第93話 悪因悪果
ユダヤ人の中には、所謂、『失われた10支族』の消息をナチ・ハンターの如く執拗に追う機関がある。
―――アミシャブ。
その消息を調査し、帰還運動を推進する1975年に設立された調査機関だ。
ユダヤ人大富豪のジャック・ゴールドバーグはその設立に関与し、当初から日ユ同祖論に注目していた。
「そうかそうか。向こうで幸せだったか」
「……失礼ですが、Mr.ゴールドバーグ。自分が見ていたのは、
「
即座に答えたジャックは、にこやかに微笑む。
「向こうの世界で君は、働き過ぎだ。今は休憩時間だよ。又、戻ってくれ」
「……
「簡単な話だ。我が家が魔女の家系だからだよ」
「魔女?」
「ああ。魔女狩りは、
「……」
現実主義者の大河は、言葉だけでは信用出来ない。
ジャックは、
「見せてやる。貴国で言う所の『論より証拠』をな」
指を鳴らすと、不可視の空間から札束が出てくる。
それも日本円が。
100万円程の札束は、まるで羽が生えた様に空中を飛び、大河の手元に収まる。
手を離しても離れない。
まるで
「……」
「まだ信じられぬか? じゃあ、これなら如何だ?」
今度は、
すると、目の前に眼帯を装着したダヤン将軍が現れる。
「!」
イスラエル軍の軍服を着けた英雄は、大河の手を掴んだ。
感触は、生身の人間のそれだ。
幽霊の様に透明なものではない。
大河は、将軍に関節技を極められる。
「……参りました」
「本物、と認めるか?」
「はい。ただ、まだ半信半疑が強いですが」
「正直者だな」
怒る事無く、ジャックは、頷く。
直後、札束とダヤンは消失した。
「元々、日本には、戦前に河豚計画という魅力的な話があった。日本は、仇敵の同盟国であったが、我々とは直接敵対していない。
「……」
「だから、鞍馬の天狗と話し合って、君を飛ばそう、という話になったんだ」
「? 天狗と知り合いなのですか?」
「ああ。
笑顔でジャックは歴史書を渡す。
「君が作った世界だ。正史を
「……」
「そろそろ、時間だ。帰るんだ」
ジャックの手により、大河は無理矢理、目を閉じらされる。
と、同時に強烈な眠気が襲う。
何かの魔法をかけられたのかもしれない。
「もう帰って来るな。過去の人よ。元気でな?」
意識が遠のく中、ジャックが別れの挨拶を行う。
大河も返答したい所だが、睡魔は居眠り病並に強い。
薄れ行く意識の中で大河が最後に見たのは、歴史雑誌の表紙を飾る自分の肖像画であった。
大河が消えた後、ジャックは世界地図を見る。
戊辰戦争等の戦乱を得ずに緩やかに明治維新を遂げた日本は、唯一の核保有国として世界に君臨していた。
核ミサイルは、あくまでも自衛目的の為にあって、使用された例は無い。
・日清戦争
・日露戦争
・WWI
を戦勝国で終えた日本は、WWIIには、参戦せず中立を維持。
アメリカ、フランス、イギリス、ロシアと並ぶ5大国の一角を担い、世界最強の軍事大国でありつつ、平和国家になっていた。
中国は、満州民族が支配する満州国が支配し、中国共産党政権は存在しない。
朝鮮半島も満州国の属国である李氏朝鮮が、存続していた。
欧州でもWWI後、ナチスが台頭し、ユダヤ人が弾圧されるも、日本やアメリカ、満州国、マダガスカル(当時は、仏領)が亡命先として自薦した為、
史実で犠牲者となったアンネ・フランク等は、亡命先で平穏無事に過ごし、その生涯を終えている。
ナチスはその後、ソ連と独ソ戦を繰り広げ、共倒れ。
両国はアメリカの支援の下、再建し、今では、親米国と位置付けだ。
「歴史を改竄した奴に感謝だな」
六芒星旗にジャックはウィスキーを献杯するのであった。
次に大河が目覚めると、天狗と目が合う。
「……?」
「気付いたか? 死にぞこないめ」
大河は、寝台の上に居た。
鞍馬寺の天狗は、医者並の手際の良さで傷口を縫合していた。
「危なかったな? あと数mmずれていたら、あの世だったぞ?」
「……ここは?」
以前の廃寺とは違う、立派な和室だ。
火灯窓からは、月の光が差し込んでいる。
唯一和風ではないのが、六芒星旗が掲揚され、本棚には、『旧約聖書』が置かれている事だ。
天狗の私室なのかもしれない。
「重傷のまま、武器を背負って遠泳するのは、骨が折れただろう?
日本では、 少数が旅鳥もしくは冬鳥として渡来する。
記録は全国からあるが、南西諸島では春の渡りの時期に毎年通過する。
秋田県、長野県、広島県では繁殖の記録がある。
生物学者として有名だった昭和天皇も関心を持っていた様で、戦後、皇居に1個体が飛来した時は、昭和天皇は皇居の庭に降り立った八頭を見る為、双眼鏡を持ってくるよう侍従に命じた。
然し、里芋の一品種である八頭と勘違いした侍従は「お芋を見るのに双眼鏡が何故居るのですか?」と聞き返したという(*1)。
又、2008年には、建国60周年記念事業として投票で国鳥に選ばれた。
但し、
―――
『鳥の内、次の物は、貴方方に忌むべきものとして、食べてはならない。
それらは忌むべき物である。
即ち、
・
・
・
(省略)
・
・
・
・
―――
『但し、次の物は食べてはならない。
即ち、
・禿鷲
・髭禿鷲
・鶚
(省略)
・
・
・
・蝙蝠』(*3)
―――
とある様に、ユダヤ教では、避けられている鳥だ。
「失礼します」
女性が入って来た。
「ジュジュ、『入って来るな』と言ったろう?」
「だって、
膝上約25cmの超ミニスカートに細い眉毛。
ナデ●アの様なこんがり焼けた肌色……
16世紀に大河は、ギャルと出逢った。
天狗とは似てもに使わない容貌だ。
「じゅじゅ?」
「そーよ。人間、漢字分かる?」
「ああ」
天狗の実子らしく、女性は空中に文字を書く。
———
『呪々』
———
と。
発音からして歌手の様なアルファベット表記を連想したが、禍々しい漢字とは思わなんだ。
「へー、可愛い顔して結構、あくどい事してんじゃん?」
「していないぞ?」
「分かってるわよ」
神通力で何でも御見通しの呪々には、嘘が通じない。
横から天狗が、
「手を出すなよ?」
ぎろり、と睨み付ける。
「もう娶りませんよ。今だけで十分、幸せですし」
「……如何だか」
天狗は、その長い鼻を揺らしつつ、傷口を包帯で巻く。
「それでここは、何処なんです?」
「天狗だけの村だよ。人間が来たのは、数百―――いや、約1千年振りかな? 大和朝廷の時の帝以来だ」
「……」
「はい、そこまで~」
レフェリーの様に呪々は、割って入り、天狗を部屋の外へ追い出す。
「何をする?」
「御父さんばかり独占して、私にも人間と話させてよ」
「お、おい!」
天狗がどれ程抵抗し様にも呪々には、何故か勝てない。
横綱相撲の如く、押し出される。
バタンと扉が閉まり、脱出出来なさそうなごつい南京錠で雁字搦めに閉じられる。
振り返った呪々の額には、牛の様な角が生えていた。
「……鬼?」
「察しが良くて助かるわ。見ての通り、天狗と鬼との
「……」
それなら天狗の父親よりも腕力で勝るのは、当然な話だ。
「あんたの事は、色々、こっちでも噂なのよ。膃肭臍並の性欲の強さってさ」
「……」
何となくだが、大河には分かった。
エリーゼ以上に面倒臭そうな女に目を付けられた、と。
―――
『村の名前を『徐福村』と言う。
その名の通り、始皇帝が日本海に放った徐福が住み着いた
京都府伊根町の伝承では、徐福は同町に辿り着いたとしている。
町内にある新井崎神社付近は菖蒲や黒節の
高い文化や技術を習得していた徐福は村人に慕われたので、当地に上陸後、故郷に帰る事無く村に滞在したといわれ、近隣で麻疹が流行して多くの村人が亡くなった際に、徐福を新井崎神社に祀った所、救われたと伝えられる。
現在も同社には徐福が祀られており、所蔵する古文書『新大明神口碑記』にも彼の事が記されている(*4)』(*1)
―――
伝承通りだとすると、ここは、伊根町なのかもしれない。
彼等は、人間を初めて見る様で、窓から大河を見ている。
「貴方が御父さんが認める人間ね」
M16とベレッタを返す。
「あれ? 直ってる?」
「ええ。魔法でね」
自慢気に呪々は、胸を逸らす。
その胸囲は、エリーゼと同じ位だ。
大河好みの大きさなので、彼も内心、興奮を禁じ得ない。
尤も、愛妻家なので、誘惑する気は更々無いが。
「有難う」
受け取ると、直ぐに
「強迫観念?」
「いや、何時もの癖だ。で、俺は、何時帰っていいんだ?」
「帰りたいの?」
「ああ。家族が心配だからな」
「大丈夫よ」
寝台に呪々は、座る。
「皆、無事だから」
「それなら良いが……それでも帰りたいな」
「じゃあ、どうしてしないの?」
「監禁したんだろう? しないんじゃなくて出来ないんだ」
「あら、聡明ね」
大河とて馬鹿ではない。
呪々が人間ならば、気絶させてでも逃げ出したい所だが、人外となると話は別だ。
人間が勝てないのは、人外と天災である。
他は、対策を施せば、極論で言えば被害は0に出来る。
然し、前者二つは、如何し様も無い。
「私は、人間と違って約束は遵守するから安心して頂戴。彼等は、賊軍でしょ? 何れ、天罰が下るわ」
「下すのは、あんた達か?」
「さぁ? 神のみぞ知る事よ」
「……」
この後、呪々の予言が現実の物となる事を大河は知らない。
スペイン風邪の大流行で終戦が早まったWWIの様に。
戦争は、時に奇妙な理由で終わるのだ。
今回の政変も又、同様に。
徐福村は、丹後国の1地域でありながら、その主権が及んでいない。
謂わば、独立国家の
その理由としては、エルフが棲んでいそうな程、深い森の中にあるからだ。
又、廃村でもある為、人々の興味も引かない。
妖怪達は、人間の目を気にせず、好き勝手に生活していた。
例えば、鬼族は村に不用意に侵した山賊を捕まえると、生きたまま食っている。
天狗は、女天狗と逢引し、大猫は河童と共に骸骨で蹴球を行っている。
殺伐とした空気は無い。
非常に平和的だ。
「……本当に出れないんだな?」
「結界だからね」
大河に首輪した呪々は、頷く。
2人は、村の外れに居た。
あと一歩踏み出せば、村から出れるのだが、それ以上は、手を伸ばす事も出来ない。
時折、山伏等が近くを通るが、こちらを見ない辺り、彼等には、妖怪や大河の姿を視認出来ない幻術がかけられている様だ。
「これで、納得出来た?」
「ああ。で、俺は、これからどうなるんだ?」
呪々が指パッチンすると、先程居た部屋へ戻る。
流石、妖だ。
人間に敵う訳が無い。
「本当は、食い殺したい所だけど、可愛いから特別に赦しちゃう♡」
「有難う」
童顔でなければ、
愛玩動物になった彼だが、決して、脱出を諦めた訳ではない。
秘策は、リマ症候群だ。
鬼の彼女に通じるかは、分からないが、成功すれば、万事解決である。
「さぁ、次は、御伽草子を読み聞かせて」
「はいよ」
呪々に引っ張られ、大河は渋々、付いて行く。
その様を電柱の後ろから、星明子の様に鞍馬天狗が覗いていた。
「……」
腕力で勝てない娘を如何したものか、と考えているのだろう。
大河も華姫がグレたら、おろおろとするばかりかもしれない。
(何処の親も一緒か?)
天狗に同情する大河であった。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
*2:律法『レビ記』11章13~19節
*3:律法『申命記』14章12~18節
*4:丹後建国1300年記念事業実行委員会『丹後王国ものがたり 丹後は日本のふるさと』2013年
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