第122話 月下氷人

 6歳ながら小説家となった華姫は、山城国では、有名人となった。

 帝も愛読者の1人と言う事もあり、デビュー作『吾輩は犬である』が、飛ぶ様に売れる。

 大河も読んだが、犬目線でラブラブな華姫と彼の夫婦生活を描いている為、違和感を禁じ得ない。

 但し、架空フィクション作品であるし、『表現の自由』を侵す真似はしない。

 発禁処分する事無く、大河は黙認する。

「……」

 アプトが黙読する中、大河と女性陣は、謙信の部屋に集まっていた。

「大河、女の子の名前、如何するの?」

 そういう誾千代は、筆を執り、白紙に臨んでいた。

 名付け親になる気満々だ。

 華姫を膝に、右腕で謙信を抱きつつ、大河は言う。

「謙信の意見も聞こう。どう思う?」

「……荷が重い」

 はー、と深い溜息。

 初体験であるが故、心労になっている様だ。

「御免。2人で決めて」

「分かった。じゃあ、俺は、『静』」

「静御前?」

 察しが良い誾千代は、直ぐに当てた。

「良い名前ね」

 謙信の反応も上々だ。

「でも、悲恋になっちゃうよ?」

「悲恋にならないように全力で守るよ」

 生まれてもないのに、親馬鹿である。

「……」

 当然、華姫は不愉快だ。

 大河の腕を噛むも、彼には甘噛みの様に感じ、華姫の頭を撫でるのみ。

「じゃあ、巴はどう?」

「良い”姫武将”になるな」

 乱世は終わったが、娘でも強く居て欲しい、と願うのが親心だろう。

 茶々が、謙信のお腹に触れる。

 元々、スタイルが良い為、妊娠してもお腹は、出ていない。

 謙信がぎりぎりまで気付かなかったのは、仕方なかっただろう。

「……謙信様が羨ましいです。1番乗りで」

「茶々も、産まれるかもよ? 私が妊娠したんだから」

「……そう願います」

 謙信にあやかろうと、御地蔵様の様に参拝者が後を絶たない。

 茶々の次はお江、千姫、エリーゼと続く。

 妊娠願望が無いのか、於国、朝顔、楠、お初は見守るだけだ。

「謙信、今日は、安産祈願に行こうか?」

「……余り乗り気じゃないかな?」

「分かった。じゃあ、次の機会だな」

 弱気は胎児に影響を与える、と考えた大河なりの気分転換であったのだが、謙信が乗り気でないのであれば、無理強いする事は無い。

「謙信が行かないなら、私が行きますわ」

 千姫が、大河の腕に絡める。

「山城様、敷地神社に行きましょうよ」

「”わら天神”か。適当だな」

 敷地神社―――通称”わら神社”は、現在の京都市北区にある安産祈願の神社だ。

 その効力は京都最強とされ、現代では、日本各地から沢山の妊婦が参拝に訪れる。

 特に戌の日は境内がごった返す程。

 犬が多産で尚且つお産が軽いという事に肖っているからだ(*1)。

 安産御守としてわらが授与される事から”わら天神”の通称があり、藁に節があれば男児、節がなければ女児が誕生すると言われている。

「……行くわ」

 強い力で謙信が、大河を抱き寄せた。

 誰にも渡さない、と言わんばかりに。

 妊娠しても尚、”越後の龍”は、”軍神”だ。

”軍神”から嫉妬の女神として知られるめのみことに変わったのか。

 相当、その顔は、怖い。

「「「……」」」

 女性陣は震え、大河も人生でほぼ初めて恐怖するのだった。


 男性の存在意義レゾンデートルは、ある生物学者曰く、「子孫を残す為だけ。その後は、用済み」と断言している。

 実際に弱気だった女性が、出産や育児を機に、強くなる場合がある。

『女は弱し、されど母は強し』のことわざの如く。

「「「……」」」

 パン! パン!

「「「……」」」

 二拝二拍手一拝した大河達。

 普段は、妊婦とその家族でごった返す”わら神社”だが、今回ばかりは貸し切りだ。

 出入口は、『臨時休業』の立て札が掛けられ、真田軍が、USSSアメリカ合衆国シークレットサービス並に警備している。

 大河としては、民の生活を邪魔するのは、本意ではないが、近衛大将という高位を考えると、致し方ない。

 安産祈願を終えると、宮司が深々と頭を下げた。

「御参拝と御寄附の程、誠に有難う御座いました」

「いえいえこちらこそ。急な要請にお応え頂いた礼です」

 巫女も職員も伏して、大河と目を合わせない。

 寄付金は、現代に換算すると、約10億円。

 貸し切りした為に神社に入らなかった収入も含んだ金額だ。

 この日ばかりは、無収入を覚悟した神社側は、万々歳。

 皇帝を迎える様な、低姿勢である。

「御祈祷の方は、されますか?」

「ああ、妻を頼む」

 謙信を抱き寄せ、指名した。

「真田?」

「俺より祈祷の方が効くよ。安産の神様なんだから」

「……分かった」

 敬虔な謙信は、正直、今は大河よりも神様に縋りたい気分だ。

 出産の時は、大河に寄り添ってもらいたいが。

 他の女性陣も入って行く。

 主役は、謙信だが、彼女達も子が欲しい。

 朝顔といった幼妻達は、祈祷に興味ある様だが。

 大河の傍には、誾千代と愛妾達、そして、異教徒であるが故、参拝も祈祷も出来ないエリーゼが残る。

「ちちうえ、まっちゃあいすたべたい」

「こんな寒い時期に? お腹壊すなよ?」

 アプトと橋姫の手から離れ、華姫が大河の下へ。

 氷菓を買うと、華姫が、舐める。

 大河を誘う様になまめかしく。

 が、幼女(養女でもある)に興奮する様な性癖を大河は、持ち合わせていない。

「よっと」

 華姫を肩に乗せて、余った両手で誾千代とエリーゼを強く握る。

「あら? 謙信の次は、私? 本当、手が早いわね?」

「本当。嫌になっちゃう位、発情しているね? 今度、女作ったら宦官にするから」

「どうにでも言え」

 巫女達が見ている前で、大河は2人の頬に1回ずる接吻する。

「「「きゃー♡」」」

 黄色い歓声が飛ぶ。

 2人は、赤らめるが、大河は気にしない。

 小林一茶の様に毎日、交わっても良い程、精力旺盛なのだから。

「さて、次は、何処に行こうか? 誾、決めてくれ」

「え? 良いの?」

「真田、私は?」

「エリーゼは、後だ」

 制止しつつ、エリーゼを抱き寄せる。

 嫉妬して誾千代を殺さない様にする為だ。

 一瞬、芽生えた殺意も、それにより直ぐに失う。

『トリセツ』と言う曲があるが、大体、エリーゼの取扱説明書は、分かって来た。

 大河同様、殺人を躊躇わない人種の為、必要以上に配慮が必要なのである。

「……希望は無いよ。貴方と一緒が1番」

 大河の手を握り締め、その唇に近付く。

 ちゅっ。

 接吻後、誾千代は微笑んだ。

「有難うね? 私にも配慮してくれて」

「正妻だからな」

 現代では不妊でも責められる事は殆ど無いが、この時代は世継ぎの為の精神的圧力は、現代とは比べると、強かった筈だ。

 誾千代もおくびにも出さないが、一時的に精神を病む等している辺り、彼女の様に苦しんでいる女性も多いだろう。

「ぎんさま、ずるい」

 華姫が、誾千代を睨む。

「御免ね。華ちゃん。御父様は、夫でもあるのよ」

 何だかんだで謙信と並ぶ”姫武将”である誾千代も、時に我が強い。

 例え養女と雖も、眼力だけで殺さんばかりの勢いだ。

 表情は、笑っているだけにヤクザの様な怖さがあった。

 

 神社を出た後、雨が降って来た為、一行は、城に戻った。

 早速、謙信の周りの酒は一掃され、禁酒法時代の如く、酒が無くなる。

「……」

 空の酒瓶を抱き抱えつつ、謙信は、禁酒に努めていた。

 妊娠判明以来、謙信は、一口たりとも酒を飲んでいない。

 酒豪の彼女には、想像を絶する位の辛さだが、我が子の将来を思えば、何て事は無い。

 酒を紛らわす為、監視人である大河と共に自然と過ごす時間が多くなる。

 京で観光中の景勝も一緒だ。

 酒瓶を投げ棄て、大河に背後から抱き着く。

「真田、野心はある?」

「何の話だ?」

「景勝」

「……」

 は、と声にならない声で景勝が応じ、上杉領の地図を見せる。

 北陸道―――越後国(現・新潟県)、佐渡国(現・新潟県一部)、越中国(現・富山県)、能登国(現・石川県北部)、加賀国(現・石川県南部)、越前国(現・福井県の大部分と岐阜県の一部)、若狭国(現・福井県)の7カ国は、広い。

「景勝と相談したんだけど、我が家は、貴家に入ろうかと」

「……従属する訳か?」

「そうよ」

 現在、両家は対等な同盟国にある。

 然し、

・文化面

・資金面

・軍事面

 は、いわずもがなだ。

「……国民は、納得するのか?」

「論より証拠、でしょう?」

 謙信が目配せすると、景勝が書状を出す。

 中を開くと、

『貴方は、山城真田家と上杉家の統一に賛成し、真田山城守を領主とする賛成の票を投ずるか?』

 と題された国民投票用紙が入っていた。

「……」

 2頁目には、

『賛成:80万票

 反対:1千票』

 圧倒的多数により、可決されていた。

 史実でのこの時代の北陸道の総人口は分からないが、関ヶ原合戦時のそれは、86万人なので、信憑性はあるだろう(*2)。

「……何時したんだよ?」

「先日。これが、民意でしょう?」

「……そうだな」

 棚から牡丹餅式で北陸道を獲得出来た。

 もっとも、対馬国の例がある様に、現場の統治者は上杉家に変わり無いが。

 対外戦争せず、これで、

・蝦夷地(樺太等含む)

・北陸道

・対馬国

 が、手に入った。

 この状況だと、徳川家が支配する東海道の一部、大友宗麟の領域である九州北部も従属国の使者を送る日も近いかもしれない。

 これで名実共に、上杉家とは、一体となった。

「……」

『父上、母上を今後も宜しく御願いします』

 深々と頭を下げる景勝。

 やがて雨は止み、両家の祝福を祝うかの様な晴れ間が差すのであった。


[参考文献・出典]

*1:https://www.travel.co.jp/guide/article/21593/

*2:『人口から読む日本の歴史』鬼頭宏 2000年

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