第132話 美麗事件

 万和2(1577)年4月下旬。

 スペイン領フィリピンから輸入品を運んだ島津氏の商船が、美麗海峡を航行中、暴風雨に遭った。

 日本を出発する前に、気象庁の天気予報を基に航行したのだが、南国特有の驟雨

迄は、流石に予想出来なかったのである。

 50人からなる商人達は、幽霊船の様にボロボロになった船を捨て、美麗島に上陸し、そこで救助を待つ事にした。

 戦争中にも関わらず、上陸し、無期限で滞在するのは、危険極まりない行為であったが、彼等はある駆けに出たのだ。

 日本と交流の深い、スペイン、ポルトガル、オランダなら、助けてくれる筈―――と。

 だが、それは叶わぬ願いであった。

 3カ国の陣地に到着する前に、高山族と遭遇してしまう。

 彼等は、漂流民を「敵」と誤認し、襲撃。

 逃げても追い続け、遂には殺害してしまったのだ。

 死者の中には、商人として活躍していた島津氏の親戚も含まれていた為、当主・貴久は、激怒。

 信長に相談する前に、さっさと琉球に駐留する島津軍の一部を派兵してしまったのだ。

 ここに琉球侵攻以来の『美麗侵攻』が成る。

 日ノ本と友好関係にある3カ国は、直接対決を避け、各々、停戦。

 島津軍は、遊撃戦を行う高山族に対し、苦戦しつつも、戦争を始めた。

 ―――

「あの馬鹿者が。勝手におっ始めよって」

 二条城で信長は、激怒していた。

 今にも、九州征伐をしそうな勢いだ。

「上様、陛下は憂慮ゆうりょしており―――」

「分かっとるわ。金柑頭!」

 苛々しつつ、信長は考える。

「「「……」」」

 居並ぶ家臣団も、美麗島には疎い。

 何せ、琉球よりも以南だ。

 濃姫も森蘭丸も羽柴秀吉も明智光秀等も、誰も知らない。

「……言う事を聞かない島津を討伐するのが、筋か?」

 見せしめには、良いだろう。

 然し、折角の平和が乱れるのは、忍びない。

 先程、怒られた光秀が、提案する。

 直ぐに萎縮する蚤の心臓では、このブラック企業である織田家には、勤まる事は出来ない。

「上様、適任者が1人居ます」

「誰だ?」

「島津の家臣と結婚している義弟殿ですよ。御噂では、琉球に来る前、美麗島に居たとか」

「……ふむ」

 美麗島の専門家が少ない日ノ本では、現状、彼が、最も詳しい専門家と言えるだろう。

「奴に今回の作戦の責任者に任じ様。光秀、新城へ行け。奴と協力するんだ」

「は!」

 全て計算づく、と光秀が、内心で舌を出す。

 大河と出逢った織田家の家臣団は、少ない。

 好色家で基本的に男性に興味が無いから、と思われる。

 縁故を構築し、大河の信頼されれば、このブラック企業もホワイト企業になるのでは? と、光秀は、常々感じていた。

 隣国でありながら、山城真田家が統治する山城国は、非常に民から慕われ、文化度や軍備も世界一だ。

 一方、織田家は、天下人でありながら、山城真田家と比較される事が多く、領民からは、「賢弟愚兄」と陰口を叩かれている事を信長は、知らない。

(日ノ本が変わる好機だ)

 

 京都新城には、貴久からの協力を仰ぐ手紙が届いていた。

「……」

 ぎゅっと、破れそうな程、楠は、それを握る。

「……大河?」

「行きたい?」

「うん……」

 実家が戦争しているのだ。

 誰だって気が気ではない。

「……行きたいよ。俺も」

「!」

「でも、無理だ。家族も仕事も居るしあるからな」

 華姫の頬を撫でる。

「ちちうえ、いかないの?」

 養父の出征を華姫も、賛成していない様で、大河の裾を目一杯、掴んでいる。

 行かないで、と言わんばかりに。

「行かないよ。島津家の話だからね」

「……でも―――」

「対岸の火事だ」

「!」

 楠が今にも駆け出す。

 部屋から出る直前、彼女の手には縄が巻き着く。

「!」

 振り返ると、投げたのは、大河であった。

「……」

 無言で楠を引っ張り、抱きとめる。

「どうして……?」

「失いたくないから」

「!」

「愛妻をむざむざ戦地に送る馬鹿が何処に居る? 行かせんよ」

「で、でも―――」

「駄目だ」

 楠を抱き締め、無理矢理、手錠で繋ぐ。

「……!」

「俺達は夫婦だ。逝かせんよ」

 普段は、妻に対して強要や命令はしないのだが、今回ばかりは違う。

 大河の目には、炎が灯り、強い意志が感じられた。

「上様が―――」

「案ずるな。終戦方法は、考えてるよ」

「!」

 島津と好敵手の大友氏の出身である誾千代も不安そうだ。

「具体的には?」

「・話し合いによる説得工作

 ・派兵による島津との戦争」

「!」

 楠が、驚いた。

「戦争って―――」

「惣無事令を破り、異国に侵攻したんだ。これは、国際問題だ」

「悪いのは、先住民―――」

「ああ。分かってるよ。でも、長らく文明との接触を絶っていた先住民に、常識が通じると思うか? 漂流民は、事故でも彼等の規則を犯したんだよ」

「……」

 文明人との接触を様々な事情で嫌う、未接触部族は、世界の一体化に進む中、2013年時点で100以上あるとされる(*1)。

 その代表例が、インド洋に浮かぶ北センチネル島であろう。

 インドの領土でありながら、この島はインドの主権が及んでいない。

 センチネル族は外来との接触が歴史的に非常に少ない集団であった為、外部の病原菌に対する免疫抵抗力が弱いと思われ、少ない人口が一気に全滅する可能性がある事も不干渉の理由の一つである(近隣の先住民族・アンダマン諸島先住民の諸族は大アンダマン人、ジャラワ族、オンゲ族等、既に感染症による脅威に晒されている例が多い。ジャンギル族に至っては20世紀初頭に全滅してしまっている *2)。

 センチネル語を話すが、島の外部でセンチネル語を解する者はおらず、インド政府ですらセンチネル族と会話で意思疎通を取る事は不可能である (*2)。

 過去、密漁した漁師や宣教の為に訪問した外国人宣教師が殺されているが、インド政府は、何も手を打っていない。

 司法よりも文明の保護を優先しているのだろう。

 美麗島の文明レベルが分からないが、伝え聞く限り、高山族は未接触部族と判断しても良いだろう。

 運が悪かった、と言外に告げる大河。

「……」

 楠は、言い返せない。

 感情的になっても、冷静沈着な大河には勝てない事を無意識に悟ったのだ。

「……でも、見捨てたくない」

「俺だって一緒だよ。”鬼島津”とは殺り合いたくない。断絶か如何かは、島津次第だ」

「……」

 エリーゼが寄って来る。

「大河、私にも手錠、付けてよ。一緒に居たいからな」

「夜だけで良いよ」

「山城様、私とも御願いしますわ」

 稲姫を連れて、千姫もやって来た。

 主従関係の癖に手を繋いでいる所を見ると、相当、仲が良い様だ。

 裏では、鶫&小太郎コンビの様に百合な関係なのかもしれない。

「久し振りに会ったな。稲」

「はい。父上に呼ばれていた為」

 忠勝に鍛えられたのか、稲姫の体は、大山倍達の様に出来上がっている。

「良い筋肉だ」

「有難う御座います♡」

“一騎当千”公認の筋肉となり、稲姫は、嬉しがる。

「山城様は、筋肉が御好きなんですか?」

 千姫が、ずいっと尋ねた。

「正確には、筋肉『も』好きだ。鍛えていなくても大丈夫だよ」

「なら、良かったですわ♡」

 箱入り娘は、鍛える事が御嫌いだ。

 イチャイチャする中、

「……」

 1人、楠は、楽しくなさそうだ。

 実家の事が、気が気ではないから当然だろう。

 楠がぼっち感を覚えていると、

「上様、明智光秀様が来られました」

 大谷平馬が、光秀を連れてやって来た。

「明智殿、これはこれは―――」

「初めまして。明智光秀です。御逢い出来て光栄であります」

 妻達が空気を読み、隣室に去って行く。

 部屋の女性は、鶫達と手錠で繋がったままの楠だけだ。

「予約も無しに登城とは……急用ですかな?」

「は。薩摩に向かって頂きたいのです」

「!」

 楠が、振り返る。

 そして、大河よりも早く気付いた。

「何故です?」

 手錠を気にしつつ、光秀は、答える。

「上様としては、島津との戦争は、望んでいません。そこで、島津と繋がりのある真田様を交渉人として送ろう、と言うのです」

「……成程。だが、近衛大将は如何するんだ?」

「は。既に朝廷と話し合い、上様が代理で務めます。必要であるならば、高山族を殲滅しても構いません」

「……」

 被害者・島津の心情を考えたらそうだろう。

「美麗島には、高山族が必要不可欠です。犯人のみ討伐出来たら、美麗島には、関与しませんよ」

「……やはり、私と同じ考えの方ですね」

「うん?」

「私も不必要な戦は好みません。気が合いますね」

「……そうですね(棒読み)」

 確かに、光秀は、領民から慕われる名君であったが、やはり、本能寺の変の心象が強い為、平和主義者を自称されると、違和感がある。

「美麗島は?」

「ええ。知っていますよ。行った事は無いですが、好きな国ですよ」

 無論、現代の台湾での話だ。

 美麗島に関しては、調べた限り、資料が少なく、専門家程の知識は有していないが。

「良かったです。真田様の御協力が無ければ、上様の統治能力が問われますから」

「……そうですね(棒読み)」

 楠が、光秀に見えぬ様、大河の手を握る。

 そして、掌に指で書く。

『私を薩摩に連れてって』

 と。

「……」

 大河も返す。

『分かった』

 と。


 九州への遠征が決まり、大河は各地に挨拶周りへ行う。

『薩摩か……遠いな』

 寂しそうに帝は、御簾の向こうで呟く。

「は。ですが、短期間で終わらせて帰京する様、努める所存です」

『うむ……努めよ』

 帝は、祈る。

 忠臣の無事を。

 ……

 続いて、お市。

「話は、聞きました。仕方ありませんね。兄上も無理強いを―――」

「いえいえ。お気になさらずに」

 夫を殺した実兄に恨みを募らせる。

 美人だが、やはり、怒り顔は、大河には、苦手だ。

 闇落ちする前に止めた。

「それで、私は、娘達を見れば良いんですね?」

「はい。御願いします」

 残留者は、

・朝顔

・謙信 (名代)

・三姉妹

・於国

・千姫

 言わずもがな、華姫、累も残る。

 逆に一緒に行くのが、

・誾千代

・エリーゼ

・楠

 の3人だ。

「よく姉妹を説得出来たわね?」

「噛まれましたよ」

 手の甲に付いた歯形を見せる。

「お江ね?」

 流石、母親。

 子供の特徴を知っている。

「はい。茶々にもボコボコにされましたよ。全く、御転婆です」

「そう。元気で何よりだわ」

 義理の息子が、痛めつられても嬉し気なのは、お市も可笑しい。

 武家出身だけあって、現代人とは感覚がズレているのだろう。

「お初は如何? 素直になった?」

「寝台上では、素直ですが、昼間は、怒っている事が多いですね。毎日、平均5回は、蹴られていますから」

「御免なさいね? あの娘、長姉と末妹と比べて、恥ずかしがり屋なのよ」

「分かっています」

「嫌いにならないでね?」

「全然、大好きですよ」

 大河と会話しつつ、お市はその背後の襖に視線を投げる。

 押し入れには、先程、連れて来たお初が居る。

(……兄様)

 お市の存在を忘れて、お初は、想う。

 大河の事を。

 聞こえない様に、彼の声を肴に自慰していた。

 茶々達が素直過ぎて、お初は地味に見え易い。

 が、大河と離縁していない様に、結局彼女も長姉達同様、彼への想いが強いのだ。

「子作りの方は順調?」

「はい。謙信が出産した様に、彼女達も何れは、妊娠するかと」

「丈夫に育ててね? 子供は、宝だから」

「は。善処します」

 孫に当たる累を、お市は、心から喜んだ。

 大河が政務の間、謙信やアプトと共に育てているという。

”越後の龍”にアイヌ人侍従、”戦国一の美女”の愛を一身に受けて育つ累は、必ずや大河の期待通り、剣術士になるであろう。

「累は?」

「謙信が御乳、やっています」

「そう。私も出たら乳母でも良いからしたいわ」

 お江以来、赤ちゃんを育てていない為、母性本能が復活するお市であった。


[参考文献・出典]

*1:サバイバル・インターナショナル

*2:ウィキペディア

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