第113話 滴水成氷
万和元(1576)年12月25日。
「ぷれぜんとだぁ!」
華姫が、御菓子の詰め合わせを掲げ、走り回る。
「……美味しい♡」
「本当♡」
「……♡」
於国、朝顔、お江も幸せそうにクッキーやチョコレートを食べている。
その他の女性陣には、カクテルドレスだ。
「えへへ♡」
早速着替えた誾千代は、大河に見せびらかす。
サンタクロースは、言わずもがな彼だ。
本当はグリーンランド国際サンタクロース協会に依頼し、公認のサンタクロースを派遣してもらいたいたいのだが、残念ながら協会が出来たのは、昭和32(1957)年。
日本支部が発足したのは、平成10(1998)年の事である。
紛い物で黙らせる事も出来なくは無いが、彼女達を騙すのは、本意ではない。
そこで敢えて自分が、贈り主となったのであった。
そんな中、
「……」
カクテルドレスを手に取ったエリーゼは、固まっていた。
真っ赤なそれを見た時、彼女の中で何かが反応したのだ。
赤。
連想したのが、糸であった。
(……まさか?)
自分の小指と大河のそれを見比べる。
薄っすらとだが、糸で縛られた様な痕が、御互いにある。
「……タカユキ?」
「うん?」
大河が振り返った。
目尻、口元、耳、鼻……
当時の記憶が蘇り、大河のそれと重なっていく。
じわり、じわり……
エリーゼの目に涙が。
「……
「何がだよ?」
実弟の様に可愛がっていた大河だったら、初恋が成就したと言える。
又、彼とは、女性陣の中で最も付き合いが長い。
幼馴染、とも言えるだろう。
幼馴染は、失恋し易い立ち位置だが、幼馴染が絶対に負けないラブコメだ。
大河に抱き着いた。
「あの赤子がもうこんなに大きくなって♡」
「何の話だよ?」
「良いのよ。照れなくて♡」
何度も頬擦りし、赤子の時には出来なかった接吻を行う。
女性陣は、見て見ぬ振りを決め込む。
「お江も着てみる?」
「うん! 謙信様、有難う!」
精神病の彼女は、感情の起伏が激しい。
最近では、薬の御蔭で症状は出ていないが、この手には、もう慣れた。
「おい、昨日、散々、ヤッただろう?」
「良いじゃない?」
大河の唇を吸い、腰を振り出す。
こうなったら止められない。
仕方なく、大河は、抱き上げる。
「挑発した報いだ」
「期待するわ♡」
御姫様抱っこした後、誾千代達に目配せ。
済まんな、と。
良いよ、と彼女達は同様に返す。
言葉など要らない。
まさに阿吽の呼吸だ。
2人は、寝室に向かうのだった。
12月の異名を『師走』と言う。
この由来は、諸説あるが、「師匠である僧侶が、御経をあげる為に走り回る月」の意味を成す『師馳す』が、有力紙されている(*1)。
その為、信松尼は、忙しい。
在京の武田家家臣団が、ほぼ毎日、瀬田にある寺を訪れるからだ。
(自分で選んだ道だけど……流石に休みたいな)
夕方。
げっそりとやつれた顔で寺の掃除をしていると、
「御元気ですか?」
井●陽水っぽく挨拶し、大河が、やって来た。
言わずもがな、御供の愛妾兼用心棒と橋姫を連れて。
「! 真田様。御久し振りです」
畏まって平服する。
「いえいえ、お気遣いなさらずに。信玄公に年末の挨拶に来ただけですから」
「! そ、そうですか……」
大河の信玄に対する敬意は凄い。
瀬田を飛び地として山城国の一部に編入し、寺には、風林火山の軍旗を掲げる事を認め、四つ割菱の使用も快諾している。
山城国の一部でありながら、甲斐国の一部とも思しき優遇だ。
予告通り、仏壇に手を合わせ供花する。
「……」
信玄の仇敵を娶りつつ、尚も彼への敬意は、消えない。
「……終わりました。急な訪問にお応え頂き有難う御座いました」
「いえいえ。御茶でも如何です?」
「御疲れでしょう?」
「え?」
化粧で目の下のくまは、隠した筈。
慌てて手鏡で確認するも、何も無い。
「……?」
「分かりますよ。多妻ですからね」
「……」
女性陣が多い家庭に居る御蔭で、女性の疲労困憊や演技が、見破れる様になった。
常日頃から彼女達を注視している賜物であろう。
「命じます。これより、如何なる訪問を御断り下さい」
「! そ、そんな―――」
「過労死は、望みません。人質ならば、従ってくれますよね?」
「……は」
立場上、信松尼は、山城真田家の人質だ。
武田家が山城真田家に敵対しない、との意味を込めているのだが、大河自身、武田家と戦争する気は更々無い。
大河の鶴の一声により、寺は、直後、冬期休暇に入った。
寺が閉まった事で信松尼も京都新城で過ごす事になる。
流石に尼僧なので、降誕祭は、祝う事は無かったが、彼女自身、気にする事は無い。
「謙信様♡ 御久し振りです♡」
「信松尼、久し振り♡」
2人は、再会を喜ぶ。
信玄もあの世で仰天している事だろう。
愛娘と仇敵が、仲良しになっているのだから。
「ちちうえ~。としこしそば、じゅんびしよ~」
「もう準備万端だよ。大晦日楽しみにね?」
「うん!」
何時も通り、華姫は、べったり。
降誕祭で貰ったカクテルドレスを着て、大河の膝に収まっている。
太腿をこれ見よがしに見せるが、残念ながら養父にロリコンの気は無い。
その代わり、エリーゼ、千姫に背後から抱きつかれていた。
「タカユキ~」
「エリーゼ。人違いだぞ?」
「良い
降誕祭以降、エリーゼは、更にその愛を深めている。
どれだけ大河が否定し様とも、御覧の通り、聞かない。
千姫も。
「山城様、如何です。この香水?」
「ああ。そそるよ」
「では、次の当番日、御愉しみ下さい♡」
存分に抱かれて以降、これまで以上に性交が好きになった。
毎晩、しても飽きない程に。
「……ちちうえのたらし」
「違うぞ? 好色家だ」
訂正後がもっと酷いが、事実なので、誰も更に直さない。
華姫の頭を撫でる。
「絵本の方は、如何だ?」
「ちちうえをしゅじんこーとした『いせものがたり』かく』
「お~そいつは、凄いな」
『伊勢物語』は、絵本とは言えないが、彼女の脳内では、それなりの脚本があるのだろう。
実子ではないが、大河は華姫が興味を持った事は、否定せず、見守る方針だ。
その甲斐あって、華姫は絵本の他、ピアノや和楽器等、色々な事を趣味としている。
無趣味より多趣味の方が、可能性が広がる為、今後、華姫は、どれかを一本化し、その道を邁進するかもしれない。
「二条の后役は、誰なんだ?」
「わたし!」
本名を藤原高子(842~910)と言い、後に清和天皇(56代 850~881)の女御を経て皇太后になった。
『伊勢物語』『大和物語』等を史実とする見解からは、入内以前に在原業平と恋愛関係があったと推測されている。
又、彼女の入内が遅れた原因として単なる清和天皇の年齢の問題だけではなく、業平との関係が知られて後見である藤原良房が実際の入内を躊躇した可能性も指摘されている(*2)。
「でも鬼に食われるぞ?」
二条の后が、登場する『芥川』を要約すると、
―――
『ある男がある高貴な姫君を妻にしたいと思いました。
そして、何年もの間求婚し続けましたが、想いが遂げられなかった為、あろう事か、ある夜、その姫を盗み出したのです。
男が芥川という川の畔に姫を連れて行った所、草の上におりていた露を見て、「(光っている)あれは何?」
と、男に尋ねました。
夜も更けてしまい、雷が凄く激しく鳴って、雨も酷く降ったので、男は荒れ果てた蔵の奥に、姫を押し入れました。
そして、弓・胡簶を背負って戸口に座り、早く夜も明けてほしいと思いながら座っていた所、鬼が忽ち姫を一口に食べてしまったのです。
姫は、
「あれえ」
と言いましたが、雷が鳴る大きな音でかき消され、その声を男は聞く事が出来なかったのでした』
この話の男は在原業平で、盗み出した姫は藤原高子(後の清和天皇妃)だ。
業平は、東宮に輿入れ予定の姫を盗み出すも、鬼=高子の兄達に奪い返される逸話が基だ。
この事件から約1年後、2人の思い出の場所を訪れて業平が詠む。
『月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身一つは もとの身にして(この月は以前の月ではないのか、春は去年の春と同じ春ではないのか、私1人だけが以前のまま取り残され、辺りの物は皆変わってしまった)』(*3)
―――
教科書でもこの章段は、採用されている事がある為、現代でも知っている人々は、多いだろう。
大河も学生時代に習った。
大河の不安を余所に華姫は、自信満々に答える。
「だいじょーぶ。ちちうえがまもってくれるから」
「人任せかよ?」
「まもってくれるでしょ~?」
誘う様な視線で問う。
「守るよ。全力でな」
笑顔で応じ、大河は、華姫を抱き締める。
「あ♡」
華姫が求めていた100%以上の回答と態度だ。
「「……」」
一瞬、見せた華姫の「女」にヤンデレ・コンビは、見逃さない。
(強敵になりそうね)
(山城様、まさか自分で御作りになった民法を破る気はありませんよね?)
大河の女好きは、想像以上だ。
「「……」」
密かに2人は、華姫を仮想敵に認定するのだった。
大晦日。
大掃除を終えた山城真田家では、年越し蕎麦を食べる。
『笑ってはいけない』や『紅白歌合戦』が無いこの時代、家族で過ごすのが、日常だ。
家臣団や女中も実家に帰省し、この時期ばかりは、家族や親しい者しかいない。
小太郎やアプト、信松尼も一緒だ。
警備兵が無人だが、警備システムには、問題無い。
平賀源内御手製の赤外線や、無人機、ロボットが、天守以外のありとあらゆる場所を設置、或いは行き来し、ルパン●世やゴ●ゴ13、キャッ●アイでも侵入は、困難だ。
今年最後の夕食は、豪勢だ。
・焼肉
・鋤焼き
・サラダバー
・唐揚げ
・フライドポテト
・寿司
・刺身
……
子供から大人迄大好物な料理が並ぶ。
調理者は、全員だ。
「苦労したね?」
「うん。苦手」
指を絆創膏だらけにしたのは、朝顔と於国。
大河に包丁捌きを習ったが、やはり慣れない物はすべきではない。
何本か指詰めしそうな程、危なかった。
その度に大河が、助け、指は、両手共五体満足だ。
「真田様、料理、御上手なんですね?」
「趣味の一つだからな」
今でこそ「主夫」という言葉がある様に、男性が家庭の調理場に立つ事は珍しくないが、この時代は、その務めを果たすのは、女中や妻だ。
大河の場合は、恐らく、日ノ本で唯一だろう。
茶々は、主夫を否定せず、大河の手料理を一口で気に入る。
「『からあげ』と言いますの? 美味しいです」
「兄者、隠し味何?」
「生姜と胡椒だよ」
「何だか大人っぽい」
お江やお初も同意見だ。
大食い王決定戦の様に唐揚げを爆食いする。
楠、稲姫、アプトは、鋤焼きしか食べない。
「神戸牛って美味しい♡」
「この松坂牛も美味しいよ♡」
「ウマウマ♡」
数時間かけて用意した夕食は、僅か小一時間で完食。
「げっぷ」
「華、はしたないぞ?」
「ごめんなさい」
妊婦の様にお腹を大きくした華姫は、大河の膝へ。
夕食前より5kgは増えたのでは? と勘繰る程、体重は増え、体はまんまるだ。
押したら坂道を転がって行くかもしれない。
「真田、美味しかったよ。有難うね?」
橋姫も満足そうで大きくなった自身の腹を擦る。
「全員、正月太り確定だな」
「失礼ね」
誾千代が、日本酒を御猪口に注ぎつつ、抗議。
「全部、美味し過ぎる料理を作った貴方の所為よ」
彼女も又、ほんのり、ぽっちゃり化済みだ。
フライドポテトにハマり、その口元は、べたついている。
その様すら大河には、愛おしい。
「絵になるな」
「え―――ひゃ♡」
べろんと。
口元を大河が舐める。
塩と口紅の味がした。
「もう何するの?」
「可愛かったから」
「じゃあ、御返し♡」
大河を抱き締め、その体を思いっ切り感じる。
年末でもこの感じだ。
2人は、死ぬ
図った様に各地の寺が、除夜の鐘を突き始める。
事前に「ばらばらにならぬ様に」と大河が厳命した御蔭で、何百ものそれが重なり、近隣諸国に迄届く様な大音量だ。
「じゃあ、蕎麦だな」
「え~、もうたべれない」
華姫が、再びげっぷする。
他の女性陣も蕎麦に手を出すのは、遅い。
揚げ物を食べ過ぎた為、胃に空き地が無いのだろう。
「自業自得だ」
子供の様に無邪気に笑った後、大河は蕎麦を
[参考文献・出典]
*1:https://boxil.jp/beyond/a5395/
*2:鈴木琢郎「摂関制成立史における「応天門の変」」『日本古代の大臣制』塙書房 2018年
*3:https://wabisabi-nihon.com/archives/17211
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