第130話 三國無双
南進した後金は、瞬く間に北京を落とす。
と、同時に『清』と改名する。
首都が無くなり、明は事実上、滅亡した。
元も新興国・清の勢いを止める事は出来ず、その領域を狭めていく。
国交を結ぶ為に。
―――日本。
「死に体化していたとはいえ、あの明を滅ぼすとは……満州人、やるな」
信長は、感心する。
「有難う御座います。信長様、折り入ってお願いが御座います」
「何だ?」
「陛下は、貴国との交流を御望みです」
「うむ」
「ですから、朝鮮半島の領有を正式にお認め下さい」
「あー……」
・元
・明
・ロシア皇国
に分割された朝鮮半島であるが、ロシア皇国が撤退し、その他も滅亡或いは、縮小化した為、その領有者は居ない。
清が彼等の後継者として名乗り出ても、可笑しくは無い。
「……」
信長の脳裏にあるのは、大河からの助言であった。
―――不後退防衛線を死守すべき。
彼が言うには、北は樺太から。
南は、旧琉球の尖閣諸島までを防衛線とし、それよりも以北や以南は、日ノ本の主権対象外というのだ。
懇切丁寧な彼の説明と、兵站が伸び切った場合の危険性に納得し、信長もそれ以上の領土拡大は、望んでいなかった。
「分かった。朝鮮半島は、清の領土だ」
「有難う御座います」
「だが、条件がある」
「は?」
「美麗島には手を出すな」
そんな事か、と使者は笑う。
「あそこは、化外の民が支配する化外の地ですよ。貴国が領有するのですか?」
「いや、貿易上の問題だ。領土には、しない」
「成程。では、相互不可侵の締結ですね?」
「ああ」
土壇場で信長が代替案を出したのも、大河の存在に他ならない。
『万が一、清が朝鮮半島の割譲を提案した際は、快諾して下さい。代わりに華麗島への保護を努めて下さい。あの島は我が国の重要な航路帯ですから』
と。
信長が知る由も無いが、現代人の大河ならではの考えであった。
イギリスの60代首相、ネヴィル・チェンバレン(1869~1940 在任期間:1937~1940)は、ソ連への対抗策としてナチスに宥和政策を採り、その肥大化を暗に追認した。
その結果、ナチスは、ミュンヘン会談でチェコスロバキア(当時は、一つの国)のズデーテン地方の帰属を欧州各国に認めさせ、WWIIの遠因の一つを作ってしまったのである。
彼のこの愚行は、後任のチャーチルに、
・「ドイツに軍事力を増大させる時間的猶予を与えた」
・「英仏が実力行使に出るという危惧を拭えていなかったヒトラーに賭けに勝ったという自信を与え、侵攻を容認したという誤ったメッセージを送った」
と言わせてしまい、現在まで、外交的判断の失敗の代表例として扱われている(*1)。
清の野心が何処までか分からないが、朝鮮半島は元々、中国歴代王朝の属国なので、別段、日ノ本が関与する事は無い。
然し、美麗島に関しては別だ。
あそこを獲られれば、日ノ本は、清と敵対した場合、海上封鎖される恐れがある。
清が「化外の民」と公式に発言した以上、あそこは中国領ではない事が証明された。
信長は、使者と書状を交わしつつ、内心思う。
(美麗島を支配下にしたかったが、賢弟が反対ならば、長所は無いんだな)
美麗島への日ノ本への関与の可能性は、ここに公式に無くなった。
同時期。
大河達は、伏見稲荷大社に居た。
清の使者が来日している事は、知っているが、「病み上がり」との理由で、大河は、公務から外され、有給休暇を楽しんでいる。
「だー、だー♡」
赤子にも関わらず、謙信の腕の中の累は沢山の鳥居に大興奮だ。
「……」
華姫もその光景に言葉を失っている。
千姫、三姉妹、楠、於国等も。
「……
エリーゼは、頭を掻いた。
伏見稲荷大社から発せられる荘厳な空気に耐えられず、嘔吐してしまう。
鳥居を潜る前で良かった。
それ以上、先は、聖域。
そんな場所で嘔吐など、計り知れない神罰が下るだろう。
「やっぱり、無理か?」
「御免ね。私の神様は、
敬虔故に信仰心を裏切りたくは無いのだろう。
別に改宗する訳ではないし、観光なのだから唯一神も怒るのは、考え辛いが、彼女がそう言っている以上、大河も強要はしない。
エリーゼを鳥居前に残し、一同は、上がって行く。
彼女を1人には出来ない為、警護に大谷平馬を付かせた。
千本鳥居に朝顔は、大満足だ。
「貴方の名前もあるわね? 支援してるの?」
「ああ、国宝だからな」
政教分離の原則上、大河は、公的に宗教施設に優遇措置を採っていない。
然し、親猶太派と同時に神道にも非公式に手厚い。
本願寺が過激派だった手前、仏教以外の宗教には、非常に友好的だ。
大河の左右の手を握るのは、それぞれ、誾千代と謙信。
千姫、三姉妹も近くから離れない。
久し振りの逢引に、興奮を禁じ得ないのだ。
大河を見た巫女達は、直立不動で挨拶する。
「「「御殿様、お早う御座います」」」
「「「お早う御座います」」」
大河達も又、作り笑顔で応じる。
有名人故、
作り笑顔が、職業病になった為、彼等には、抵抗感が無い。
大河の前に巫女が集まって行く。
「御殿様、御署名宜しいでしょうか?」
「良いよ~」
軽い感じで大河は、紙に自分の名前を書く。
大河の署名は、山城国内では、一級品だ。
飲食店で飾れば、山城守御用達として、繁盛する。
寺社仏閣では、御利益があるとして参拝客が急増。
無論、味も効果も証明されている訳では無い為、
それでも、大河は、寛容である。
犯罪等に悪用されていない限り、規制はしていなかった。
「有難う御座います! 御国の父母も喜びます!」
「家に飾ります! 有難う御座いました!」
巫女達は、飛び跳ねて喜び、大河と別れる。
「本当、大人気ですね?」
茶々も笑顔だ。
尤も、その手は、大河の腰に回っている。
巫女達に囲まれた時も、茶々は大河から離れず、彼女達が不用意に彼を誘惑しない様に努めていた。
巫女達が大河に横恋慕していたかは、定かでは無いが、好色家で艶福家の夫の事を考えれば、当然の事だろう。
「まぁ、領主だからな」
適当に返事をしつつ、全員で参拝する。
今回も又、警備上の理由から貸し切りだ。
大河の金庫がそのまま詰め所に運び込まれていく。
金額にして、数十億。
全額、宮司の懐へ―――ではなく、伏見稲荷大社の維持費に充てられる。
大河専属の公認会計士の監視の下。
不正を許さない大河は、神道等の宗教に敬意を払っても、聖職者を心底信用する事は無い。
神社の
聖職者=高潔、とは決して限らないのである。
「「「……」」」
大河達は、稲荷大明神に挨拶し、
・神酒
・赤飯
・稲荷寿司
・油揚げ
を供える。
厳密に言えば、狐は、肉食である為、仙●さんの様に油揚げが好物か如何かは定かではない。
橋姫も人間に偽装して然も当然とばかりに、祈っている。
妖怪なのに、聖域に入れるのは、稲荷大明神も黙認しているのだろう。
若しくは、寛容なのかもしれない。
「……」
普段、静かな累は、その厳かな空気を感じたのか、更に無口だ。
謙信の真似をして、手を合わせる。
非常に可愛い。
参拝を終えた一行は、稲荷大明神の御加護なのか。
それとも偽薬か。
心身共にパワー・アップしている様に自覚するのであった。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
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