第85話 偃武修文

 防衛戦争は、大河が計画していた海驢作戦オペレーション・ゼーレーヴェは、実行に移される。

 アジアで唯一無二のスペイン帝国の植民地であったフィリピンの独立派、カタガルガン解放軍がフィリピン各地で一斉に蜂起。

 フィリピンは一気に内戦に突入する。

 イスラム教を信仰宗教に掲げる独立派は、戦死も辞さない。

 その意思の強さにスペイン帝国は武力で対抗するも、日本に無敵艦隊が負けた事が報じられると、一気に穏健派に転換した。

 万が一、立て続けに敗れれば、欧州各国がスペイン帝国の弱体化を悟り、本土に侵攻する可能性が出て来たのだ。

 余力がある内に国内を再建させる政策に舵を切っていく。

 ”書類王”―――フェリペ2世は、

「……」

『DERROTA! ARMADA INVENCIBLE(敗戦デロタ! 無敵アルマダ艦隊)』

 と報じる国内紙を無表情で読んでいた。

 ―――無敵艦隊の敗戦は、国王の無理な対外政策にある。

 ―――戦死者の遺族、軍に生活の保障を求める。

 ―――ネーデルラントで革命の機運高まる。

 現在、スペイン帝国は1568年開戦の80年戦争(オランダ独立戦争)の真っ最中だ。

 報道を機に、ネーデルラントで独立派の士気が更に高まっている事は間違い無い。

「……」

 無表情で新聞紙を握り潰す。

 無理な遠征が祟った結果、自分の名前を冠したフィリピンとネーデルラントが、スペイン帝国の版図から離れ様としている。

 失策の代償だ。

 若し、これが南北アメリカにも伝われば、確実にスペイン帝国は没落の一途を辿ってしまう。

「陛下、これ以上の遠征は―――」

「言うな。分かっている」

 部下の忠告を遮り、フェリペ2世は、聖書を抱く。

「これが神の御意思なら従わざるを得ない。悔しいが、今回は敗戦だ。和議の使者を送れ」

「は」

 下関戦争や薩英戦争の際、殺し合った長州藩、薩摩藩、イギリスだが、戦後は同盟者とも言うべきくらい、良好な関係を構築した。

 フェリペ2世も『雨降って地固まる』では無いが、柔軟な対応が出来る為政者だ。

 ただ、和議が成立するのは、相手次第であるが。

(真田大河、という男……憎らしいが、是非、会ってみたいな)

 仇敵に想いを馳せる”書類王”であった。

 日ノ本の1地域が、スペイン帝国を破った事は、全世界に衝撃を与えた。

 日露戦争の時の様に。

 スペイン帝国と敵対しているイギリスやその植民地であるフィリピン等では、『真田通り』といった地名が次々と誕生し、子供の名前ランキングには、上位に『日本』『真田』『大河』等、性別問わずランクインした。

 世界各地で日ノ本への注目度が高まり、約300年早いジャポニズムが、起きる。

 特に”処女王”―――エリザベス1世は、熱い。

「ほぉ……恐ろしい男」

 赤毛が混ざった茶髪をなびかせ、茶色い瞳は、国内紙に描かされている大河の肖像画から動かない。

 来日時のペリーの様に恐ろしく黄色い化物の様な様に、購読者はさぞ震えている事だろう。

 三流記事で記事の内容は胡散臭く感じるエリザベス1世だが、スペイン帝国を破たのは、紛れも無い事実だ。

 興味を引かない訳が無い。

「外務大臣、正式に使者を送れ。同盟を結ぶ」

「は!」

 スペイン帝国と仲が悪いイギリスとしては、スペイン帝国の弱体化は、棚から牡丹餅ぼたもちだ。

 世は、大航海時代の真っ只中。

 マルコ・ポーロが著した『東方見聞録』は、売れに売れ、滅亡寸前の明から、欧州の興味は、新興国家・日ノ本(=日本)に移って行く。

 又、アラブ世界も同様の見解で政情不安定な明を見限り、倭国ワクワクとの貿易を重視する意見が強まる。

 2000年代以降、BRICS―――ブラジル、露、印、中、南阿南アフリカに世界各国が投資した様に、今後、成長著しい日ノ本の経済成長は益々ますます発展するかもしれない。

 世界中で有名になる事を、当の大河は、知る由も無い。

 それどころか、

「……重いんだが?」

淑女レディーに『重い』は、失礼よ?」

 プールサイドにて、大河はエリーゼに踏まれていた。

 英雄の頭部を躊躇無く尻で踏むのは、彼女しか出来ない。

 英雄が人間椅子になったのは、言わずもがな彼の性的嗜好から―――ではない。

 祝勝記念に貸切った水泳場で、エリーゼに拉致されて今に至る。

「……」

 チラ見する大河の視線は、一点だ。

 真っ赤なビキニが、モデル並の体躯の彼女の美を更に際立たせる。

「……で、これからどうするんだ?」

「決まってるでしょう? 一緒に泳ぐのよ」

「じゃあ、解放してくれ―――」

「無理よ。どうせぎんや華を優先するじゃない?」

「……」

 否定出来ないのが、大河の長所であり、短所でもある。

「貴方の為に新調したのよ? 祝勝記念も兼ねているんだけど?」

「ああ、綺麗だよ」

「どっちが?」

「水着も、エリーゼも」

「100点満点」

 ようやく臀部を離し、大河を立たせる。

「素直な子は、伸びるわ」

 愛玩動物ペットの様に大河の頭を撫で撫で。 ヾ(・ω・*)なでなで

「うぐ―――」

 その際、大河は顔面に胸部を押し付けられ、息が出来ない。

 窒息死寸前で、隙間が開けられる。

 危うく、胸部で殺される所であった。

「おいおい、今日はいつになく上機嫌だな?」

「だって、反ユダヤ主義者をユダヤ人の貴方が打ち負かしたのよ? 嬉しいのは、当たり前じゃない?」

 現代ではゲソ法等の法律により、反ユダヤ主義は厳しく断罪されているが、この時代はそんな人権的価値観は無い。

 特にスペインでの反ユダヤ主義は、苛烈を極めていた。

 718年からの再征服運動レコンギスタの過程で、十字軍の様にキリスト教国家の意識が高まっており、イスラム教への敵視からユダヤ教への敵視も強まっていった。

 ―――

『1366年以降

 トラスタマラ朝のカスティーリャ王国のエンリケ2世が武装蜂起


 エンリケ2世は、ユダヤ人を登用した前王ペドロ1世に対して、

・前王はユダヤ人と王妃との不義の子である

・キリスト教徒の犠牲の上にユダヤ人を保護する残忍王である

 との反ユダヤ宣伝プロパガンダを実施。


 エンリケ2世首席国璽尚書官ロペス・デ・アヤラの『ペドロ一世年代記』でも、ペドロ1世はユダヤ人やイスラム教徒等の敵と同盟して教会を冒涜したとされた。


 1370年以降

 スペインのエシハ聖堂助が激しい反ユダヤ演説を繰り返す。


 1391年6月9日

 カスティーリャ王国のセビーリャで反ユダヤ運動。

黒死病ペストの原因はユダヤ人」

 とする反ユダヤ運動は、各地で虐殺ポグロムを引き起こす。


 ユダヤ人共同体は潰滅的な打撃を受けて、キリスト教への改宗を強制され(改宗者コンベルソ)、また国外へ追放される。


 1453年

 オスマン帝国がコンスタンティノポリス占領、東ローマ帝国滅亡。

 多くのユダヤ人は新都市のイスタンブールに移住。

 ここではイスラム教徒が絶対的な優位を占め、キリスト教徒、ユダヤ教徒は差別を受けたものの、概ね共存が維持。


 1480年以降、異端審問裁判所が国内各地で作られ、2千人のユダヤ人改宗者コンベルソが処刑され、1万5千人が悔罪した。


 1491年、ラ・グアルディアでユダヤ人が儀式殺人で処刑。

 1492年、ユダヤ人追放令。

 これによって8万~15万のユダヤ人が国外退去し、他国に逃れた。


 1497年、ポルトガルでユダヤ追放令。

 1499年、スペインのトレドで、改宗者コンベルソ商人が課税をフアン2世に献策すると、キリスト教民衆が激昂して、改宗者コンベルソ商人宅を焼き討ち。


 16世紀

 スペインやポルトガル出身の改宗者コンベルソ(=マラーノ)が、蘭伊の金融市場、大西洋貿易、東方貿易の開拓者となっていった。

 スペイン支配下のアムステルダムは大西洋貿易の中心地となった。

 改宗者が権勢を誇る一方で、ドイツのユダヤ人は生活の基盤を失われ苦しんでいた為、改宗者を「純粋ユダヤ人ではない」とする状況になった。


 1531年

 アルザスのユダヤ人ロースハイムのヨーゼルは、富裕な豚の入植地が根を張っていたアントワープに対して、

『ここにはユダヤ人が居ない』

 と書く』(*1)

 ―――

 ユダヤ人のエリーゼが、この時代のスペインを嫌うのも無理無い話だ。

「貴方は英雄よ。センポ以来の諸国民の中の正義の人よ」

「有難う―――」

「だから、改宗してよ?」

「却下」

「ええ……」

 アシ●パ並の変顔で、エリーゼ、嫌悪感を表す。

「ベン=グリオン閣下やメイア女史が御喜びになると思うけれど?」

「ダヤン閣下が御望みならばな?」

 言わずもがな、安土桃山時代にイスラエルの政治家は、存在しない。

 無駄な会話だ。

「むぅ~けち~」

「はいはい。俺は、異教徒ですよ」

 エリーゼの腰を掴むと、そのままさば折りに持ち込む。

「あら? 力持ち♡」

 かけられた方は足腰に負担がかかる危険な技だが、残念ながら、エリーゼには徴兵等で鍛えている為、小錦の様に引退に追い込まれる事は無い。

 プールサイドのへりに付かせる。

「寝技に持ち込むのかと思ったわ」

「それも良いが、こっちを選んだ」

「え?

 刹那、エリーゼはドンっと、押される。

 どっぼーん!

 水飛沫みずしぶきが上がった。

「な、何をする!」

「拉致した罰だ」

 いたずらっ子の様にわらうと、大河はそのまま逃走。

「やりやがったわね……」

 淡い期待をした分、怒りも大きい。

 頬を痙攣けいれんさせつつ、エリーゼは指を鳴らす。

(良いわ。私を怒らせた罪、体で払ってもらおうじゃない)

 今晩、夜這よばいを決意するのであった。


 エリーゼから逃げ切った大河であったが、一難去ってまた一難。

 今度は、三姉妹に包囲される。

「真田様、随分とエリーゼ様とお愉しみだった様ですね?」

 という茶々は、スクール水着。

「兄上、姉様を放置しないで下さい。蹴りますよ?」

 と、言うお初は、何故か道着(帯は白)だ。

 直後、毛●蘭並の強烈な足蹴りを膝に食わらす。

 ●利蘭同様、空手ででも習っているのかの、如く鋭いそれは、大河でなければ簡単に骨が折れていた事だろう。

「護身術か? 凄いな?」

「ほ、褒めてくれるの?」

「うん。良かったぞ? 空手か?」

「う、うん……」

 痛めつけ様と思ったのに逆に褒められ、お初は居心地が悪い。

「精進しろ。目指せ黒帯だ」

「……死ね」

 赤面しつつ、茶々の後ろに隠れる。

「兄者、兄者。私も褒めて」

 せがむお江も道着だ。

 帯も同じく白。

 お初が始めたので遅れて始めたのか。

 一緒の時機タイミングに始めたのか。

 キッ〇ーマンのCMの女性空手家の様に、お江は型を披露する。

 然し、大河に空手の知識は無い。

 北谷屋良公相君チャタンヤラクーサンクーという技らしいが、如何せん習った事も学んだ事も無い為、珍紛漢紛だ。

「……如何だった?」

 終了後、肩で息を切らせつつ、お江は、尋ねた。

「うん。良かったよ」

「姉様より感想が薄い」

「済まんな。分からんのだ。でも、格好良かったから。御褒美に氷菓、買うからな?」

「じゃあ、許す」

 割と簡単に機嫌を直すお江であった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

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