美麗ノ姫
第129話 山紫水明
16世紀。
「……何て美しい島なんだ」
ポルトガル人の船員は、その美しさに震えた。
人間に侵略されていないその緑に、惚れ惚れしかねない。
「
この瞬間、それまで謎に包まれていた島が、全世界に知られる事になった。
―――
船員達は、島を探索する事にした。
調べた限り、この島は南北の最長距離が約400km。
東西では約144kmと、北にある日ノ本の九州の約10分の1の大きさだ。
北部が亜熱帯、南部が熱帯に属している。
その為、北部は夏季を除けば比較的気温が低いのに対し、南部は冬季を除けば気温が30度(摂氏)を超える事が多くなっている。
夏は
冬は12~2月迄と期間が短く、気温は総じて温暖であり、1月の平均気温は14度だ。
但し、山岳部の高標高地帯では積雪が観測される事もある(
平均降雨量は年間約2515mmであり、雨期に多く、又、降雨量は季節、位置、標高によって大きく異なっている。
台風の襲来が多く、毎年平均3~4個の台風に襲われている。
台風で給水の大きな部分を賄っているが、同時に損壊、洪水、土砂流等の災害も発生している。
又、台風以外にも、夏季には現地語「
欧州では見る事が出来ない奇妙な鳥や果実に船員達のスケッチの手は止まらない。
「……天国だな」
悦に浸っていると、仲間が気付く。
「お、おい、人が居る!」
「何だと?」
調査した限りでは、この島は無人であった。
本能で危険を察知し、彼等は木陰に隠れる。
「「「!」」」
原住民なのだろう。
褐色の男女の一団が、槍を背負って歩いていた。
素っ裸で股間には、葉っぱ1枚。
然し、性別問わず、皆、筋肉で体は、鍛えられている。
「……うげ」
「嘘だろ?」
「……!」
船員は全員、戦慄し、その多くが嘔吐したり、目を逸らす。
男女が持つ槍の刃先には、生首が吊り下げられていたから。
彼等は、
文明に触れる前の台湾原住民だ。
欧州に首狩りの文化は無い。
首狩り文化がある(あった)のは、以下の国々である。
・日本 :大和民族→首実検(*2)
・エクアドル:アマゾン上流のヒバロ族(*3)
→首級を
死者を弔う為の葬式の一部として実施された。
・フィリピン:ルソン島のボントック族、イフガオ族等(*4)
→祭の一環として行われた。
ボルネオのダヤク族、イバン族
→結婚する為の条件として首級を手に入れる事があった。
・台湾: 高山族(*2)
→成人式の一部として実施された。
・インドネシア:セレベス島のトラジャ族(*5)
→多産や豊穣の儀礼として行った。
・ミャンマー :北東部のワ族(*6)
→春の
斬首刑がある癖に首狩りは、野蛮と感じるのが、欧州人の奇妙な所であろう。
大航海時代だけあって高山族とその首狩り文化は、世界に伝わるのであった。
欧州人で発見したのは、ポルトガル人であったが、台湾の領有を確認出来る史上初の中国の王朝は、モンゴル族が樹立した元朝である。
但し、13世紀後半に澎湖諸島を領有したのみで、領有範囲は台湾島に迄及んでいなかった。
又、元朝崩壊後に漢族の明朝が澎湖諸島を領有したが、やはり台湾本島に迄は領有範囲が及んでいなかった。
その為に、公的にはどの国にも「領有」されていない台湾島は、島周辺の海域を通過する船舶の一時的な寄港地、あるいは海賊の根拠地として使用されるのみであった。
史実で、台湾が本格的に開発される様になったのは16世紀の明朝時代になってからである。
倭寇(後期倭寇)の活動が活発化するにつれて、台湾は倭寇の根拠地の一つとして使用される様になり、明末には林道乾や林鳳等の頭領が拠点とした。
やがて漢民族、日本人が恒久的に居住し始めるまでに至った。
又、この時代になると、大航海時代にあった欧州各国から多くの人々が来航する様になり、台湾の戦略的重要性に気が付いたオランダやスペインが台湾島を「領有」し、東アジアにおける貿易・海防の拠点としていった。
その為に、日本への鉄砲やザビエルによるキリスト教伝来も、恐らくは台湾を経由してきたのだと思われる。
又、その頃、日本にも、台湾に対して領土的な興味を持つ勢力が幾つか存在した。
豊臣秀吉は「高山国」宛に朝貢を促す文書を作成し、原田孫七郎という商人に台湾へ届けさせた(高山国とは当時、台湾に存在すると考えられた国名。 実質的には存在せず朝貢の目的は果たせなかった)。
又、慶長13(1608)年には有馬晴信が、元和2(1616)年には長崎代官・村山等安が、何れも成功はしなかったものの台湾へ軍勢を派遣した(*7)。
だが、時間軸が崩れたこの異世界では、その方向には行かない。
台湾島の存在を認知した元、明、ポルトガルの争奪戦が始まったのだ。
3カ国だけでない。
スペイン、オランダも加わる。
尤も、元と明は、中国大陸での戦争に忙しく、台湾に派兵する余力は無い。
なので、事実上、中国大陸から領有権を主張するだけで、実際の争奪戦は、ポルトガル、スペイン、オランダの3カ国により行われる。
ポルトガルは、インドネシア方面から。
スペインは、フィリピンから。
オランダは、東印度から。
3カ国の
彼等は、侵攻してくる3カ国に対し、
美麗島と呼ばれた台湾は、修羅の国へと変わっていく。
その報せは、日ノ本にも詳細に伝わる。
———
『【美麗戦争死者1万人超える】
美麗島の領有権を争う戦は、開戦後、僅か半年で1万人を超えた。
4勢力は、争いにより、美麗沖を航行する日ノ本船籍にも影響が出ており―――』
———
瓦版の記事に大河は、熟読していた。
「……」
そして、閉じる。
「あら、怖い顔」
戦士の顔に謙信は、微笑む。
7日目になった途端、大河は、それ迄の柔和が嘘だった様に別人になる。
疼いているのだろう。
根っこにある死肉を欲する化物の血が。
「……貿易業に関わるからな」
膝の累と華姫が、怖がる。
「……!」
「ちちうえ、こわい……」
「ああ、御免ね」
瞬時に聖人になる。
この変わり身の早さも、現代に居た時、「マフィア的」と評された所以であろう。
2人を抱き締めて、あやす。
累には、がらがらを。
華姫には、宝石の
「だー、だー♡」
「きれい♡」
単純な子供達は、直ぐにそれに心を奪われる。
2人の頭を撫でつつ、
「それで、明日は、朝から忙しいな?」
「そうね」
午前中は、伏見稲荷大社へ。
午後は、祇園に行き、女性陣は、舞妓に変身する。
舞妓体験は、現代でも日本人のみならず、外国人観光客にも人気だ。
その度が過ぎたりして、舞妓への盗撮等の犯罪が問題視されているが。
「白塗り、楽しみ」
ワクワクが止まらない誾千代は、今にも祇園に駆け出しそうだ。
現代では、舞妓になる京都人は少数で、実際にその多くは、地方出身者とされる。
然し、この時代は、大河が文化保護政策を努めている為、京都人の方が成り易く、地方出身者は、成り難い。
「私が手解きしてあげるわ」
挙手したのは、朝顔。
女性陣の中で唯一、地元出身者だ。
大河に抱きついて離れないのは、幼妻、というより甘えたい盛りなのだろう。
「経験あるのか?」
「御忍びと公務でね」
そう言うと、朝顔は、膝に移動し、累を抱く。
「可愛い♡ 一姫二太郎ね」
朝顔の希望としては、第二子は、男児の様だ。
本当は、自分で産みたいのだろうが、約束上、18迄は、我慢の日々が続く。
「だーだー」
朝顔にあやされ、累も喜ぶ。
元帝に抱っこされるのは、貴重な経験だろう。
累が涎を垂らし、着物を汚しても、朝顔は怒らない。
塵紙で累の鼻や口元を拭く。
他人の子にも関わらず、こうした事が出来る人間は、少ないだろう。
誰だって、血縁の無い子供より、我が子の方が可愛いものだ。
こうした面も、子供に対しては、平等に接する事が出来る大河と波長が合う要因の一つであろう。
「ねぇ、大河。白塗りって大丈夫なの?」
心配そうにエリーゼが、尋ねる。
当然ながら、白塗りの文化がある外国は、少ない。
エリーゼの育った地域でも、無かった。
知っている限り、白塗りをしている外国人と言えば、KISS位だ。
「皮膚癌の危険性のある日焼けより安全だと思うよ―――」
「そうじゃなくて、黒塗りとは違うの?」
白塗りを白人への差別的表現と勘違いしている様だ。
「あー、あれはね。暗い中でも表情の陰影がはっきり伝わる様にする為だよ。蝋燭だけだと弱いだろう?」(*8)
彼女の疑問は、日本文化を貶める為ではない。
純粋に、ユダヤ人として差別に敏感なのだ。
「じゃあ、私がしても叩かれない?」
「全然。敬意さえ払えば嫌われる事は無い」
アメリカでは、白人女性が、舞妓を心象したコスプレを披露した所、人種差別主義者と非難される事例があった。
着物を着ていた事も「文化盗用」とされた。
白人が、有色人種を演じる、所謂、ホワイト・ウォッシュの類に見られたのだろう。
然し、ネット上の日本人の多くは歓迎した為、アメリカ人非難者達を困惑させた。
差別の意識が希薄な日本人と、過敏なアメリカ人の差がよく分かる事例であろう。
エリーゼを真っ直ぐ見つつ、
「見たいなぁ。舞妓姿」
「……分かった」
大河にせがまれた以上、彼女も応えなければならない。
「その代わり、ちゃんと見なさいよ? 貴方の為にするんだから」
「分かってるって」
外国の戦争を気にしつつ、大河達は、対岸の火事として無意識に忘れていくのだった。
戦争は、中国内戦にも大きな影響を与えた。
ロシア皇国が撤退し、元と明の一騎打ちになったのだが、両国共、全盛期程の力は無い。
そこに台頭したのが、渤海(698~926)、金(1115~1234)を建国した満州族率いる後金(後、清朝を建国)であった。
史実では、清の建国年は、1616年。
1644~1912年に中国とモンゴルを支配した中国最後の王朝だ。
日本人と満州人と言えば、戦前の満州国の心象が強いが、その他にも結構、繋がりがある。
その最大と言えるのが、辮髪だろう。
頭髪を一部を残して剃り上げ、残りの毛髪を伸ばして三編みにし、後ろに垂らしたそれは、サブカルチャーで中国人を登場させる為には、無くてはならないキーアイテムの一つになっている。
尤も、中国の最大民族は、漢民族であって、満州人とは何の繋がりも無いのであるが。
その指導者・
「……時は来たか」
玉座から立ち上がった。
「中原を獲る時だ」
中国大陸で生まれた以上、王朝を建国するのが、どの民族の夢だろう。
民族浄化されてきた数多くの民族を見れば、誰しも王者を夢見ても可笑しくは無い。
「頭目、北京は、がら空きです」
「よし。民族の悲願を果たす好機だ」
兵力差等を見ても、戦勝は、目に見えている。
一時代を築いた元、明は、今、風前の灯火だ。
「朝鮮半島と美麗島も頂こう」
「頭目、日ノ本は?」
「海を越える必要は無い。元が証明している」
聡い努爾哈赤は、歴史を学んだ上で、失敗には手を出さない。
白村江の戦い後でも、唐は、日本を攻めなかった。
日本へ渡るには、荒波にも耐え得る船が必要不可欠だ。
又、天気も読む必要がある。
噂では、日本には、空を飛ぶ移動機械や台風をも予知出来る事が出来る機械があると言う。
又、”雷帝”が率いたバルチック艦隊は、北の海で文字通り、藻屑と消えた。
スペインが誇る無敵艦隊も。
日本とは、友好関係を努めるのが、満州族が生き残る方法だ。
「
X JA〇AN風に叫ぶと、後金の内戦への介入が、始まるのであった。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
*2:『帝国日本と人類学者』坂野徹 2005年
*3:『アマゾン万華鏡』曽塚啓二 2000年
*4:『入門東南アジア研究』上智大学アジア文化研究所 1999年
*5:『観光と文化―旅の民族誌』エドワード M.ブルーナー 2007年
*6:『シーサンパンナと貴州の旅』鎌沢久也 2004年)
*7:ウィキペディア
*8:https://kostrivia.com/2029.html
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