第111話 四鳥別離
『―――今日、我が国の市民。
私達の生活と自由が計画的且つ致命的なテロリストの
犠牲者は、旅客機の乗客、
飛行機が
この大量殺人行為は、混沌と後退に追い込む為でしょう。
然し、その企みは、失敗です。
我が国は、強大です。
テロリストの攻撃は、我が国で最も巨大な建物を揺るがせますが、我が国の根幹に触れる事は出来ません。
鋼鉄を粉砕する事が出来ますが、我が国の強固な意思の鋼を傷付ける事は出来ません。
我が国が
誰もこの灯火を消す事は、出来ないでしょう。
今日、我が国は邪悪さという人間の最悪の特性に遭遇しました。
そして、私達は我が国最良の特性で対処しました。
最初の攻撃を受けて即座に政府の緊急対処計画を実行に移しました。
我が軍は、強力で即応体制に置かれています。
我が国の緊急事態班は、ニューヨークとワシントンで地元の救援活動を支援しました。
私達の第一の優先行動は、負傷者への支援であり、全世界に居る国民を攻撃から守る体制を採る事です。
政府の機能は、滞りなく継続しております。
避難していたワシントンの連邦諸官庁は、今夜、主要官僚により再開されつつおり、そして明日にも業務を再開します。
財政・金融機関は、力強さを保っており、国内経済も業務を再開するでしょう。
これらの卑劣な行為の背後に居る首謀者達の捜査は、進行中です。
情報当局と司法警察機関の総力を真相解明と容疑者を訴追する為に注力する様、命令を下しました。
我々は、テロリスト達と支援者達を区別しません。
共に一連への行為への強い非難を行った連邦議会議員達に感謝します。
国民に哀悼の意を示し救援を申し出てくれた世界多くの指導者の皆様に感謝します。
我が国と私達の友邦、同盟国は、世界平和と安定を望む人々に加わり、テロリズムに勝つ為に共に立ち上がります。
今夜、祈って下さい。
深く悲しんでいる全ての人々と世界を粉々にされた子供達や安全や治安が脅かされた人々の為に。
私は、詩編23篇の中で述べられている様に祈ります。
「死の陰の谷を歩いても恐れません。
皆様が共に居るからです」
今日と言う日は、全てのアメリカ人が、正義と平和の下、一致して決意する日です。
アメリカは、敵を屈服させてきました。
今回も私達は、実行するのです。
誰一人この日を忘れないでしょう。
私達は、自由と善良な物と世界正義を前進させて行きます。御清聴に感謝します。
お休みなさい。
アメリカに神の御加護を』
———
神妙な面持ちの大統領の表情が、アメリカの心情を表していた。
報道機関は放送自粛名簿を作成し、反戦歌等を放送禁止にする。
これとは、逆に盛んに国歌が流され、毎日、テレビには星条旗が翻る。
マスコミが、アラブ系をテロの首謀者と断定し、アラブ系への憎悪犯罪が横行しだす。
そんな中、新生児はある老人宅へと預けられた。
当主が可愛がる。
「本当に小さいのぉ」
ジャック・ゴールドバーグは新生児に何度も頬擦りし、頬への接吻も厭わない。
が、口同士は虫歯菌の感染がある為、流石に自重している。
部下が尋ねた。
「当主様、割礼の方は、如何します?」
「そうだな……」
割礼は、ユダヤ人にとって避けては通れない。
———
因みにユダヤ人がセレウコス朝シリア王国に支配されていた時代には、割礼が禁じられて違反者は死罪になった記述がある(*禁止自体は第1の1:48、具体的な刑罰例は第2の6:10にある)。
この伝統をユダヤ人は、遵守しているのだ。
然し、近年は性感染症の危険性から避けられる場合もある。
これはイスラム教徒だが、イタリアで割礼の手術を受けた乳幼児が、医療事故により死亡する事例も相次いでいる事から当然だろう。
その為、割礼反対派の
これは保守派では反対され、改革派には是認されているが、改革派の中でも一般に行われていない為、今でも賛否両論だ(*2)。
イデオロギー的に保守派のジャックだが、割礼に関しては、感染症予防の観点から反対派だ。
「……この子は、親友の生まれ変わりだ。医療事故で死なせたくない」
「では?」
「……割礼はしない。この子は同胞だが、自由に生きて欲しい」
ゴールドバーグ家は大きく、跡継ぎ候補は沢山居る。
この日系の家も枝の一つに過ぎない。
政争に巻き込まれる可能性は、低いのだ。
「棄教は?」
「本人が決める事だ」
多くの日本人には、ユダヤ人を外見で区別する事は難しい。
なにせ2千年以上、世界中に離散した結果、東洋系やスラブ系、アフリカ系、中東系等、沢山の人種が混在している。
その為、民族宗教でありながら、多人種なのだ。
例えば、歴代首相の顔触れを見ると(*3)、
ベン=グリオン(1886~1973 在:1948~1954、1955~1963)→ポーランド系
シャレット (1894~1965 在:1954~1955) →ウクライナ系
エシュコル (1895~1969 在:1963~1969) →東欧系
メイア (1898~1978 在:1969~1974) →ロシア系、ウクライナ系
ベギン (1913~1992 在:1977~1983) →ポーランド系、ロシア系
シャミル (1915~2012 在:1983~1984、1986~1992)→ポーランド系
ペレス (1923~2016 在:1984~1986、1995~1996)→ポーランド系
シャロン (1928~2014 在:2001~2006) →ウクライナ系
と、出自がばらけている。
ユダヤ法や帰還法等の定義では、ユダヤ教に改宗する場合には(*3)、
・ユダヤ人の母から生まれた子供
・或いは、ユダヤ教に改宗した者
と、されている。
(……名前を考えなきゃな)
母親が名付ける前に早逝した為、この子は名無しだ。
極力、ユダヤ系の名前を名付けたいが、いかんせん、この子は現状、日本人でもある。
―――
『・
・
・
・
・
―――
取り敢えず、WWII中、ユダヤ人の保護に貢献した日本人を書き連ねていく。
ふとテレビを観ると、その年、MVPを活躍した日本人野球選手が、映っていた。
(……『イチロー』は、荷が重いな)
と言う訳で、泣く泣く樋口案は廃案へ。
樋口と鈴木は別人だが、似た様な名前をアメリカ人が勘違いし、この子に変な期待と圧力を加える可能性がある。
新生児を名前負けさせたくない。
ジャックなりの配慮だ。
千畝も外国人には、発音し辛い。
かと言って、彼が「センポ」と名乗った通り、名付けると、今度は日本で通じ難くなる。
ジャックとしては、ノーベル賞を推したい位の恩人だが、残念ながら廃案だ。
(何だか楽しくなってきたな)
好々爺は、新生児を抱きつつ、思案に没頭するのであった。
[参考文献・出典]
*1:『創世記』17:9~14
*2:ウィキペディア
*3:『帰還法』第4条 1970年改定
*4:ヘンリー・スコット・ストークス『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』 訳:藤田裕行 祥伝社新書2013
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