帰馬放牛

第120話 撃壌之歌

 出羽国から帰国した大河達を、山城国民は、再び熱狂する。

「よ、”日ノ本一のつわもの”!」

「”一騎当千”じゃない! ”一騎当万”だ!」

 凱旋行進パレードする真田軍を、市民は、日の丸と旭日旗の小旗を振って出迎える。

 作り笑顔で大河は、応じた。

「「「きゃー♡」」」

 それだけで黄色い歓声が飛ぶ。

「華、これが、戦勝者の気分だ」

「きもちいい♡」

 大河の膝には、華姫が鎮座している。

 大型の聖座付自動車パパモビルには、女性陣も勢揃いしている。

 運転手は、小太郎。

 助手席には、鶫だ。

 後部座席には大河、華姫の他、誾千代、謙信等が座っている。

 日露戦争に女性陣は、関与していない。

 然し、夫人ファースト・レディーとして付き添うのは、当然の事だ。

 風が吹き、寒い。

 それでも、戦勝者となると、祝福の風に感じる。

 予定では近々、このえのだいしょうに就任予定だ。

 それに合わせて、従五位から従三位にも昇進する事になる。

 近衛大将の官位相当が従三位だから、当然の事だろう。

 京都新城前の前では、軍楽隊が演奏していた。

 男女混成の合唱団が、軍歌で出迎える。

 歌は、『日本陸軍』。

『千と千尋の神隠し』が記録を更新するまで、当時の日本人の5人の1人が観たと言われる『明治天皇と日露大戦争』でも使用されたものだ。

 帰宅後は、どんちゃん騒ぎだ。

 謙信は酒を飲み、三姉妹は、舞を披露。

 エリーゼ、千姫、於国、楠は『マイム・マイム』を踊っている。

 酒と舞踏は、楽しさを倍増させる。

 対立していた項羽と劉邦が、一時的に仲良くなったのも酒の席で双方の軍人が、演武を披露したから。

 この時、項羽は劉邦を殺し損ね、後の四面楚歌に繋がる歴史の転換点にもなった。

 その他の女性陣は、大河を囲んでいる。

 誾千代は大河に肩を抱かれ、華姫は相変わらず、彼の膝だ。

 誰も2人の近距離には、不平不満が無い。

 言わずもがな、婦人会の会長と、養女という関係性が最大の理由である。

「私の為?」

「何が?」

「出征しなかったのは」

 大河の肩に顎を乗せ、甘える様に尋ねる。

「それもある」

「『も』?」

「皆の為だよ。陛下とも約束したからな。妻達を悲しませない、って」

 誾千代の反対側に座っていた朝顔が寄って来た。

「ちゃんと遵守してるのね?」

「そうだよ。早死は本望じゃないからな」

 朝顔を抱っこし、華姫の隣に座らせる。

「あら? 化粧しているな?」

「漸く気付いた? 遅いわよ」

 口紅の唇を、朝顔は見せ付けた。

「美人だな」

「そう言われる年頃じゃないわ」

 美人は、御姉さん。

 可愛いは、御嬢さんの心象がある為、朝顔は、「美人」という表現を好まない。

「じゃあ、可憐だ」

「有難う♡」

 大河の胸に後頭部を預け、朝顔は目を閉じる。

 事前に聞いた話によれば、彼女は戦時中、暖炉も無い祈祷所に籠り、大河の為に祈っていたという。

 そのまま、船を漕ぎ出す。

 うつらうつら、と。

 朝顔の子孫に当たる明治天皇は、「兵達と苦楽を共にする」という信念を持っていた。

 例えば日清戦争で広島大本営に移った際、「暖炉も使わず殺風景な部屋で立って執務を続ける」といった具合であった。

 朝顔も又、同様の信念の持ち主なのだ。

「……御休み」

 頭を撫でると、彼女は頷いた後、寝息を立て始めるのであった。

 平和な日々が、又、始める。


 数日後、大河は、正式に近衛大将と従三位の官位を頂く。

 近衛大将は、右近衛大将と左近衛大将があるのだが、万和2(1577)年現在、

 右近衛大将:織田信長

 左近衛大将:九条兼孝

 と、人員充足していた。

 然し、スペイン帝国、ロシア皇国を防衛戦争で破った戦功が考慮され、2人は同時に辞任し、更に左右を統一する事になった。

 官位では、左が優位なのだが、「山城守に勝る者は、居ない」との解釈が、中央政府及び朝廷の間で一致したのだ。

 大同2(807)年以来、左右に分かれていた近衛大将は、770年振りに一つになったのである。

 もっとも、官位が上がっても、大河の人間性は変わらない。

 元々、無欲な彼が官位くらいで野心家に変わる事は無いのだ。

 但し、近衛大将は貴族社会の中でも最高の家格であり、中世以降の摂家や清華家に繋がっている程、名誉な事である。

 宮中の警固等を司る近衛府の長官となった為、真田軍の軍規や訓練は、更に厳しくなった。

 禁止行為は、以下の通り。

 行為:理由

・煙草:煙草臭さ、副流煙、癌

・酒 :酒乱、癌

・賭博:賭博中毒、見栄え

 等。

 近衛兵になる為、当然の事であろう。

 現在の皇宮警察も醜聞には、人一倍厳しい、とされる。

「今日は、貴様達に新しい泳法を習ってもらう。鶫、俺の両手足を縛れ」

「は」

 家臣団は、戸惑う。

(泳法で縛る? 溺れるんじゃないか?)

 と。

 然し、言葉に出す事は無い。

 訓練の際、大河は、鬼だ。

 決して手を抜かない。

 私語も許さない。

 縄で縛られた大河は、論より証拠とばかりにプールに飛び込む。

「「「!」」」

 深さは、3メートル

 五輪で推奨されている規模だ。

 3米も無い大河は、そのまま沈んでいく。

「「「……」」」

 鶫、小太郎、家臣団の間に不安の色が帯びていく中、

「ぶは!」

「「「!」」」

 大河が、水から顔を出した。

 背中側を浮かせて息を吐きながらゆっくり膝を曲げ、蹴り出した反動で上体を逸らし、顔を出して息を吸う。

 溺れない泳法に彼等は、目を丸くした。

 そのままの状態で泳ぎ続け、50米で折り返す。

 100米を丁度、1分で泳ぎ切った。

  縛られてなければ、ブラジル人のセーザル・シエロが持つ世界記録(2020年現在)の46秒91よりも早い好記録が生まれていたかもしれない。

 小太郎が飛び込み、短刀で縄を斬る。

「今のが、拘束された時の泳法だ。地面に足が着く時は、息を吐きながら水底に沈下し、水底を蹴って水面に顔を出して息を吸え。これを救助が来る迄行うんだ。やれ」

「「「は!」」」

 躊躇う隙も無く、彼等は、自縄自縛し、次々と飛び込んでいく。

 そして、大河の言葉を思い出しながら、各々、泳ぎ始めた。

 当然、溺れる者が殆どだ。

 その時は、縁に控えていた漁師達が飛び込んで1人ずつ助けていく。

 山城国は内陸国の為、普段、彼等は居ない。

 彼等は海が凍り、漁が出来ない蝦夷の漁師達だ。

 禁漁中の副業という事で喜び勇んで、仕事に励んでいる。

 今後、彼等を指導者として山城国の漁師の育成にも貢献するだろう。

 雇用促進は、領主として当然の務めである。

「ねぇねぇ、真田」

 橋姫が、人間の姿で寄って来た。

「訓練は、午前までだよね?」

「ああ」

「午後、一緒に遊ぼうよ。プールで」

「良いけど、水着あるのか?」

全裸水泳スキニー・ディップが良い」

「何処で覚えたんだよ?」

「すまーとふぉんで」

 エリーゼのそれを見せ付けた。

 現代の日本では、刑法上、実施されていないが、裸体主義者ヌーディストが多い海外で屡、行われている。

 その為、全裸水泳に性的な意味合いは無い。

 誰もが皆、生まれたままの姿で、泳ぐ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

「……良いな。皆に提案し様」

 嬉しそうに大河は、微笑む。

(羨ましいな。真田にこんな顔をさせるなんて)

 軽く嫉妬する橋姫であった。


「姉様」

 お初が、不安気に茶々の下へやって来た。

「最近は、体調不良なんです」

「え? 何処が悪いの?」

「最近、乳がおかしいんです。痛みがあって」

「……え?」

「これ、妊娠なんですかね?」

 瞬間、女性陣の視線が、一気に大河に集う。

 針の筵だ。

 お初を妊娠させたのでは? と。

 慌てて、楠がやって来た。

「妊娠検査薬は?」

「調べたんですが、陰性です」

 騒ぎを聞きつけた誾千代、朝顔、於国も心配気だ。

「一応、産婦人科に通院した方が良いんじゃない?」

「そうよ」

「悪阻とかある?」

 種なし、と思われていた大河だが、誰かが妊娠すると、その可能性が無くなる。

 遠くの方で華姫が、震えていた。

(……実子? 父上の子供?)

 跡継ぎに指名されているが、実子が生まれると、子供好きな大河の事だ。

 結局、実子を優先させ、華姫の跡継ぎ案は、廃案になる可能性も否定出来ない。

「悪阻は、あります。腹部の膨張も」

「「「……」」」

 女性陣の視線が、お初の腹部に集まる。

 余り膨れていない様に見えるが、彼女自身がその様に感じているのならば、妊娠は、否定出来ないだろう。

 妊娠は、両親が若ければ若い程、早まる傾向がある(*1)。

 歳 :女性    :男性

 ~24:5か月未満 :約5か月

 25~:約5か月以上:同上

 30~:同上    :同上

 35~:10~15か月 :同上

 40~:15か月以上 :同上

 20代は、女性陣の中で謙信、誾千代、エリーゼだけ。

 残りは、10代ティーン・エージャーだ。

 橋姫が、飛んでいく。

「真田、お初が妊娠したかもって」

「え?」

 エリーゼ、お江の視線が痛い。

「「妊娠?」」

 2人共、白目が無い。

 真っ黒なそれだ。

「……まじ?」

 冷や汗が、頬から垂れる。

 恐る恐るお初を見ると、

「……」

 恥じらい、目を合わさない。

 予期せぬ事に、大河の脂汗が止まる事は無かった。


[参考文献・出典]

 *1:『生殖医療のすべて』堤治

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