第71話 磨穿鉄硯
宴も
女性陣は入浴組と就寝組に別れ、一緒では無い。
ザザーン。
寄せては返す波の音が、
三日月は、3人を照らす。
「主、何故ここに?」
「見たくなったんだよ。そういう気分なんだ。望月も付き合わせて済まんな」
「い、いえ」
望月は、緊張した面持ちで答えた。
逢引をしたかったのだが、思わぬ事で成就した。
又。大河に
大河を真ん中にして、3人は浜辺に座る。
望月は右。
小太郎は左だ。
まさに両手に花状態だが、大河は何処か
「……どこかお身体の具合でも?」
「いや今更だが、妻が多過ぎるな、と」
「……後悔ですか?」
「そんなんじゃないよ。皆が想ってくれるのは嬉しいが、俺にそれほどの値打ちがあるのかなぁって元服式を見て思ったんだよ」
「……」
元々、無欲な大河は誾千代に一途であった。
然し、時が経ち、様々な女性と出会い、誾千代が優しい事を良い事に沢山の女性と結婚した。
誾千代に申し訳無さと、女性陣に対する好意が大河を複雑にしているのだ。
小太郎を抱き寄せる。
「こいつもな。恥ずかしい話、一目惚れだったんだよ」
「「!」」
「だから初対面の時から、絶対に誰にも奪われない様に
「……」
望月の想いを知る小太郎は、俯く。
愛されている嬉しさで顔は真っ赤だが、申し訳無さで親友を見れないのだ。
「
「……はい」
一気に望月は、落ち込み、
「主、御許し下さい」
「
珍しい小太郎の反乱だ。
引っ張られた頬は、彼女の先程とは違う意味で赤い。
「んだよ?」
「主は好色家なのに、女性の気持ちには鈍感ですね。
酷い言われようだ。
「……そうなのか?」
無自覚な程、人を傷付ける事は無い。
ぽつぽつと、雨が降って来た。
スマートフォンの天気予報を観ると、十数分で止むらしい。
「あそこで雨宿りするか」
遅れて、小太郎も。
「あれ? 望月は?」
「さぁ……あ、あそこです」
浜辺に体育座りのまま、望月は動かない。
石像の様に。
「……あいつ、如何したんだ?」
「あー……」
察した小太郎は、首を振った。
「主ですね」
「何が?」
「彼女は彼女の人生史上最大規模に落ち込んでいます。残念ながら親友の私では、現状、火に油を注ぐ事になる為、主しか治せません」
「あいつ、重病だったのか? まぁ、持病があるからな」
「……」
心底、望月を想っていないのか。
単純に大河が、天然なのか。
アンジャ〇シュのコント並に2人は、擦れ違う。
(望月もこんな男に惚れちゃったのね。私も言えた口じゃないけれど)
はー、と溜息を吐くと、
「主、
「薬は、あいつが持っているんじゃないか?」
「それは持病でしょう。彼女は心が傷付いているんです。主のせいで」
「俺か? 俺が何をした?」
「あー、もう面倒臭いですね。もう行って下さい」
怒った小太郎は大河の背中を押し、望月の下へ連れて行く。
「望月―――!」
大河は、驚いた。
小雨で気付かなったが、望月は号泣していたのだ。
自殺するのではないか? と勘繰ってしまう程、一瞬にして黒髪は白髪になり、頬は痩せこけ、目の前の水には
「……」
大河が横に居ても、望月が気付く事は無い。
まるで透明人間を前にした様に。
そこで
先程の言葉が、失言であった事を。
(……モラハラだったかもしれんな。やっちまったな)
大河としては未婚の彼女を気遣った上での発言だったのだが、望月も親しい女性陣がどんどん彼と結婚していく中で、結婚に焦りがあった可能性がある。
だとしたら、あの発言は禁忌に触れても可笑しくは無い。
「……望月」
「……」
無視である。
忠臣の彼女には、有り得ない事だ。
専属用心棒の望月がこの状態だと、人望のる彼女の異変を家臣団は、放っておけない。
家臣団全体の士気にも関わる非常事態だ。
早急に解決しなければならない。
「……小太郎、如何したら良いと思う?」
「主が奥方にされてる様に愛して下さい」
「……犯罪じゃないか?」
「私を奴隷化している癖に今更、怖じ気づくんですか? ほらほら」
小太郎に押され、大河は、望月を背後から抱擁する。
「……司令官?」
やっと、反応した。
が、その目には未だ涙で濡れている。
「済まんな。無神経な発言で」
「……」
次の言葉を待っている様で、聞きたくない様な、複雑な表情だ。
「さっきのは、取り消す。言霊で抹消する事は出来んが、
「……反省していますか?」
「勿論」
「じゃ、じゃあ……私の頬に口吸い出来ます?」
「何故、そうなる?」
大河の背後で小太郎が、「イケイケ~!」と彼に聞こえない様に煽る。
「そ、その……司令官の反省の意思の度合いが見たいのです」
「……良いのか?」
「え? え……? え?」
挑発した癖に、望月は、焦った。
「……するんですか?」
「望月が言ったんだろう? じゃあ、有言実行だ。目を
形勢逆転し、望月は押し倒される。
「え? いや、そのえっと……」
「言霊だよ」
大河は微笑むと、頭巾を剥ぎ取り、露わになった彼女の頬目掛けて接吻する。
「!」
一応、配慮して軽いものであったが、望月は全身が死後硬直の様に固まった。
小太郎も動けない。
何故なら大河が接吻した場所は、望月の持病の所為で、素人でも分かる位、痘痕になっていたのだから。
皮膚病に偏見のあるこの時代、流石にそんな真似をすれば、「感染する」と大騒ぎになっても可笑しくは無い。
望月は、
「……きゅー」
変な音を立てて、倒れる。
と、同時に小太郎は、掴みかかった。
「主、何て事を! 発症したらどうするんです?」
親友とはいえ、小太郎にも偏見がある。
その部分においては、極力、触れたくないのが、本音だ。
「案ずるな」
冷静沈着に大河は、懐から錠剤を取り出して服用する。
「これで万事解決だ」
「な、何ですか? それは?」
「予防薬だよ。それに奴の病気は、治っている。皮膚科医の見解だ」
「え……?」
「あれは、後遺症だよ。奴も苦しんでいないだろう? 軟膏も痒み止めだよ」
「そ、そうだったんですか……?」
納得し、小太郎は安堵する。
(本当に馬鹿だな。こいつは。チョロインだぜ)
大河が飲んだのは、只の胃腸薬であった。
つまり、予防薬ではない。
(しっかし、接吻してしまったな。用心棒と。あいつが、勘違いで惚れなきゃ良いが)
小太郎も望月も気付いていないが、大河が接吻した場所は、頬。
否、口元だ。
偏見が無い大河だが、医学者でも医師でも無い為、どの様に感染するかは、分からない。
それこそ神のみぞ知る所だ。
その為、感染する可能性が極力、低そうな口同士に直前で切り替えたのだった。
混乱の中、2人は大河の目論見通り、勘違いしたが。
(念の為、予防薬、貰うか)
大谷吉継の鼻水を飲んだ石田三成は、癩病を発症しなかった。
然し、何が契機で発症するか分からないのが、病気の怖い所だ。
慎重派の大河は、石田三成程の器ではない。
怖いものは、怖い。
兎並の臆病者である。
気絶した望月を抱擁し、大河は優しく頭巾を被せるのであった。
結果論からすると、大河は皮膚病を発症しなかった。
接吻した場所が良かったか。
その後の予防薬が良かったのか。
望月の症状が軟膏等の薬の御蔭で軽症化している為か。
只、医者からは、こっ酷く叱られた事は言うまでも無い。
この経験を機に大河が益々、福祉に力を入れていくのは、また別の話だ。
差別の無い皆が腹から笑い合える、そんな世の中が、彼の理想像である。
天気予報は外れ、小雨から豪雨に。
望月を小太郎はおんぶし、3人は、一旦、東屋に避難する。
「主、さっきの御発言ですが」
ずいっと、言い寄る。
「本当なんですか? 一目惚れ、というのは?」
多くの男性は、この場合、否定するだろうだろう。
然し、大河にその選択肢には無い。
「じゃなきゃ愛妾にはしてないよ」
「……その、奥方様には?」
「
「……」
不倫に敏感な令和の時代に、この様な人間性は、男女平等に非難される。
その点、本能のままに動く大河には、この時代には天国と言え様。
「あいつらには、離縁出来る自由がある。でも、お前は俺の奴隷だ。一生、手離す気は無い」
「……奥方様に悪いです」
「解釈の違いだよ。あいつらは、大切だからこそ強要はしたくない」
「……」
真面目な顔で言われると、小太郎は、何も言えなくなる。
悪い意味で、「女癖が悪い」。
良い意味で、「本能のままに清々しい」。
「……望月には、手を出さないんですね?」
「忠臣だからな。美人で好みだけど」
「! そうなんですか?」
「ああ。可愛い部下だよ」
望月に好機あり、だ。
「あいつが俺を男として見ているのかは知らんが、人員充足でなければ、妻に迎えていたよ」
「おお!」
小太郎は、
これは、かなりの好意を抱いている筈だ。
幾ら可愛がっている部下でも、公私混同を嫌う大河は、そんな事はしない。
好意を持っている事の証明だろう。
(10人目の妻に相応しい)
そう、確信する。
只、人員充足等を理由に終盤まで、エリーゼとの結婚に否定的であった。
その牙城を崩すのは、並大抵の事では無い。
「……主、仮定の話ですが、宜しいでしょうか?」
「何だよ?」
「若し、望月が告白したら如何します?」
「有難いが、無理だろうな。これ以上の多くなると、流石に経済的にも厳しいし」
エリーゼの時点で、既に大河の懐事情は、慢性的に金欠だ。
メイド服の使用料等、定期収入がある為、無収入化する事は無いのだが。
妻が増えても、定期収入が高額化する事は無い。
「それに華の養育費も必要だしな。これ以上の妻は、不要だよ」
「……そうですか」
大河は、小太郎を抱き締める。
「親友として色々、思う事はあるのだろうが、こいつの恋は応援してやれ。夫になる者は、幸せ者だよ」
「……あ」
気絶した望月の前で、小太郎は抱かれる。
親友への負い目と、快楽に彼女は複雑な感情であった事は言う迄も無い。
雨上がり後、3人は東屋を出て宿舎に戻る。
望月は、アプトに任せて2人は、寝室に直行。
後は寝るだけ、と思っていたのだが、
「遅いです」
ぷんすか怒った様子で、茶々が待っていた。
お初、お江と一緒に。
「寝てなかったっけ?」
「はい。寝付けず、山城様に会いたくて妹達と一緒に待っていました」
「……そりゃあ済まなかった」
現代だとメール等で、
———
『眠れないから早く帰って来て』
———
なり、送信すれば済む。
然し、そんな物が無いこの時代、三姉妹は朝帰りするかもしれない夫を待ち続けていたのだ。
「何故、私達に告げずに湖へ?」
「夜の琵琶湖、見たかったんだよ」
「だったら私達も御一緒に―――」
「
「「「う」」」
三姉妹は、呻く。
鉄鼠というのは、『太平記』等に登場する大津を代表する妖怪だ。
72代・白河天皇(1053~1129 在:1073~1087)の頃、三井寺(園城寺)に
まもなく祈祷が成就し無事に皇子が生まれたので、頼豪は天皇に念願であった三井寺の「戒壇」の建立を願い出たが、当時、天台宗が延暦寺派と園城寺(三井寺)派で対立していた事で、延暦寺からの強い反対に遭い、戒壇の建立は果たされなかった。
この事に怒った頼豪は恨みの祈祷と断食を続け、やがて夜叉の様な形相で壇上に果てた。
頼豪の強い念から、8万4千匹もの鼠が比叡山へ押し寄せ、仏像や経典を喰い荒らし、頼豪自らも鉄の牙と石の様に堅い身体を持った大鼠に化け、鼠の大群を率いたとも言われている。
以来、大きな鼠を「頼豪鼠」と呼ぶ様になった(*1)。
元服しても尚、妖怪にビビる三姉妹は、身を寄せあって震える。
「「「……!」」」
「おいおい、涙目になるなよ。ほら、一緒に寝るから」
大河が真ん中に寝転がると、茶々とお初が左右を選ぶ。
残ったお江は、大河に腹部に
お漏らしした時に大河は、二次災害を被る事になるが、華姫程幼くは無い為、その点は大丈夫だろう。
「おー、よしよし。大丈夫だから? 俺が居るからな」
「「「……」」」
三姉妹は、ぎゅっと大河の手を握る(お江は、体を抱き締める)。
華姫に接するかの様に、幼妻達には3割増しで優しい大河であった。
[参考文献・出典]
*1:http://www.e510.jp/o2/mametishiki/mame-tishiki96.html
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