第73話 夏下冬上

 8月に入り、世の中は御盆ムードだ。

 馬車の駅には連日、沢山の帰省客が大都心の様に満員となる事は増加する。

 戦国時代が終わった事で、各国の出入国管理局も制限を緩和した事もその原因の一つだろう。

(……車、電車、新幹線、航空機を源内に作らせるか)

 この中で、最も開発が早いのは航空機だろう。

 空軍が出来た事で貨物機を開発させている為、微調整すれば直ぐにも誕生出来ると思われる。

「ボーっとしてんじゃないわよ」

 国営放送の人気キャラクターの様に言うのは、朝顔だ。

 今晩は、彼女と過ごしている。

「ずーっと、外見てて。私より火灯窓かとうまどが気になる?」

「済まんな。仕事を考えてて」

「真面目なのは良い事だけど、妻も大事にしなさい」

「分かってるよ」

 大河は、布団に戻る。

 朝顔が握手を求めた。

「温かい」

 10歳の彼女は、女性陣の中で最年少だ。

「……夏休み、楽しみよ」

「然うだな」

「須磨に皆、行くんでしょ?」

「ああ」

「女官も連れて行っていい?」

「良いよ」

「有難う♡」

 嬉しそうに朝顔は、更に握力を強くする。

 経費は、大河持ちだ。

「けれど、大丈夫なの? 貴方、全然、自分の為に使ってないでしょう?」

「ああ」

「もっと私用で使いなさいよ。私の御小遣い、削っても良いから―――」

「気持ちだけ受け取っておくよ。どうせ古書しか買わないし」

 賭け事も女遊びもしない大河の唯一の趣味が、読書だ。

 時間が空いた時等に読み、見識を広めている。

「大名なんだからもう少し、散財しても良いんじゃない? 貴方の所為で家臣団も節約せざるを得ないし」

 上官が節約家の以上、家臣団も彼に配慮して余りお金を使っていない。

 又、年収も他国より良い為、必然的に貯金は溜まっている。

 家臣団の妻達から成る婦人会からは、感謝状が届き、御中元等の贈答品も毎回、届く。

 織田信長が秀吉の女性関係に悩む寧々ねねを諭した例がある様に。

 家臣団の妻達と良好な関係を構築すれば、家臣団は大河に頭を上げる事が出来ない。

「贅沢も良いが、贅沢は民心の支持を失うんだよ」

「そうなの?」

「ああ。朝顔の実家が清貧に徹し、綺麗な心を保ち続けているだろう? お金ってのは、人を鬼に変えるんだ。簡単にな」

「……」

 その最たる例がマリー・アントワネットだろう。

 国民の多くが生活に苦しむ中、彼女は贅沢を極め、顰蹙ひんしゅくを買い、最期は断頭台で首チョンパだ。

 冷戦期の共産国の多くも、国民が困窮化する中、贅沢の限りを尽くし、東欧革命でドミノ理論そのままにたおれた。

 今も残る独裁国家の一部も、何れ斃れても可笑しくは無い。

 贅沢が成功するのは、国民も高所得者であるサウジアラビアの様な少数の場合に限る。

 資源が真面に無いこの国では、サウジアラビアの様になる事は無い。

「贅沢したい気持ちは分からんではないが、時々にした方が良い。浪費はいずれ国をも潰す」

「……分かったわ。でも、貴方も我慢せずに年1位で良いから欲望を解放しなさい。じゃなきゃ不公平だから」

「……俺の欲望? もう叶ってるよ」

「きゃ」

 朝顔をハグし、耳元で囁く。

「皆だよ。結婚したんだから」

「……」

 そうじゃない、と否定したいが、朝顔も嬉しさで肯定する他無い。

 他の一夫多妻の家の夫婦仲は分からないが、これ程、妻に対する平等主義者は居ないだろう。

「幸せなのに、これ以上の幸福は望まん。後は、妻達が其々それぞれ、成就するんだ」

「……じゃあ、私は、貴方との平和で幸せな結婚生活を望むわ」

「善処するよ」

「フフフフ……」

 微笑んだ朝顔は、大河と共に寝転ぶ。

「もう遅いわね。寝ましょ?」

「然うだな」

 2人は、握手をしたまま目を瞑る。

 精神的恋愛プラトニック・ラブに朝顔は、内心では複雑だ。

 他の女性陣は、抱かれている。

 自分の殆ど年齢差が無い楠でさえも。

 だが、早過ぎる妊娠は、母体をも危険に晒す。

 現代ほど医学が進んでいない為、

坊門姫ぼうもんひめ(1145or1154~1190)

煕子きし女王(? ~950)

藤原定子ふじわらのていし(977~1001)

藤原儼子ふじわらのたけこ(? ~1016)

 等、難産死した人物は大勢居る。

 前例から朝顔は躊躇するのは、当然の事だ。

(数年後……この人の赤ちゃんを……)

 妄想しつつ、朝顔は赤くなるのだった。


 現在の京都市の夏は、暑い。

 特に7~9月は、40度近く迄上がる(*1)。

 それは、ここでも同じだ。

 陽炎かげろうが起き、熱中症発症者が続出する。

 令和元(2019)年5~9月に熱中症で搬送された人々が約7万。

 平成30(2018)年の同時期も約9万5千人を数えた様に、現代日本では、毎年、数万人単位が発症している(*2)。

 重症化すると、以下の症状が起きる。

 ―――

『[I度]       [II度]  [III度]

・手足の痺れ    ・吐き気  ・意識不明

・眩暈       ・嘔吐   ・痙攣

・立ち眩み     ・頭痛   等

・筋肉のこむら返り ・倦怠感

・体調不良     等』(*3)

 ―――

 熱中症の事故で最も有名な事例としては、平成19(2007)年に兵庫県で起きたテニス部の女子部員だろう(*4)。

 彼女は練習中に突然倒れ、心停止で救急搬送された(*4)。

 低酸素脳症の為、重い意識障害になり、現在も寝たきりで24時間の介護が必要な状態で生活している(*4)。

 このような事例がある以上、皇軍や真田軍では熱中症対策としては、水分補給を積極的にさせている。

「ば、化物だ……」

「……!」

 真田軍の訓練場に、久し振りに顔を出した大河に、家臣達は震えた。

 涼しい顔で、200kgの錘を持ち上げている。

 痩躯そうくにも関わらず、70kgの男性を約3人分担ぎ上げているのだ。

「よっと」

 地面に降ろし、次に手にしたのは手榴弾であった。

 躊躇無くピンを外し、100m先の目標に向かって投げる。

 ドーン!

 目標地点が爆発し、土煙が舞う。

「流石ね」

 眺めていた謙信が、拍手する。

「有難う。望月、重量挙げ、どの位出来る様になった?」

「15貫です」

 1貫は、3・75kgと明治時代に定義された為、kgに直すと56・25kgになる。

 女性でもこの重さは、中々持てない。

「よくやった。じゃあ、次の目標は、如何する?」

「20貫(現・75㎏)です」

「うーん……背伸びし過ぎじゃないか? 怪我が心配だ。17貫(現・63・75㎏)で如何だ?」

「分かりました」

 真田軍は褒めて伸ばす為、皆、常にやる気に満ちている。

 訓練も基本的に昇進していくにつれて、自己責任となり、大河が望月が厳しく指導する事は無い。

 望月は、キラキラした目だった。

 憧れの大河と共に訓練を行っている。

 専属用心棒としての特権だろう。

「小太郎、お前も撃て」

「は」

 M16を構え、標的を撃つ。

 バスン!

 人型のそれは、頭部を撃ち抜かれた。

「上出来だ」

「♡ ♡ ♡」

 犬の様にお座りし、大河の指を愛おしそうに舐める。

「「「……」」」

 家臣団が驚いていると、小太郎はキッと睨み付け、寄せ付けない。

 躾られた愛玩動物ペットは、飼い主以外に懐かない。

「可愛い奴だ」

 大河もその頭を撫でて応じる。

「ようし、じゃあ御褒美だ」

 小太郎に首輪が装着され、彼女は四つん這いに。

 見た目も犬の様になった。

 リードを大河は、離さない。

「「「……」」」

「皆、何見ているんだ? 各自、休憩だ。休憩しない者は、殺すからな」

「「「は!」」」

 死刑囚を人体実験で殺害する程、殺人に躊躇いが無い大河の事だ。

 この手の発言に家臣団は、遵守する他無い。

「望月、風呂に入るぞ?」

「! 御風呂ですか?」

「ああ。暑いからな。謙信も」

「良いわよ」

 汗をかいたらシャワー室に行きたい所だが、生憎、二条古城にそんな設備は無い。

 源内等に頼めば何とかなるだろうが、維持費も馬鹿にならない。

 だからこそ、汗は風呂で流すのが通例だ。

 3人は、屋上の露天風呂に向かう。


 かぽーん。

 鹿威ししおどしが鳴る中、大河は入浴していた。

「ちちうえ、きんにくしつ」

 横に居るのは、丁度、アプトと先に居た華姫だ。

「華様は、殿様を御待ちしていました」

「あら、言ってったっけ?」

「いえ。ですが、訓練終わりに何時も御風呂場に行く事を見てましたので」

「観察眼だ」

 御褒美とばかりに華姫の頬を指でつつく。

「ちちうえ、いたい」

 不満顔だが、怒る事は無い。

 義父と一緒に入浴するなど、ほぼ初めてだから。

「華、余り、御父上を困らせるんじゃないわよ? 何れ、実子が生まれた時、継承者に指名されなくなるぞ?」

「わかった」

 養母・謙信の助言を素直に聞き入れる。

 実子は居ないが、山城真田家の現在の跡継ぎ候補だ。

 無論、家父長制が根強いこの世界では、女児より男児が跡継ぎとして好まれる。

 もっとも、世界の一部地域で残る「女児」というだけで殺す事は滅多に無いが。

「謙信、その可能性は殆ど無いから案ずるな」

「え?」

「跡継ぎは、華だよ。長女なんだから」

「「「!」」

 現場に衝撃が走った。

 当事者の華は、意味が分からない様で、

「?」

 と、首を傾げている。

「え? 良いの?」

「長女だからな。後は、教育や人格次第だが、謙信が育てただけあって、今の所、どれも及第点だ」

「……」

 遠回しに褒められ、謙信は、照れる。

 華姫が、大名となれば、謙信に次いで恐らく2人目だ。

「丁度良い機会だ。華」

「うん?」

「難しい言葉だが、覚えておきなさい。―――『the power of the ruler is delegated by the people and continues only with their consent.』」

「「「?」」」

「『統治者の権力は統治される者に由来するものであり、統治される者の同意がある場合にのみ存続する』。テオドール・ド・ベーズっつう偉いおっさんの有難い御言葉だ」

 この言葉は、16世紀のものであるが、昭和23(1948)年の世界人権宣言にも使用されている。

 所謂、暴君放伐論モナルコマキの代表とされるこれを大河は、最近、読んだ洋書の中では、最も気に入っていた。

「要は、我儘わがままで国民を疲弊させるな、って事だ。若し、統治者になるなら名君になれ。謙信の様にな?」

「……真田」

 激賞され、謙信は、恥ずかしさの余り、目を逸らす。

「華、分かったかい?」

「むずかしいけれど、よーは、よわいものいじめするなってことだよね?」

「おー、すぐに理解したか? 流石、跡継ぎだ」

「えへへへ」

 頭を撫でられ、華姫は、頬がとろけ落ちそうな位、幸せそうな顔になる。

 溺愛しつつ、ちゃんと教育も欠かさない大河に、女性陣は感心しきりであった。

 特に、望月は。

(司令官、良い御父さんだ……)

 母性本能が刺激され、子供を欲した事は言う迄も無い。


[参考文献・出典]

*1: 気象庁  平均値:1981~2010年 極値:1880~現在

*2:総務省消防庁

*3:熱中症環境保健マニュアル2018 環境省

*4:日本経済新聞電子版 2015年12月17日付



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る