第112話 寸草春暉

 新生児は試行錯誤の末、『クロダ・タカユキ』となった。

 由来は、第442連隊戦闘団の英雄、

 1、ロバート・トシオ・クロダ(1922~1944)二等軍曹

 2、テッド・タカユキ・タノウエ(1919~1944)一等軍曹

 だ。

 タカユキの頬をドイツ系ユダヤ人の幼女が、指でつっつく。

「エリーゼ、怪我するかもしれないから止めなさい」

「ごめんなさい。おじーちゃま」

 それでも初めて見る東洋人に興味津々らしく、傍から離れない。

「抱っこして良い?」

「重いぞ?」

「だいじょーぶ」

 エリーゼは幼女であるものの、鍛えているだけあって、タカユキを御姫様抱っこしても均衡を崩さない。

「……かわい~」

「赤子は、誰でも可愛いものだ」

「……」

 タカユキをじっと見、そして薄毛を撫でる。

 泣く事が仕事な赤子なのだが、この子の場合、一切、泣かない。

 余りにも泣かないので、心配する発レベルだ。

「……」

 何を思ったのか、エリーゼは突如、タカユキの小指と自分の小指を赤い糸で結ぶ。

「何してる?」

「かわいーからしょーらいけっこんしよーかと」

「ほー、早いな」

「はやいうちにつばつけとかないと。ほかにとられちゃうからね」

 運命の赤い糸は、中国に発し東アジアで広く信じられている、人と人を結ぶ伝説の存在だ。

 いつか結ばれる男女は、足首を赤い糸(赤い縄)で結ばれているとされる。

 この赤い糸を司るのは月下老人(「ユエラオ」とも)という老人で、結婚や縁結び等の神だという。

『太平広記』に記載されたこの神に纏わる奇談『定婚店』から(『太平広記』は類書であり、その中に納められた李復言の『続玄怪録』の『定婚店』)、仲人や結婚の仲立ちをする者を指す者を「月下老」という様になった。

 日本では、「足首の赤い縄」から、「手の小指の赤い糸」へと変わっている。

 赤い糸に力があるという考えは世界各地に見られる。

 ユダヤ人の間では、邪視の齎す災いから身を守る為に赤い毛糸を左手首に巻くという習慣セグラがあり、アメリカ等にも幸運のお守りとして広まっている。

『トーラー(=教え)』ユダヤ法、或いは伝承カバラにもこうした習慣への直接の言及はないが、一般には伝承に基づいた伝承とされ、ベツレヘム近郊のラケルの墓所には今も参拝者が巻いた赤い糸が多数見られる(*1)。

 その為、意味に若干の差異はあれど、赤い糸自体にはジャックもエリーゼも違和感はない。

「新生児に惚れたのか?」

「うん。かわいーんだもん♡」

「初恋?」

「たぶん」

 イスラエルの婚姻適齢は、

 男性:無制限

 女性:16歳以上(16歳は裁判所の同意が必要)

 と定められている(*2)。

 ジャックは、考える。

(どの道、この子は、天涯孤独だ。婿にするか?)

 分家の愛息だ。

 抵抗は無い。

 エリーゼも初対面で懐いている手前、波長も合うのだろう。

 大人になれば、分からないが。

「当主様、御客様です」

「ん?」

 執事が、スーツの東洋人を連れて来た。

 訪米中の防衛庁長官(現・防衛大臣)・板垣その人である。

 僧侶の様につるっぱげな頭に、ちょび髭は、加〇茶が演じる人気キャラクターの1人、禿親父を彷彿とさせる。

「……」

 ジャックは、警戒した。

 何を隠そうこの板垣という男は、改憲派であり、又、歴史修正主義者としてアメリカの保守派から警戒されている危険人物なのだから。

「突然の御訪問、御許し下さい。孫を引き取りに来ました」

「はて? 国防長官と会談中では?」

「よく御存知で。国防長官は、御忙しいらしく、予定時間よりも少々、終わったのです」

「……」

 話す板垣の視線は、タカユキに定まったままだ。

 エリーゼは、怯え、ジャックの背後に隠れる。

「孫、というのは?」

「そちらの新生児です。うちの馬鹿息子が、貴家の御令嬢を孕ませた償いとして引き取りに来たのです」

「……成程。御親族でしたか」

 醜聞を揉み消す事が出来る位だ。

 防衛庁が喜び勇んで協力を行うのは、やはり、長官程の高位者が関与していなければ難しいだろう。

「馬鹿息子は、不倫の責任を取り、切腹させました」

「何?」

「御写真です。見ますか?」

 胸元から写真を取り出す。

「……エリーゼには、見せないでくれ」

「承知しています」

 ジャックにだけ見せる。

 腹を日本刀で掻っ捌き、首が無い死体が、映っていた。

 近くには、夫の首が転がっている。

「……分かった」

 吐き気を抑えつつ、ジャックは写真から目を背けた。

 写真を直すと、板垣は、続ける。

「慰謝料も相応の額を御用意しています」

「……何故、この子に固執する? 醜聞は終わったんだろう?」

「馬鹿息子が撒いた種とはいえ、家族ですからね。多民族国家のこの国より、生まれ故郷の祖国の方が、過ごし易いかと」

 暗に「アメリカには、差別がある」と聞こえた。

「……」

 否定は出来ない。

 現に、アジア人やアフリカ系、アラブ人、ヒスパニック系は、差別の対象だ。

 世界最大にして唯一の親以国であるにも関わらず、ユダヤ人への差別も存在する為、アメリカのそれは、根深い。

「……この子の実家に直接言わないのか?」

「実家の支配者が、貴方様ですよね? Mr.ゴールドバーグ」

「……」

 分家に力は無い。

 支配権は、常に本家にある。

「……分かった」

 エリーゼからタカユキを奪う。

「! おじーちゃま?」

「御免ね。この子は、生まれ故郷に帰るんだ」

「いや!」

 エリーゼが追いすがるが、ジャックは断腸の思いで板垣に渡す。

「有難う御座います」

「……その代わり、しっかり育ててくれよ?」

「承知しています。長居して申し訳御座いません。では」

 タカユキを抱いたまま板垣は、最敬礼し、去って行く。

「おじーちゃま!」

「御免ね。でも、分かってくれ。この国では有色人種は、住み難いんだ」

「そんな!」

 大泣きするエリーゼ。

 実弟の様に可愛がり、且つ、初恋の人を同時に奪われたのだ。

 その悲痛な想いをジャックは、如何する事も出来ない。

 何度も何度も叩かれるも甘んじて受け入れる。

「償いは、必ずするからな」

 

 日本での倭の様子は、モサドを通じて、ジャックにも伝わっていた。

 写真を見て、頬を緩む。

(……元気そうだな……)

 ちらっと、エリーゼを見ると、

「……」

『タカユキ』と名付けた人形を抱いて離さない。

 目は虚ろで肌は、ボロボロだ。

 ジャックが可愛がったジュニア・モデル顔負けの美少女は、居ない。

「……エリーゼ」

「なあに?」

「日本人に惚れたのか?」

「……うん」

「そうか……」

 ジャックの家の多くは、杉原千畝に助けられた過去から親日家だ。

 実際に日系人や日本人と結婚する者も多い。

 日系の家も、その家庭で枝になったのだ。

「じゃあ、手っ取り早く逢える方法を教えてやろう。若しかしたら成長したタカユキと再会出来るかもしれん」

「! ほんと?」

「ああ」

 そう言って、ジャックが見せたのは、『I Want YOU for Israel Defense Forces.』―――『イスラエル国防軍には、君が必要だ』と題された軍人募集のポスターであった。

 言わずもがな、イスラエルは、世界的にも珍しい男女徴兵の国の一つだ。

 ポスターは、国外在住のイスラエル人に向けての物で、ジャックの家からも沢山の人々が、徴兵を経験している。

 ポスターを見て彼女は、興奮した。

「おお~」

 直ぐに虜になり、志す。

「なる!」

「良い子だ」

「でも、なったら、どうやってあわせてくれるの?」

「俺を誰だと思ってる? 国民の義務させ果たせば不老不死以外、何でも叶えられる権力者だぞ?」

「おお~。かっこいい~」

 本当に権力者だから、欲する物は、基本的に何でも手に入る事が出来る。

 次の言葉を飲み込む。

(サンジェルマン伯爵で良かったよ。後は、タイムマシンだけだな)

 ジャックの本性は、サンジェルマン伯爵。

 都市伝説上の謎に満ちた男性だ。

 錬金術の御蔭で不死の力を得た彼は、自分が何歳なのかさえ分からない。

 残りの夢は、タイムマシンを発明し、ヒトラーやスターリン等の反ユダヤ主義者をこの世に出さない事だ。

(いっその事、2人に俺の夢を託してみるか?)

 この時の発案が、後に成就するのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:諸外国における成年年齢等の調査結果 法務省

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