第81話 属毛離裏

 茶屋を出ると、於国は囲まれる。

 身形みなりの良い男達だが、何処か怪しさを感じる。

 娼館のスカウトマンだろう。

 山城国では、性産業が盛んだ。

 大河が公娼を設置しているのが、その良い例である。

「へぇ~可愛いじゃね~か。良い職場があるんだが、如何だい?」

「……」

 もじもじし、華姫の影に隠れた。

「お、御嬢ちゃんも美人だな。上玉になる―――」

「ほぉ~俺のを誘うとは、良い度胸だな?」

「ひ、御殿様……」

 大河が2人の前に立つ。

 男達は小便を漏らす程、震える。

「い、いやぁ~冗談でさぁ。こ、今後も上納金、お納めします故、今回ばかりは、御許し下せぇ」

 全員、土下座し、許しを請う。

「上納金?」

「於国様、売上金の一部ですよ。公娼の義務なんです」

 真面目な顔でアプトが、説明する。

 アイヌ人だが、すっかり、地元に馴染んでいる。

 私娼が禁止されている山城国の娼婦(男娼含む)は、国家公務員の様な位置づけだ。

 現代、職業差別に遭い易い彼等だが、理解ある大河の御蔭で冷遇される事は無い。

 娼婦を公娼にしたのは、性病対策だ。

 民間だとどうしても、利益優先でブラック企業になり易く、娼婦も使い捨てになりかねない。

 性病検査もおこたれば、たちまち、性病は大流行してしまう。

 現代でも問題視されている性病の一つ、梅毒が日本で初めて記録されたのは永正9(1512)年の事(*1)。

 現代程交通技術が未発達な当時にも関わらず、1492年のコロンブス交換以来、僅か20年で日本にまで梅毒は到達した訳だ。

 この結果、

・加藤清正

・結城秀康(徳川家康の次男)

・前田利長

・浅野幸長

 等、著名人が梅毒(とされる)で死亡したと見られている。

 これが性感染症である事は古くから経験的に知られ、徳川家康は遊女(娼婦)に接する事を自ら戒めていた。

 江戸の一般庶民への梅毒感染率は実に50%であったとも推測される(*2)。

 抗生物質のない時代は確実な治療法はなく、多くの死者を出した。

 慢性化して障害を抱えたまま苦しむ者も多かったが、現在ではペニシリン等の抗生物質が発見され、早期に治療すれば全快する(*3)。

 性病の蔓延は、社会問題だ。

 大河が公金を投入してでも、性病による死傷者を減らすのは、当然の事である。

 ただ、売春防止法(1956年成立、翌年施行)の創設には、反対だ。

 好き好んで売春を行う者をも規制するのは、「自由権に反する」と大河は考えているからに他ならない。

 職業選択の自由、という概念の下、統治者や法律が臣民の職業を選別してはならないのである。

 男達は、平身低頭で逃げていく。

「望月、後であの馬鹿共を調べろ」

「は」

 山城国では、性産業への勧誘は、禁じている。

 無知な少年少女が騙されない様にする為だ。

 非合法の勧誘をしていたので、事業者には厳罰が課せられる。

 最も軽くて罰金。

 最悪、死刑だ。

「……」

 ふと於国は、思い出す。

 先程、大河が言った「俺の女」という言葉を。

(……!)

 心がドキドキし、体が熱い。

 自分を嫌っている女性をそう言える男性は、少ないだろう。

(然う言う事、ね)

 女性陣が、彼に惚れる理由が、何となく分かった。

 感情を欧米程表に出す事が無い日本人だが、その男性は、更に恥ずかしがり屋の傾向が強い様に思える。

 然し、彼は欧米人以上に熱血漢で、自分が「大切」と認めた人には、身を挺して守る優しさと強さを兼ね備えているのだ。

(初恋、なのかな?)

 華姫とじゃれつく大河を見て、於国の警戒心は徐々に薄れていくのであった。


 時折、大河は愛妻を部屋に残して、別室に行く事がある。

 厠ではない。

 最上階へ行き、城下を望む。

「……」

「御好きですね? ここ」

「ああ」

 ふわ~、と小太郎は欠伸する。

「寝とけよ。無理に付いてくる事は無い」

「奴隷ですから、主と一緒ですよ。殉死しますから」

「有難う。あの世でもき使ってやる」

「はい♡」

 大河に寄り掛かり、暫し、2人きりの時間を楽しむ。

「あら、貴方も居たんだ?」

 振り返ると、謙信が誾千代と共に階段を上がっていた。

 到着すると、真っ先に大河を囲む。

 2人には、奴隷など見えていない。

 愛おし過ぎて今は、大河だけしか眼中にないのだ。

 誾千代が、大河の手を握る。

「毎晩、ここに来てるの?」

「毎晩って程じゃないが、頻度は高いな。週2、3位?」

「御気に入りの場所って訳ね?」

「何故、ここに来たんだ?」

「夜風を浴びたい時だけよ。今日は先着が居たけれど」

 謙信が背後から、大河を抱き締める。

 3方向を囲まれてしまった。

 1人になりたかったのだが、逆に増えてしまうのは、大河としても予想外だ。

(天命か……?)

 否定したい所だが、艶福家に生まれた以上、大河はこの事実を受け止めるしかない。

 1人になりたい、とは言わない。

 彼女達が要求する以上、大河は受け入れるのみだ。

 一同は、綺麗な城下町を見る。

 高層ビルが乱立し、ネオンサインが眩い。

 士農工商が喧嘩せず、居酒屋で飲み交わしている。

 まさに眠らない町だ。

「……貴方が作った町よ」

 誾千代が呟く。

「貴方は、乱世を終わらせた男よ。もっと誇っていいわ」

「……有難う」

 篤志家フィランソロピストという訳では無いが、大河は朝廷の期待に応えた結果が、この結果になっただけで、自賛する気は更々無い。

 貰った権力で優秀な部下の下、政務を行っただけ。

 一切の昇進欲等は無い。

「ああああああああああああああああ!」

 突如の大声に一同は、驚く。

 犯人は千姫であった。

 稲姫も漏れなく付いている。

「今日、私の番だったのに……」

 大河が居ない事を気付き、探し回っていた様だ。

「山城様、流石に擁護出来ませんよ?」

 今にも背負ている弓に手を伸ばさんばかりの鋭い視線を稲姫は、与える。

「散歩中に偶然会っただけだよ」

「「……」」

 疑いの目は、変わらない。

「私を汚して……その足で……不倫を……」

 雲行きが怪しくなっていく。

(……しょうがないな)

 頭を掻いた後、

「千―――」

「言い訳は聞きたくありませんわ―――!」

 逃げ様とするも、目の前に大河が居た。

 振り向いた時に瞬間移動でもしたのだろうか。

 千姫と稲姫を抱き締め、逃がさない。

 力づくで元居た場所に連れて行く。

「や、離して下さいまし―――」

「残念だったな。俺に好かれている時点で諦めろ」

「そんな戯言―――きゃ」

 千姫は抱き抱えられた。

「は、恥ずかしいです……」

「城下町、綺麗だろう?」

「え?」

 見ると、「100万弗の夜景」並に美しい光景が、広がっていた。

「「……」」

 一瞬にして、千姫と稲姫は心が奪われる。

「これを観たかったんだよ」

「……じゃあ、不倫は?」

「偶然よ」

 謙信が、千姫の頭を撫でる。

「私達が一度でも当番日が重なる様な真似をした事がある? 婦人会でも決めた事を私達が率先して破る訳無いじゃない?」

「……本当ですか?」

「そうよ。まぁ、信じられないなら実家に帰っても良いのよ? その分、私達が愉しむだけだし」

「!」

 千姫に見せ付ける様に、謙信は、大河の首筋に舐める。

「……上杉様、実家には、帰りませんわ」

「あら、残念」

「山城様」

 真っ直ぐな瞳で千姫は、見た。

「続きしますわ。戻りましょう」

「そうか? 眠くないか?」

「もう吹き飛びましたわ。このまま連れて行って下さいまし」

「分かった。じゃあ、皆、御休み」

「「御休み」」

 誾千代達と別れ、大河は、千姫と接吻し合う。

 雨降って地固まる、では無いが、兎にも角にも千姫の機嫌が直った為、稲姫も一緒になって怒る長所は無い。

「失礼しました」

 頭を下げ、稲姫は出ていく。

 最後に、

「主は御優しい……♡」

 興奮する奴隷は、消失する。

「……又、2人になったね?」

「ええ。でも真田も大変ね。何時か腹上死するんじゃないの?」

「多分ね。でも、その時は、私も後を追うから」

「奇遇ね? 私もよ」

 不妊症の誾千代。

 御館の乱を作ってしまった謙信。

 2人共、大河が死んだ時は、殉死を覚悟していた。

 謙信の場合、実子が出来たら気持ちが揺らぐ可能性があるが、誾千代は、出産の可能性がほぼ0の為、殉死するだろう。

「もう大河以外、愛せない?」

「当たり前じゃない」

 謙信は、微笑む。

「私の初めてを奪ったんだから。彼以外、体を許す気は無いよ」

「……」

「ああ、誾を責めている訳じゃないから。これは、あくまでも私の考え方だから」

「有難う。気を遣ってくれて」

 誾千代の初めてを奪ったのは、大河ではない。

 前夫・宗茂だ。

 只、謙信の持論も分からない訳では無い為、誾千代が怒る事は無い。

「じゃあ、夜景を肴に話そうか?」

「そうね。じゃあ、私から。『凛』ってどう?」

 謙信が、持っていた扇子にスラスラと書く。

「良いけれど、漢字が難しいでしょう?」

「そうね。誾は?」

「『和子わこ。書き易いでしょう?』

 2人が、話しているのは、大河の第一子の名前だ。

 大河が跡継ぎを華姫と公言している以上、第一子に継承権は無い。

 然し、やはり産まれてくるであろう子供は、楽しみだ。

 前回は男児と仮定していたが、今回は女児とし、色々案を考えていく。

 婦人会の規則で、「第一子の名付け親は、会長と副会長が決める」と義務付けているだけあって、慎重に考えなければならない。

 何せ、子供の一生の名前だ。

 幼妻達では荷が重く、間違えてドQネームも命名する可能性がある為、より沢山の案が必要なのだ。

「……楽しいわね?」

「ええ」

 2人の夜は長い。


[参考文献・出典]

*1:堀口友一 日本の近世における疾病の歴史地理学的研究『茨城大学教育学部紀要』

*2:TBS『別冊アサ秘ジャーナル』2017年8月28日放送『国立科学博物館』筑波研究施設

*3:ウィキペディア

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