第89話 遠交近攻

 信長の基本方針は、遠交近攻だ。

 その名の通り、遠い国々と仲良くし、近隣諸国を攻める。

 然し、朝鮮出兵等の様な愚行は犯さない。

 現在、絶賛衰退中の明とはいえ、まだまだ力があるからだ。

 又、ロシア皇国のイヴァン雷帝が明と朝鮮半島への侵攻作戦を検討している様なので、明等を巡ってロシア皇国と対立するのば、大河の進言もあり非常に危険だ。

 ここは明の存亡に注視しつつ、内政を優先する。

「上様、これは?」

「義弟がまとめた提案書だ。非常に分かり易い」

 二条城では、信長が家臣団を集めていた。

 森蘭丸が、黒衣の様な格好でめくりを見せ付けている。

 それには、大きく『中央集権国家構想』と墨で書かれていた。

 (・∀・)ニヤニヤ←こんな顔で信長は、続ける。

「日ノ本は、大名が独自の軍を持ち、税収も法律も言葉もバラバラだ。外国が攻めて来た時、大名同士がいがみ合っている場合では無い。今後は日ノ本が親。我等は子なのだ。その為には急進的だが、各々の軍を解体及び統合し、『国軍』にしたい」

「「「!」」」

 どよめく。

 余りにも予想外な事に家臣団の頭がついていかないのだ。

「更には、国が守るべき法律―――『憲法』を作る」

「けんぽう? 少林寺拳法ですか?」

「猿、耳を削がれたいのか?」

「ひえ」

 秀吉は、後退り。

 信長に冗談は、通じない。

「兎にも角にもこれは、決定事項だ。賢弟には逆らうな。良いな?」

「「「は!」」」

 信長の鶴の一声に家臣団は、従うしかなかった。


 一方、大河の方は、ソテロの提案を朝廷に伝えていた。

 帝の最側近である近衛前久は、困り果てる。

「かりふ、というのは、無理だな。神仏と縁深いから」

「ですよね?」

「縁談の方も難しいな。友好関係になれば良いが、現状、我が国は阿弗利加アフリカに疎い。皇族が向こうに移住するのは、当然止めたい。候補としては、向こうがこちらに移住し、我が国に適応してもらう必要がある」

「同感ですね」

「適応に失敗したら、我が国の責任問題にもなりかねん。陛下の方には、私の方から説明しておく。今回の御提案は有難いが、現実問題、無理だ。丁重にお断りしてくれ」

「は」

 最初から大河も無理難題、と思っていた為、驚かない。

 少しでも検討してくれただけでも有難い事だ。

 日本初の皇族の国際結婚は、破談に終わった。

「そてろ陛下には、御詫びも兼ねて八つ橋を贈ろう。使いの方、頼む」

「は」

 八つ橋の詰まった箱を受け取る。

「それと山城。上司として忠告しておく。好色家にも程があるぞ?」

「は?」

「朝顔様から御相談を受けた。『最近、構ってくれない』と」

「……」

 大河の額に冷や汗が浮かぶ。

 前久は、無表情で詰め寄る。

「貴様の働きは認めるが、女癖の悪さは流石に無視出来ん。朝顔様は大変、寂しがっておられる。今後は朝顔様を優先する様に」

「……は」

 上司に家庭の事情を言われるのは、パワー・ハラスメントの典型例の一つだ。

 無論、安土桃山時代にそんな概念は無い。

 前久にあるのは、朝顔の幸せを祈る忠誠心のみだ。

 ねねが女癖の悪さを嘆き、信長に相談した時の秀吉の様に。

 大河は、只管ひたすら前久の説教を平身低頭で聞くのであった。


 御所から帰った後、大河は、早速、約束を守る。

 朝顔の部屋に行き、

「遊びに行くぞ」

 と、手を握る。

「え? 今から?」

「ああ。駄目か?」

「良いけれど、今日は、休みじゃなかったっけ?」

 毎週水曜日は、休肝日ならぬ休精日。

 朝顔の当番日は、毎週木曜日になっている。

「良いんだよ」

 半ば強引に連れ出す。

 朝顔は、抵抗しない。

 寧ろ笑顔だ。

 和傘を差し、おんな梅雨つゆの様な強雨の中、外に出る。

 言わずもがな、小太郎、望月も同行している。

「今日は、積極的だね?」

「そういう日もあるさ」

 2人の逢引を民は、微笑ましく見詰めている。

 退位後、臣籍降下し、平民になった彼女だが、今でもその畏敬は失われていない。

「おお、陛下。今日こんにちは」

今日こんにちは」

 謝罪並に頭を下げて挨拶する人々が多い事。

 幾ら朝顔が禁じても、彼等は、畏敬の余り、同じ平民として接する事が出来ないのだ。

 度が過ぎた者に至っては、目を合わす事すらしない。

 逆に不敬では? とは思うが、兎にも角にも、朝顔は、もう慣れた。

 2人は、和菓子屋に入った。

 ―――『おこしやす』。

 宮内庁御用達の名店だ。

・安倍川餅

・甘栗

・甘納豆

・飴玉

あられ

・餡麺麭パン

・あんみつ

・苺大福

・今川焼き

・外郎

・おはぎ

・柿の種

・かしわ餅

・カステラ

・かりんとう

・カルメラ

・きなこ餅

・きび団子

・金太郎飴

・きんつば

・桜餅

・笹団子

・三色団子

・塩大福

・ぜんざい

・大福

・どら焼き

・人形焼き

・水羊羹

・みたらし団子

・もなか

・焼き芋

・八つ橋

・羊羹

・わらび餅

 等が一同に会すのは恐らく、日ノ本ではここだけだろう。

「うわ!」

 偶然、居合わせた女子高生達が騒ぐ。

「ヤバイ! ぎゃああぁ! めっちゃ帝なんだけど?」

 朝顔に向かって手を振る。

 大人達は吐き気を催す程の圧倒的なオーラだが、まだその域に達していない若者には、現代で言う所の「テレビで見る有名人」位の様な感覚なのかもしれない。

 笑顔で朝顔は、手を出す。

「今は、一般人よ」

 その親しみ易さは、巡幸先で患者に対し、声を掛けたり、当時としては、下品とされた蕎麦屋に行ったり等した大正天皇並だ。

 女子高生達は、手汗を拭きつつ、握手する。

 若し、彼女達の親が居たら、卒倒していたかもしれない。

「じゃあ、こちらは、御殿様ですか?」

「そうよ。夫よ」

 大河に寄り添い、朝顔は、見せ付ける。

「「「きゃあああああああああ!」」」

 大河も握手攻めに遭う。

 タレント政治家になった気分だ。

 女子高生達に囲まれつつ、2人は商品を選ぶ。

「朝顔、欲しい物はあるか?」

「あんみつ」

 朝顔の希望に女子高生達は、悶える。

「可愛くない?」

「本当? もう抱き締めたくなる」

「駄目よ。流石にそれは、打ち首になるから」

 名店に出入りしているだけあって、流石にそに判断はある様だ。

 衆人環視は、御忍びではないが、2人は2人の時間を楽しむ。

「貴方は、何にする?」

「うーん、苺大福かな?」

 意外な選択に女子高生達は、(以下略)。

「御殿様、本当、少年みたい」

「顔も味覚も少年なんじゃない?」

「可愛い♡ 食べちゃいたい♡」

 ショタコン発症者が続出する。

 愛妾2人も。

「若様、可愛い♡」

「主、御子様♡」

 首を傾げつつ、朝顔は、尋ねた。

「好きなの?」

「ああ。朝顔もな」

「もう♡」

 ラブラブしつつ、朝顔は他の女性陣にも土産を購入。

 協定を結んでいるとはいえ、出し抜いた、と見られ、変な恨みを買いたくはない。

 退店すると、更に雨足は強くなっていた。

「こりゃあ、帰れんな」

「そうだね」

 残念がる大河と嬉しそうな朝顔。

 強雨な時間は長引けば長引く程、その分、大河と一緒に居られる時間は、長くなる。

 まさにお天道様様さまさまだ。

「東屋で一旦、避難だな」

「分かった」

「鶫、近くの東屋、知っているか?」

「はい。丁度、50メートル先にあります」

「よし行こう」

 雨に濡れない様に大河は朝顔の肩を更に抱き寄せ、自分は少し濡れる。

「……風邪、引くわよ?」

「その時は、看病してもらうから」

「もう甘えん坊さんね♡ 分かったわ」

 大河を押し出し、自分だけ和傘を差す。

 案の定、大河はずぶ濡れだ。

「若様」

「主、お入り下さい」

 愛妾達の和傘に入れてもらう。

 が、直ぐに、朝顔に引っ張られた。

「だーめ」

「んだよ? 追い出したじゃないか?」

「妾に行くなら、私の所に居る事。えりーぜ様程では無いけれど、私も結構、嫉妬深いんだよ?」

 蛇の様にチロチロと舌を出し、大河に抱き着く。

「妾には冗談で。正妻には本気でいてね?」

「分かってるよ」

 2人は微笑み合いつつ、東屋の椅子に座る。

「ねぇ、未来の歌を歌ってよ」

「……どんな?」

「今の私達の様な愛の歌」

 無茶振りだが、朝顔が未来の文化を知りたいのは、分からないでは無い。

「分かったよ」

 暫く考え、大河は、歌い出す。

『I LOVE YOU』を。

 この曲は、歌手が早逝して以降も映画やドラマ、CMに使用される事が多い。

 又、沢山の歌手が様々な言語でカバーしている事から、年代や国境を越えて愛されている名曲中の名曲と言え様。

 当然、彼女達の琴線にも響く。

 切ないメロディーと歌詞。

 普段、聞き慣れているスペイン語とは違う異国の言葉も新鮮だ。

 うっとりした朝顔。

 落涙する鶫。

 目を閉じ、聞き入る小太郎。

 三者三様の反応である。

 大河が歌い終えた時、雨は止み、空には虹がかかっていた。


 帰り道。

 4人は、1本の日傘にぎゅうぎゅう詰めであった。

 小太郎:朝顔:大河:鶫

 ↑の横並びだ。

「狭いなぁ……朝顔、抱っこして良いか?」

「良いわよ」

 御姫様抱っこすると、1人空白が出来、その分、両側は大河を囲う。

「朝顔様、明日は如何なさいますか?」

「鶫は、振替休日にさせたいんでしょう?」

「はい」

「じゃあ、そうして」

「有難う御座います」

 マネージャーの様に大河の体調管理も鶫の仕事だ。

 無論、玄人な大河は、怠る事は殆ど無い為、必要無いのだが。

「真田、帰ったら晩御飯、期待しててね?}

「お、今晩は何だ?」

「御赤飯♡」

「分かったよ」

 大河の胸板に頬擦りし、朝顔は彼をそこで感じる。

 嫉妬する事も多々あるが、何だかんだで大河の愛は、正室優先だ。

 今後、1週間は担当では無い為、この時を思う存分、堪能する。

「大好き♡」

「俺もだよ」

 二条古城に近付いた時、

「山城様ト御見受ケシマス」

 尼僧の様に剃髪した黒人女性が現れる。

 真っ赤な民族衣装は、先ず日ノ本では見た事が無い。

「? 誰だ?」

「失礼シマス」

 女性は蜻蛉切の様な長い槍を大河に向けると、そのまま突っ込む。

 朝顔を抱いていた為、大河の反応は、遅れる。

 ブシュッと刺突音の直後、血飛沫が上がった。

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