及び崔芝が、相次いで日本に軍隊派遣を要請する使者を送った。

 以後、チェン芝龍の子・鄭成功チェン・チェンコン及びその子・チェン経と3代に渡って、軍事支援を求めて延宝2(1674)年まで30年間に10回の使者を日本に送った。

 又、この他にも黄宗羲等、明朝再興を働きかける人々によっても使者が派遣されたが、既に鎖国体制に入っていた江戸幕府は軍事的な支援には否定的であり、貿易等の形式で倭刀等の武器や物資の調達を許す事はあっても、支援そのものには黙殺の姿勢を貫いた。

 又、琉球王国(同国及び薩摩藩を経由した江戸幕府への支援要請も含む)や南洋諸国、遠くはローマ法王庁まで乞師の使者を派遣した事があったが、何れも不成功に終わった(*1)(*2)。

「澎湖諸島の便衣兵で攻めろ。戦争だ」

「し、然し、相手は強敵―――」

「反故したのは、向こうだ」

 勘違いから日清戦争が始まる。


 清の不穏な動きは、間者により、直ぐに大河に伝えられる。

「……眠れる獅子が動いたか」

 極力、戦争はしたくないが、清が喧嘩を売るなら買うしかない。

 元々、大河は正史の日清戦争での清の日本兵捕虜に対する私刑―――生きながら目を抉り市中を引き回した上で虐殺する等の事実から信用していない。

 日本が清軍の負傷兵・捕虜に対して怪我を治療して帰国させる等の寛大で公正な処置を採った事を考えると、その差は歴然だ(*3)。

「主、澎湖諸島で清の便衣兵と見られる一団を見付けました」

「ようし……平馬」

「は」

 見えない尻尾を振って平馬が、急行する。

 初陣の為、テンションが高いのだ。

「何でしょう?」

「高所恐怖症じゃないよな?」

「はい。大丈夫ですが?」

「よし、蛇に乗れ」

「!」

 AH-1 コブラには、既に武器が運び込まれていた。

「……良いんですか?」

「ああ。ぶっ壊れても良いから。やるよ」

「……」

 AH-1 コブラの単価ユニット・コストは、1130万弗(AH-1G 1995年)。

 日本円にして8憶9270万円だ(1弗=79円換算)。

 当然、安土桃山時代だと、更に高額になる。

 直臣は、誰も居ないが、平馬は、平服した。

「あ、有難う御座います! 粉骨砕身で努めます!」

 100万人の部下の夢は叶わないが、それ以上の武器を得た。

「時間が無い。5分で支度しろ。良いな」

「は!」

 大谷平馬率いる攻撃部隊が、編成された。

 コブラの乗員は、2名までだが、コブラは全部で50機。

 100人から成る大谷隊は、5分後、静かに出撃していく。


 澎湖諸島では清の部隊、1千人が攻撃の準備を始めていた。

「……本島、静かだな?」

「ああ、毎晩、くそうるさいのに」

 停戦になっても、散発的な銃声や砲撃の音が、約50km先の華麗島から聞こえていた。

 が、日本軍が到着後、ぴたりと止んでいる。

 シャッター通り並の不気味な静けさだ。

 清軍の武器は、弓矢や青龍刀、大砲等。

 対して原住民はびた刀を愛用していると言う。

 正直、圧勝出来るだろう。

 問題は、日本軍だ。

「しっかし、相手は、無敵艦隊とバルチック艦隊を破った猛者だぞ? 勝てるか?」

「俺達も元、明を滅ぼしたじゃないか? 自信持とうぜ?」

 辮髪を揺らしつつ、清軍は楽観的だ。

 軍事力では、日ノ本には遠く及ばないが、人数は負けていない。

 どれだけ死体を積み重ねても、畑から生まれるものだ。

「そうだな」

 笑い合う兵士達。

 然し、彼等には、重要な見落としがあった。

 嘗て元寇の時、元に侵略された南宋人等の兵士の士気が低かった様に。

 清軍に所属するモンゴル人や漢民族も、この戦争には否定的だ。

「「「……」」」

 彼等は、軍船が沈み易い様に細工したり、戦争になった時、満州人上官を背後から襲う事を決めていた。

「……ん?」

 暗闇の中、光る何かがこちらに向かっていた。

 音も聞こえる。

 彼等は、知る由も無い。

 曲の正体が『ヴァルキューレの騎行』という事を。

 朝日と共に、襲撃者の姿が露わになっていく。

「「「!」」」

 旭日旗が入った機体は、清軍にとっての死神と化していた。

 大音量を奏でつつ、50機其々の胴体中央部からTOWが顔を出す。

 清兵と目が合った途端、初弾が発射される。

 第三世代主力戦車の装甲を貫く程のそれは、清軍の船を捉えた。

 着弾と同時に船は、爆散する。

 標的は、船だけでなかった。

 清軍が支配する漁港も見逃さない。

 残りの49機から次々とTOWが発射されていく。

 基地の施設は、チーズの様に穴を開け、地面も抉られ、人々は逃げ惑う。

 TOWを撃ち尽くした後は、”無痛ガン”―――M134の出番だ。

 最大で100発/秒の発射速度を誇り、生身の人間が被弾すれば痛みを感じる前に死ぬそれに、清兵は大混乱に陥る。

「!」

 生首や臓物がそこら中に転がり、澎湖諸島の景色は、朝から一変した。

 空団が全てを破壊し尽くしたのは、夜明けから僅か3時間後の事であった。

 動く清兵が居ない事を確認後、コブラは、着陸していく。

 非戦闘員は、所持品検査した上で保護する一方、清兵には、容赦しない。

「根切りにせよ」

 平馬と共に総勢50人の鎧武者が、捕虜を見付け次第、その首を刎ねていく。

 漢民族やモンゴル人もそれに加わり、澎湖諸島から満州人は、一掃されるのであった。


 大谷隊が、圧倒的勝利を収める中、大河達も動いていない訳ではない。

 砲艦外交により、恐怖で戦意喪失した一部の高山族投降者を手厚く、もてなしていた。

 高山族と言うが、大和民族の様に一つの部族ではない。

 アメリカの先住民を総称して「インディアン」と名付けられた様に、台湾先住民のそれが、「高山族」なのである。

 よって、外国人に友好的な高山族も存在し、一部は、大河の賄賂により、間者になったり、簡単に投降する者も居るのであった。

 投降者達は、大河にごまをする。

「いやぁ~、物凄い資金力も武器ですね? 恐れ入りました」

「ささ、返礼品です」

 敵対する高山族の生首を差し出す。

 漢民族の通訳は、目を逸らし、叢に向かって吐いた。

 観戦武官となったオランダ人、スペイン人、ポルトガル人の軍人達もドン引きだ。

「有難う」

 生首を受け取ると、大河は食料品を渡す。

 飢えていたのだろう。

 争うように彼等は奪い取る。

 遊撃戦を展開する高山族だが、3カ国の焦土作戦により、食糧難に遭っている。

 保護する高山族の非戦闘員の多くが、ビアフラ戦争の子供の様に骨と皮だけは痩せ細り、お腹だけ異様に膨らんでいる様子を見るに、相当な飢餓状態と思われる。

(三木の干殺しの様な惨状になっていなければよいが)

 高山族に同情しつつ、尋ねる。

「それで漂流民を殺害したのは、サンアイイソバで間違いないな?」

「は。あの女が、金目当てで殺したんです」

「成程」

 与那国島の女傑が華麗島の高山族なのは、正史には載っていない。

 然し、与那国島と台湾本島は、約100km。

 交流があっても可笑しくは無い。

「……」

 が、疑問が残る。

 彼女は女傑であるが、史実では与那国島の発展させた名君である。

南帆安地区ハイ・ンダンに残る広域の美田や、サンバル牧場の開拓

・新村建設や村間での移民事業にも尽力

・大酋長として中央集権の形をとっていた。

 彼女の開拓と新村建設等の事業の成功で食糧難は解決し、余剰米を多良間や宮古に移出し利益を上げた。

 作家の司馬遼太郎はイソバを「鉄器時代の到来を象徴する存在」と称している。

 又、巫女でもあるイソバは、古代において祭祀と政治を司った女性の力を象徴しており、現在でも地域おこしの一環である行事の象徴として人気だ(*4)(*5)(*6)(*7)。

 不審に感じた大河は、

「……」

 じっと、投降者の目を見る。

 すると、

「「「……」」」

 分かり易く、黒目が右往左往。

 更に呼吸も洗い。

「……体調、悪いのか?」

「い、いえそんな事は―――」

 大河が、投降者の首筋に触れる。

 血流が、早くなっていく。

(……有罪ギルティ確定だな)

 嘘、と断じ、大河は、微笑む。

「「「あ」」」

 エリーゼと愛妾達が気付いた。

「何です?」

 光秀は、分からない。

「明智殿、見てて下さい。仏が鬼に変わりますから」

「え?」

 言った小太郎の股を濡れていた。

貴方方あなたがたは英雄なので、贈答品を与えましょう」

 突如、口調が変わったが、投降者達は気付かない。

 嘘と判断されたのが、彼等の運命のY字路であった。

「どうぞ」

「……これは?」

鳳梨ほうりと呼ばれる南蛮の果物です」

「「「……」」」

 初めて見るそれに投降者達は、まじまじと見る。

「鉄っぽいけれど、食べれるのか?」

「はい。その紐を引っ張って頂いて、頬張れば、極上の味です」

「「「ほー」」」

 感心し、投降者達は、同時に頬張る。

 と、同時に大河が動いた。

 指パッチンすると、鶫が阿吽の呼吸で、彼等の口を縫い合わせる。

 大河の為に裁縫を学んでいたのが、こういう時に役立つのは、意外だ。

「「「!」」」

 口を開ける事が出来ず、投降者達は、苦しむ。

 そして、数秒後、爆発した。

 ドーン! と。

 顔が吹っ飛び、首を失った体は、血を噴出させつつ、斃れる。

「「……」」

 目の前で無残に逝った仲間に、他の投降者達は、唖然とした。

 遅れて恐怖がやってくる。

 と、同時に口に含んだ正体も。

「「!」」

 1人が、涙目で大河に擦り寄る。

 然し、蹴飛ばされ、爆死。

 最後の1人は、抜刀し、斬りかかった。

 死なば諸共もろともの精神で。

 だが、”一騎当千”は、1枚も2枚も上手だ。

 斬撃を闘牛士の如く、ギリギリでかわす。

 そして、驚いた投降者の米神を上段回し蹴り。

 ごきゅ。

 変な音が鳴り、投降者の首は、あらぬ方向に曲がってしまう。

「おー、映画みたいだ」

 笑いのツボが刺激されたのか、大河は死体を見て爆笑。

 数秒後、手榴弾が炸裂し、最後の死体も爆散する。

「……」

 残虐な殺人に、光秀は、ドン引きだ。

 他の外国人観戦武官は、失神している。

「若、何故、私刑を?」

「一度裏切った奴は、何回でも裏切る。信用出来ないよ」

 返り血を浴びても尚、大河は笑顔を絶やさない。

(((……素敵)))

 エリーゼ、鶫、小太郎は惚れ直すのであった。


[参考文献・出典]

*1:奈良修一 『鄭成功―南海を支配した一族』世界史リブレット人 42 山川出版社 2016年

*2:石原道博『明末清初日本乞師の研究』 冨山房 1945年

*3:ウィキペディア

*4:喜舎場永珣『八重山歴史 新訂増補」国書刊行会 1975年

*5:池間栄三 『与那国の歴史』   琉球新報社 1972年

*6:牧野清  『新八重山歴史』   牧野清   1972年

*7:司馬遼太郎 『街道をゆく 6 沖縄・先島への道』 朝日新聞出版 2008年

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