第116話 先制攻撃
バルト海の軍港から出撃したバルチック艦隊は、
[第1戦艦隊 ]
戦艦:クニャージ・スヴォーロフ(艦隊/隊旗艦)、ボロジノ、オリョール、
インペラートル・アレクサンドル3世
[第2戦艦隊]
戦艦 :オスリャービャ(隊旗艦)、ナヴァリン
海防戦艦 :シソイ・ヴェリキー
装甲巡洋艦:アドミラル・ナヒーモフ
[第3戦艦隊]
戦艦 :インペラートル・ニコライ1世(隊旗艦)
海防戦艦:ゲネラル・アドミラル・アプラクシン、アドミラル・セニャーヴィン、
アドミラル・ウシャーコフ
[第1巡洋艦隊]
防護巡洋艦:オレーク(隊旗艦)、アヴローラ
装甲艦 :ドミトリー・ドンスコイ
装甲巡洋艦:ウラジミール・モノマフ
[第2巡洋艦隊]
防護巡洋艦:スヴェトラーナ(隊旗艦)、ジェムチュク、イズムルート
巡洋艦 :アルマース
駆逐艦 :ブイヌイ、ベドヴイ、ブイスツルイ、ブラーヴイ
[第2駆逐艦隊]
駆逐艦:グローズヌイ、グロームキー、ボードルイ、ブレスチャーシチー
ベズプリョーチヌイ
[随伴艦船]
仮装巡洋艦:ウラル
工作船 :カムチャツカ
輸送船 :アナディリ、イルツイシ、コレーヤ、ルーシ、スヴィーリ
病院船 :オリョール、コストローマ
……
これほどの大艦隊は、万和2(1577)年では、世界最強である事は間違い無い。
無敵艦隊の次は、このバルチック艦隊の時代なのだ。
然し、装備は良くても人心は、如何にもならない。
”雷帝”の恐怖政治と度重なる戦争で疲労困憊であった軍人達の間には、既に戦前から厭戦気分が漂っていた。
「なぁ、日本人と戦争する意味なんてあるのか?」
「全くだよ。中国人相手に糞忙しいのに。糞ったれ!」
軍人達は、嫌々訓練し、楽しむのは、食事だけ。
当然、練度も低下していく。
その上、日本の噂も結構、入って来る。
・戦闘機
・戦車
・ミサイル
……
その噂どれにも
特に後者は、
・津波
・嵐
・地震
を巻き起こす気象兵器である事から、先のスペインが敗れたのも、「三叉槍によるもの」と呼ばれる所以なのだ。
やる気も無いし、恐怖もあるバルチック艦隊に、ロジェストヴェンスキーは、困り果てていた。
(……日本までは、地球を半周せねばならんのだぞ? これで勝てるなら、この世界に正義は無いな。何時か事故が起きるかも)
著しく練度が低下したバルチック艦隊が事故を起こすのは、時間の問題であった。
そして、ロジェストヴェンスキーの予想は、的中する。
ある日の夕刻、北海を航行中、
「お、濃霧だな」
「視界不良。これも三叉槍様の御蔭かね?」
バルチック艦隊を濃霧が包み込む。
500m以上先は、見えない位、濃い。
航行するのにも勇気が要る。
「……ん?」
「如何した?」
「何だか、追尾されていないか?」
「何?」
水兵が振り返ると、軍艦の背後を何か光る物が、金魚の糞の様に尾行していた。
正体は、分からない。
何せ、光だけが頼りだから。
「……日本軍か?」
「冗談だろう? ここは、北海だぜ?」
「でも、鳥の様に飛ぶ物体を発明した国だぞ? ここ迄来ても可笑しくは無いだろう?」
「う……そうだな」
水兵達の間に恐怖心が高まって行く。
彼等は、日本人と会った事が無い。
どんな言葉を喋り、どんな服を着、どんな物を食すのかさえ知らないのだ。
その為、伝え聞く噂だけで日本人は、現代で言う所の宇宙人と思しき生物の様に見えて仕方が無い。
人類が諦めていた空を飛ぶ事を、世界で初めて実現させたのだから。
「「「……」」」
恐怖が次々と、水兵達に感染し、軍艦には緊張感が走る。
そして、夜も更けた頃、光が点滅したと同時に、それが爆発する。
「う……
誰かが叫び、弓矢を放つ。
それが鏑矢となり、水兵達が続々と小舟を出し、光の下へ漕いでいく。
「おい、馬鹿! 行くな!」
上官の制止を聞かずに独断専行。
水兵達は、刀や銃で光に飛び掛かり、斬り始めた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
「助けて!」
「ぐえ!」
人間が斬られ、撃たれ、射抜かれる音が、コールタールの様な真っ暗な海に轟かせる。
「中将、戦闘が始まりました!」
「何だと?」
報告に飛び起きたロジェストヴェンスキーは、軍刀を握り締め、現場に急行した。
「おい、何があった?」
「ひ、光が追って来たんです! 日本の奴等です!」
「何?」
目を擦って水兵が指差す光を見る。
数秒後、何かが見えた。
「! 馬鹿者! 今すぐ、攻撃を止めろ!」
「え? でも、日本軍が―――」
「馬鹿野郎! あれは、イギリスだ!」
「え?」
光を注視すると、それは、灯りであった。
その近くには、白地に赤い十字の国旗。
イングランドのそれである。
「! おい、イングランドだ!」
「本当だ! おい、皆、止めろ!」
偶然にも霧が晴れて、朝日が昇って行く。
「う……」
水兵達は、固まった。
自分達が虐殺し、占領した船は日本軍の軍艦ではなく、イングランドの漁船であったから。
イギリス人船員が、ほぼ無抵抗のまま殺されている。
ある者は、首を生きたまま切り落とされ。
ある者は、額を撃ち抜かれ。
ある者は、首や心臓に弓矢を受けていた。
「「「……」」」
非戦闘を誤認し、虐殺した事をバルチック艦隊は悟る。
「おお、神よ……」
ロジェストヴェンスキーは、膝から崩れ落ちた。
死者は、何も言わない。
何故?
どうして?
意味が分からず、殺された彼等は恨めし気にロシア人を見るだけであった。
太平洋戦争中にロサンゼルスの戦い、というものがある。
ロサンゼルスに日本軍が攻撃し、米軍が迎撃した―――という内容だ。
然し、実際には、日本軍は、アメリカの本土迄上陸する程の力は無かった。
事の真相は、今もって謎が多いが、要約すると、「ロサンゼルス上空に出現した未確認飛行物体を日本軍と誤認した米軍が迎撃し、米国民が大混乱になった」というのが、定説である。
昭和17(1942)年当時、日本軍は、米軍相手に連戦連勝で、前年末~同春にかけて、太平洋のアメリカ沿岸地域に展開していた潜水艦による通商破壊戦を実施。
西海岸沿岸を航行中のアメリカの油槽船や貨物船を10隻以上撃沈し、中にはカリフォルニア州沿岸の住宅街の沖僅か数kmにおいて、日中多くの市民が見ている目前で貨物船を撃沈する他、浮上して砲撃を行い撃沈する等、開戦以来日本海軍の潜水艦による攻撃行動が米加の太平洋岸地域で頻繁に行われていた。
更に日本海軍は、米加墨の太平洋岸を中心としたアメリカ本土攻撃を計画し、昭和16(1941)年末に計画された複数の潜水艦による一斉砲撃作戦こそ「降誕祭位静かに過ごさせてやれ」との意見で中止された。
然し、翌年2月23日午後7時(現地時間)に「伊号第一七潜水艦」(以下「伊17」とする)によりカリフォルニア州サンタバーバラ郡のエルウッド石油製油所(リッチフィールド油田施設)への砲撃作戦を行った。
この日本海軍船艇の砲撃による被害は少なかったものの、これはアメリカにとっては1812年戦争以降130年ぶりに本土に受けた攻撃であり、攻撃を受けたサンタバーバラ及びロサンゼルス一帯に、軍警のみならず民間にも大きな警戒を呼び起こす事になった。
これらの日本海軍艦艇による度重なるアメリカ本土への攻撃を受けて、当時のアメリカ政府上層部は、
「日本海軍の空母を含む連合艦隊によるアメリカ本土空襲と、それに続くアメリカ本土への上陸計画が開戦直後から1942年の初頭にかけて行われる可能性が非常に高い」
と分析していた。
実際に開戦直後にルーズベルト大統領は、日本陸軍部隊によるアメリカ本土への上陸を危惧し、陸軍上層部に上陸時での阻止を打診したものの、それに対して陸軍上層部は「大規模な日本軍の上陸は避けられない」として、日本軍を上陸後ロッキー山脈で、もしそれに失敗した場合は中西部のシカゴで阻止する事を検討していた(尚、実際に開戦後数週間の間、西海岸では日本軍の上陸や空襲を伝える誤報が陸軍当局に度々報告されていた)。
又、サンフランシスコやロングビーチ、サンディエゴ等の西海岸沿岸の主要な港湾においては、日本海軍機動部隊の襲来や陸軍部隊の上陸作戦の実行を恐れて、陸海軍の主導で潜水艦の侵入を阻止する防潜網や機雷の敷設を行った他、その他の都市でも爆撃を恐れて防空壕を作り、更には防毒マスクの市民への配布や夜間の灯火管制、映画館やナイトクラブの夜間の営業停止、警察や市民による沿岸警備等を行っていた。
そんな心理的状況下での「日本軍来襲」に、米国民や政府、米軍が、過敏になるのは、当然の事。
襲って来た「日本軍」に米軍は、迎撃するも、その破片が住宅街に落下し、民間人3人が死亡。
更に来襲に驚いた民間人3人も心臓発作で死亡している。
これらの死者は、太平洋戦争後、本土に於ける初めての民間人の死者となってしまった(*1)(*2)。
H・G・ウェルズの『宇宙戦争』をラジオドラマ化した際に聴取者達が大混乱した事件を凌ぐ大事件であろう。
米軍の失態は、これだけでない。
翌年の日本軍のキスカ島撤退作戦でも、緊張感の中、米軍はコテージ作戦を実行。
然し、日本兵が居ないキスカ島で同士討ちが発生し、
死者 :122
行方不明者:191
駆逐艦 :1隻 大破
したこれを、歴史の大家であるサミュエル・モリソンに「史上最大の最も実戦的な上陸演習」(*3)と言わしめている。
バルチック艦隊の場合は、同士討ちではないにせよ、非武装の民間人を虐殺したのは当然、戦争犯罪だ。
ロシア皇国は、直ぐに外交ルートを通じてイングランドに謝罪。
が、イングランド世論は、激昂した。
日英同盟が成った直後とはいえ、日露戦争にイングランドは参戦していない言わば、部外者であったから。
更に不味い事に、バルチック艦隊は遺体と漁船を返しただけで何も保障しなかった。
イングランド国民は、ロシア大使館を包囲し、投石を行う。
各紙も、
『海賊の所業』
『悪魔』
『狂犬』
と書き立て、読者を煽る。
”処女王”の怒りも収まらない。
ロシア大使を召喚し、
「最も卑劣な暴行事件である」
と非難した。
一方、日本の株は上がる。
事件を予期していたかの様に、大河が犠牲者の国葬に弔電を送り、日本大使も「本事件には我が国には無関係である」としつつ、国葬に参列した為だ。
悪の帝国の軍隊、と見られたバルチック艦隊は寄港地のスペインでは、接近され拒否される。
太平洋戦争末期の日本の様に、世界中を敵に回したロシア皇国は文字通り、孤立する。
「糞、ロジェストヴェンスキーの馬鹿が。よりにもよって、誤認するとは……」
首都のアレクサンドロフの宮殿に籠った”雷帝”は、爪を噛む。
出血する程に。
心理学的に
偏執病に侵されつつある”雷帝”は、心身共に疲弊していた。
家族を殺める位、その爆発が近付いている事は、誰の目で見ても明らかだ。
「父上」
「おー、息子よ。シベリアの馬鹿は、如何だった?」
「父上の御言葉を守り、鐘撞になる為の勉強をしていますよ」
「そうか……」
フョードルが万が一、帝位を目指すなら、”雷帝”も廃嫡を考えなければならない。
「……次は、何時、会いに行く?」
「半年後くらいですかね?」
「半月後に行け」
「随分、早いですね?」
「殺せ」
「!」
二度見した。
”雷帝”の瞳は、揺るがない。
「跡継ぎは、お前だけで良い。さすれば、家は、安泰だ」
「……は」
ロシアは、障害者に冷たい国の一つだ。
ソ連時代、「我が国に障害者は、存在しない」とし、モスクワ五輪を開催しなかった。
共産主義イデオロギーが「働かざる者、食うべからず」と労働に重心を置いていた為、障害者を「無価値」とみなす制度や風潮に繋がったと考えられている。
ソ連では障害者を施設に隔離する事が当然とされた。
その後継国のロシアでも、障害者の社会参加を促す動きは遅々として進まず、2015年初頭時点で労働適齢障害者の就業率は28%にとどまっている(*5)。
因みに日本の民間企業での障害者の就業率は、約15・5%である(*6)。
”雷帝”が実子をナチスの様に「生きるに値しない」と見るのも、後世のロシアの現状を考慮すると、然程、驚きではないだろう。
「……分かりました」
口では承諾するも、内心は違う。
(殺してやる)
愛弟よりも実父への殺意を募らせるイヴァンであった。
[参考文献・出典]
*1:『帝国海軍太平洋作戦史 1』学研 2009年
*2:『ルーズベルト秘録』産経新聞取材班 産経新聞ニュースサービス
*3:『アメリカ海軍作戦史』
*4:https://mbp-japan.com/aichi/coms-wold/column/2305423/
*5:https://www.iza.ne.jp/kiji/sports/news/160808/spo16080820280180-n1.html
*6:『平成28年版 障害者白書』
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