第91話 幸災楽禍

 さかのぼる事、数時間前。

 大河達が丹波国に居た時、

「……? 何者だ? 貴様?」

「我等、攘夷党! 御免!」

「ぐわ!」

 町民に偽装した攘夷党によって二条古城が、包囲された。

 立哨りっしょうしていた門番が斬殺され、雑賀衆が侵入する。

 その数、1千。

 訓練中であった真田軍であったが、直ぐに建て直し、反撃に出る。

 城内の至る所で斬り合いや銃撃戦となった。

「何事?」

「は、立花様。『攘夷党』を名乗る雑賀衆の一味かと」

 報告者・島左近も返り血を浴びたのか、頬に血が付着している。

大方様おおかたさま、御避難下さい」

 宮本武蔵の勧めに、誾千代は首を横に振った。

「名代として最後まで戦います」

「誾、駄目よ」

 副官の謙信が、反対する。

「私達は、避難するの」

「え?」

「非常時、私達、避難する取り決めよ。決定者は、真田だから」

「! 聞いてないけれど?」

「だって軍の最高司令官は、私だから」

「え?」

「分からないの? 真田は貴女を戦場に出したくないの。無論、他の皆も。私も」

 謙信は、泣き出しそうな華姫を抱き締める。

「だから、名代は貴女だけど、指揮権は私にさせているのよ。さ、避難するわよ」

 誾千代の手を取ると、謙信は畳を裏返す。

「!」

 そこには、秘密の隠し扉が設置されていた。

「左近、武蔵。頼んだわよ?」

「「は!」」

 近代の軍隊式に最敬礼すると、2人は駆けて行く。

 敵は多いが、こちらには織田軍と上杉軍が常駐している。

 織田瓜と毘沙門天の軍旗が共闘する様は戦国時代、あまり無かった。

 扉を開けると、1人分入れる大きさの隧道すいどうが続いていた。

 数メートル先には、三姉妹や千姫等の姿が。

「さ、早く」

「う、うん……」

 後ろ髪を引かれつつ、誾千代は隧道に入った。


 城下町では、市街戦が行われていた。

 木造家屋は焼き討ちに遭い、路上には、避難しそこねた民の死体が積み重なっている。

 幸い、大河は有事に備えて、街の至る所に避難所を設置していた。

 予備兵がそこで避難民を守って為、雑賀衆も攻撃する事は出来ない。

 もっとも、民を殺傷するのは、雑賀衆の本意に非ず。

「……何処だ? 朝顔様は? 探しているのか?」

 孫市の問いに家臣は、焦った顔で答えた。

「は! 二条古城を占拠しましたが、城内には神隠しの様に人が消えています!」

「? 真田軍も?」

「は! 織田軍、上杉軍と共に二条城と御所に徹底した様です! 両方には現在、戦車が配置され、侵攻は不可能かと」

「御所の方は賊軍になりたくはないから、侵攻はしない。我が敵は信長と真田だ。徹底的に探せ!」

「は!」

 籠城するかと思いきや、即、戦車ごと撤退するのは、非常に違和感がある。

 御手製の玉座に乗った池田も困っている。

「まさか……撤退するとは、孫市、何故、彼等は撤退したんだ?」

「さぁ? 名君の真田ですから、最小限の反撃し、死傷者を極力、少ない様にしたんでしょう」

「……凄い判断力だな」

 あくまでも、孫市の推察だが、当たっている様に思う。

 捕虜も1人も居ない。

 捕まえても、徹底抗戦する為、逃げられるか殺すかだ。

「如何します? 二条古城に入城しますか?」

「いや、その前に奴の首を見たい。今、奴は何処に居る?」

「間者によれば、丹波国を移動中の様です」

「殺せ」

「もう刺客は放っています」

「早いな」

「玄人ですから」

 恨みは無いが、大河は依頼人・池田の夢を叶えさせる為に非常に邪魔な存在だ。

 孫市は、真っ青な空を見た。

 麒麟の様な形をした雲が浮かんでいる。

 その目は、天に歯向かった2人を睨むかの如く。


 丹波国では、未だ大河達は、移動中であった。

 強雨の中、東屋で暫く過ごした後、晴れた時機タイミングを見計らい、移動する。

 異常気象は人間には、如何し様も無い。

 気象兵器があれば、何とかなる可能性もあるだろうが、この時代にそんな物は当然無い。

 京まで数十キロメートルまで来た時、

「……」

「主、如何しました?」

 笑顔から一転、厳しいかんばせに小太郎は、気付く。

「第六感というべきか……虫の知らせがするな」

「は?」

「……」

 念の為、鶫は軍刀を握る。

 大河から下賜された洋刀サーベルを彼女は毎日、手入れし、鞘を大人の玩具代わりにする程、愛用しているそれを使用するのは、初体験だ。

「……小太郎、御客さんだ」

「え?」

 叢をうごめく何か。

 猪の毛皮を羽織っているが、凝視すると、人間である事が判る。

「……エリーゼ?」

 瞬間、不審者が躍り出た。

 毛皮を脱ぎ捨てると、現代風のギリースーツを身に纏ったエリーゼと目が合う。

 大河は、下馬する。

「……大河?」

「ああ。如何した?」

「城が……」

「何だ?」

「攻め落ちた」

「「「!」」」

 大河に抱き着き、わんわんと泣く。

 二条古城からここまで数十キロメートル

 得意の隠密行動で大河を探していたのだろう。

 その危険だった事は、エリーゼの頬の切り傷や、汗臭さから分かり得る。

 エリーゼが落ち着くまで、大河はその背中を優しく撫でる。

 永遠と思える様な長い時間を。

 ずっと。


 訳を聞いた大河は、

「……成程な」

 驚く事も動転する事も無い。

 何時も通り、ゴ●ゴ13並に冷静沈着だ。

 愛妾達には、こういう時、「人の心が無いのではないか?」と常々思ってしまう。

「A計画を決めておいて正解だったな」

「え?」

「有事の時は、全部、謙信に任せておいたんだよ。皆、無事なんだろう?」

「う、うん……」

「まぁ、エリーゼがこっちに来るのは、想定外だったがな。でも、無事で良かったよ」

 エリーゼと抱擁し、その命を確認する。

「……ひっぐ、ひっぐ……大河ぁ……」

「泣き虫だなwww」

 よだれを垂らす程、落涙するエリーゼを、大河は笑顔で更に強く抱く。

 2人の反応は、非常に対照的だ。

 愛妾達は、囁き合う。

「(主ってずるいですよね? 全然、弱い所見せませんから)」

「(そこが若の長所であり短所だよ。まぁ、狡いのは、分かるけどね)」

 エリーゼは顔を上げ、大河を真っ直ぐ見た。

「……ひっぐ」

 そして、再び泣き出す。

 恐らく、1リットル以上は泣いているだろう。

 今後、激しい頭痛が彼女を襲う筈だ。

「鶫、頭痛薬あるか?」

「は。こちらに」

 有能な鶫は、これだから、大河も手放す事が出来ない。

「エリーゼ、後で飲め」

「う、うん……有難う」

 受けとると、大河は、漸く離れる。

 一生、抱擁して欲しかったエリーゼだが、言わずもがな、不可能だ。

「疲れただろう? さ、乗って」

「良いの?」

「ああ」

「……」

 エリーゼが馬に乗ると、大河はその後ろへ。

 大河が手綱を握る。

「……私、やっぱり―――」

「休んどけ。落とさない様にするから」

「……」

 可愛い笑顔で言われ、エリーゼは何も言えなくなってしまう。

 シリアでは上官と直臣であったが、こっちでは、立場が逆転していた。

 身分上、大河が大名、エリーゼが平民である事も関係しているのだろう。

 大河の胸に顔を埋め、エリーゼは、全てを彼に捧げる。

 大河が出張で居なくなった際、必ず彼の部屋に侵入し、その布団で臭いを嗅いでいる為、彼女は実物が、必要以上に愛おしく感じる。

「……えへへへ♡」

 エリーゼの満足そうな顔に鶫も大満足だ。

 正妻を目指していたが、彼女の偏愛を見ると、純愛は到底勝てない事を知っているから。

 小太郎が、親友の手を握る。

「大丈夫?」

「大丈夫。愛妾でも幸せだから」

「……そう」

 本人が「幸せ」と言っている以上、小太郎もそれ以上の事は出来ない。

 が、幸せは、短かった。

 偽装していたとはいえ、エリーゼは、外国人。

 それなりに目立っていたのだろう。

 追撃者チェイサーに発見される。

「真田山城守大河殿、御命頂戴致す!」

 やはりくさむらから足軽が出て来た。

 それも3人。

 エリーゼをわざと見逃し、追って来たのだ。

 槍を突き出すも、大河は手刀で叩き落とす。

「う!」

 驚いた足軽の首筋を、鶫の軍刀が貫いた。

 残り2人。

「く!」

 今度は、1人が槍を振り上げ、撲殺を図った。

 が、”一騎当千”には、通じない。

 エリーゼを抱き締めたまま、ベレッタ92を発砲。

「!」

 9x19mmパラベラム弾は、足軽の額に風穴を開ける。

 残り1人。

 虚を突いたつもりだったが、余りにも強過ぎる大河に、足軽は負けを覚悟した。

「こ、降参だ……!」

「小太郎」

「は」

 クナイを抜いた小太郎は、腰が抜けた足軽のアキレス腱を切り裂く。

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」

 大河に調教された彼女は、その残虐性も継承している。

 小太郎に慈悲は無い。

 無表情で腹部や背中、頭を突いて行く。

 使用しているクナイは先端が錆び付き、とても実用には不向きだ。

 然し、こういう場合は例外である。

 刺し難いからこそ、苦痛は延々と続く。

 又、万が一、生き延びた場合でも破傷風を発症するかもしれない。

 結局の所、小太郎に目を付けられた場合、死ぬだけなのだ。

 幼気いたいけな少女は、大河と出逢ってからは鬼畜に変わった。

 数十分後、足軽は体中に穴を作り、死んでいた。

 返り血を浴びた小太郎が、振り返る。

「主、終わりました」

「よくやった」

 常人ならドン引きする所だが、異常者・大河にその心は無い。

 小太郎の頭を撫でつつ、

「一旦、二手に別れた方が良いだろう? 2組だと捕まる率が少なるくなる―――」

「じゃあ、私は、大河と」

「私も主と」

「若、御願いします」

 2組案は、廃案になった。

「……分かったよ。小太郎、自衛権を許可する。急ぐぞ」

「は!」

 いざ、京へ。


 追われる身となった一行だが、危機的状況下を好機に覆す事が出来なければ玄人ではない。

 農民や市民に偽装カモフラージュした便衣兵の追撃を容易に躱しつつ、丹波国と山城国を繋ぐ橋まで着く。

 橋の名前は、沙川さがわ橋。

 戦国時代、間者や捕虜の交換で使用された為、別名『帰らざる橋』とも呼ばれている。

 特に応仁の乱の際は、敵味方が状況によって入れ替わり立ち替わった為、この橋の上での戦闘は、苛烈を極めたという。

 橋の両側には、無縁仏が無数にあり、昼間でも人は少ない。

 山城国では心霊スポットとして有名で、時折、肝試しに来る子供やカップルが来る。

 が、当然、大河達にはそれを楽しむ余裕は無い。

 立ち止まれば死。

”一騎当千”な大河やイスラエル軍兵士のエリーゼには、余裕なのだが。

 油断大敵。

 流石の2人でも、人間であるが故、危ない事は変わりない。

 時刻は、日付が変わった午前2時。

 現代並に街頭が無い為、辺りは真っ暗。

 ———

『野盗注意』

 ———

 の看板が、恐怖心を煽る。

 叢に隠れ、様子を伺っていた大河は、

「……居ないな。よし、いくぞ」

「ええ」

「「は」」

 馬に乗ったまま、足音に気を付けつつ、越境する。

 山城国は、大河の統治下だけあって滅茶苦茶安全だ。

 極端に言えば、丹後国をソマリアだとすると、川を隔てた山城国は、日本といった感じだ。

 尤も、政変になった山城国もアフガニスタン並に急速に悪化しているのだが。

 兎にも角にも、越境すればこちらの物だ。

 敵兵に気付かれない様に。

 国会で野党が与党の法案に反対し、行う牛歩戦術並にゆっくり、ゆっくり歩く。

 あと、数歩で越境成功。

 そこまで来た。

 然し、振り向けば奴が居る。

 後方には、孫市が木造住宅の屋根に寝そべって、大河を狙っていた。

「……」

 火縄銃が火を噴く。

 銃声に驚いた大文字がいななく。

 その刹那、大河を銃弾が貫いた。

「「「!」」」

 暗闇の中、3人は訳が分からない。

 数瞬、遅れて先程の音が銃声であった事に気付くまでは。

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