第80話 落花流水

 女性陣の中で最も大河への好感度が低い、と思われるのがお初だ。

 何度か寝た事があるのだが、やはり、持ち前のツンデレが邪魔をし、素直になる事が出来ないでいる。

 その事を最も心配しているのが、長姉・茶々だ。

「(真田様、如何かお初を嫌いにならないで下さい)」

「(いきなり、何の話だよ?)」

 三姉妹の当番日。

 スヤスヤと眠るお初、お江に気にしつつ、茶々は、続ける。

「(この子は、素直になり辛いんです。真田様に体を許してはいますが、未だ心の方は、御存知の通り、揺れ動いている様なんです)」

「……」

 確かに、昼間のお初からの当たりは、きつい所がある。

 ツンツン状態のル〇ズ位に酷い。

『駄犬』『しもべ

 等と夫を呼ぶ精神的暴力モラル・ハラスメントは勿論の事、殴る蹴るのDVは、日常茶飯事だ。

 軍人出身であり、お初を心から愛する大河でなければ、耐え得る事は出来ないだろう。

「(やはり、小谷城での事か?)」

「(恐らく……)」

 思い出すのも辛く、茶々の両目には、涙が溜まる。

「(済まんな)」

 良心の呵責を感じた大河は、茶々を抱擁。

「(いえいえ。当然の事ですから)」

 小谷城は、単語自体、三姉妹には、禁句だ。

 その為、山城真田家では、『小谷城』という単語が、事実上の禁止用語となり、極力、日常会話で使用される事は無い。

 その経験の傷は深く、末妹・お江も記憶の一部を失っている程だ。

 長姉・茶々もその単語を聞くだけで、泣き出してしまうのを見ると、次女・お初が、心的外傷後ストレス障害の様な症状を発症しても何ら不思議ではない。

 お市も又、夫と家を同時に失った心の傷は、癒えていないだろう。

 それをおくびにも出していないのは、『女は弱し、されど母は強し』の諺通りかもしれない。

「(大丈夫。皆、娶ったんだ。途中で投げ出す位だったら、最初から結婚していないよ)」

 艶福家で好色家の大河だが、自信家でもある。

 公務以外でメイド服の受注生産や使用料等で大儲けしているのも、決して自分の趣味ではない。

 妻達の生活費を稼ぐ為だ。

 毎晩、とっかえひっかえの様に快楽に溺れさせてもらっている分、妻達には、それ相応の対価を支払わないといけない。

 そこで、大河が考えたのが、彼女達に「良い暮らしをさせる事」であった。

「(昼間、虐められても大した事は無い。望月も小太郎も止めないだろう? 冗談の証拠だ。本気だったら俺も2人も反撃しているから)」

「(そうですが……)」

 茶々は、唇を噛む。

 愛する夫が、冗談と雖も、傷付けられるのは我慢ならないのだ。

「(分かったよ)」

 苦笑いしつつ、大河は頭を撫でる。

「(お初と話し合うから。優しいな、茶々は)」

「(……はい♡)」

 夫に褒められ、茶々は、満面の笑みで頷くのであった。


 お初の事も気にしつつ、於国の事も忘れない。

 立場上、客人であるが、真田氏本家視点では、仮祝言なのだから、本家との関係上、本妻同様、優遇しなければならない。

「……真田様、どちらへ?」

 蚊の鳴く様な小声は、震えていた。

 人見知りならぬ「夫見知り」だ。

「食わないよ。怖がらないでくれ」

「……」

 警戒心一杯の於国は、同行者の華姫を縫い包みの如く、抱き締める。

 城を出て以降、初めての京に恐怖し、「華姫しか信じない」とでも言いたげだ。

「全く、華姫、付き合わせて済まんな」

「いいも~ん。ちちうえとあいびきだから~」

 ローテンションな於国と比べると、ハイテンションな華姫。

 普段、妻(母)を優先させている大河をこの日は、独占出来るのだ。

 そうなるのも、分からなくは無い。

 対する大河の付き人は、何時ものメンバーだ。

・小太郎

・望月

・アプト

 流石に妻達は、大所帯になり、又、今回は、娘と新人(客人)に優先した為に居ない。

「於国、何処か行きたい所あるか?」

「……」

 華姫に隠れて、於国は答える。

 病的な迄の恥ずかしい屋だ。

「……御茶屋」

「分かった。行こう」

 於国に手を出すも、

「……」

 彼女は、ガン無視。

 代わりに華姫と繋がらせる。

 そして、自分は、華姫と。

 共産国が、西側陣営と直接、国境を接する事を嫌がる様に、華姫は、緩衝地帯の様な役割を果たす。

 尤も、これは、大河への敵対宣言とも解釈出来る。

 事実、望月、小太郎は、怒り心頭だ。

「「……」」

 今にも飛び掛からん勢いで於国を睨み付けている。

「止めんか」

「がは!」

「ぐふ!」

 大河に手刀を頭に叩き込まれた2人は、一瞬にして昏倒しかけた。

 撲殺一歩手前の手加減だが、激痛なのは、代わり無い。

「便衣兵でも無い非戦闘員を脅すな、馬鹿野郎」

 割と強い口調で窘めた。

 2人としては、大河を想っての事なのだが。

 当人には、嫌悪感しかない。

「新妻を責めるな。於国、大丈夫か?」

「新妻?」

 可愛く於国は、首を傾げる。

 彼女に新妻の自覚は無いのだから。

「正確には婚約者だが、何れ妻になる。然う言う事だ」

「……」

 肯定も否定もしない於国。

 本心は嫌だが、生活の為には、大河しか頼めない。

「案ずるな。嫌なら事実婚でも良い」

「如何して?」

「何が?」

 華姫に隠れつつ、於国は、強姦犯を見る様な蔑んだ目で見る。

「私が好きなの?」

「さぁな。只、家なき子は、守らなきゃいけない。御実家の体面もあるがな」

「……」

 守られるのは正直、有難い。

 然し、やはり、結婚には抵抗がある。

「俺を嫌いたけばそれで良い。責めはしないよ」

 既に沢山の女性と娶っている大河は、今更、新妻に夢中になる長所は無い。

「これからは、華姫の友達として付き合ってくれ」

「ちちうえ~♡ 撫でて~♡」

「はいよ」

「えへへへへ♡」

 頭を撫でられ、華姫は、更にテンションが高まる。

 親友の手前、養父(義父)にここ迄、素直に感情出来る日本人女性は、少ないだろう。

「じゃあ、御茶屋、行くぞ?」

「おー♡」

 2人に連れて行かれ、於国は複雑だ。

(何か私の方が子供みたいじゃない……)

 実際、於国の方が子供で、大河の方が大人なのだが、彼女は、如何も納得がいかない。

 政略結婚は、重々、分かっている。

 本家の為にも嫁ぐならければならないのは、尚の事だ。

 だが、於国には、大河の闇がどうしても気になってしまう。

 浪人から約1年で山城守迄昇進し、その残虐性も有名な話だ。

 その癖、愛妻家で大名の中では、トップクラスに妻が多い。

”一騎当千”、名君、愛妻家、子煩悩……

 非常に多面的でどれが本性なのかは分からない。

 どれも本性なのかもしれない。

 然し、於国が注目したのは、時折、見せる作り笑顔だ。

 目の奥が笑っていないそれは、非常に闇を感じざるを得ない。

 他の妻達が、気付いているのかは分からないが、兎にも角にも、於国には怖い。

(……華ちゃん、大丈夫かな?)

 親友を心配しつつ、御茶屋に向かうのであった。


 大河が常連の茶屋は、平民が通う有り触れた店だ。

 尤も、店員の制服は、他店よりも異彩を放つ。

「……」

 我が目を疑う於国。

 店員は、若い女性で統一され、

・女医

・婦警

・女教師

・巫女

・CA

・セーラー服

 ……

 何処も日ノ本で見る事は出来ない物だ。

「御殿様、御久し振りです~♡」

「何日振りだっけ?」

「36日振りです~♡」

 ミニスカポリスを横に侍らせつつ、大河は、紹介する。

「華と於国だ。オレンジジュースを出してくれ」

「はは~」

 仰々しく御辞儀し、店員は去って行く。

「ちちうえ、かそーすき?」

「好きだよ。華も好きな服を選べ。気に入る物があるかもな?」

 和紙のメニュー表を見せる。

 ———

『【仮装一覧】

・医者

・教師

・寺子屋制服

・武人風

・飛行艇制服

・めいど

 ……』

 —-—

 各制服は、心象し易い様に水墨画で、名前の横に描かれている。

「……この『なーす』が可愛い」

「じゃあ、着替えて来い。アプトも一緒に」

「は」

 アプトに案内され、華姫は、衣装室へ行く。

「主、私も仮装したいです」

「じゃあ、この『ビキニ・アーマー』だ」

「は!」

 喜び勇んで小太郎は、駆けて行く。

「望月、座れ」

「勤務中で―――」

「俺より強くなってから物を言え」

 珍しく大河は、望月の手を握ると、

「あ」

 望月が何を言う前に横に座らせられる。

「真面目なのは評価するが、休める時は、休め。疲労困憊だと失敗しかねないからな」

「……では、御酌を―――」

「その必要は無い。何か頼め。奢るから」

「は、はい……」

 戸惑いつつも望月は、嬉しくなる。

 流石に完全週休二日制という程では無いが、大河はこの様な時間を適度に作ってくれるから。

「じゃあ、甘えます」

「ああ、存分にな」

 望月の嬉しそうな表情に、於国は察する。

 彼女が恋をしている、と。

 大河の闇に人一倍気付きそうな位、一緒に居る時間が長いのに何故なのか。

 甚だ不思議だ。

 軈て、3人が帰って来る。

 アプト、華姫は、白衣の戦士に。

 小太郎は、女戦士に変わっていた。

 欲望に忠実な大河は、満足する。

「うん、良いな」

「ちちうえ、かわいい?」

「ああ、可愛いよ」

「じゃあ、ちりょーする」

 見様見真似で、示指じし(人差し指)、中指、薬指で大河の脈拍を測る。

「……」

「分かるか?」

「わかんない」

「じゃあ、まだまだだな」

 大河の膝に攀じ登った。

「あらあら、華姫様は、可愛いですね~」

 店員が、飲み物を持ってやって来た。

 大河を信じ切れていない於国だが、オレンジジュース(南蛮産)は、直ぐに気に入る。

 地元では、まだ流通していない、都会の飲み物に舌鼓を打つ。

「……」

 御代わりし様か迷っていると、

「全員に2杯目、頼んだ」

「畏まりました~♡」

「!」

 驚いて大河を見る。

「ど、如何して……?」

「欲しいのなら言え。遠慮は要らん」

「……貸しとは思わないからね?」

「分かってるよ。華と楽しめ」

 そう言うと、小太郎を膝へ抱き寄せ、一緒にお茶を飲む。

「主、口移ししてもらっていいですか?」

「夜にな?」

 華姫の前で、小太郎を抱くのは、流石に大河の性癖には無い。

「アプトも」

「良いんですか?」

「ああ。華は、於国が見るから」

 華姫は、於国に渡される。

「あー、ちちうえ~」

「於国と仲良くしなさい」

「はーい」

 聞き分けの良い子だ。

「じゃあ、御言葉に甘えて」

 敬語を止め、アプトは、小太郎の隣へ座る。

「望月、貴女ももう少し、御殿様に寄ったら?」

「え? 良いんですか?」

「専属用心棒なんでしょう?」

「!」

 アプトに炊き付けられ、望月は、大河の顔色を伺う。

「良いよ」

 大河の許可が出て、望月は、更に密着する。

「司令官、格好良いです♡」

「有難う」

 妻でもない愛妾とメイド、用心棒を侍らせる大河。

「……」

 それを於国は、冷めた目で見詰めていた。

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