第79話 寸歩不離

 真っ暗な部屋にて。

 婦人会は、大河の正室で構成されている組織だが、それと対を成す形で『子供会』も存在する。

 その構成員は、以下の通り。

 会長:お江(婦人会会員)

 会員:朝顔(同)

   :楠 (同)

   :於国(客人)

   :華姫(養女)

 発起人は、会長たるお江だ。

 これは、現代的感覚だと小学生同士がグループラインを作るのが、感覚的に近いかもしれない。

「今日は、新人の御二人が参加して下さいました。有難う御座います」

「「……」」

 否応なしに強制参加なのだが、2人―――於国、華姫は、会釈で応じる。

「本日の議題は、これです」

 バニーガールの格好をした楠が、黒板に書き記す。

 ―———

『【如何にして、愛を掴み取れるか?】』

 ———

 これが、子供会の永遠の議題だ。

 子供会の契機は、「真田大河の寵愛を本妻同様、受けるのは、如何すれば良いか?」と日々、感じていたお江が、朝顔等を集めて婦人会を模範に創設したのであった。

 会員は全員、「真田大河に子供扱いされている事」に対して、常々不満を感じているのだ。

 無論、大河にそんな差別(区別)はしていない気は無いのだが、幼妻は、如何しても本妻と比べると「愛されていない」と感じているのであった。

 因みに楠の制服は毎回、輪番制で、大河の好みそうな物を当番が着る伝統になっている。

 碇ゲン〇ウの御馴染みのポーズで続ける。

「では、私の考えを述べる。―――『妊娠しかない』」

 楠が黒板に、

 ———

『・妊娠』

 ———

 と、チョークで挙げる。

「他に意見は?」

 何時も「兄者♡」とデレデレだが、この場のお江は、生徒会長の様にしっかり者だ。

 触れれば斬られる位の冷たさも感じなくもない。

「妊娠は、流石に難産死の危険性があるから反対する」

 真っ向から異論をぶつけるのは、朝顔だ。

 元帝だけあって、お江の威圧感に物怖じしない。

「会長の御不満は当然だが、夫は、私達にも平等に接してくれている。時間が解決してくれる筈では?」

「一理ある」

 黒板に追加される。

 ———

『・時間』

 ———

 独裁者ではないお江は、自分の意見を押し付けず、反対意見に聞く耳を持っている。

 実父の仇敵が独裁的なので、その反面教師なのかもしれない。

「於国、意見は?」

「私は客人ですので―――」

「そうはいっても、本家は、結婚成立と解釈している。今は、仮祝言かりしゅうげんの状態だろう?」

「そうですが……」

「君は仲間だ。私達は君を客人扱いしない。これは、総意だ」

「……」

「嫌なら離縁しても構わない。離縁したら、兄者や我々も君を守れない。二つに一つだ。娼婦に身を落とすか、安全地帯に残るか?」

「……」

 脅迫の様な文言だが、事実だ。

 社会的経験が少ない於国が、大河の妻以外で生き残る術は、現状、尼僧か娼婦だ。

 他家に嫁ぐ事も出来るだろうが、日ノ本中に名君として有名な大河と破談になった於国を他家が簡単に受け入れる可能性は少ない。

 誰しも、山城真田家にそんな気が無くても、新進気鋭の軍事大国の反感を買う様な真似はしたくはない。

「……仮祝言で」

「良い子よ」

 恋敵が増えるのは短所であるが、長期的な視野で見れば、子孫の繁栄がし易く、大家族になれる、とも言える。

「で、では……」

 おどおどした様子で於国は、考える。

 華姫とは仲が良いが、他の人々には、人見知り継続中なのだ。

「……いっその事、全員で夜這いを仕掛けるのは、如何でしょう?」

「ほう」

 人見知りの癖に強行策な提案に、お江は驚く。

 他の皆も。

「よばい、さんせー!」

 恐らく「夜這い」の意味を理解していないであろう、華姫が真っ先に賛成派に回った。

 これで2票だ。

 正式な会員である以上、年齢に関係無く1人1票は変わらない。

 大河が教えた民主主義を、お江が採用したのだ。

「じゃあ、決議を採ろう。夜這いに賛成の者は?」

 於国、華姫、お江の順に挙手していく。

 平和主義者の朝顔は、明確に反対らしく、挙手する事は無い。

 5人中3人が賛成した事で、議案は通った。

 楠が作った議案書にお江が、『真田大河』の押印する。

「では、今晩、夜這いを敢行―――」

 スーッと、部屋全体に光が差す。

「お、ここに居たか? 探していたんだぞ?」

「! 兄者!」

 突然の主役の登場に5人は、固まった。

「毎回、押し入れに集まって。本当、押し入れが好きだな? ん? 可愛い女兎めうさぎ発見」

「あら、兎は好き?」

「勿論」

「流石、年中、発情している雄兎ゆうとの癖に」

「男はそういうもんさ」

 5人の中で真っ先に楠が抱きあげられる。

「ぐぬぬ、兄者! 楠様だけ優遇しちゃ駄目!」

 先程の凛々しい碇ゲ〇ドウは、何処へやら。

 大河に突進し、そのまま足にしがみ付く。

「優遇していないよ。ほら」

 お江も抱き上げられ、大河と同じ目線になる。

「子供同士の秘密基地は分からんでは無いが、夕飯の時くらいは考えろよな? お市様が、御心配されていたから」

「母上様が……」

 市の名は、浅井三姉妹には、何時でも効果覿面だ。

 水戸黄門の印籠の如く、通じる。

「ちちうえ~わたしもだっこ!」

「後でな? 今は、人員充足だ」

「? どーゆーいみ?」

「見てみ。華も俺も腕が2本だろ?」

「うん」

「だから2人までしか同時に抱っこ出来ないんだよ」

「華様」

 於国がすっと、華姫を抱え上げ、自分が御姫様抱っこする。

「おお、於国、済まんな」

「(……妻だから)」

「はい?」

「何でもない」

 大河と目を合わす事無く、於国はさっさと部屋を出て行く。

 が、その後ろ姿は漫画の様に汗のしずくをそこかしこに飛ばし、うなじは赤い。

 何が琴線に触れたか分からないが、照れている様だ。

「真田、艶福家なら、もう少し女心を勉強しなさい」

「? お、おう?」

 朝顔に理不尽に怒られ、大河は首を傾げるのであった。


 大河は、8時間睡眠だ。

 そして、公休日でも運動は殆どの場合、怠らない。

 起床後、就寝前には、

 フルマラソン→入浴→読書(1時間)

 を習慣化させている。

 フルマラソンを行わないのは、軍医に「疲労骨折が近い」と診断された時だけだ。

 殺人が得意な大河だが、その反対の医学に関してはある程度の知識はあれど、本職には敵わない。

 その為、医療従事者には敬意を持って接し、ドクターストップが出れば遵守する。

 逆に言えば、「ドクターストップが出ない限り、大河は、フルマラソンは止めない」ということだ。

 その1番の被害者は望月と小太郎のコンビである。

「今日も走るんですか?」

「ああ。嫌ならついて来るな。1刻(約2時間)ちょいで帰って来るから」

「用心棒の職務は、放棄出来ませんよ」

 大河程鍛えていない2人は、熱中症寸前で完走していた。

「じゃあ、今日は最初から2人を担いだまま、走ってみようか?」

「「え?」」

 重いですよ、と言いたい所だが、体重は極力軽く見られたい為、2人は困ってしまう。

「主、出来るんですか?」

「簡単だよ。男は難しいが、女性の……小太郎と望月位の見た目なら余裕だ」

「「……」」

 大河に全身をめ回す様に見られ、2人は照れる。

「じゃあ、望月、背中に乗ってみな」

「ええ……は、はい……」

 戸惑いつつも、指示通り、背中へ。

 風呂場等で見た事ある背中だが、いざ目の前にすると、思いのほか、大きい。

「し、失礼します」

 飛び乗ると、大河の首に両腕を回す。

 これで、がっちり固定された。

「主、私は?」

「前だよ」

「え?」

「ほら」

 有無も言わさず、腕を掴まれた小太郎は、対面座位の様に大河と向き合う。

「ほら、飛びついて、腰の所に足を絡ませろ」

「は、はい……」

 背中の望月は、複雑だ。

 親友が対面座位(風)に想い人と抱き合うのだ。

 恥晒しな小太郎だからこそ出来るわざなのかもしれない。

 だが、自分が小太郎の立場だと、恥ずかしくて大河を見れず、心臓発作で死ぬだろう。

 小太郎を羨ましく思いつつも、望月には、それを行う度胸は無かった。

 指示通り、小太郎は行い、大河と抱き合う。

「主、恥ずかしいです♡」

「一時の事だ。な、望月? この位置、嫌だろう?」

「はい……」

 前言撤回。

 小太郎の位置は、彼女しか出来ない。

 振り切れば、望月も出来る可能性はあるが、残念ながら、まだ倫理観のある彼女には、素面しらふでは、絶対に出来ない。

「しっかり捕まっとけよ? これも忍耐の訓練だから」

「「は」」

 2人を抱えたまま、大河は準備運動を行った後、クラウチングスタートを切るのであった。


 スポーツ界には、時折、『人間機関車』の異名を持つスポーツ選手が、登場する。

 ヘルシンキ五輪で前人未到の三冠を達成した、エミール・ザトペック等がそうだ。

 大河も彼同様、人外とおぼしき体力の持ち主であり、老齢以外でそれは衰える事は無い。

 2人分の重荷があっても尚、今日も又、平常運転で2時間ちょっとで完走する。

「御疲れ様です」

 女子マネージャーの様にアプトが手巾を差し出す。

 小太郎達は、目標地点に到着したと同時に大河から落ち、彼の腕の中で気絶している。

「有難う」

「御風呂で、奥方様達が御待ちですよ」

「相変わらず準備が良いな」

「楠様が並走していますから」

「又、あいつ、変装していたのか」

 フルマラソンの際、楠は、庶民に変装し、毎回、並走している。

 嫉妬心で監視と変装の技術向上を兼ねているのだろうが、大河としては、監視されるのは、正直、気持ちが悪い。

「一緒に走ればいいのに」

「風魔様と一緒なのが、嫌なのでは? 同じくノ一ですが、愛妾と正室の御立場上、思う事があるのかもしれませんよ?」

「成程な。若し、然うならあいつの疑惑を解く必要があるな」

 平等主義を掲げる大河は、女性陣の嫉妬心に常に気を配っている。

 並の男だと、ストレスで精神を侵される位に。

「楠」

「呼んだ?」

 直ぐに不可視の空間から来た。

 大河が知らぬ間に楠は、どんどん技術向上に成功している様だ。

 小太郎達を下ろし、楠と手を繋ぐ。

「あら、ゴマすり?」

「違うよ。誠実に向き合いたいだけだ」

 足払いの要領で、楠を倒して持ち上げる。

「軽いな」

「淑女に体重は、失礼よ」

「大丈夫。褒めてるから」

 楠を御姫様抱っこし、

「アプト、2人を頼む」

「は。御殿様は、どちらへ?」

「風呂だよ」

 奴隷達と離れる事で、2人きりになれる。

 楠は、大河の首筋を嗅ぐ。

「男の臭いね」

「楠もな」

「変態」

「どの口が言う?」

 2人は、イチャイチャしつつ、風呂場に向かう。

(本当、好色家)

 呆れつつもアプトは、2人に扇子で風を送るのだった。

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