第69話 舐犢之愛

『安土の乱』から帰って来た大河は、私室に戻るなり、

「山城様!」

「兄上様!」

「兄者!」

 三姉妹に囲まれた。

「母上を御救い下さり有難う御座います!」

 パッと、華やいだ顔で、茶々は迫る。

「……母? ああ、市様ね」

「はい! 山城様は英雄です! 流石です!」

 激賞だ。

「有難う。でも、当然の事だ」

 本能寺の変よりも早く亡くなると、どう転ぶか分からない。

 史実だと秀吉と勝家が対立し、勝った前者が天下人街道をまっしぐら。

 分かっている分、対応もし易い。

 だが、時間の逆説だと本当に読めない。

 大河が中国大返しの如く、急いで行ったのは、戦国乱世に逆行するする事を防ぐ為であった。

「母上が、人質として来る様です」

「! 初耳だな?」

「信長様が、山城様を義弟にしたい、との申し出からです」

「!」

「わ~い」

 お江が抱き着く。

 天下人・信長の義弟になるのは、即ち、織田家の人間になる訳だ。

 織田家とは対等で、他家な筈なのだが、三姉妹には、更に大河との関係が近くなる為、嬉しいのだろう。

「……俺がどれだけ嫌がっても決定事項なんだろうな?」

「御理解が早くて助かります。既に御所の方にも連絡済みです」

「……」

 外堀は埋められていた。

「名字も織田になるのか?」

「それは、山城様ですわ。自己同一性ですからね」

「御殿様」

 アプトがやって来た。

「御疲れの所、悪いのですが、戦勝を祝して奥方様方が朝食を御用意しています」

 普段倹約しているのだが、こういう場合は、大盤振る舞いだ。

「じゃあ、食べに行こう」

「その前に」

 茶々が右手を。

「……」

 お初が左手をギュッと握る。

「ずる~い」

「分かったよ。じゃあ、お江は、肩車だ」

 大河がしゃがみ、お江がその肩に乗る。

 言わずもがな、華姫より重い。

(ちょっと太った幼妻)

「兄者、失礼な事、考えてるでしょ?」

 ぎろり、とお江が睨む。

 無表情が得意技なのだが、女の勘という事か。

 最近、バレ易い。

「何も思ってないよ―――ぎゃああああああああ!」

 ドラキュラの様に首筋を噛まれ、大河は叫んだ。

 その様に茶々とお初は、微笑むのであった。


 戦勝者は、常に英雄視される。

 大河を出迎えた女性陣は、彼を必要以上にちやほやする。

「はい、あーん♡」

 誾千代が、匙で掬ったプリンを口元迄運び、

「凝ってるな」

 謙信は、両肩を揉む。

「温かいでしょ?」

「……」

 エリーゼ、楠は、両脇に入り、夜風で冷えた体を自らの体で温めている。

 まさに「侍らせている」状態だ。

 三姉妹と千姫、朝顔は、枠が空くのを今か今かと待ち侘びていた。

「謙信様、後、どの位かかりますか?」

「代わりたい?」

「はい。御願いしますわ」

「じゃあ、じゃんけんしなさい。皆と」

 5人による壮絶なじゃんけんが、始まった。

「「「「「最初はグー! じゃんけん―――」」」」」

 余談だが、この時代にじゃんけんは、あったか如何か不明だ。

・虫拳や数拳を基に明治時代に考案されたとする説

・大陸に起源を持ち九州から伝来したとする説

・現在の「じゃんけん」は江戸~明治時代に成立した説(*1)

・明治末説(*2)

 等だ。

 又、最初はグーの考案者は、志村けんである(*3)。

 この時代にあるのは、時間の逆説の影響の一つだろう。

 その間、華姫が寄って来る。

 小太郎を馬にして、

「ちちうえ~。お馬さんごっこ!」

「おお、上手いな。じゃあ、もう直ぐ本物の馬に乗れるな?」

「うん!」

 華姫の成長(?)振りに大河の頬は緩むばかりであった。 


 数日後、お市が正式に「人質」として来る。

「先日は、お助け頂き有難う御座います」

 お市の周りには、三姉妹が囲んでいた。

 茶々はお市を背後から抱き締め、お初は髪の毛を触り、お江はその匂いを嗅いでいる。

 実母が生きている事を再確認しているのだ。

 お市は、3人の頭を撫でつつ、続ける。

「今後は、人質として接して下さいな♡」

「……天下人と敵対する気はありませんよ。それより、義弟の件なんですが」

「はい」

「謹んで御受けします」

「! 御快諾、という事ですか?」

 無欲な大河の事、断れる、と思っていたお市は、意外に感じた。

「はい。妻達と意見交換した結果です。又、この時機にお市様に来て下さったのは、良い機会です」

「は?」

「正式に夫婦になった事ですし、3人の元服式を行いたいと思っていたので」

「「「!」」」

 三姉妹は、驚いて大河を見た。

 女子の元服式は、『裳着もぎ』と呼ばれる通過儀礼で、通説では、初潮を迎えた後の10代前半の女子が対象とされている。

 成人者として当該の女子に初めて裳を着せる式で、裳着を済ませる事で結婚等が許可された(*4)。

 政略結婚を優先した結果、伝統の裳着を軽視し、無期限延期になっていたのだ。

「さ、賛成です! 反対する理由は、何一つありません!」

 お市は、大喜びである。

 娘達の成人式は、見たいのは、全ての母親の夢だろう。

「衣装等は、こちらの方で御用意しますが、宜しいでしょうか?」

「い、いえ、有難いのですは、浅井家の物を御使用したいんです」

「そうですか。分かりました」

 茶々が、大河の横に座る。

「母上、私は出来れば、裳着は、徳勝寺で行いたいです。墓参りを兼ねて」

「!」

 確認の為、お市は、大河を見た。

「……」

 御自由に、と目で告げる。

 本音を言えば、何処でし様が通過儀礼に変わりない為、大河としては、場所に拘っていない。

「では、来週の公休日にしますか?」

「! そんなに早く?」

「はい。『思い立ったが吉日』と申しましょう」

 大河は、茶々を抱き寄せ、その膝の上に乗せる。

「あ、姉様、狡い!」

 お江が抗議し、茶々は苦笑いで降り様とするも、

「駄目だよ」

 優しく大河は、抱き締め、それを許さない。

「……!」

 茶々は、真っ赤になる。

 母親の手前、イチャイチャする事は流石に彼女も恥ずかしい様だ。

「お市様、この様な美人を3人も産み、又、結婚を許して下さって有難う御座います」

「「きゃ」」

 お初、お江も抱き寄せられ、大河に抱擁される。

 普段、つっけんどんな態度のお初も、

「……」

 抵抗しない。

「兄者、筋肉質♡」

 大河の腕の筋肉に、お江は、頬擦り。

「娘達との関係も良好そうですね。何よりです。付属品の私も如何ですか?」

「良いんですか?」

 乗り気だと3人から、睨まれる。

「山城様!」

「兄上様!」

「兄者!」

 怒られる基準に四苦八苦する大河であった。


 墓参りは信長が気を悪くする可能性が排除出来なかった為、大河は、村井貞勝経由で、相談する。

 回答は、「構わん」との事。

 生前時、幾ら戦っても死後は、敬意を表しているのかもしれない。

「徳勝寺に沢山の御布施も頼む」

 との伝言を受け取った。

 

 お市を織田家の区画に連れて行った後、望月に呼ばれる。

「司令官、褒美の件で御相談です」

「?—

 場所は、真田軍の詰め所―――ではなく、彼女の私室だ。

 相変わらず、布団等、必要最小限の物しかない殺風景な部屋である。

「褒美? 出張費は、渡しておいただろう?」

「はい。それは、嬉しいのですが、簡単な事を御願いします」

「?」

 がばっと、望月は、土下座した。

「専属用心棒にさせて下さい」

「はい?」

 大河は、蹲踞そんきょの姿勢になって聞く。

「用心棒は、小太郎の職務だが?」

「これが、部下からの意見書です」

 丁重に望月は、差し出す。

 ———

『真田大河様

 最近、望月千代女様の様子が可笑しく、今回、我々、山城真田家家臣団一同は、解職請求権を行使する事に至りました。

 処遇の方を御願いします。

                           山城真田家家臣団一同』

 ———

「……」

 解職請求権を求められる程、望月の評判は悪くない筈だ。

 第一、評判が良い。

 大河が昔行っていた様に。

 部下と共に食事し、訓練でも誰よりも鍛錬し、汗を流していたから。

 にも関わらず、こうなったのは、裏があるとしか思えない。

「……急に言われてもな。『様子が可笑しい』というのは?」

 安土城の乱の際、望月にその様な兆候は見られなかった。

「はい。最近、部下達が言うには、物忘れが激しくなったり、失敗が多くなったらしいのです。自覚は無いのですが」

「……」

 小太郎を見ると、彼女は首を横に振った。

 小太郎も又、健康体と見ていたのだろう。

「……まぁ、部下が求める程のこった。それで専属用心棒とどう話が繋がる?」

「御医者様に受診した所、『環境を変えた方が良い』と思い、枠があった専属用心棒の職務を志望した次第です」

「……」

 人事部が人員不足としたのは、大河との見解の相違だろう。

 身分上、愛妾兼奴隷である小太郎だが、大河の視点では、護衛も兼任している。

 一方、人事部は愛妾兼奴隷と見ている。

「分かったよ」

「主!」

「俺に口出しするな。奴隷風情が」

「ひ」

 言論弾圧あと、大河は、向き直る。

「流石に兼務が過ぎるからな。護衛は、外し、代わりに望月にしてもらおうか」

「! 有難う御座います!」

 平服し、望月は、感謝する。

(……言えない)

 本当は、意見書や診断等の話は、家臣団が勝手に作った出任せだ。

 望月の大河に対する恋心を知っていた家臣団は、煮え切らない態度に遂に遂に行動を起こし、捏造したのであった。

(若し、バレたら極刑だ)

 良心の呵責はあるものの、専属用心棒は魅力的だ。

「人事部の方には、俺から言っておくよ。後任は、島左近を推挙しておく」

「あ、有難う御座います!」

 すんなりと異動が出来、望月の夢が成就する。

「まぁ、見廻組の時代からずーっと同じ職場なら飽きるよな?」

「へ?」

「功労者には、報いなければ、な」

 数度頷いて大河は、立ち上がる。

「精進しろ。ほぼ休日は無いと思え。じゃあな」

「……!」

 その口ぶりから、望月の発汗は止まらない。

 バレている。

 へたり込む望月。

 天国から地獄へ。

 死刑は免れた様だが、恐怖で震えるしかなかった。


「主、何故我儘を聞いて下さったんです?」

 廊下で小太郎は、尋ねた。

「ずーっと、現場で働いていたんだ。昇進だよ」

「左遷ではなく?」

「ああ。俺達が他国に遠征した際、あいつは、ずーっと留守番を守ってくれた。異動を希望したら、快諾するつもりだったんだよ」

「……部下思いですね。軍規違反は?」

「あいつがあいつなりに考えてやった事だ。多分、黒幕は家臣団だろう」

 作り笑顔で大河は、意見書を握り潰す。

「ひ」

「望月は無罪放免。家臣団は、内部調査次第で今年の賞与は削減だ」

 その後の捜査で家臣団は公文書偽造等の罪を自白し、大河の宣言通り、賞与ボーナスは減給されるのであった。


[参考文献・出典]

*1:『拳の文化史』

*2:『奄美方言分類辞典』

*3:日本じゃんけん協会

*4:永原慶二『岩波日本史辞典』 岩波書店 1999年

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