第92話 心慌意乱

 大河を捉えた弾丸は彼の胸部に被弾し、心臓を掠めていた。

 銃弾は体内で留まる事は無く、背中から排出される。

「……ごほ」

 吐血した大河は、落馬。

「? 真田? ……嘘でしょう?」

 慌ててエリーゼが駆け寄るも、大河は動かない。

 辛うじて、口を動かす事が出来る位だ。

 だが、狙撃直後でも、大河は、機知ウィットに富んでいた。

「Honey, I forgot to duck.(ハニー、僕は避けるのを忘れていたよ)」

「……馬鹿」

 引っ叩きたい衝動に駆られるが、エリーゼは何とか耐える。

 そして、傷口を診た。

「……大丈夫、貫通している」

「そりゃあ良かった」

 万が一、弾丸が体内に残っていたら、摘出手術を行う必要がある。

 貫通しているのならば、その可能性は低くなった。

 何方どちらにせよ、早急の治療が必要なのは、変わり無いが。

 銃声に気付いた雑賀衆が、駆け足でやって来た。

「居たぞ! 討ち取れ!」

「信長の義弟だ! 殺せ!」

 鶫と小太郎は、M16で応戦する。

 橋上で銃撃戦が始まった。

 銃声に驚いた馬達は、逃げていく。

 武器は、連射出来るM16の方が断然、上だ。

 然し、人数と遮蔽物が無い彼女達の危険度は、遥かに高い。

 大河は、胸部を抑えつつ、指示を出す。

「逃げろ!」

「し、然し、主―――」

「命令だ!」

「……了解!」

 小太郎は、尚も応戦する鶫を無理矢理、引っ張る。

「逃げるわよ!」

「でも、若が―――」

「命令よ!」

「……」

 家訓にもある様に、大河の命令は、絶対だ。

 それを覆す事が出来るのは、朝廷のみ。

「私は、嫌―――」

「俺もだよ」

 苦笑いしつつ、大河はエリーゼの首に手刀を入れる。

「か……」

 一瞬にして意識を奪われ、彼女は気絶した。

「小太郎、担げるか?」

「はい!」

 頷く小太郎は、今生の別れを意識しているのか、涙目だ。

 エリーゼを担ぐ横で、鶫は大河の手を取った。

「若……」

「案ずるな。いずれ行く」

「「……」」

 行くが「逝く」にも聞こえ、2人の不安は、更に増大する。

 雑賀衆が迫る。

「行け!」

「「……は!」」

 2人は、不承不承に頷くと駆け出す。

 振り返らない。

 振り返ると、決心が揺らぐから。

 彼女達が越境した所を視認すると、大河の前に孫市がやって来た。

「ほぉ……従者を優先させるのは、流石、名君だな?」

「あんたは?」

「雑賀孫市。その首、貰う」

「……はっはっはっはっは」

「気でも違ったか?」

 吐血しながら大河は、大笑い。

 その様に雑賀衆も戸惑う。

「おいおい、気違いじゃなーか?」

「演技かもしれんぞ?」

 M16とベレッタを置く。

「降伏か?」

「まさか」

「じゃあ、如何する?」

「こうするのさ」

 それらを蹴り落とす。

 と、同時に自らも川に落ちた。

「! 逃がすな! 撃て! 撃て!」

 川底に向かって、火縄銃が撃たれる。

 長篠合戦の様な三段撃ちで。

 然し、大河は浮き上がって来ない。

 漁師や海女が飛び込んで血眼になって捜索する。

 漁師が叫んだ。

「だ、駄目です! 銃も死体もありません!」

「糞……何て野郎だ。死に体なのに泳げるとは……念の為、上流、下流も探せ」

「「「は!」」」

 指示を出した孫市だったが、期待はしていない。

 雑賀衆きっての漁師と海女が探しているのに何も見付からないのは、水流を利用して逃げた、と解釈するのが妥当だろう。

 見た所、重傷にも関わらず、水死を恐れず、川に飛び込むのは、並大抵の神経ではない。

(信長が気に入る訳だな)

 

 二条城では、信長が動いていた。

「雑賀衆め。治安を乱してよって。猿、賢弟の方はどうなっている?」

「現在、捜索中です!」

「死体でも良いから探せ! 金柑頭きんかんあたま(明智光秀)、御所の方は、どうなっている?」

「帝が『賊軍』と激怒し、皇軍を率いる準備を始めています」

「それは嬉しいが、帝に万が一の事があったら大変だ。絶対に御所から出させるな。無論、皇軍もな」

 皇太子の時代から大河を評価していた帝は、忠臣を傷付けた雑賀衆に激しい敵意を抱いていた。

 2・26事件直後の昭和天皇の様に。

 雑賀衆としては、朝廷と敵対する意思は無いのだが、大河は朝廷が任命した『山城守』であり、又、朝顔の夫でもある。

 皇族でなくても、朝廷に近しい人間であるが為、当然の事だ。

「錦旗を掲げよ。雑賀衆は賊軍ぞ! 全員、根切りだ!」

「「「は!」」」

 泣く子も黙る織田家家臣団が動く。

 鬼柴田―――柴田勝家。

 槍の又佐―――前田利家。

 猿―――羽柴秀吉。

 金柑頭―――明智光秀。

 ……

 誰もが大河ドラマで主役級を張った名武将達だ。

 織田軍だけでない。

 上杉軍と真田軍からなる連合軍も負けてはいない。

「……」

 軍神・謙信は、毘沙門天を模した鎧兜を装着し、無言で指揮を執る。

 島左近や宮本武蔵等は、特殊部隊の格好で、闇夜の中に居た。

 平賀源内が開発した暗視スコープの性能は、現代並だ。

 体温を感知するそれを付けた連合軍は、非戦闘員の居なくなった街で、思う存分に力を発揮する。

「(こちらアルファ。三条大橋に3人。攻撃アタックの許可を下さい)」

「(こちらブラボー。攻撃アタックを許可する)」

 敵味方を識別する「山」「川」等は有り触れている為、連合軍は、大河が導入した通話表フォネティックコードを導入していた。

 当然、こんな合言葉は、何処の戦国大名にも無い。

 重複する事が無い為、同士討ちの可能性も限りなく低くなる。

 忍者の様な忍び足で近付いたアルファ―――島左近は、消音器付きのM16を乱射。

「ぐわ!」

「ぎゃ!」

「ぐえ!」

 ほぼ0距離で撃たれた敵兵は、遺言も無く逝く。

 同期の宮本武蔵は、得意の剣術で活躍する。

 愛刀・無銘金重むめいかねしげを振るい、島左近同様、忍び足で斬って行く。

 静かに首や胴を一刀両断していく様は、まさに剣豪だ。

「お、御慈悲を……」

「……」

 敵兵の命乞いも無駄に終わる。

 連合軍は、このツイン・タワーの御蔭で苦戦する事はない。

”殺しの軍団”である彼等に、雑賀衆も徹底抗戦する。

 謙信が座する本陣に向かって銃撃や斬り込み等を行う。

「上杉謙信、覚悟せよ!」

 今回も又、10数人の集団が突撃する。

「上様、御逃げ下さい!」

「その必要は無い」

 床几しょうぎから立ち上がると、謙信は、手招きする。

 来い、と。

「……嘗められた物だ」

 隊長格の美男子が、進み出た。

「やぁやぁ、我こそは、沙也可! いざ、尋常に勝―――」

 ブスリ。

 刺突音の後、沙也可の胸が盛り上がる。

 振り返ると、無表情の楠が日本刀を突き刺していた。

 切っ先には、心臓が突き刺さり、天高く掲げられていた。

「……」

 遅れて、死が訪れる。

 レオ○ルドン並の退場の速さだ。

「「「な……?」」」

 部下達は囲まれ、連合軍に捕まる。

「謙信、又、していい?」

「楠、好きだね? 誰から習ったの?」

「夫よ」

 1人の捕虜が”新国崩し”の砲口に縛り付けられた。

「お、おい、嘘だよな……?」

「夫は何処?」

「知らねーよ! 本当に! 俺達も探しているんだって!」

有罪ギルティ

 死刑宣告後、アームストロング砲から木製の砲弾が、発射される。

 瞬間、捕虜の体は四散した。

「「「……!」」」

 余りの残虐さに他の捕虜達は、嘔吐する。

 失神する者も現れた。

 こんな死に方なら、先程の刺殺の方が、まだマシだろう。

 楠が行っているのは、インド大反乱(1857~1858)の際、英軍が行った捕虜への処刑だ。

 人間は時に、神をも恐れぬ程、残虐になる事が出来る。

 現代では明らかな戦争犯罪だが、雑賀衆は少ないながらも市民を殺傷している。

 処刑場には、その遺族が立ち会っている為、少々、過激だが、「法治主義に則った死刑執行」と言えなくも無い。

 決して、私怨だけではないのだ。

「さぁ、有益な情報を出しなさい」

「「「……」」」

 楠の圧倒的な迫力に捕虜達は、魔女裁判並の理不尽さを覚えた事は言う迄もない。

 

 御所では、帝が朝顔と会っていた。

 御簾越しだが、会話は進む。

「朝顔さん、御元気ですか?」

「はい。御配慮頂き有難う御座います」

 答える朝顔に生気は無い。

 睡眠不足と栄養不足なのだろう。

 大河が行方不明と伝わってから約数時間で、老けている。

「それで、その者は?」

「エリーゼ様です。我が家の捜索隊の隊長です」

「エリーゼです。陛下と御会い出来て光栄です」

 彼女達が着ているのは和装の黒留袖。

 大河からの購入したそれを2人は、愛おしそうに着飾っている。

「災難だったな。今回の一件は、朕も注視している」

 直後は、激怒していたが、時間の経過と共に帝も冷静さを取り戻している。

 然し、相変わらず怒っているのは変わりが無い様で、御簾の向こうから発せられる怒気は、凄まじいものだ。

 エリーゼが田中義一並の精神の持ち主であったら、彼の様に切腹(説)していただろう。

「山城は、朕も高く買っている。無事を祈って祈祷もしている。案ずるな。彼は、死なない」

「「……はい」」

 帝の励ましに2人の肩が震える。

 身に余る御言葉だ。

 異教徒であり、異人のエリーゼも、昭和天皇のカリスマ性に圧倒されたアメリカの大統領の如く、小さくなる。

 現代まで続く「皇帝エンペラー」だけあって、その後光は、まさに神の如く。

 帝は、続けた。

「彼は、生きている。絶対に」


 大河の生存説と死亡説が錯綜する中、本人の意識は現代に居た。

 寝台上で、レ〇ター博士の様に口と手足を拘束されている。

 目の前に居るのは、老人。

 彼の事は、テレビで観た事がある。

 ロックフェラー家、ロスチャイルド家と並ぶ世界有数の財閥、ゴールドバーグ家の当主―――ジャック・ゴールドバーグ。

 破壊ポグロム大量虐殺ホロコーストを生き延びたユダヤ人世界では、唯一神ヤハウェの次に尊敬されている生き字引だ。

 困難な時代に生まれた為、生年は今もって分かっていない。

 一説によれば、若くて100歳。

 老いても120歳とされる。

 その癖、外見は30代と超若々しい。

「初めてまして。ジャック・ゴールドバーグだ。宜しく」

 綺麗な日本語に、綺麗な会釈。

 文化面に関しては、知日派の様だ。

「……」

「おっと、その口じゃ返答もままならんなぁ? おい」

 ジャックが目配せすると、傍に控えていた”不沈艦”の様な大きな体の用心棒(?)が、口元の拘束具を外す。

「……有難う御座います」

「済まないな。手荒な真似をして。だが、分かってくれ。我が家としても君を心底信用している訳ではないんだ」

「……」

「先ずは、あっちの世界での玄孫やしゃごの話を聞かせてくれ。時間は、十分にあるからな」

 急かすその顔は、当主ではなく玄孫を気にする好々爺のそれであった。

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