第72話 合縁奇縁

 近江国は、山城国の隣国の為、旅行でも長居出来る。

 今日は、城下町での逢引だ。

 誾千代、謙信、朝顔、千姫(+稲姫)と共に。

 大所帯の為、女性陣は前半組と後半組に分かれての行動だ。

「ねぇねぇ、あれは、何?」

 久し振りの逢引に誾千代は、大河と腕を組んでニヤニヤが止まらない。

「ありゃあ、相撲だな」

「すもう?」

 初めて見る格闘技に女性陣の注目が集まる。

 俵で囲まれた土俵に、ふんどしを装着した痩躯そうくの2人組の男達が組み合っていた。

 現代で見る様な所謂、「あんこ型」の力士は、この時代にはほぼ居ない。

 戦前の力士の白黒写真を見れば分かる通り、あんこ型力士は、飽食ほうしょくの時代になって以降の事だ。

 因みに痩躯の力士は、「そっぷ」と呼ぶ。

 其々それぞれ鮟鱇あんこうsoepソップ(蘭語=「スープ」)が、由来になっている。

「「……」」

 静寂の中、2人は遂に動く。

 一方の力士が、褌を掴んでそのまま投げ飛ばす。

 圧巻の横綱相撲である。

 好角家の観客は、大いに沸く。

「やったぜ。これで儲けた!」

「糞! あの野郎、負けやがって!」

 大喜びする者達と、地面を握り拳で叩く者達。

 如何やら賭けていた様だ。

「山城よ。福祉や軍備に尽力するのも良いが、文化も厚遇した方が良いぞ」

 初めて見る相撲に心奪われたのか、朝顔は前のめりで見詰めている。

 好角家で有名であった昭和天皇の様に。

「分かってるよ。俺も好きだから」

 帰国後は早速、大相撲協会を創ろう。

 現代まで脈々と保つ、相撲史の始まりになるだろう。

「女相撲も作ってよ。これからは、女性の時代なんだし」

 謙信の頼みに、大河は頷く。

「良いけど、税金で賄う事には、出来ないからな」

「分かってるよ」

 好角家が多いこの国では、相撲を税金で維持しても、支持されるかもしれない。

 然し、神事とはいえ、格闘技とも言える相撲だけを優遇するのは、他の柔術や剣道等から非難を浴び易い。

 好角家の大河だが、その辺の所は重々、承知していた。

 一行には、当然の事ながら、アプト、小太郎、望月、華姫も居る。

 華姫は、常に大河の手を握り締め、離れない。

 迷子対策と大河が妻以外の女性に色目を使わない様に、と。

 監視対策も兼ねている。

「ちちうえ、わたがし、たべたい」

「おー、分かった」

 何の迷いも無く、綿菓子を一つ買う。

「皆も食べるか?」

「食べたい」

 真っ先に反応したのは、朝顔であった。

 綿菓子など、庶民の食べ物を殆ど知らない為、興味を持つのは当然の事だろう。

「はいよ」

 全員分のを買い、近くの公園へ行く。

 東屋に入り、席に座る。

 誾千代が思い出す。

「あ、かき氷も良かったな」

「今更だな。買ってこようか?」

「いや、良いよ。一緒に居たいし」

 誾千代と大河は、一緒の綿菓子を食べ合う。

「ねぇねぇ、真田」

 謙信が珍しく甘えた声で、寄って来る。

「夏なんだし、海行こうよ」

「良いな。何処か目ぼしい所あるか?」

「須磨。綺麗らしいわよ」

「良いな」

 須磨は、今でも人気の観光地の一つだ。

「最近ね。南蛮から水着を購入したのよ」

「おー!」

 誾千代と華姫を抱き締めつつ、大河は日本で最も有名な5歳児並に興奮する。

 今にも鼻血が出そうだ。

「真田様、私も買いましたわ。稲姫と御揃いです。一緒に御堪能できますよ?」

「分かった。行こう。望月も」

「ひゃい?」

 いきなり振られ、望月は、変な声で応じた。

 背後で小太郎が、プークスクスと笑い声を押し殺している。

「夏季休暇だ。水着、用意しておけよ?」

「は、はい!」

 喜びを噛み締めつつ、望月は最敬礼した。


 そう言う事で公園を出た後、一行は、呉服屋へ。

 未購入者が、水着を買う為だ。

 史実だと一般人に海水浴が普及したのは、幕末~明治の頃の事だ。

 御典医・松本良順(1832~1907)が、現在の神奈川県大磯町を海水浴の最適地として開発した事が、日本海水浴史の始まりと言って言え様。

 この店では、大河が図案化したメイド服を販売しており、店員も又、メイドである。

 秋葉原のメイド喫茶感が否めないが、美女や美少女を接客担当にしている辺り、客商売が分かっているのは、有難い。

「おお、これは領主様。御忍びですか?」

 大河を視認するなり、店長が平身低頭でやって来た。

 山城守であり、信長の義弟(予定)であり、朝廷の懐刀。

 無知な商売人は、商売人失格だ。

「まぁ、そんな感じですね」

「失礼しました。貸し切りにしますね」

「いや、そこ迄は―――」

 副店長が、大河の了解を得ずに勝手に『臨時休業』の紙を店先に張り出す。

 店内に他の客が居なかったのが、幸いだ。

 恐らく、居たら居たで、強引に追い出していただろう。

「ささ、どうぞこちらへ」

 只管ひたすら平身低頭に店長に案内され、一行は、水着の区画へ。

・運動用(競泳用、フィットネス用、水球用)

・遊泳用

・観賞用(美女競技会コンテスト等の衣装)

 等々、各種、取り揃えている。

 女性回教徒ムスリム用のブルキニまである。

 無いのは、膀爺バンイエの様な非文明的な水着位だ。

 女性が水着を合法的に着用出来るようになったのは、20世紀以降の話だ。

 衝撃的なのは、1907年の出来事だろう。

 同年、オーストラリア人水泳選手スイマー兼女優のアネット・ケラーマン(1887~1975)が、ボストン・ビーチで首回りと手足が露出したワンピース型水着を着用した所、「公然猥褻罪」で逮捕された。

 今では、ほぼ裸のような水着もあるのに、首回りと手足を露出しただけで逮捕となると、当時と現在の違いが分かるだろう。

 但し、この世界線での住人は、大河の性癖(?)の御蔭で段々、女性の肌の露出に抵抗が無くなっている様だ。

(今後は、ブルマ、セーラー服を作ろう)

 女性の服飾ファッション史を変える安土桃山時代版ココ・シャネルの誕生であった。


『恥ずかしい……』

 大河が選んだ水着を着た誾千代は、試着室から中々出てこない。

「じゃあ、もっと際どいのにするか?」

「もう、馬鹿! これで良いよ!」

 怒った誾千代が、試着室から出てくる。

「「「おー」」」

 女性陣の何人かが、感嘆の声を漏らす。

 誾千代の水着は、所謂、マイクロビキニで然も、胸部と陰部以外、露出する過激さだ。

「似合ってるじゃないか?」

 御満悦の大河は、嘗める様に全身を見る。

 謙信にも好評だ。

「似合ってるじゃない? 私も買おうかしら」

 大人の余裕なのか。

 誾千代程恥ずかしがる事は無い。

「じゃあ、2着だな。皆は要るか?」

「「「……」」」

 千姫、稲姫、朝顔は、首を振る。

 流石に夫婦と雖も恥ずかしい様だ。

『司令官、着ました』

「見せてくれ」

 望月がもじもじした様子で、試着室から出た。

 彼女のは、ブルキニ。

 肌の露出に規定がある女性回教徒用に作られた特殊な水着だ。

 最近では、日焼け防止用や皮膚癌の元患者が使用し、回教徒以外でも用途がある。

 皮膚病で痘痕がある望月には、適当な水着だろう。

 回教徒用の心象イメージが強い為、回教徒に見えてしまうが。

「似合うじゃないか」

「……!」

 褒められ、望月は照れる。

 真っ黒なそれは、悪の組織の女幹部っぽく、格好良い。

「いいじゃん!」

 華姫の琴線に触れた様だ。

 大河、華姫の父娘の支持を得た事で、望月も自信がつく。

「じゃあ、これで……」


 数時間後、後半組も呉服屋に合流する。

「私は、この『びきに』にします」

「姉様、可愛いのを選びましたね。私は、この『たんきに』にします。お江は?」

「兄者に選んでもらったこれ『寺子屋水着』!」

「偶然だね。私と同じよ」

 御互いのスクール水着を、お江と楠は見せ合う。

 楠のは、自分で選んだ物だ。

「凄いわね。ブルキニも売ってるなんて」

 エリーゼは、驚いていた。

 流石に回教徒でも皮膚病発症者でも無い為、それを選ぶ事は無いが。

「又、あんたが持ち込んだの?」

「そうだよ」

「やりたい放題ね。幼女も抱くし」

「抱いていないよ」

 ―――

『幼女     :概ね、満1~8、9歳

 女子(女の子):7~18歳前後

 女性(婦人) :20歳以上』(*1)

 ―――

 と、辞書には、定義されている。

 因みに現代の法律上での少女のそれは、

 ―――

『小学校就学の始期から、満18歳に達するまでの者』(*2))

『20歳に満たない者』(*3)

 ―――

 となっている。

 幾ら、安土桃山時代にこの様な現代的な法律や倫理観が無くても、大河に幼女を抱く趣味は無い。

 最年少で楠迄だ。

 朝顔とは、彼女の体が成熟する迄は、同衾しても交わる事は無い。

「どっちにしろロリコンに見えるけれど?」

「この時代では、そんな概念は無い。好い加減、慣れろ」

 戦国武将の多くは、現代の価値観に照らし合わせると、その殆どが性犯罪者に該当するだろう。

 ―――

 結婚の事例

・豊臣秀吉(25歳)& 寧々(14歳)

・武田信玄(12歳)&上杉の方(13歳?)

 →翌年に上杉の方は、難産で子と共に亡くなった(*4)(*5)

竹林印ちくりんいん(大谷吉継の娘 13歳?)&真田幸村(*6)

櫛橋光くしはしてる(14歳)&黒田官兵衛

・前田利家(20歳)&まつ(11歳)

・徳川家康 &お梶の方(13歳)、お六の方(13歳 家康とは55歳差)

珠姫たまひめ(家康の孫 3歳)&前田利常

 →結納時、珠姫は1歳。

 ―――

 珠姫の場合は、流石に当時でも幼過ぎるだろうが、兎にも角にも晩婚化の現代とは違い、この時代、10代前半で結婚し、遅くとも10代後半で産むのは、あるあるなのだ。

「しょうがないわね。私のも選んでよね?」

「服装規定はあるのか?」

超正統派ハレディームや正統派だったらあるけどね。私は、一般的な方だから何でもいいよ。あ、でも流石にまんじ意匠計画デザインがあるのは、駄目だからね?」

「分かってるよ」

 卍は、欧米等では、ナチスの象徴シンボルの一つである鍵十字ハーケンクロイツと誤認され、問題視される事がある。

 尤も、卍の方が歴史が古く、又、現代でも宗教的な象徴や家紋にもなっており、卍=鍵十字ハーケンクロイツとはならないのだが、頭の固く、無知な批判者は何処にでも居るのだ。

 エリーゼもそれは、分かっているのだが、やはり、民族の自己同一性アイデンティティから、鍵十字ハーケンクロイツを連想してしまう卍は、避けている。

 無論、表現の自由の観点から、卍を扱ったデザイナーを非難したり、意匠計画デザインの変更を求める様な強要もしない。

 逆に鍵十字は、背中に悪寒が走る程大嫌いだ。

 自分達の意見を強要する過激派と違って、エリーゼのこの穏健性も好きな理由の一つだった。

 卍の家紋や意匠計画が入った水着は避け、大河は、六芒星旗に採用されている青色のビキニを選ぶ。

 国旗の上下の帯は猶太教の男性が礼拝の際に用いる布製の肩掛け《タリット》の帯を表している。

 それにはツィーツィートを付け、その中に青いテヘーレトを入れる。

 国旗の青色は、それが由来だ(*7)。

「分かってるじゃない? 改宗する?」

「無理だよ。清浄規定カシュルートに耐えられそうにない」

 ―――

イスラム教同様、猶太教にも食事規定があり、聖書で、

① 4つ足の獣のうち、蹄がわかれていて反芻はんすうをするもの

② 海・川・湖に住むもので、ひれと鱗のあるもの

③ 猛禽類等、一部を除く鳥

いなご飛蝗ばった等の一部の昆虫

 と、挙げられている。

 その例としては、

・駱駝

・豚

・兎

 等の草食動物、

・甲殻類

・貝類

・烏賊

・蛸

・烏

・駝鳥

・梟

・鴎

・白鳥

・昆虫全般

 等だ。

 更に「野外で獣に殺された動物の肉」や「自然に死んだ動物の肉」「動物の血」等も禁止されている為、許可されている動物でも条件によっては食べる事が出来ない。

 他にも、食べ合わせに関して禁止事項がある。

 それが、肉と乳製品の組み合わせだ。

 これは、聖書の『仔山羊の肉をその母の乳で煮てはならない』という記述から、同じ料理に使われていなければいいという訳ではなく、胃の中で一緒になってはいけないという規定がある。

 チーズバーガーや肉入りシチュー等は勿論の事、1回の食事で肉料理と乳製品が一緒に出されたり、同じ調理器具で肉と乳製品を調理したりといった事も忌避される。

 もし肉を食べた場合は6時間以内に乳製品を食べてはいけないとされていて、逆に乳製品を口にした場合も最低30分は肉を食べてはいけないとされている』(*8)

 ―――

「残念。じゃあ、その分、超正統派の様に子供を一杯作ろうね?」

 新品の青いビキニを抱き締めつつ、エリーゼは、大河の頬に接吻するのであった。


『参考文献・出典]

*1 :『使い方の分かる類語例解辞典』 小学館 2003年

*2:児童福祉法第4条の3

*3:少年法第1章第2条

*4:『勝山記』

*5:『山資』6所載

*6:丸島和洋『真田一族と家臣団のすべて』KADOKAWA 2016年1月

*7:ウィキペディア

*8:https://www.osohshiki.jp/column/article/190/



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