第118話 栄枯盛衰

 現代の樺太は国際法上、ロシア領となっている。

 然し、北方四島の問題で陰に隠れ、余り知られてはいないが、南部の所有権は、決まっていない。

 その帰属は、日露間で行ったり来たりだ。

 安政2(1855)年、日露和親条約。

 樺太は「界を分たす 是まて仕来の通たるへし」と、国境は未決定。

 それまで樺太にロシア人は居なかったが、これ以降樺太北部からロシア人が浸出開始。

 日本の外務省は、樺太は日露和親条約で日露混住の地と決められたと説明している(*1)。


 慶応3(1867)年、樺太雑居条約。

 樺太全土が日露雑居地とされた。

 日本の統治が及ぶ樺太南部へもロシアの浸出が激化(*2)。

 明治8(1875)年、樺太・千島交換条約により、樺太全島はロシア領となった。

 明治37(1904)年、日露戦争が勃発。

 明治38(1905)年、ルーズベルト(米 大統領)の講和勧告を日露両国が受諾表明すると共に、日本は樺太作戦を決定し、樺太全島占領。

 同年、ポーツマス条約が調印され、北緯50度以南の樺太が日本領に復帰。

 明治40(1907)年、日本は樺太に樺太庁を設置。

 昭和17(1942)年、 「内地行政」への編入を行った。

 昭和20(1945)年、ソ連が一方的に日ソ中立条約を破棄、対日宣戦布告し南樺太に侵攻(樺太の戦い)。

 終戦後、日本が降伏文書に調印、マッカーサーは一般命令第一号を発令し、樺太をソ連占領地とする事を命じた。

 昭和21(1946)年、GHQ連合国軍最高司令官総司令部の指令で日本政府に通達され、日本の行政権が停止。

 同年、ソ連は南樺太・千島列島を南樺太州とし、一方的にこれをロシア共和国ハバロフスク地方に編入すると宣言。

 昭和27(1952)年、サンフランシスコ講和(平和)条約が発効。

 同条約では南西諸島や小笠原諸島と同様に樺太の放棄を明記されたが、引渡先の記載はない。

 又、ソ連(継承国家はロシア)も同条約への署名・批准を拒否している。

 以降、日ロ両国間において今尚平和条約が締結されておらず、この為、国際法上日ロ国境が未画定のままとなっている。

 その後の南樺太の帰属に対して、日露の見解に差異がある。

 ソ連崩壊後、それを継承したロシアが今尚、南樺太全体を実効支配している。

 条約を一方的に破棄し、そのまま実効支配を続けるソ連及びロシアに対し、日本政府や日本国民の多くが、不信感を持っている事は言う迄も無い。

 歴史的には、樺太は、ロシアより日本との結び付きが強い。

 万和2(1577)年までの樺太の歴史は、以下の通り。

 ―――

せんがいきょう』(前3世紀~3世紀頃)『海東諸国記ヘドンチェグッキ』(1471年)には、何れも、

『日本の北(又は領域)は黒龍江口に起こる』

 と記載。

 又、飛鳥時代の斉明天皇の頃、行われた蝦夷征討・粛慎討伐の際、阿倍比羅夫が交戦した幣賄弁島は樺太との説(*3)もある。

 舒明天皇12(640)年、「流鬼」(オホーツク文化人?)が唐に入貢。

 斉明天皇6(660)年、べの、『日本書紀』に記されるみしはせを討つ。

 比羅夫は、粛慎に攻められた渡島の蝦夷に大河の畔で助けを求められ、幣賄弁島迄追って粛慎と戦う。

 豪族・とのたつが戦死するもこれを破る。

 天平宝字6(762)年12月1日 - 陸奥国(陸前国)の国府・多賀城に修造された多賀城碑に、

かつ国界三千里(1600km)』

 と記される。

 因みに、多賀城碑からの直線距離は、間宮海峡最狭部(黒龍水道)で約1530km、それより北の黒龍江河口付近で約1600kmである。

 建保5(1217)年、北条義時が陸奥守となる。

 年代は不詳であるが、これ以後の義時執権在職時の何れかの時点で、奥羽や渡島の蝦夷の押さえの為に安藤太が津軽に配される(蝦夷沙汰職・蝦夷代官)。

 蝦夷代官は鎌倉幕府の政務の一つである「東夷成敗」を担い、北方交易や流刑者の管理を通じて蝦夷を統括していたと見られる。

 この頃(13世紀前半)、アイヌが樺太に進出。

 文永元(1264)年、 ギレミ(吉烈滅)が、

が毎年の様に侵入してくる」

 と訴えた為、蒙古帝国(1271年~、3千人の軍勢を樺太に派兵し、住民の「骨嵬」を攻撃。

 弘安7(1284)~弘安9(1286)年、元、タイを征東招討司に任じ、骨嵬征伐が20年ぶりに実行される。

 永仁3(1295)年、日持が日蓮宗の布教活動の為に樺太へ渡り、本斗郡本斗町阿幸に上陸し、布教活動を行ったとされる。

1297年(永仁5年)7月 - レンに率いられた骨嵬(樺太アイヌ)が外満州の黒龍江を遡上して払里河で元と交戦。

 海保嶺夫は、蝦夷沙汰職・蝦夷代官安藤氏が蝦夷を動員して元と戦ったという説を唱えたが、榎森進はその推理には無理があると指摘している。

 徳治3/延慶元(1308)年、吉里迷を仲介として、骨嵬が毛皮の朝貢を条件に元朝への和議・帰順を申し入れた。

 以降、40年以上に及んだ骨嵬と元朝の戦いは終了。

 又、1336~1392年(南北朝時代)の具足(甲冑)が、後に樺太から出土している。

 南朝:正平23/北朝:応安元(1368)年、元が中国大陸の支配権を失い北走、満洲方面を巡って新興の明を交えての戦乱と混乱が続き、樺太への干渉は霧消する。

 応永18(1411)年、明は進出した黒龍江(アムール川)下流域、外満州のティルに奴児干都司設置。

 周辺諸民族に対し冊封を行う際、樺太北部3箇所の先住民首長にも名目的に衛(えい)指揮官の称号を付与。

 これを介し南樺太以南に住むアイヌ民族と交易。

 応永17(1410)年、北樺太東岸ロモウ川流域の先住民(ウィルタ)首長が明に朝貢、ウリホー衛の指揮官の称号を授与される。

 応永19(1412)年、北樺太西岸リャングルの先住民(ニヴフ)首長が明に朝貢、ナン衛の指揮官の称号を授与される。

 応永35/正長元(1428)年迄に、樺太中部幌内川流域の先住民(ウィルタ)首長が明に朝貢、ホー衛の指揮官の称号を授与される。

 永享7(1435)年、奴児干都司が廃止され、樺太北部3衛の先住民は明への朝貢から解放される。

 文明17(1485)年、樺太アイヌの首長が、蝦夷管領・安東氏の代官・武田信広(松前家の祖)に銅雀台を献じ(藩主や役人にお目見えウィマム)配下となる(*4)(*5)(*6)。


 これ以降も日本との交流が続き、ロシアが初めて国として樺太に接触を図るのは、江戸時代の事である。

 戦後、ロシアに不法占拠される歴史を知る大河は、先手を打って樺太等の防衛を高めていた。

 その一つが、機雷である。

 手榴弾を魔改造した大河特製のそれは、海中に隠れ、接触しても漁船と軍艦をAI人工知能が判別する優れものだ。

 その為、漁民も安心して漁業が出来る。

 樺太に近付いたバルチック艦隊は、直ぐに機雷に触れた。

 ドーン!

 突如、水飛沫が上がり、船が揺れる。

「な、何だ?」

「分かりません!」

 船体に穴が開き、浸水する。

 水兵達は慌てて、土嚢を積むも穴は、大きい。

 世界初の機雷は、1810年頃、アメリカ人発明家のロバート・フルトン(世界初の潜水艦設計者)が創った係維式触角機雷だ。

 その為、彼等には未知との遭遇である。

 攻撃を受けた船は、沈んでいく。

 小舟に乗って別の船に避難する者は良いが、海水に飛び込んだ者は、直ぐに命に危険が及ぶ。

 冬季のこの海は、結氷している。

 そんな海に飛び込めば、低体温症は、避けられない。

 数秒で心臓が停止し、死者が相次ぐ。

 目の前で死んでいく戦友達を前にするも、

「「「……」」」

 誰も助けに行く事は出来ない。

 出来る事と言えば、死体を狙う鯱を弓や銃で射殺する位だ。

「おい、これが原因みたいだぞ?」

 運良く不発で、拾い上げられるも、時間遅れで、

「おい……何か光ってね?」

「ヤバそう―――」

 直後、爆発する。

「おい、火を消せ!」

「負傷者が出たぞ! 衛生兵!」

 四肢を失った兵士達が、病院船に担ぎ込まれる。

 あっという間に野戦病院と化す。

 ロジェストヴェンスキーは、頭を抱えた。

「一体、何故だ? 何が起きているんだ?」

 謎の爆発は、更に内部に恐怖心が増す。

「司令官! 空を!」

「うん? ……!」

 数機の飛行物体が、空を覆い尽くしていた。

 その機体には、日の丸と旭日旗が印字され、艦隊を狙っていた。

 飛行物体は、編隊を組み、綺麗な曲技アクロバット飛行を行う。

 ハンマーヘッドにテールスライド、キューバンエイト、ナイフエッジ 、ハートループを。 

 ブルーインパルスの様な華麗な技に、

「「「……」」」

 我を忘れ、水兵達は、見惚れてしまう。

 ロジェストヴェンスキーさえも。

「……美しいクラシーヴィ

 呟いた直後、異変に気付く。

 飛行物体には、操縦席が無い事を。

「無人、だと?」

 幽霊、と水兵達は、騒ぎ出す。

「おお、神よ! 救い給え!」

「糞! 撃て! 撃て!」

 神へ助命を乞う者、混乱して空に向けて発砲し出す者……

 艦隊の精神状態が、遂に崩れ、自壊が始まった。

 その時機で無人航空機の攻撃が、始まった。

 航空機関砲のブローニングM2重機関銃が火を噴く。

 ガガガガガガガガガ……

 機銃掃射により、船体と人体の多くが、開通する。

 風穴だけのがまだ、軽傷だ。

 人体が破壊され、臓器や骨が飛び散り、現場は、地獄絵図と化した。

 被弾した者は、断末魔さえ上げる暇さえ無く逝く。

 こうなっては、抵抗さえ出来ない。

「……」

 ロジェストヴェンスキーは、膝から崩れ落ち、完敗を悟った。

 ロシア皇国が誇る、バルチック艦隊の短い歴史は、ここで終わりを告げたのであった。


 戦場の様子は、ガンカメラで生中継されていた。

 二条城の視聴者は、大河、信長、家康、信忠の4人。

「「「……」」」

 大河を除く3人に言葉は無い。

「し、失礼します」

 余りの残虐さに信忠は、口元を抑え、最寄の厠に駆け込んだ。

 家康も目を背ける。

 今にも吐きそうだ。

 空爆に遭うバルチック艦隊は、次々とタイタニック号の様に沈んでいく。

 白旗を掲げた水兵が、映った。

「信長様、如何します?」

「……助けてやれ。もう、勝負は決した」

「は」

 大河が、スマートフォンを操作すると、攻撃が中断される。

 それを見た他の水兵も挙って、降参し出した。

 ハーグ陸戦条約は、言わずもがなこの時代に無い。

 信長次第では、殲滅も出来なくは無いが、余りにも非道が過ぎる故、流石の”第六天魔王”さえも彼等に同情したのだ。

「真田よ、貴様は、鬼だな?」

「そうですか?」

「これ程嬉しくない戦勝は、初めてだ……でも、褒美が必要だろう? 何が欲しい?」

「何も要りませんよ―――」

「いや、言ってくれ。無欲の貴様が怖いよ。諍いは、御免だ」

「……はぁ」

 本当に何も要らないのだが、信長は、大河から距離を取っていた。

 賢弟だったが、今では、恐怖の存在の様だ。

 内心では、義兄弟になった事を後悔しているかもしれない。

「……では、蝦夷地とその以北を下さい」

「分かった。松前には、儂から説明しておこう」

 領主の松前氏は、国替えになるが、反発は予想されない。

 あれ程の軍事力を前に、大河と敵対すれば、家毎潰されるのは、目に見えている。

 先祖代々の土地を手放すのは、悔しいだろうが、御家存続と天秤に量れば、勿論、後者だ。

「何故、そこが欲しい?」

「資源が豊富だからですよ」

 大河が指定した地域は、北洋漁業の海域の一部で、

・鮭

・鱒

・鱈(特にスケトウダラ

・鰊

・蟹(楚蟹が中心)

 等の海産物が豊富で、世界でも屈指の好漁場となっている。

 ロシアが手離せないのは、これが理由の一つだ。

「正直者だ」

 納得した信長は、その場で地図を書き換える。

 これで、

・山城国

・対馬国

・蝦夷地及びその以北

 が、大河の物になった。

 家康が、尋ねた。

「真田様、確認ですが、我が家とは、友好関係ですよね?」

「ええ。義兄の同盟者ですから」

「……今後とも千、稲を筆頭に宜しく御願いします」

『鳴かぬなら 鳴くまで待とう 不如帰』

 で有名な家康だが、目前で観たあの軍事力だと、流石にその我慢を削がれてしまう。

 大河を今川義元や武田信玄以上に恐れ、今にも三方ヶ原以来の脱糞しそうだ。

「家康様、今度は、言い訳しないで下さいね?」

「は?」

「次も『味噌』と仰るのであれば、是非、食べて下さいね? 自分は、要りませんけど」

「……はは」

 絞り切った乾いた笑い声を出すしかない家康であった。


[参考文献・出典]

*1:外務省国内広報課発行『われらの北方領土2006年版』

*2:『北方領』南方同胞援護会発行(1966年6月)4ページでは「カラフト島は是迄の通り両国の所領」とされたと記載土問題資料集

*3:西鶴定嘉 『樺太の栞』

*4:榎森進 『アイヌ民族の歴史』 草風館 2015年

*5:海保嶺夫『エゾの歴史』   講談社学術文庫版 2006年

*6:『古代の日本 第九巻 東北・北海道』 角川書店

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