第115話 日英同盟

 活発な貿易の為、日ノ本各地には外国人居留地がある。

 長崎の出島、横浜や神戸等に。

 無論、首都の京にも存在し、滞在者の多くが外交官だ。

 イギリスも大使館を置き、他国同様、積極的に活動している。

 その大使、サトーは、和名を「佐藤」にする程、日本に馴染んでいた。

「……同盟か」

”処女王”からの書簡に、青年大使は、呟く。

 スペインを破った日ノ本―――正確には、真田軍であるが―――の軍事力は、脅威的だ。

 空軍に海軍に陸軍を創設し、日々、訓練場で実践さながらの訓練を行っている。

 赴任当初、空軍機の爆音の所為で不眠症になったが、今ではステルス機が発明され、安眠だ。

 精神を脅かす程、強大な軍事力を持つこの国とは、極力、敵対したくない。

 幸運にも帝は平和主義者らしく、日々、国民の生活を祈る祈祷を行うだけで、侵略者になる気は更々無い様だ。

 宰相の織田信長も、国内政策を中心に政治活動を行っている為、とても外征に行く余裕は無い。

 その義弟で山城国を統べる長、真田大河、という男も”一騎当千”という異名を持ちながら、非常に名君らしく、旅行や出張以外、山城国以外、出る事は殆ど無い。

 僅か1年程で浪人から知事にまで昇進した謎多き秘密主義者だが、自分の出自ルーツであるドイツの言葉や、英語にも堪能な為、話し易い。

「……思い立ったが吉日、だな」

 覚えたばかりの諺を早速活用し、書簡を携え、京都新城に赴く。


 登城する際は予約が必要なのだが、京都新城は、日ノ本一警備が厳しい。

 記録によれば予約無しで登城出来たのは、帝や勅使の他、大谷平馬なる少年だけ。

 彼等以外は、基本的に門前払いだ。

 然し、親しくなれば話は、別。

 赴任時からサトーは、大河に気に入られ、今では、親友の仲であった。

「……日英同盟ねぇ。良い話だな」

「ですよね? 如何です?」

「有難い話だ。朝廷と義兄には、俺から説明しておく。あと、サトー」

「はい?」

「”処女王”の署名、本国から貰えるか?」

「出来ますけれど? 何に使うんです?」

「飾るんだよ。ファンだからな」

 帝と朝廷に忠誠を誓っている大河は、根っからの王党派だ。

 シリアに居た時もサウジ人やタイ人から現地の王室の様子を詳細に聞く等し、興味津々であった。

「同盟の条件がそれなら安上がりです」

 後日、信長経由で朝廷にも説明がされ、日英同盟が、正式に成立した。

 詳細は、

・両国は、対等な立場であり、相互の内政に一切不干渉

・両国、又は、どちらかが一方が、攻撃を受けた場合は、共同で対処に当たる事

・相互の軍事的な交流を活発にする事

 であった。


 同時期、大河は平行して専守防衛に努める。

 日本近海に掃海をばら撒き、蝦夷地と北方領土、それに樺太に陸海空軍を配備。

 最新兵器と一緒に。

「「「……」」」

 アイヌ人は、真田軍の装備に驚き過ぎてドン引きしていた。

 無論、蝦夷地には商人に扮したロシア人諜報員がうようよ居る。

 彼等も又、一様に驚いている。

 彼等の為にも演習は、躊躇わない。

 見た事も無い軍用車両やミサイル、戦闘機は視認し、その実力を見ただけで、続々と職務を放棄していく。

 その話は、シベリアに居たフョードル1世の耳へ。

「……恐ろしいな」

”雷帝”の三男である彼は、病弱で軽度の知的障害があり、早々と後継者争いから脱落していた。

 正史では、同時代からの人々からの評判が悪い(*1)。

 同時代人「フョードルは極めて単純な人物であり、鐘を鳴らしたり、教会に行ったりする事で時間の大半を費やしていた」

 イヴァン4世「皇帝になるより、教会の鐘つきになれ」

 外国使節「小柄で痩せており、気が弱かった大公というより無学な修道僧の様だった」

 ―――

 父親に似た強面であるが、残虐さが無いのは、改心後の熊虎鬼●郎の様だ。

 丁度、会いに来ていた次男のイヴァンに話を振る。

「兄さん、父さんの次の相手は、手強そうだよ~」

「そうだな」

 次男にも関わらず、イヴァンは凛々しい顔だ。

 実父や三男とは違い、顎髭を全て剃り、太い眉に掘りが深い。

 玉座で錫杖を振るえば、様になるだろう。

「父さんはぁ?」

「怒ってるよ。女王が求婚を拒否し、日本人と手を組んだからな。腹癒せにモスクワ中の貴族を殺しているよ。全く、気違いだよ。親父は」

 イヴァンは、”雷帝”が長兄―――ドミトリーを溺死させた人物だと思っている。

 証拠は無いが、自分で調べた限り証拠は揃っている。

 動機は、偏執病。

 何れ、自分も殺すだろう。

「父さんに会いたいねぇ」

「止めとけ。錫杖で殴殺されるのが、オチだ。それよりも聖職者になるってのは、本当か?」

「うんぅ。鐘撞かねつきになるのが夢なんだぁ。父さんの夢だかねぇ」

「……お前が、羨ましいよ」

 苦笑いのイヴァン。

 苦労人の自分とは違い、フョードルは、気苦労が無い。

 その時、2人の間に何かが飛んで来る。

「「!」」

 ブワッと風を感じた。

 思わず、目を閉じる。

 ブロロロ……

 奇妙な音にイヴァンは、恐る恐る目を開ける。

「!」

 目前には、何かよく分からない物が浮いていた。

 後世では、無人航空機ドローンと呼ばれるそれだが、当然、この時代には、そんな物は無い。

 無人航空機は、その場でホバリングしたまま動かない。

 胴体部分のハッチが開き、木箱を落とす。

「……?」

 表紙には、赤いフィールドに金色の鷲が。

 鷲の頭には三つの王冠があり、胸には竜を倒す騎士を描いた赤いインエスカッシャンがある。

 紛れも無くロシア皇国の国章だ。

「……」

 よく見ると、その横には、見慣れない白地に赤い丸の国旗らしき物が、一緒に描かれている。

 開けると、白い紙が入っていた。

手紙ピスィモー?」

 呟くと、無人航空機は、頷いた様に動き、そのまま去って行く。

「……」

「にいさん、もういぃ?」

「ああ、去ったよ」

「はーい」

 フョードルは、無人航空機の後ろ姿を観るも興味無さげだ。

 そして、最後は、お絵かきを始める。

(……俺も自由に生きたいよ」

 内心で実弟を羨ましがりつつ、イヴァンは、手紙を内ポケットに隠したのであった。


 シベリアのホテルにて、イヴァンは、手紙を開ける。

 中身は、キリル文字で書かれ、

『今日は。親愛なる、イヴァン、フョードル。調子は如何ですか? 突然の手紙申し訳御座いません。自分は、日ノ本の貴族アリスタクラート・真田大河と申します。同封している絵画ジーヴァピスィ2作品を御覧下さい』

(絵画?)

 木箱の奥を見ると、ツルツルとした紙が2枚、同封されていた。

(……これが、絵画なのか?)

 初めて触れる写真にイヴァンは、戸惑う。

 絵とは思えぬ程、現実的であったから。

 1枚目の写真は、頭部を血だらけにした若い男性を中年男性が、号泣しながら抱き締めている。

 裏を見ると、題名が記されていた。

『Иван Грозный и сын его Иван 16 ноября 1581 года』(Илья́ Ефи́мович Ре́пин)―――『1581年11月16日のイワン雷帝とその息子イワン』(画:イリヤ・レーピン)と。

「!」

 思わず、叩き付ける。

 写真は、表になり、再び見てしまう。

「……」

 恐る恐るチラ見する。

 血だらけの彼は、確かに自分と似ていた。

(……予言書、か)

 直ぐに真意を悟る。

 恐怖は、数秒程。

 直後、興味が湧くのは、流石、”雷帝”の後継者であろう。

 2枚目も同じ様な写真で、頭部に包帯を巻いた男性が寝台に寝かされ、その横の玉座らしき椅子には、茫然自失の中年男性。

 これには、『自ら殺した息子の遺骸の傍に座るイヴァン4世』(画:ヴャチェスラフ・シュワルツ)との題名が付けられている。

「……」

 自分を殺した父親の様を、通常は見る事が出来ない。

 あれだけ憎悪していた彼の人間らしい一面を初めて見た気がする。

 かと言って、憎悪は変わり無いが。

 手紙の続きを読む。

『御兄弟に良心の呵責があるならば、是非、自分の計画に参加して下さい。自分は、”雷帝”とは違い、平和主義者ですから。返事は、ロジェストヴェンスキーにお預け下さい。君達の全てが上手くいきます様に』

「!」

 ロジェストヴェンスキーが、対日作戦の現場最高責任者である事は、国家機密だ。

 忠臣の最高幹部でさえも知らない者は多い。

 フョードルから又聞きした話や、精巧過ぎる絵画(正確には、写真だが)、更に国家機密を知る地獄耳……

 どれも勝てる要素は何一つ無い事を表している。

(……信用に値する日本人か)

 狙っていた蝦夷地等を混乱の最中、分捕った日本人は、正直、信用出来ない。

 然し、状況証拠からは、勝てる見込みも無い。

 スラヴ人の統一が出来れば、異人種の日本人などは、興味が無い。

(……国を取り戻してやる)


 ロシア皇国の出兵は、信長にも伝わった。

「上様、如何します?」

「猿、案ずるな。賢弟が全て上手くやる」

「は?」

 濃姫を抱きつつ、信長は、続ける。

「奴は、何でも上手くやるよ」

「……」

 目標が無くなった信長は最近、燃え尽き症候群シンドローム気味だ。

 内政は信忠に任せ、自分はほぼ隠居状態。

 悠々自適に濃姫と暮らしている。

 賢弟を持った事で満足し、趣味の茶道や相撲観戦等に興じている。

 後者に関しては、大河が創った日ノ本相撲協会の興行に度々、観戦し、その都度、同じ好角家の帝と激論を交わす程だ。

 無論、武芸も怠っていない。

 水泳や鷹狩、剣道等を行い、老いても尚、その筋肉は、保っている。

「上様は、これから何を?」

「さぁな。探すさ」

「……」

 織田家の家臣団も、最近では信長より信忠と会う機会が多い為、彼を当主扱いにする事が多い。

 天下人・信長は、鬼だった事を忘れた様に余生を過ごすのであった。


 1月の山城国は、他国と比べると目に見えて忙しい。

 その理由は、朝廷にある。

 元日 :四方拝(神嘉殿)

     歳旦祭の儀(宮中三殿)

     歳旦祭の儀に当たりお慎み(赤坂御所)

     晴の御膳(宮殿)

     新年祝賀(宮殿)

     新年祝賀の儀(宮殿)

     新年祝賀及びお祝酒(赤坂御所)

  2日:新年一般参賀(5回)(宮殿)

  3日:元始祭の儀(宮中三殿)

     元始祭の儀に当たりご遙拝・お慎み(赤坂御所)

 ……

 と、三が日だけで、行事が揃い踏みだ(*2)。

 国家元首であり、日ノ本の象徴でもある為、三が日から客人が絶えず、国民にも挨拶しなければならない。

 それを捌くのが、山城守・大河の仕事だ。

 朝廷に属していないが、稀にこういう貴重な業務を直々に指名される事があるのは、帝や朝廷から信用されている証拠と言え様。

 西陣織の和装に身を包んだ大河と誾千代は、早速、仕事を行う。

「信長様、あけましておめでとうございます。どうぞお入り下さい」

「うむ」

 大河が義兄の入室を許可すると、

「帰蝶様、南蛮の氷菓です。どうぞ」

「有難う」

 誾千代が、義姉をパフェで持て成す。

 2人が入って行くと、御門が上杉軍によって閉じられる。

 指揮するのは、無論、謙信だ。

「流石に人が多いわね」

「そうだな」

 織田家に外国の大使、宮内庁御用達の商人や皇族の御学友……

 名簿と照合し、

・顔

・名前

・指紋

暗号パスワード

 が一致すれば、入る事が出来る。

 その単純に顔パスだけではないのだ。

「でも、例年以上に警備を厳格化したわね? 来年以降も続くの?」

「続けるよ。来年は、謙信、休んで良い―――」

「嫌よ。貴方と居れるんだもの」

 甲冑をガチャガチャと鳴らしつつ、謙信は、抱き着く。

 誾千代も倣う。

「名誉な事よ。こんな機会、本当は皇宮警察や近衛兵しか出来ないんだから」

 普段は、彼等が警備しているが、今回は、真田軍と上杉軍の共同業務だ。

 24時間365日、御所や皇族を守る彼等にも休息しなければならない。

 今後は、彼等の業務を一部、真田軍が負担する様になる。

 大河が警備システムを強化したのは、未来の為であった。

 戦前だと、

・幸徳事件

・虎ノ門事件

・朴烈事件

・桜田門事件

・二重橋爆弾事件

 等。

 戦後だと、

・坂下門乱入事件

・ひめゆりの塔事件

・日光皇太子夫妻襲撃事件

・虹作戦

・皇居外苑汚物散布事件

 と当時の天皇や皇族が、テロの標的に遭った。

 だからこそ、今の時期から、警備を強化する必要がある―――と、大河は考えたのである。

 自衛官時代からテロの歴史を勉強した知識が、ここで発揮されるとは微塵も思わなかったが。

「そういえば、おろしや人の方は、どうなったの? 攻めてくるって専らの話だけど?」

「耳が聡いな」

「”軍神”よ」

 謙信は、鞘を大河の首に押し当てる。

 舐めるな、と言いたげに。

「専守防衛だよ。まぁ、玄人プロの俺に任せとけ」

「ぷろ?」

「然う言う事だ」

 公衆の面前で姫武将2人を抱き締め、大河は嗤うのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:宮内庁 HP

 

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