第128話 一飯千金

 黄金週間を病気療養に費やす事になってしまったが、家族に不満は無い。

 混雑した場所に行く必要が無くなったのだから。

 薬の御蔭で、大河の熱は、一晩で下がり、体調も取り戻す。

 然し、

・寒気

・微熱

・頭痛

 は継続中の為、絶対安静は変わらない。

「あら、耳垢、溜まってますわ」

 朝から千姫が、耳かきを行う。

 濃厚接触を避ける為、大河は当初、拒否したのだが聞かなかったのだ。

 無理矢理、膝に寝かされ、されるがままである。

 大河の後頭部は、その感触を堪能している。

「……千」

「はい?」

「見上げても、可愛いな」

「美少女ですから♡」

 (∀`*ゞ)←こんな顔で、千姫は照れる。

 取った耳垢は、お江が集めていく。

 流石に大河の手前、保管はしないが、瓶詰したい衝動を必死に抑える。

「兄者、私もしたい―――」

「お江、もう全部取ったから大丈夫よ。代わりに肩叩きしてあげなさい」

「はーい」

 千姫とお江は、立ち位置を交代する。

「兄者、肩固い」

「じゃあ、揉んでくれ」

「良いよ~」

 軽い感じでお江は、揉み始める。

 2人は夫婦だが、仲の良い兄妹の様だ。

「兄者、後で体拭くね?」

「有難う。でも、茶々がするから良いよ」

 近くの茶々が手巾を持って、待機している。

 うずうずと。

「も~御姉様ばっかり」

 怒ったお江は、大河の耳朶じだを噛む。

「痛いぞ?」

「贔屓する兄者が、悪い」

「そうか? 御免」

「分かればよし」

 そんなこんなで、今日も休養だ。

 

 服薬後、大河に異常行動は見られない。

 軍医や女性陣の心配は結果論だが、杞憂に終わった、と言え様。

 橋姫が、蚊の様に大河の周囲を飛び回る。

「性欲だけは、兎以上だね?」

「そうか?」

「うん。あんな高熱で苦しんでいたのに、春画を眺めている何て……」

「薬なんだ」

 真面目な顔で誾千代を抱き寄せつつ言う。

 相変わらず、誾千代は、”姫武将”の顔だが、拒否しない。

 何だかんだで大河は、彼女の事を溺愛している。

 誾千代の全てを愛する。

 濃厚接触にも程があるだろう。

「累は?」

「謙信が育ててるわよ」

「華は?」

「アプトが、看てるよ」

 病床でも、子供達の事を気にする大河。

「じゃあ、俺は誾に甘え様かな?」

「もうしてるじゃない(照)」

 顔を真っ赤にしつつ、誾千代は、その手を握る。

 交わらないが、それだけでも彼女は幸せだ。

 細身ながら、そのごつごつした手は女性には無い。

 橋姫も降りて、大河の隣に座る。

「本当、仲良いよね? 喧嘩した事無いの?」

「見ての通り、喧嘩しても負けるさ。で、出産祝い、何処に行くんだ?」

「あら、知ってたの?」

「お江が、名簿を持って来たからな」

 ずらっと都内の観光地が、名簿化された紙を見せる。

 ———

『・鉄道博物館

 ・太秦映画村

 ・嵯峨野観光鉄道

 ・動物園

 ・嵐山猿公園

 ・保津川下り

 ・貴船神社

 ・人力車

 ・舞妓

 ・伏見稲荷大社』

 ———

「快癒後に提案し様と思ったのに。お江は、気が早いわね?」

 後で叱ろう、と思いつつも、誾千代の目は期待に満ちていた。

 京に住んでいながら、動物園以外、余り行った事が無いのだ。

「……俺が決めて良いのかな?」

「皆、行きたい所、違うからね。だったら、鶴の一声で決めてもらおうかと」

「……荷が重いな」

 だが、休みの時間は、決まっている。

 全ての場所を強行軍で回る事も出来なく無いが、その分、1か所の滞在時間が少なくなくなってしまう。

「……皆の舞妓姿が見たいな」

「良いね。他はある?」

「もう一つ、伏見稲荷大社に行きたい」

 伏見稲荷大社と元乃隅稲成神社は、大河が選ぶ日本二大写真映えフォトジェニックする神社だ。

 両方共、日本人に生まれた以上、一度は行かなければならない聖地だろう。

「主、体温計です」

「有難う」

 小太郎から体温計を受け取り、測る。

「……35度。元気だな」

「若殿、良かったです」

 涙目で鶫が抱き着く。

 感染を覚悟で常に一緒に居た為、その分、熱い思いなのだろう。

 正妻を差し置いての蛮行には、苦言を呈したい所だが。

「有難う。でも、まだだ」

 今日は、3日目。

 残り4日間は、安静にする必要がある。

 誾千代の手を握ると、大河は布団に引き込む。

「皆に御礼を言いたい所だが、まずは、誾から。有難う。支えてくれて」

「……分かってるじゃない」

「累や華に会いたいな」

「呼ぼうか?」

「良いのか?」

「もう御医者様から許可を取ってるわよ。謙信も会いたがってるしね」

「有難い」

 大河の頬を犬の様に接吻しつつ、呼ぶ。

「皆、来たら?」

 合図と共に、隣室から妻達が子供達を連れ立って来る。

「!」

 皆、この時を待っていたのか、着飾っていた。

 大河好みの切れ目スリットが入ったチャイナドレス―――旗袍チイパオに。

「……良いじゃないか?」

 謙信から華姫まで。

 言わずもがな、赤子の累は着物のままだ。

 中華娘の大群に、大河の鼻の下は伸びる。

「……良いじゃないか?」

 この時代、旗袍は存在しない。

 多くの現代日本人は、中国の民族衣装=旗袍という心象イメージを持っているだろう。

 然し、現在の中国に於いて最多数派の民族は漢民族であり、旗袍は「漢民族の民族衣装」では無い。

 それ所か、「中国の伝統的な衣装」ですらも無い。

 旗袍は、満州人貴族の衣装「旗装チーパウ」を模範に改良して、20世紀以降西洋の服の製法を吸収し、定着したものである。

 満州人とは、中国最後の王朝である清王朝において支配者であった民族である。「最後の中華王朝の衣装であるから、中国を代表する民族服装」の心象が強いとは言える。

 この状況を反映して、日本人が「中国人っぽい登場人物」を意匠計画デザインする時や、単純に「中国の人・事・物・文化」さらに「中国そのもの」を紹介する時の衣装として、歴史の短い旗袍が逆に定番となってしまっている(*1)。

 大河が、驚いている間に誾千代もそれに着替える。

 切れ目から見える絶対領域は、久米仙人が見惚れて神通力を失った様に。

「良いじゃないか?」

「でしょう?」

 エリーゼが下着を見せる。

 が、大河の視線は、茶々だ。

 大河の嗜好をよく分かっている様で、下着が見えるか見えないかのギリギリのラインを突いている。

 チラリズムは、昭和26(1951)年以来、世の男性諸君を喜ばしているが、彼も又、その1人だ。

 見せ過ぎない所こそ、日本文化の侘寂わびさびに通じるものがあるだろう。

「……」

 これ見よがしに華姫も主張アピールするも、大河の視線を捉える事は出来ない。

 茶々を手招きし、横に座らせる。

「男心を分かってるじゃないか?」

「春画を見て思い付いたんです」

「流石だな」

 頭を撫でると、茶々は、微笑む。

 他の女性陣も集う。

「もー、山城様ったら、私のも見せて下さいよ」

「千、見せ過ぎは、逆に咋過ぎるんだ。エリーゼもな?」

「成程」

 真面目にもエリーゼは、メモる。

 ———

『パンチラ NG

 チラリズム OK』

 ———

 と。

 累の為に自重していた謙信も太腿を見せては、

「如何? 綺麗でしょ?」

 女性は母親になると、それ迄どんなにスタイルが良くても、ふくよかになっていく場合が多い。

 だが、謙信は大好きな酒を断った様に、一直線だ。

 今後も、そのスタイルを維持していくと見られる。

 ふくよかになっても、大河としては、それはそれで萌える所があるが。

「綺麗だよ」

 太腿を撫で、更には頬擦りを行う。

「も~兄者、又、贔屓して」

 ぷんすかと、頬を膨らませるお江であった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

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