第74話 海内奇士
大相撲協会を創り、相撲をプロ化した事で、大河は好角家の支持も集める。
・江戸
・那古屋
・大坂
・京都
・福岡
で年5場所開催し、競技人口も増やす。
又、広告主も募る事も忘れない。
皇族の多くが好角家であった事もあり、「宮内庁御用達」を狙う商人達が次々と自薦し、その枠はあっという間に締め切られた。
同時に大河は、相撲協会に対し、
・可愛がり等の体罰及び稽古以外の暴力の一切を禁止
・泥酔禁止
を規則化させた。
これは、前者は死傷事故を防ぐ為。
後者は泥酔し、暴れ、一般人に危害を加えない様にする為だ。
只でさえ、ムキムキな力士達が暴れれば、格闘技の心得がある大河でさえも一溜まりも無い。
真田軍も素手で衝突すれば、勝ち目はない。
北新地で新選組がした様に、武器が無ければ勝機は無いのだ。
相撲協会は大河に敬意を表し、帝専用の貴賓席、征夷大将軍席に次ぐ『山城守席』を造った。
「真田よ、大儀である」
好角家・朝顔は、御満悦だ。
番付表を何度も読み返している。
「帝も御喜びだそうだ。何れ、織田も見に来るらしい」
鎌倉~戦国時代にかけて相撲は、武士の訓練の一つに採用され、盛んに行われていた。
信長も好角家で、元亀・天正年間(1570~1592)に安土城等で各地から力士を集めて上覧相撲を催し、勝ち抜いた者を家臣として召し抱えた(*1)。
「いずれ、貴賓席も信長様も来るのか。それだと俺も行った方が良いな」
「然うだな。私も行く。やはり、相撲は生だからな」
朝顔の喜ぶ顔に、大河も満足だ。
(女相撲も人気が出ると良いな)
男性のスポーツと比べると女性のそれは、如何せん小規模だ。
世界的に人気な庭球や蹴球、野球等がその最たる例で時折、女性選手が男性と同等の権利を求め、それが報道されている。
女性のスポーツがプロ化されたのが、ごくごく最近の事なので、「歴史が浅い」と言えばそれまでなのだが。
プロスポーツである以上、集客力や人気が無ければ、結局の所、無意味なのだ。
女中が耳打ちする。
「(司令官、御客様が来ました)」
「通せ」
「(は)」
まもなく訪問客が、大広間に来る。
「真田昌幸です。御逢い出来て光栄です」
「初めまして。真田山城守大河です」
真田家本家の直接会うのは初めてだ。
「済みません。織田家に転職した手続きで御挨拶が遅れて―――」
「いえいえ。気にしていませんから」
昌幸は、注意深く見定める。
・痩躯
・童顔
・作り笑顔
噂通りの男だ。
然し、唯一、予想外な事があった。
(夜叉だな)
「外見は優しく穏やかに見えるが、心の中は邪悪で恐ろしい」という
「今回来たのは、他でもありません。貴家は分家を名乗っておられます。ですが、元を辿れば、我が本家と同じなのではないか? と思い、誠に勝手ながら調べさせて頂きました」
「はい」
「ですが、何故か調査員が全員事故死し、結局分からず仕舞いでした」
「それは
「ですので、この度挨拶も兼ねて直接、山城様にお尋ねしに参りました」
「成程。それが本題と言う訳ですね?」
「はい。御答え頂ければ幸いです」
敵(?)の懐に直接、飛び込むのは、流石に危険極まりない行為だ。
然し、正幸は大河が信長の義弟になる事を知り、その
「別に隠しているつもりはありませんよ。『
「いえ? 異国ですか?」
「はい。太平洋の向こうにある大国です」
「? はぁ?」
出自の事を聞いていた為、急に異国の話をされ、昌幸の調子も狂う。
主導権は、完全に大河にある。
「自分は、その国で育ったんですよ」
「!」
「元々は、奴隷として売り飛ばされたのですが、帰国時、故郷、越後国真田村から自称する様になったんです」
「……聞いた事ありませんな」
「小村ですから」
実際に真田村は、明治時代に新潟県中魚沼郡にあった(*3)。
その後、他の村と合併し、吉田村になった後、現在は十日町市の一部になっている(*3)。
明治時代に出来た村が、この安土桃山時代にある訳が無いのだ。
即興で作った嘘は、時に真実味を帯びる。
真顔で言われ、昌幸にも真偽が分からない。
(若し、本当なら記録が無いのならば、当たり前か……)
越後国の件も、そこが上杉領の為、真田本家も調べ様が無い。
武田家の旧家臣である真田氏は、今尚、上杉氏から危険視され、侵入はおろか、入国さえままならないのだから。
「その様な事情だったんですね。では、武芸もその……めりけん仕込みという訳ですか?」
「そうですね」
「成程。北条早雲の様に僅か1代で、然も短期間で成り上がれたのもそれが、理由なんですね?」
「その様になりますね」
否定はしない。
「自称なのは、驚きましたが、今後は仲良くさせて頂ければ、と思います。そこで是非、我が娘を嫁に貰って下さい」
「は?」
「おい」
昌幸が振り返ると、襖が開き、11歳の少女が入って来た。
彼女は怯えた様子で、昌幸の隣に座る。
見た目は、直毛のボブカットで、大きな瞳が特徴的だ。
現代的視点だと、有名子役になれるだろう。
「於国。長女です」
「……既婚者ですが?」
「はて? 『10人まで娶る』との御噂を聞いたのですが?」
「……」
大河が短期間の間に沢山の女性と結婚した為、その様な噂が生まれたのかもしれない。
於国は、昌幸の後ろに隠れた。
人見知りなのだろう。
目も合わさない。
「残念ですが、既に自分は、娶らない事を決めているんですよ」
「!」
脇に控えていた望月が、ぴくっと動く。
そして、目に見えて落ち込んだ。
妻になる夢が絶たれたのだから、当然だろう。
「そうですか。残念です。娘は、路上生活者になってしまいますね」
「は?」
「山城様に娶って頂ける様に退路を断って来たのです。娘の家を焼いてきましたので」
「!」
於国を見る。
実父・昌幸の覚悟が怖いのだろう。
彼に触れる事も顔を見る事も無い。
「……では、一旦、客人と言う事で手を打ちましょう。丁度、信松尼様が話し相手を欲しておられたので」
「ああ、松様ですか?」
パッと、昌幸の顔が明るくなる。
彼は最初の主君である武田信玄を生涯において敬愛し、絶対の忠誠を誓っていた。
天正13(1585)年末に昌幸は信玄の墓所を自領である真田郷内に再興し様とした。
又、昌幸は信玄に幼少期から仕え、信玄全盛期の軍略や外交を見て模範にしていたとされる(*4)。
その崇敬ぶりは、後に仕えた秀吉に対しても変わらないかった。
秀吉と昌幸が碁を打っていた際、秀吉が「信玄は身構えばかりする人だった」と評した。
それに対して昌幸は「信玄公は敵を攻めて多くの城を取ったが、合戦に手を取る事なくして勝ちを取ったもので、敵に押しつけをした事は一度もない」と答えたと伝わる(*4)。
信玄の実子、松姫―――信松尼にも同様に尊敬したとしても何ら可笑しくはない。
「彼女は、何処に?」
「瀬田の方の寺で信玄公等を祀っておられます」
「そうですか。では、帰り道に寄りましょう」
上機嫌の昌幸と違い、
「……」
於国(後の村松殿)は、怯えているのだった。
宣言通り、昌幸は於国を置いて帰った。
大河の能力や地位を評価しての事だろう。
然し、大河には10人目を娶る気は更々無い。
「於国、菓子は好きか?」
「……」
目を合わさずに頷く。
同じ無口の景勝は、目を合わしても逸らす事は無い為、意思疎通は簡単だが、こっちは違う。
重度の人見知りの様だ。
「主、八つ橋は如何でしょう?」
「そうだな。華も呼ぼう。望月も食べ様」
「……は」
テンションが低い望月。
然し、その恋心に大河は気付かない。
小太郎が、華姫(アプト付き)を連れて来た。
「もー、また、ちちうえ、にーづまー?」
「違うよ。御客様だ。仲良くしなさい」
「そうなの?」
「さ、於国。娘の華だ。宜しくね?」
華を頭を掴んで、無理矢理下げさせる。
「ちちうえ、いたい。じぶんでできる」
「そうか?」
「うん」
怒った顔で華姫は、大河の腹部を殴る。
「ああ、いたいいたい」
棒読みで倒れて苦しむ振りをすると、華姫が大河の腹部に乗った。
登頂に成功した登山家の様にポーズを決める。
「ちちうえをうちとったり~」
「あはははは」
見ると、於国が笑っていた。
先程の無口が嘘の様に腹を抱えて。
緊張の糸が解れたのかもしれない。
笑えるのであれば、これ以上、心配する事は無い。
「おくにさま、やつはし、たべる?」
「うん。食べる」
2人は直ぐに意気投合。
大河を文字通り、尻に敷いて、八つ橋を頬張り始める。
「御殿様、大丈夫?」
「軽いからな。大丈夫だよ。皆も食べろ」
客人と養女を自分の体に座らせる大河の性癖(?)は、瞬く間に城内外で広まり、それが自己犠牲の精神と誤解され、更に彼の評価は高まるのであった。
8月上旬。
山城真田家は、摂津国の須磨へ出かける。
二条古城から須磨までは、片道約100kmの長旅だ。
リムジンの様な大型の馬車に乗った一行のテンションは高い。
「大河、楽しみだね?」
「然うだな」
誾千代の腰に右手を回した大河は、上機嫌だ。
左手も同様に謙信を抱いている。
「真田、そうしなくても離れないわよ。私より他者を―――」
「大丈夫。皆、平等だよ。謙信もな」
謙信の膝の上には、華姫と於国が居る。
謙信は、2人を抱擁した。
「華もこうして喜んでいるわ。御友達が出来たんですもの。ねぇ、於国様?」
「……」
人見知りが発揮し、於国は、華姫と手を繋いだまま俯く。
「於国は、可愛いわね」
向かい席に座る茶々は、笑顔だ。
「姉様の方が可愛いです♡」
お初は、茶々にべったり。
普段から一緒に居る事が多い、2人だが、元服後にその愛は、更に深まった様だ。
「兄者、須磨では、泳ぎ方教えて」
「あ、私も御願い」
「真田、私も」
大河の膝の上の3人―――お江、楠、朝顔が願う。
3人は、体が小さい事を理由(利用)して、席に座らず、大河の膝を愛用している。
「分かった―――」
「相変わらず、ロリコンね? 死ねばいいのに」
エリーゼは、舌打ちする。
瞬間、小太郎と望月が、拳銃を抜こうとするも、
『やめろ』
大河の念が、伝わり、2人は、
「「……」」
嫌々、収めた。
「ちゃんと見てるよ。ほら」
大河が光る何かを投げ渡す。
「!」
受け取ったエリーゼは、驚いて落としかける。
「ど、如何して……?」
「夫婦なんだから。当然だろう?」
結婚指輪を直ぐに嵌め、エリーゼは、にやける。
「……分かってるじゃない?」
「ロリコンと結婚するなら、捨てても良いんだぞ?」
「嫌よ ♪ ♪ ♪」
笑顔で『
(山城様は、
エリーゼに触発され、千姫も自身の結婚指輪を見る。
この様な結婚指輪は、日ノ本では大河の妻達だけだ。
一行は、和やかに須磨に向かう。
[参考文献・出典]
*1:日本相撲協会 HP
*2:故事ことわざ辞典
*3:『市町村名変遷辞典』東京堂出版 1990年
*4:『真武内伝』 柴辻俊六 『真田昌幸』 吉川弘文館 1996年
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