第78話 形影一如

 風邪が治った大河だが、政務は副官に任せ、1週間の有給休暇を取得する。

 本当ならば復職したい所だが、風邪で寝込んだ大河を重く見た名代・誾千代が独断で休ませたのだ。

 大河も愛妻家だが、誾千代もなのである。

 夜。

「やはり、温泉は良いな」

 温泉旅館『山城』。

 国土交通省が地図を作る際、偶然、見付けた温泉地を大河が買い取った国営温泉だ。

 国民は無料で入る事が出来、維持費は大河払い。

 唯一有料なのは、国外からの観光客のみである。

 日本夜景100選(*1)に選ばれた将軍塚を一望出来るのは、山城国ではここしかない。

「本当、風呂好きね?」

 横に居るのは、エリーゼだ。

 今回の温泉は、その治癒も兼ねている。

 子供が欲しい彼女達は是が非でも、大河がED勃起不全等になったら困ってしまう。

 この異世界に体外受精や代理母は無いのだから、そうなったら詰むのだ。

「真田、一国民として感謝する。これ程の観光地を無償で提供してくれるのは、日ノ本史上、真田だけだ」

 大河の背後で肩に顎を載せた朝顔が礼を言う。

 かれこれ1時間以上、同じ姿勢なのだが、疲れている様子は無い。

 相当、嬉しいのだろう。

 珍しく、朝顔は、背後から抱擁し、大河を離そうとしない。

 華姫が来ても。

「あさがおさま、まだ?」

「もう1刻」

「え~」

 大河の膝の上に乗りたい華姫は、今にも泣きそうだ。

 最近は謙信と同衾している事が多い華姫だが、時々抜け出して、大河の所に来る程、彼を気に入っている。

 現在、大河を囲っているのは、エリーゼ、朝顔、そして茶々だ。

 その茶々が大河の腕に抱きつつ、告げる。

「家族風呂、良いですね」

「ああ」

 他の女性陣は、「夜の露天風呂は、寒い」との理由で、室内風呂だ。

 何人かは、3人が交代する時機を見計らっている。

 特に千姫、誾千代にその想いは強い。

「何故立花様は、ここに?」

「毎回独占しちゃ不味いでしょ? 皆一緒なんだから」

「優しいわね」

 謙信が、誾千代の頭を撫でる。

  湯で髪が濡れるが、2人共気にしない。

「立花様、じゃあ、次、私達が行っていい?」

 自薦したのは、お初。

 たちというのは、お江の含まれているのだろう。

「……」

 普段、明るいお江も、今回ばかりは長姉に譲り、順番を守っている。

 時折、信松尼や於国の話し相手になりつつ。

 楠は、稲姫と話し込んでいた。

「服部半蔵ってどんな人?」

「さぁ? 私も会った事無いんで」

「じゃあ、何代目かも分からないんだ?」

「はい。噂では、2代目らしいですが」

 現役のくノ一(正確には、寿退社状態であるが)の楠が、忍者の有名人である服部半蔵に興味を持つのは当然の事だ。

「私より強い?」

「噂では、日ノ本最高なので、噂通りだとそうかもしれませんね」

「じゃあ、一度位は、あってみたいかな」

 ちらりと、大河を見る。

 その近くには小太郎が。

 最近の彼の寵姫は、自分と同じくノ一(出身)だ。

 然し、楠は嫉妬しない。

 彼女は愛妾で、自分は正室だから。

 因みに望月も入っている。

 専属用心棒だから、当然だ。

 専属用心棒に殆ど休日は無い。

 休める時は、大河が就寝した時に眠る位の時のみ。

 後は常に小太郎同様、一緒に居る。

 人事異動が無ければ、終生、このままだろう。

 露天風呂を存分に楽しんだ大河が妻達を連れて戻って来る。

「夜風、やっぱり寒いな。こっちの方が、正解だったかも」

「もー、又、風邪引かないでね?」

「案ずるな、誾。今度は、謙信に看護してもらおうから」

「あら、甘えん坊ね♡」

 母性がくすぐられ、謙信も上機嫌だ。

 背中に朝顔をおんぶし、頭部に華姫を載せた大河は千姫の場所に来る。

「待たせたな」

「え? 私ですか?」

「あー、ずっと見てただろう?」

「……はい♡」

 誾千代より優先された事に悦びを感じる。

「お江も御出で」

「はーい♡」

 指名され、喜び勇んでお江は、行く。

 彼等が入っているのは、『米の研ぎ汁風呂』だ。

 美肌効果があるこの風呂は、女性人気ナンバー1だ。

 潔癖症の気がある大河も好んで入っている。

「真田様もはだ艶艶つやつやですね?」

「髭は嫌いだからな」

 茶々は、大河の腋毛と陰毛を見る。

 そこもツルツルだ。

「何故、剃毛しているんです?」

 前々からの疑問点をぶつけてみた。

 女性陣も耳を澄まして聞く。

「腋毛は、腋臭わきが対策だよ。におい普段、余り無いだろう?」

「はい」

「生えてると物凄く臭くなるんだよ。汗等を吸ってな」

 この調査は大手企業が行い、実証済みだ(*2)。

 成程、と茶々は思う。

 大河と仲が良い女性も全員、腋毛を生やしていない。

 相当、腋臭が嫌いな様だ。

 腋臭を好む者は、相当な臭いフェチだろうが。

「じゃあ、下の方は?」

毛虱けじらみとか性病対策だよ。睫毛まつげから下の体毛は、不要だと思っている」

「毛、嫌いなんですね?」

「ああ。でも、他人には強要しないから。生やそうが、剃ろうが自由だ」

「あ♡」

 茶々は大河の膝の上へ抱き寄せられる。

「でも、滑々すべすべは好きだよ。茶々みたいにな」

「もう、真田様ったら♡」

 抱擁され、茶々は、嬉しくなる。

「兄上様は、姉様が本当、好きねぇ」

 Sなお初は、大河の頬を指でっつく。

「私もやる~」

 お江も逆側から同様に行う。

「も~私の番だったのに」

 千姫は、抗議するが、親友・茶々は、宣戦布告する。

「戦争だからね。これは」

 そして、大河の喉を舐める。

「あら、やる気? 稲姫」

「は!」

「真田様~助けて~殺される~」(棒読み)

 大河にしがみ付く茶々。

 仲が良い筈の2人だが、大河に関しては、恋敵だ。

「本当、仲が宜しい事で」

 すっと、目を細めるエリーゼ。

 元服しているとはいえ、年端も行かぬ女子達を侍らす大河を気に食わないのだろう。

(又、寿命が縮んだな)

 嫉妬に燃えるエリーゼに恐怖しつつ、大河は、2人の言い合いを聞くのであった。


 入浴後は、どんちゃん騒ぎだ。

 謙信等、20代以上の女性陣は葡萄酒をラッパ飲みし、それ以外の者達は、ジュースで過ごす。

 さかなは前者はイカの塩辛。

 後者は八つ橋等、和菓子だ。

「真田、飲もうよ~」

 すっかりのん兵衛になった謙信は、絡む。

 謙信の体に気遣って、彼女のだけノンアルコールなのだが、それでもこれだけ酔えるのは、パブロフの犬の様な条件反射なのだろう。

「飲んでるよ」

「御茶じゃない?」

「まぁまぁ。はい、あーん」

「有難う♡」

 箸で切り取った八つ橋を謙信の口元に運ぶ。

「美味しい♡」

「だろう?」

「御返し♡」

 塩辛をあーんされる。

「謙信も甘えん坊だね?」

 苦笑の誾千代。

「だってぇだってぇ、最近、構ってくれないんだものぉ~」

 酔った事で謙信は、本音を暴露する。

 普段、他の女性に遠慮しているが、彼女も正室の1人。

 内心で嫉妬し、傷付いていたとしても何ら不思議ではない。

「分かったよ。じゃあ、今日は一緒に寝ような?」

「え? 主、今晩は、非番では?」

「良いんだよ。謙信への御礼だよ」

 謙信に肩を貸し、大河は立ち上がる。

「華姫も御出で」

「うーん!」

 大河と手を繋ぎ、彼等は、小太郎、望月を伴って出て行く。

「本当、大河って愛妻家の家族思いね……昔、そんな事無かったのに」

「エリーゼ様、真田様の過去を御存知で?」

「ええ。知りたい?」

「「「……」」」

 誾千代、三姉妹、楠、千姫、朝顔は頷く。

 信松尼、於国、稲姫も興味津々だ。

「分かったわ。教えてあげる。でも、貸しよ?」

 同性でも惹かれそうな蠱惑な微笑みで、エリーゼは、大河のシリアでの活躍を話し始めるのだった。


(あの野郎、又、暴露しているな)

 寝室で、大河は勘付いていた。

 エリーゼと付き合いが長い分、彼女の考える事は、双子の様に分かっている。

「もう他のの事は、今は忘れてよ~」

 絡み酒の次は、泣き上戸だ。

 布団に入った途端、泣き女の如く、涙が止まらない。

「おー、よしよし」

 昼間は、OL感溢れる格好良い女性なのだが、やはりストレスをため込んでいる様だ。

 養母(義母)の泣く姿に、華姫も、

「かあさま~」

 貰い泣きだ。

「御免ね~弱くて」

「いいの~」

 2人は、抱擁し、慰め合う。

 軈て泣き止み、謙信は、振り返った。

「もう、大丈夫だから……」

「本当?」

「うん……多分」

「無理するな。時々、我儘わがままも大事だ」

 手巾で涙の痕を拭う。

「小太郎、望月。2人も休んで良い。ここは、俺がやるから」

「「は」」

 大河の許可が出た事で、2人は別室で漸く眠れる。

「よーし、謙信。普段、我慢している君に御褒美だ」

 笑顔で大河は、言うと、大きな酒瓶を置く。

「! そ、それは……!」

『天賦』―――朝廷に献上されている宮内庁御用達の超高級葡萄酒だ。

 皇族しか飲む事が許されず、市場にも出回っていない。

「ど、何処でそれを……?」

「色んな人に頭を下げたんだよ。謙信の笑顔が見たかったからな」

「……」

 ラベルには『無酒類』とノンアルコールビールである事が、明記されている。

 0・1%でも良い為、飲みたかったのだが、そこは大河も許さなかった様だ。

「……あ、り、が……とう」

 一瞬にしてストレスが吹き飛んだ。

「……大好き♡」

「分かってるよ」

 2人は、華姫が目前に居るにも関わらず、接吻する。

「わたしもする~!」

 頬を出す大河であったが、それを掻い潜った華姫は、彼の唇に―――

 ちゅ。

「! 華?」

 驚いて飛び退くと、華姫は、勝ち誇った顔だ。

「ははうえのらいばる」

 信松尼が教えたばかるの英語を使いこなす。

「駄目よ。真田は、私のなんだから」

 ぎゅーっと、謙信は、大河の背中を抱擁し、威嚇する。

「いいもん! ちちうえは、わかいこがすきだから」

「あ?」

 謙信の目の色が変わる。

 慈母から軍神に。

 老けている、と解釈したのだろう。

「は~な~。捨て子になるわよ~?」

「そのまえにうばすてにほうるもん」

 負けない、とばかり言い放った華姫は、大河に腹部に抱き着く。

 サンドイッチされた大河は、あたふた。

「おいおい、もう寝ようぜ? なぁ?」

「嫌よ? 決着を付けない限りは」

「ちちうえ、だぁいすき♡」

 大河の腰部に両足を回し、華姫は是が非でも離れ様としない。

 御館の乱は義兄弟の争いだったが、第二次御館の乱は妻子になるかもしれない。

「「……」」

 2人は、大河を緩衝地帯として睨み合う。

 頭痛の種が増え、大河は内心、頭を抱えるのであった。


[参考文献・出典]

*1:2004年8月 発表

*2:https://kaden.watch.impress.co.jp/docs/news/593041.html

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